第3話 先輩にバラされて、泡と消えた、と思った恋
「トラウマを抱えるアラサーサラリーマンが年下の妖精と付き合う話」のリライト版、第三話です!
「昼間の清楚な彼女」が、なぜキャバクラに……?
再会というにはあまりに衝撃的な場所で、尾上と東堂の距離が縮まる(?)第3話です。
さらに、彼女から語られる「5年前」の言葉。二人の間に何があったのか、ぜひお見逃しなく!
再度僕を見た東堂さんは、一瞬にして顔がこわばった。
――しかし、その顔は昼間の清楚なすっぴん風メイクとは別人のように華やかだった。肩を大胆に露出した純白のドレス、甘く漂う香水、そして夜の蝶としての完璧な営業スマイル。僕の頭は完全にパニックを起こしていた。
自分の顔は見えないが、おそらく僕もまた酷い表情をしているはずだ。
一方、課長は先ほどの不機嫌さが何だったのかわからないくらい上機嫌になっていた。
「なあ、りおん。こいつ連れてきちゃったから今日は金欠でさー。指名できなくてごめんね」
僕は確信した。りおんちゃんは課長のお気に入りだったんだ。
僕は自分の気持ちを誤魔化すように立ち上がった。
「せんぱーい!! りおんちゃんとも乾杯しましょうよ! いえーい!」
もう破れかぶれだ。
気が付かないフリをするという僕の意図を理解した「りおん」こと東堂さんは、
「いいんですよ―、真島さん。また余裕のある時にお願いしますねー」
と上手く僕に同調して、真島課長の隣に座った。
「そちらの方は、はじめまして、ですよねぇ?」
そう繕った目の奥は戸惑いと言うか、怒りと言うか、なんとも言えない深い表情だった。
久しぶりに気になった女の子と、初めて会ったその日のうちにキャバクラで再会するなんてドラマチックも過ぎる。
そして課長のお気に入りとは。
やきもきしている僕を尻目に、先輩はウキウキだった。
「りおんちゃん、乾杯しよう。何か頼みなよ」
「わー、ありがとうございます、じゃあスプリッツァーを」
真島課長はいつもは頼りになる上司だけど、東堂さんに入れ込んだ姿を見ると情けなさとか、嫉妬から来る怒りみたいな感情が湧いてくる。
明日、東堂さんとどんな顔をして岩田電産で会えばいいんだろう。
いや、その前に真島課長のために僕は東堂さんを諦めないといけないのかな?
努めて冷静に考えようとしたけど、嫉妬や恥ずかしさや色々な感情がないまぜになってしまった。
「ねえ、悟さん、どうしたの無口になっちゃって」
沙織が意味もなく身体を僕にピタッと寄せて来た。
「いや、ちょっと酔ってきたかな? アハハ」
この子、やたらボディータッチするタイプだな。
「そうなの? じゃあウーロン茶でも頼もうか?」
でも色々と気が付く子だ。
「そうだね、お願いするよ」
課長は僕と沙織のやりとりを見て言った。
「悟、どうした。沙織にあすか。両手に花なのにそんな浮かない顔をして」
「あ、済みません。もう大丈夫ですよ」
何言ってやがる。僕が気になっているのは、あなたの隣にいるりおんちゃんなんですって。
「悟さぁ、好きな娘が出来たんだろ? もっとはしゃげよ」
「せ、先輩っ! その話は……」
東堂さんの瞳の奥がスッと冷たくなったのを、僕は見逃さなかった。なのに彼女は完璧な笑顔で「シャンパン入れましょ?」と営業をかけてくる。僕の頭の中では『キャバクラで好きな人ができたと浮かれる痛い客』というレッテルが音を立てて貼られた。
――やめてくれ。僕が気になって仕方ない相手って、あなたなんですよっ!東堂さんとは……もう、終わりかぁ。
そんな気持ちでいると、東堂さんがシャンパンを選んだ。
「モエ・ブリュで良いかしら?」
その呪文、幾らするんですか? 東堂さん?
顔を強ばらせていると、沙織がすかさずフォローしてくれる。
「当店では一番お手頃なシャンパンだから」
沙織が追加する。
「真島さんがたまに開けてくれる奴だからそんなに怖がらなくて良いわ」
いや、十分怖いわ。平社員と課長では所得水準が違うって、わかってるかな?
緊張していて今気がついたが、沙織はあいかわらず僕にボディータッチしている。
何か不穏な視線を感じたので顔を上げると、りおんちゃんこと東堂さんの視線が僕を突き刺していた。
その視線からも逃げたくなって、結局僕は二万円のシャンパンを選んだ。
財布も痛いが、好きになった人に促されて「好きな人ができた記念に」開けさせられるなんて。
シャンパンの栓が開き、派手な音が出ると、「堕天使」のホステスやスタッフ達は口々に
「おめでとうございます!」
と祝ってくれたけど、ねえねえ、おめでたいのはいったい誰なんですか?
しばらくすると真島課長は、
「ちょっとトイレ行ってくる」
と言って立ち上がった。
りおんちゃんこと東堂さんは真島課長をトイレまでエスコートしに行った。
二人が席を離れている間、なんと沙織の僕に対するアタックが始まったのだ。
さっき「私にだって彼氏を選ぶ権利がある」とかなんとか言っていたのに。
「この後アフターしない?」
アフター。
なにそれ。
また料金が必要なの?
戸惑う僕を見て沙織はまたも、
「アフターは、私たちがお客様のために使うプライベートタイムみたいなものだから、心配しないで」
と、そっと耳打ちしてくれた。
「悟さんってさ、なんか見た目はものすごくやりてのギラギラした営業マン、って感じなのに本当にこういう所に慣れてないのね?」
「まあ、女性が……少し怖かった時があって」
「へぇー、意外」
そう言いながら沙織は腕を組んできた。
あすか嬢は、
「私ヘルプに行ってきます。悟さん、またね」
と言って僕たちのテーブルから離れて行った。
入れ替わりにりおんちゃんが単独で戻って来た。
「沙織さん、すみません少しお客様が増えてきたので、三卓にヘルプお願いできますか?」
一瞬沙織はちょっと嫌な顔をしたけど、
「はぁーい。悟さんじゃあまたね」
といって、席を離れて行った。
りおんちゃんは、僕の隣に座った。
「あのっ!」
二人の声がシンクロした。
「さ、先にどうぞ」
「いや、東堂さんこそ先にどうぞ」
僕がそう促すと、
「ここで働いていることは、絶対に吉永部長には秘密にしておいてください!」
「も、も、勿論ですよ!」
「本当⁉ 良かった」
東堂さんは本当に安堵をした顔をして、一拍深く息を吐いた。
「あの、僕がここに来たことを軽蔑しましたか⁉」
僕は自分が気にしていることを思い切って東堂さんに聞いてみた。
「なんで?どういう意味ですか?」
「女性と一緒にその、こういう所で飲んでるのってどう思うかなって」
すると東堂さんは声をあげて笑い出した。
「アハハハ、なんでですか! 私なんてこういうところで働いているし!」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味?」
こういうところ、という言葉を選んだのは間違いだった。実際僕はキャバクラで働く女性の事にネガティブなイメージを持っていない。
でも上手い言い方が見つからない。
東堂さんだって、吉永部長に秘密にしたいと思っているんだ。
自分だって何かしらの引け目を感じているのだと思う。
「好きな人ができたんですね」
「あ、いえ、そうなんですが、今はそれも泡と消えました」
「どういうこと?」
言えない。東堂さん、これじゃまるで拷問だよ。
好きになった人に、人を好きになった記念のシャンパンを開けさせられて、「誰が好きなの?」と聞かれて まともに応えられる自信はこれっぽっちもない。
僕が下を向いて俯いて黙っていると、ふと、甘ったるい香水の匂いの中に、昼間に感じたのと同じ微かな石鹸の香りがした。顔を上げると、そこには『キャバ嬢のりおん』ではなく、どこか寂しそうに微笑む『東堂暁子』がいた。
「あのね、わたし……ずっと尾上さんの事を好きだったんですよ」
ちょっ、東堂さん⁉ 何言ってんのあなた!!!
「私失恋しちゃったみたい」
「あのぉ、ちょっと言っても?」
「ええ、どうぞ」
「好きだったって、いつからですか」
そうね、と彼女は思案顔をして、
「もう5年くらいになるかしら」
と、不思議なことを言う。
「どういう事ですか? だって、僕は東堂さんと今日初めて会ったばかりなのに」
「尾上さんは、私の事覚えてないのかしら?」
嗚呼、神様。僕は何かとんでもない事をやってしまったようです。
東堂さんの正体、そしてまさかの告白……!
尾上だけでなく、読者の皆さまも「えっ、どういうこと!?」と驚かれたのではないでしょうか。
ここから物語は、お仕事ドラマの枠を超えて一気に過去の謎へと迫っていきます。
「早く続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひブックマーク・評価ボタンで応援してください!




