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第三十五話 親子の歴史は繰り返す? 明かされた両親の馴れ初めと、不器用な父からの『やり直せないか』という提案

いつもお読みいただきありがとうございます!


 狂気と後悔が交錯するかつての我が家で、ついに姿を現した暁子。


 誰もが修羅場を覚悟したその時、父・宜史の口から語られたのは、意外すぎる「両親の馴れ初め」でした。


 張り詰めていた空気が少しずつ溶け出し、長年すれ違っていた家族が再び向き合い始めます。


 涙なしには読めない、家族の再生への第一歩を描いた第三十五話です。

「お父さん、どうしたの?」

 

(しばらく見ないうちに、こんなにやつれてしまって……俺の無関心がこうさせたんだ)

 宜史は心の底から自分が研究に没頭するあまりに佐知と曉子を蔑ろにしてしまったことがこの事態を招いたのだと悔いていた。


 しかしだ。


 このままで良い訳はない。


 佐知には申し訳ないが、曉子には罪はないのだ。曉子を救う。


 心にそう決めた。


「佐知、曉子をまず開放してやってくれ。曉子の若いころというのは、二度と戻らないんだ。自由にさせてやって欲しい」


「何よ! あなたは私の若いころを奪って、曉子の育児を私ひとりに押し付けて、それで曉子にはいい顔をして私から曉子を奪うっていうの?」


「そうじゃない。曉子は立派な一人の大人の女性だ。いつまでも君の支配を受けて、心身ともに不自由な束縛を受けるのは後々この子に大きな影を落とすことになるんだ。分かってくれ。佐知」


 曉子は二人のやり取りを黙って聞いていたのは、二人の言い分のどちらも自分のことを慮ってのことだと理解していたからだ。


 佐知も自分の行いが必ずしも正しいとは思っていないようだ。後々大きな影を落とす、という宜史の言葉が佐知の心に突き刺さり攻撃的な反論ができなくなっていた。


 黙っている二人を前に、宜史は居心地の悪さを感じて沈黙を破った。


「では、俺はどうすればいい? 君から若いころの時間を奪ってしまったことについては本当に済まないと思っている。どうしたら償えるのだろうか?」


 佐知は答えに窮していた。


(償う? 何を? 何に? わからないわ。私はどうしたいのかしら)


 すると曉子は立っているのが疲れたのか、食卓の椅子に座って言った。


「お父さん、私はお母さんが必死に私のことを守ってくれている事はちゃんと理解しているんだよ。ただ、嘘をついてお母さんの言いつけを守らなかった私に罰を与えているんだと思っているの」


「そうなのか?」


 悟とデートをして、勢いで泊まる決意をし、嘘をついたことをを佐知は宜史に話した。


「あははは」


 宜史はそれを聞いて笑い始めた。


「何が可笑しいの? 一体どういうつもり?」


「いや、ごめん。少し俺たちが結婚する前のことを思い出したんだ」


「え……?」


「君も、そのころ同じようなことをしたよね」


 佐知は真っ赤な顔をして俯いた。


「お母さんが? 本当に?」


「曉子はだまってらっしゃい」


 宜史は微笑みを湛えて曉子の座っている方に向き直した。


「ああ、お父さんがまだ会社員だったころ、お母さんと出会ったんだ。お母さんは僕の会社の取引先の重役の秘書だったんだよ」


「本当? そんな話初めて聞いたわ」


「お父さんはお母さんの会社の担当営業だったんだ。そう、尾上くん、だったかな? 彼と曉子、お父さんとお母さんは似たような立場だったんだ」


「ウソみたい! お母さん、本当なの?」


「ええ。そうよ」


「ある日、お母さんと二人でフランス文学の古書を探しに神田界隈に出掛けたんだ。その後、お母さんはお父さんの部屋で本を読みたいと言って」


「ちょっとあなた! その話は」


「それで、それで?」


 曉子の瞳は好奇心で満ち溢れている。


「お父さんには、その……心の準備ができていなくてだな。その日はお母さんの実家に連れて帰ったんだ」


「もう! やめてよ」


 佐知の抗議もむなしく、宜史の話は続く。


「お母さんのお母さん、つまり亡くなった曉子のおばあちゃんが血相を変えて怒ったんだ」


「お父さんに?」


「いや、お母さんにだ。『そんなはしたないことを』、みたいな感じでね。するとお母さんは……」


「もうやめてって言ってるでしょう‼」

 佐知は真っ赤な顔をさらに紅潮させて宜史が話すのを止めさせようとした。


「『私、家を出ていきます!』って啖呵を切ったんだ。それでおばあちゃんは、お母さんの本気さが分かったみたいでね。交際を許してくれたんだよ」


 曉子は楽しそうにその話を聞いていた。


「なんだか出来過ぎた話だよ。親子で同じようなことを繰り返すってね」


「わ、私はだからと言ってあの男のことを許すわけはないわ。曉子には、もっといい人が……」


 そう言った佐知に反論しようとした宜史を制して曉子は言った。

 

「お母さん、あの男、っていうけど、悟さんの事、どれだけ知っているの?」


 暫く沈黙が続く。


 果たして佐知から答えは得られなかった。


 佐知は空虚な想像を頼りに、悟を憎悪し、糾弾し続けてきた。それが今、自分でも筋の通っていないことだと思えるようになったからだ。


 そんな佐知に、曉子は今までのことを心の中で水に流した。


「お母さんには、本当の悟さんのことを知って欲しいの。」


「尾上君は、どんな男なんだい? 曉子」


 宜史も、曉子の解放の事ばかり考えていたため、尾上 悟という人物が、自分の愛娘にとってどんな存在であるのか測りかねていた。


「悟さんは、とにかく素敵な人なの! どんなことにも親身になってくれて、仕事も出来て、衛伯父様にも認められるくらいね。実は、私、5年前からずっと悟さんの事が好きだったのよ」


「そんな前から……曉子」


 佐知は、また曉子に隠し事をされていると誤解した。


「お母さん、違うの。大学の進路を悩んでいた頃、衛伯父さんが悟さんを紹介してくれて、その時も親身になってアドバイスしてもらったのよ」


 佐知は、受験のさなか進路で悩んでいた曉子が、義弟の衛の会社から晴れ晴れとした表情で帰ってきた時のことを思い出していた。


「慶法大を進めたのは、その人のお陰なのね」


「そうよ。おかげで私、4年間とても有意義に過ごせたわ」


「それで曉子は尾上君のことを?」


「恥ずかしいわ。でも、そうなの。お父さん」


 宜史も、佐知も、曉子の嬉しそうな顔を見て心が和んだ。


「曉子、お母さんが悪かったわ。あなたに酷いこと色々してしまって本当にごめんなさい」


 その時、曉子は思わず佐知を抱きしめた。


(あれ、お母さんって、こんなに背が低かったかしら。そして、こんな華奢な身体だったのかな?)


 そして抱きしめながら、母との距離が今まで離れすぎていたことに気が付いた。


 佐知は佐知で、突然娘に抱きしめられ、言葉をまたも失っていたが、思い直して言った。


「曉子、お母さんは、どうしたらいいかしら……その、どうしていいかわからないのよ」


「佐知、俺から一つ提案があるのだが」


 宜史は、閉ざされていた佐知の心が、少し融解してきたこのタイミングしかないと思って考えていたことをぶつけてみたのだ。


「俺は、君を救いたい。君を救う事で曉子を救うことになるんじゃないかって、そう思っているんだ」


「救うって、私を? どうやって?」


「もう一度、やり直せないか? もう、佐知を家庭内で一人になんて絶対にしな

い」

 佐知はその言葉に反発がなかったわけではない。


 しかし、その気持ちを抑え込んでか弱い声で言った。


「本当に、私を、曉子を幸せにしてくれるの?」



「ああ、そのつもりだ。研究もほどほどにする。約束する。今までの時間は取り戻せないが、これからの時間を、一緒に作っていかないか?」


「都合、良すぎるわよ……あなた」


「ああ、そうだよな。済まない。でも本気だ」

 

 曉子は宜史の提案に驚き、そして涙を止めることができなかった。


「お父さん、ありがとう。お母さんを、大切にしてくれるのね?」


「ああ。男に二言はない。佐知や曉子ともう一度やり直せるなんて、もう二度とチャンスはやってこないと思う。この通りだ。受け入れてほしい。」


「か、考えさせてもらうわ」


 佐知は、落ち着いて考えたいと思った。


 教会のこともある。


 洗脳されたふりをしていたが、その実、佐知は洗脳されたふりをすることでしか娘を繋ぎとめることができなったのだ。


「ああ、ゆっくり答えてくれればいいさ」


 宜史は改めて佐知と曉子に頭を下げた。


「お父さんも、心を入れ替える。きっとお前たちを幸せにするから」


「あなた、来週の土曜日に、またここに来てくださるかしら? あ、それから曉子、尾上さんも一緒に」


 それを聞き、もう2か月間笑うことなどなかった曉子の顔が、ぱっと明るくなった。

 最後までお読みいただきありがとうございました!

いやぁ……泣けました。


 宜史お父さん、本当にカッコいいですね! まさかご両親の若い頃のエピソードが、悟と暁子さんの状況と見事にリンクしているなんて。歴史は繰り返すんですね(笑)。


 洗脳された「ふり」をしてまで娘を繋ぎ止めたかった佐知さんの孤独にも胸が締め付けられましたが、ついに家族が再生へと歩み出しました。


そして次回以降、いよいよ来週の土曜日! 悟がご両親の前に立ちます!


「感動した!」「悟、挨拶がんばれ!」と思っていただけた方は、ぜひページ下部から【ブックマーク登録】や【★(星)でのご評価】、【応援コメント】をお願いいたします! 読者の皆様の温かい反応が毎回の執筆の支えになっています。次回もお楽しみに!




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