第三十四話 彼女のお父さんが頼もしすぎる件。叔父のお墨付きももらい、いよいよ毒親との直接対決が始まります
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悟たちの知らないところで、暁子を救うための「大人たちの連携」が加速します。
父親としての責任と後悔を胸に、元妻との対決へ赴く宜史。しかし、閉ざされた家の中で待っていたのは、想像以上に闇を深めた元妻の姿でした。サスペンスフルな急展開から目が離せない第三十四話です!
「では、私は失礼させていただきます。吉永先生、今日はいい出会いでした」
都賀は宜史の問いに答えると次がありますから、と言ってその場を辞そうとした。
「常務、兄がすみませんでした」
「なに、私も楽しかったですよ。また何かの機会にお会い出来たらいいですね。ああ、それと例の件なんですが、そろそろ中間ミーティングをやりましょうか。何割くらいのサプライヤーが同意したか社長も気になさっていてね」
「は、はい。次週にはある程度お話しできるかと」
「楽しみにしているよ。しかしだな。あの関東テクノスとかいうサプライヤー、何か鼻をあかしてやれんだろうか……いやいや、独り言だ。忘れてくれ」
そう言って都賀は「埜上」の引き戸を開けて、のれんをくぐって出て行った。
衛は都賀を外まで見送って、再び店内に戻ってくると宜史が、
「お前の頭痛の種はアレか」
とたずねてきた。
「まあ、そういうことだよ」
「慇懃無礼を絵にかいたような人だね。アレは相当なタマだ。衛には避けては通れない障害物だな」
「そのようだね」
諦観漂う表情で衛はつぶやくように応えた。
「俺はビジネスのことは分からん。でも彼の望みは要するにコストカットなんだろう? コストカットには一つしか方法がないなんてことはないと思うぞ」
「そんなに簡単に言わないでくれよ、兄さん」
「そうだな、悪かった。そうだ、話は変わるが、お前のところに通っているという関東テクノスの尾上という営業マンのことをどう思っている?」
衛は、宜史の口から悟の名前が出るなど全く想像すらしていなかったので驚いた。
「なぜ兄さんが尾上君を知ってるんだ?」
「曉子は今会社を休んでいるんだってな」
「それが尾上君とどういう関係が?」
「お前、尾上君と曉子がお付き合いをしているってことを知らないのか?」
衛は予想外の宜史の言葉に思わず大きな声をあげる。
「えっ⁉ それは知らなかった」
「どうやら、佐知が尾上君との交際を知って逆上して曉子を軟禁しているというのが真相らしい」
「佐知さんは曉子は『心神耗弱状態』だって……」
「何が心神耗弱だよ。心が病んでいるのはアイツの方じゃないか」
「兄さん、尾上君なら曉子を幸せにしてやれると俺も思ってるんだ。何とかできないか? 兄さんと義姉さんが別れた今、いくら曉子になつかれているとはいえ所詮俺は外様だ」
「猜疑心の強いお前がそこまで言う男なのか。その尾上君は」
「慎重、って言ってくれないかな。(笑) なかなか見どころのある青年だよ」
「分かった。曉子のことは俺に任せてくれ。親権を佐知に渡したのは俺が浅はかだった。しかし佐知をこんなにしてしまったのも俺の責任もある」
「兄さん……」
衛は研究バカで、家族を顧みず過程を崩壊させてしまった原因を作ったのは宜史だと思っていた。
その兄が自分の責任の一端を認めたことが何よりも嬉しかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
曉子の母、佐知が朝食を作って曉子の部屋へ持っていくと、昨日の夕食がそのまま手つかずに残されているのを見て、虚しくなりまた心が泡立った。
「朝食を置いておくわね。ちゃんと食べないと体に障るわよ」
と、曉子に優しく声を掛けた。
「ありがとう」
と、か弱く消え入るような声でかろうじて曉子が応える声を聞くと安心して佐知は階下に降りて行った。
台所に戻り、自分の朝食を準備をしようとするとダイニングテーブルに置いた携帯電話が鳴った。
電話の主は離婚した夫、宜史であった。
「あなた、どうしたの? こんな朝早くに」
「いやあ、久しぶりだね。調子はどうだい?」
「ええ、それほど悪くはないわね。あなたにそ気に掛けてもらえるなんて思っていもいなかったからちょっと嬉しいわ」
「そうか。実は俺もしばらく君の声を聞いていなかったから少し緊張していたんだ。衛から曉子が会社をかれこれ2か月くらい休職していると聞いてね。曉子は大丈夫なのか?」
「あの子が外に出ると、ろくなことがないのよ。この間も変な男にまとわりつかれて家にまで押しかけてきて。だからあの子をこの家から出さないことに決めたの」
「そのことなんだが、曉子と君と、話をしたいんだがどうだろうか」
「私を置いてこの家を出て行ったのはあなたよ」
「確かにそうだが、曉子を家に軟禁しているなんて言うのはちょっと尋常じゃないとは思わないか?」
「これがあの子にとって一番いいことなのよ。あなたは口出しをしないで頂戴」
「あまりことを荒立てたくはないのだが、刑法220条というのがあってね。身内であっても不当に拘束すると罪に問われることがある事を君は理解しているのかな」
「私を訴えるつもり?」
「ああ、君の対応によっては俺は躊躇しない。とにかく会って話をしたい」
告発をチラつかせた宜史に屈する形ではあるが、佐知はともかく宜史に会うことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
曉子の父、宜史は重い足取りでかつては自分の自宅であった一軒家に向かって歩いている。
曉子をどうやって解放してやるか。元妻だった佐知をどう説得するか。
自信など微塵もなかったが、それでも鎖を引きずっているかのように重く感じられる足を一歩一歩進めていたのは後悔と、曉子に対する責任からであった。
離婚してからこの家に来るのは自分の荷物を運び出した時以来だ。
仕方のないこととは言え、宜史が吟味して植えた庭木は手入れされておらず、隣家へ枝が一部侵入していた。
「アメリカだったらすぐに訴訟起こされるぞ……まったく」
などと独り言ちてみたがすぐにそれは呼び鈴を押すことに躊躇していることを自覚した。
インターフォンの呼び鈴を鳴らす。
「はい」
と短く佐知が出た。
「ああ、私だが」
「少し待ってくださる?」
そう言った佐知は間もなく玄関のドアのカギを解錠して少し開けた。
チェーンロックはしたままだ。
「何を警戒しているんだい?」
「あなただけでしょうね?」
「他に誰がいるっていうんだ」
「あの子に付きまとっている男が居たら大変でしょ?」
宜史はまだ佐知の心の闇は深いことを再認識した。
(今日の話し合いは、話し合いになるんだろうか。刑事告訴をチラつかせてでも無理やり曉子を開放してやりたいと今の今まで思っていたが、佐知から曉子を奪った後に何が起こるのか正直わからん)
「尾上君ならいないよ。そもそも俺はその尾上君と会った事はない」
「分かったわ」
そう言って佐知は一旦ドアを閉め、チェーンロックを解除してまたドアを開けた。
「じゃあ上がって」
「曉子はどうなんだ?」
「どうって、一日中ベッドにいるか、外を眺めてぼーっとしていることが多いわ」
「君はそんな無駄な時間を23歳の大切な時期に押し付けるのかい?」
「可哀そうだけど、それがあの子のためなのよ。知らない間にろくでもない虫がついていたなんて」
話が絶望的に噛み合わない。
宜史は、玄関で履いていた黒い革靴を脱ぎ、整えて置いた。
「お邪魔、するよ」
離婚して財産分与として佐知に譲渡したこの家だが、不覚にも懐かしさが込み上げてきた。
(少し来なかった間に、ずいぶんと懐かしくなったものだ)
宜史が三十四歳のころ、一般企業での収入に加え、ようやく大学でのレギュラー講師の枠をもらったことでマイホームを構える決心ができた。
佐知のありとあらゆるわがままが間取りに詰め込まれたこの家には、宜史もそれなりの思い入れがある。
やはり、一番は一粒種の愛娘、曉子が生まれて育ったこの家での思い出だ。
「曉子は、上に居るのかい?」
「ええ。あなたが来ることは伝えていないわ」
「曉子とは話せるだろうか?」
「やめて。今日はそういう約束じゃなかったでしょう?」
「ああ。そうだが。いまだに俺は納得していないのだが、社会人になった娘をなぜこんな形で軟禁しているんだ」
玄関のドアには、内側から出られない様に施錠ができるようになっていた。
一階の窓という窓は電子ロックされているらしかった。
「曉子には、幸せになってほしいのよ」
「君が考える曉子の幸せっていったい何なんだ? これは明らかに人権侵害だ」
「人権侵害ですって? 冗談じゃないわ! あなたが、私にしてきたことはどうなのよ!」
一般の会社員だった宜史が、アカデミアの世界に身を投じた時には佐知のお腹の中には曉子がいた。
とにかく大学に認められようとして、家庭を顧みずに一心不乱に研究に没頭した毎日だった。
「それについて俺は言い訳はしない。すべての財産は君に譲ったし、曉子の親権だって」
離婚した、あの頃の苦い思い出が一挙に蘇った佐知は声を上げて泣き出した。
(これは話にならないな……出直すか。作戦を変えないとダメだ)
そう宜史が思っていると、後ろから声がした。
「お父さん、どうしたの?」
見るからにやつれた曉子が、そこに立っていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
前半の吉永兄弟のやり取りで「お父さん頼む!」と期待が高まった分、後半の佐知さんの狂気(チェーン越しの警戒心など)がリアルでゾッとしましたね……。
そしてラスト、やつれた暁子さんの登場! ここから宜史はどう動くのか、そして悟はいつ合流するのか!?
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