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第三十一話 堕天使の店長が握っていた父親の手がかり。冷酒と焼き鳥で交わす、彼女を奪還するための乾杯

いつもお読みいただきありがとうございます!


同僚たちと乗り込んだ『堕天使』。頼れる店長の口から語られたのは、お母さんの背後にいる「指南役」の存在と、逃げたお父さんの有力な手がかりでした。

一縷の望みを手に店を出た悟を追いかけてきたのは……まさかの結衣香!?

反撃の糸口と、後輩女子のたまらなくカッコいい一面が光る第三十一話です!

「悟さん、お待たせして申し訳ない」


 ボックス席に腰を下ろした店長は、声を潜めて話し始めた。


「クレアちゃんから状況は聞きました。あのお母さんに正面からぶつかって玉砕したそうですね」


「はい……恥ずかしい話ですが、僕の完全な力不足でした。ストーカーとして警察に突き出すとまで言われてしまって」


 店長は深く頷いた。


「無理もありません。りおんちゃんのお母様には、例の教会から『指南役』がべったりとついているんです」


「えっ、指南役?」


「簡単に言うと、お母様を操っている人間です。いちいち行動に指図をしていて、お母様もその指南役に全幅の信頼を寄せている。だから、外部の人間が何を言っても教祖や指南役の言葉に書き換えられてしまう。力ずくで引き離しても効果はありません」


「じゃあ、どうすれば……。明日、思い切って取引先でもある吉永部長に、お父さんの行方を聞き出そうかと思っていたんですが」


「それはやめておきなさい。あなたの仕事に傷がつく。それに、お父様の行方なら、私の方で少し心当たりを見つけました」


「本当ですか!?」


 僕は身を乗り出した。ひょっとしたら拝むような格好をしていたかもしれない。


 それほどに、東堂さんを救いたいと必死だった。


「以前、あのお母さんがウチの店に怒鳴り込んできたことがありましてね。その際にあのお母さんが漏らした恨み言や、独自のルートを使って少し調べさせてもらいました」


 店長はYシャツの胸ポケットから、折り畳んだメモを取り出して差し出した。


「ここに書いてある店に行ってみるといい」


 書きなぐったような文字で、『紅羽書店』と記してあった。


「紅羽書店、ですか?」


「フランス古書の名店ですよ。富士見にあります。最寄りの駅は飯田橋です」


「お父様は、ここで働いているのですか?」


「いいえ。お父様はフランス文学の学者だったそうですが、離婚してから職は変わっているようで、元所属していた大学か研究機関は辞めているようです。ただ、この古本屋でお父様を頻繁に見かけたという複数証言を得ています」


「では、張り込んでいれば会える可能性が高いということですね?」


「ええ、そうなります」


 比喩ではなく、完全に「一縷の望み」だ。


 カンダタが手繰り寄せた蜘蛛の糸みたいに、僕には思えた。


「貴重な情報を、本当にありがとうございます」


「いえ、この程度のお手伝いしかできず申し訳ありません。これでりおんちゃんが戻ってくれば、店としても私個人としても嬉しいのですが」


 この店長は、基本的に善人なんだと思う。


 この業界には似つかわしくないほどに。


「おい、水野、結衣香。そろそろ帰るぞ」

 水野は姉小路と話し込んでいて、結衣香はそれを横目に見ながらスマートフォンを弄っていた。立花美瑠にいたっては、すっかりあすか嬢を独り占めしている。


「俺、もう少し飲んでくわ!」と水野が手を挙げたので、僕は改めて店長と姉小路に礼を言って、一人で「堕天使」を後にした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 エレベーターを一階で降り、雑踏に踏み出そうとした刹那、後ろから僕に声がかかる。

「先ぱーい! ちょっと待ってください!」


 結衣香だった。


「どうしたんだ? お前ももう少しあそこに居ればよかったじゃないか」


「私はいいですよ。水野さん、完全にクレアさんにデレデレでしたし」


「『堕天使』に行こうって言いだしたのは結衣香だよな」


「えへへ、そうなんですけどね。もう先輩は用事済んだみたいだし、いいかなって。……それで、お父さんの手がかり、見つかったんですか?」


「ああ。ところで結衣香、飯田橋にある『紅羽書店』って知っているか?」


「あー、知ってますよ。学生のころ何度も行きました。私、フラ語専攻だったんで」


「えっ、そうだったっけか?」


「先輩、ひどいっすよ! 私の話、全然聞いてませんよね?」


「ごめん。よく『自分に興味があるものしか話を聞かない』って怒られてたかもな」


「本当に先輩のそういうところ、直した方がいいですよ!」


 結衣香は呆れたようにため息をついた。


 だが、この偶然は間違いなく神様の助けだ。


「わかった、わかったって。……なあ結衣香、頼みがあるんだ。今度、一緒にその『紅羽書店』に行ってくれないか?」


「私が? ま、まあいいですけど」


 結衣香は少しふくれっ面で、でもどこか嬉しそうに僕にそう答えた。


「ありがとう、本当に助かるよ」


「……ねえ、先輩」


「ん? なんだ?」


「もしよかったら、これから一緒に食事行きませんか?」


 その明るい声色を聞いて、僕は少しホッとした。


 結衣香は、もうすっかり僕への気持ちを吹っ切ってくれているみたいだ。そんな事、僕が偉そうに言える立場ではないのだけれど。

 それでもやっぱり、結衣香とは同じ部署の同僚である以上に、普通に何でも話せる後輩として接していたい。変なわだかまりは消し去っておきたいというのが正直なところだった。


「ああ、いいよ。腹ごしらえもせずにいきなりキャバクラ行くやつって、あまりいないかもな(笑)」


「先輩は何が食べたいですか?」


「結衣香はどうなんだよ? 何か食べたいものがあれば言ってみな」


「そうですねえ、ラーメンとかでも全然いいっすよ。あ、そっか。ボク、正直ちょっとだけでもいいから先輩と二人で話したかったっす」


 そんなことをストレートに言われると、少し身構えてしまう。


 でも、僕はそれから逃げずに受け止めないといけない。


「そうだなー。もし嫌じゃなかったら、焼き鳥でも食べに行くか?」


 結衣香はその提案が気に入ったようで即答した。

 

「いいっすね。どこか美味しいところ知ってるんですか?」


「そんなに高くないけど、めちゃくちゃ美味いところを真島課長に教えてもらったことがあるんだ。そこでいいか?」


「全然いいっすよ。そこに行きましょう」


 僕と結衣香は電車で二つ先の駅で降り、駅裏にある小さな焼き鳥屋に着いた。


 店内は、いい感じに出来上がった中年サラリーマンたちで一杯だった。


 店の外に置いてあるベンチで少し待つことになったが、夕方まで降っていた雨は上がっていて、柔らかく吹く風が心地よかった。


「なあ、結衣香」


「ん? なんですか」


「すまないな。僕の個人的なことに巻き込んで」


「あー、いいっすよ。ボク、りおんちゃんのこと好きなんで」


「え?」


「まあ、応援してるっていうか。……先輩、ボクがいつまでも引きずってると思ってました?」


「い、いや、そんな事……」


「先輩、女はね、結構ドライなんですよ。いや、違うな。ドライっていうんじゃなくて、自分を守ろうとする力が強いんです」


 自分が傷つかないように、受けたショックを忘れる力なんだ、と結衣香は少しだけ遠くを見るような目で言った。


「だから先輩、もうボクに変な気を遣う必要はないっす。昔みたいに、遠慮なく接してくれれば」


「……わかった」


「それから先輩。ボクに気を遣うってことは、りおんちゃんへの『裏切り』でもあるんですからね」


 ドキリとした。


 結衣香の言う通りだ。僕が過去の申し訳なさから結衣香に中途半端な優しさを見せれば、それは今僕が一番大切にすべき東堂さんを裏切ることになる。


「ああ。肝に銘じるよ」


「お待ちのお二人様、お待たせしてすみません! お席ご用意できました!」


 店員さんの声に呼ばれ、テーブル席に通されると、結衣香はウキウキとした様子でメニューをめくった。


「結衣香、食べられないものはあるか?」


「たいていのものは大丈夫っすね」


「じゃあ、『お任せ』にするといいよ」


「じゃあそれで!」


「すみません、オーダーいいですか? 僕は『而今(じこん)』を。結衣香は飲み物どうする? ここのマスターの日本酒のセレクション、神だぞ」


「えー、じゃあ何かおすすめありますか?」

「塩とたれで違ってきますね。お客さんたちは、今日は『お任せ』で?」


 店員さんが間に入って尋ねてきた。


「ええ」


「だと基本は塩なんで、『やまとしずく』なんてどうでしょう。口当たりがさっぱりしていて、絶妙な塩加減を台無しにしません」


「へぇ! それじゃあ、それをいただきます」


 オーダーを取ってくれた店員さんがいなくなると、結衣香はクスクスと笑った。


「真島さんって、本当にいい店をよく知ってますよね」


「まあ、胃袋を掴む営業が得意だって豪語してたけどな。でも、お客さんの接待で使うようなお店じゃないところばかりだ。おそらく今の話はただの照れ隠しで、単なる食い道楽なんだと思うよ」


 最初に絶妙に焼き上げられ、梅肉と紫蘇の千切りが添えられたささみと、それぞれ注文した冷酒が運ばれてきた。


「じゃあ、先輩。乾杯しましょう」


「なんの乾杯だ?」


「そりゃ、りおんちゃんを奪還するための『決起集会』ですよ」


 結衣香のその言葉に、僕は思わず頬を緩ませた。


「ははは、それは良いな。ありがとう、結衣香」


 僕がそう言うと、結衣香は満面の笑みでグラスを合わせてくれた。


最後までお読みいただきありがとうございました!

結衣香、本当に最高にイイ女ですよね!「気遣いはりおんちゃんへの裏切り」なんて、失恋したばかりなのに中途半端な優しさをバシッと斬ってくれる姿に惚れ惚れしてしまいました。フラ語専攻というのも見事な伏線回収です!


お父さんの手がかり(紅羽書店)も見つかり、心強い相棒も得て、いよいよ奪還作戦が本格始動。絶品の焼き鳥と日本酒での決起集会、最高でした!


「結衣香カッコいい!」「奪還作戦がんばれ!」とテンションが上がった方は、ぜひページ下部から【ブックマーク登録】や【★(星)でのご評価】、【応援コメント】をお願いいたします! 皆様の応援が執筆の最高のエネルギーです。次回もお楽しみに!



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