第二十話 思い出の夜景と二度目の告白。良い雰囲気の二人を邪魔するシャッター音と、腰を抜かすほど甘い『恋人つなぎ』
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
「私たち、なんなんでしょうね?」
晴れて恋人同士となり、暁子にとって「一番幸せだった記憶の場所」へ案内された悟。美しい夜景を前に、二人はもう一度想いを確かめ合います。
恋人つなぎの破壊力と、ラストの思わぬ「神アシスト」にご注目ください。
「そろそろ終電ですね。明日もありますし」
僕は告白をした気持ちがものすごく盛り上がっていたけど、冷静を装った。
このまま、まだ一緒にいたい。本音はこうだった。
「悟さん、いつも優しいですよね」
「えっ、そうかな」
「そうですよ。大学の時だって、今の職場にだって、なかなか悟さんのような優しい人はいません」
「それが誤解ではないということを僕はちゃんと東堂さんに証明し続けていかないといけないね」
東堂さんのことが愛おしくてたまらないくせに、気取ってそんな言い方をしてしまった。
「本当ですか? 嬉しいな。あの、せっかくなのでもう少し……一緒にいられたらなって」
東堂さんも、同じ気持ちでいてくれたみたいだ。
僕は思い切って提案した。
「もう、遅い時間だけど、どこに行こうか。まだ居酒屋やバーなら空いていると思うんだけど」
「あの、少しわがままを言ってもいいですか?」
意外にも、逆提案があるらしい。
東堂さんのわがままって、どんなわがままなんだろう?
「どうぞ、なんなりと」
と僕が答えると、いたずらな顔をしてこう言った。
「タクシーに乗って一緒に行ってほしいところがあるんです」
ちょっとびっくりしたけど、僕は興味が勝った。
「いいですよ。どこへ?」
「着くまで秘密です」
そういった東堂さんの顔をとてもうれしそうな表情だった。
この笑顔をいつまでも守りたい。
僕はそんな気持ちになっていた。
駅のタクシー乗り場からタクシーに乗ると、東堂さんは、
「紅葉坂公園までお願いします」
と運転手に告げた。
「帰りはどうするんですか? あの辺、なかなか帰りのタクシーは捕まらないよ?」
運転手がそう言うと、
「あ、その場で15分ほどそのまま待っていていただけますか?」
と、東堂さん。
運転手は我が意を得たりという感じで頷いた。
タクシーが走り出すと、東堂さんは、
「ごめんなさい。こんな遅い時間に。でも、どうしても悟さんと今日、一緒に行きたいところなんです」
僕は、その紅葉坂公園のことを全く知らなかった。
「どんなところなの?」
「着くまで秘密って言ったでしょう?」
「そうだったね。じゃあ、僕は黙ることにしよう」
「黙らないで、何かお話ししましょう」
「改まってそういわれると……すこし緊張するよ」
「悟さん、何言ってるんですか(笑)。どんなことだっていいんですよ」
僕たちは、5年前に会っていた。
僕は不覚にも忘れていたのだけれど、今はこうして恋人同士として話している。
「ここら辺ですよ、紅葉坂公園」
運転手が目的地付近であることを教えてくれた。
「ありがとうございます。15分待っていてください」
東堂さんがそういうと、
「15分といわず、もう少しゆっくりしても大丈夫だよ。規則だから、メーターは止められないけどね。悪いね」
「あ、もちろんです。なにか荷物を置いて行った方がいいですよね?」
「俺たちはプロだよ。お兄さんたちがそんな乗り逃げするようなお客さんじゃないことくらいわかってる」
「運転手さん……」
「でも一応携帯の番号は教えておいてもらおうか(笑)」
「そうですね(笑)」
タクシーを降りると僕らは公園の入り口から入り、暗がりでよく見えないけど小高い丘に続く道を進んでいった。
公園の中は、街灯も疎らで坂道になっている遊歩道の足下はおぼつかない。
ヒールを履いている東堂さんは少しよろめいた。
「私、なんでこんな靴履いてきちゃったのかなな。バカですよね?」
「急にくることになったし、仕方ないですよ。もしよかったら僕に掴まっててください」
咄嗟に出た言葉だった。
「はい」
暗かったが、もう目が慣れた。
仄かに東堂さんの笑顔が見えた。
東堂さんは僕の右腕に掴まって自分の身体を引き寄せた。
今までで僕ら二人の距離が一番縮まった瞬間だ。
なんだか頭の中がジーンと来て、動悸が激しくなってきた。
こんな気持ちになるのって、いつ振りだろうか。
五年前、あの酷い経験をする直前まで、こんな感覚があったかどうか覚えていなくて、これが特別な感情なのかなと感じていた。
「歩きにくくないですか?」
「いや、大丈夫だよ」
「もう100mも坂を登れば私が来たかった場所に着きますからね」
僕は逆にこの道が何キロも続けばいいなと思った。
最後に少し急な階段が10段くらいあって、それを登ると、少し開けた場所になっていた。
「わあ」
僕は眼前に広がる景色を見てそんな感嘆の言葉が口をついて出た。
ここは少し小高くなっている紅葉坂公園の最高地点だという。
そして目の前にはびっしりと灯の点った街並みが広がっていた。
「こんな素敵な場所が近くにあったんですね」
駅からタクシーで15分走ったくらいのところだから、大体4㎞くらいの距離だろうか。
見えている夜景の街並みは僕たちがさっきいた駅のあたりだろう。
「ここは、母とよく来た場所なんです。母が普通だった頃……私にとって、一番幸せだった記憶の場所。だから、悟さんにもぜひ見てもらいたかったんですよ」
少し遠い目で東堂さんは夜景を眺めている。
僕は、さっき告白したばかりだったが、もう一度東堂さんが選んだこの場所で、もう一度告白したくなった。
変だろうか?
「あ、あの」
「悟さん、なんですか?」
「この間の電話のことなんですけど」
東堂さんは僕の方を向いた。
「あの時ちゃんと、僕の気持ちを伝えてなくて……その……」
くそっ、自分の優柔不断さに腹が立つ。
「すみません。あの時のセリフをもう一度、僕に言ってもらえませんか?僕はここでもう一度東堂さんに告白したいです!」
東堂さんはびっくりして、そしてクスッと笑った。
「さっき告白してくれたのに、またしてくれるんですか? 嬉しいです。でも、あの時のセリフって?」
「『私たち、なんなんでしょうね』っていう……」
僕がそういうと、東堂さんは両手で口を覆って笑い出した。
「悟さんってクールな感じなのに、本当に面白い!」
「笑い事じゃないですよ」
「ごめんなさい、でも、私そういうギャップがとても好きです」
「東堂さんのお気に入りの場所で、僕の想いをもう一度伝えたいです」
僕がそうやっとの思いで伝えると東堂さんは笑顔から真面目な顔に変わった。
「私たちって、なんなんでしょうね?」
「東堂さん、好きです。僕と付き合ってください」
耳鳴りがする。
心臓の音が大きく聞こえる。
おかしいな、初めて告白したさっきより緊張して自分が何を言っているのかわからなかった。
東堂さんは、また柔らかい表情に変わって、そして言った。
「私も悟さんが大好きです。いえ、ずっと好きでした。あの時からずっと」
僕の耳の中では、東堂さんの言葉が何度も繰り返されている。
こんな時、言葉がなかなか出てこないのはなぜなんだろう。
「あ、さっきは言えなかったけど、私は訳あって今みたいな仕事もしているんですが、本当に私でいいんですか?」
「僕は東堂さんがいいんだ。何があったって僕はすべてを受け入れるよ。君がバラなら、トゲまで抱きしめるさ」
「悟さん……ありがとう」
僕は東堂さんの身体を抱き寄せて両腕で少し強く抱きしめた。
仄かにパフュームの香りと、東堂さんの髪の匂いがした。
「タバコ臭いでしょう?」
照れ笑いした東堂さんが僕の目を見て言った。
「これから、よろしくお願いします」
「ぼ、僕の方こそ、お、お願いします」
「悟さん、私結構なじゃじゃ馬ですけど」
「じゃあ、僕はちゃんと乗りこなしてみせるよ」
周りには誰もいない。
もう自分の理性のタガも外れていた。
「東堂さん」
「曉子って呼んでくださいね」
「曉子さん」
僕たちは見つめあった。
これはキスするシチュエーションでは!
東堂さんは、そっと瞳を閉じた。
神様、ありがとうございます!
こんな素敵な女性に巡り合えたことを感謝します。
僕は右手を東堂さんの腰の辺りに、右手はそっと背中の辺りに添えて身体を引き寄せた。
その時だった。
《カシャッ!》
誰もいないはずのこの広場でシャッター音が響いた。
思わず僕らは身体を咄嗟に離して辺りを見回したが、人影は見つけることができない。
「まさか……」
「えっ? どうしたんですか?」
僕は持っていたスマートフォンで、「紅葉坂公園」「のぞき」で検索をかけると、検索結果に出るわ出るわ。
「曉子さん、僕たち、のぞき屋さんたちのターゲットになっていたみたいです」
「本当ですか?」
東堂さんは一転して泣き出しそうな顔になってしまった。
「行きましょう! 僕と曉子さんのこんなに大切な時間を、誰かに撮られたりするのはもったいないですから」
「ええ。でも」
「僕なら大丈夫です。曉子さんにちゃんと僕の気持ちを言えたし、その……」
「その、なんですか?」
「曉子さんにもちゃんとOKもらいましたから」
僕はそっと右手を差し出して、東堂さんと手をつないだ。
すると東堂さんは指と指を絡ませて「恋人つなぎ」をしてきた。
ヤバい。これだけのことなのに、嬉しくて感情が爆発しそうだ。
するといきなり、東堂さんが力が抜けたようにへたり込んでしまった。
「ど、どうしたんですか? 大丈夫?」
「あ、あの、なんかこんな風に手をつないだら、ものすごくうれしくなってしまって。ごめんなさい。力が抜けちゃったの」
東堂さんも勇気を出してくれたんだ、と思うと今まで以上に東堂さんのことが愛おしくなってしまった。
「さあ、立てますか? 何だったらおんぶしていってもいいですよ?」
さすがにそれは、という顔をしたので、右手に力を入れてぐい、と引き寄せると、ようやく東堂さんは立ち上がることができた。
僕たちは手をつないだまま、来た坂道を下って行った。
「すみませんでした、ここがそんなところだったなんて」
「いえいえ、とても素敵な夜景が見れて良かったですよ。このことは、きっと一生忘れないと思う」
「……私もですよ?」
背後で舌打ちをするような音が聞こえてきたけど、残念でした、と心の中であかんべをした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お帰りなさいませ」
タクシーの運転手が車の外に出て僕たちを迎えてくれた。
「また駅までお送りすれば?」
「いえ、もう終電はないと思うので。 あ、曉子さんのご自宅はどちらでしたっけ? お送りしますよ」
「あ、谷川通で松陰町の交差点あたりまで行ってくだされば」
「あのコンビニがある交差点かな?」
「そうです」
「それではお願いします」
「悟さん、すみません私のわがままに付き合っていただいちゃって」
「いえいえ、こんなわがままならお安い御用ですよ!」
「それならよかった」
街中に戻ったタクシーは、谷川通をゆっくりと進んでいった。
車の流れは少なく、そして街はもう眠りかけていた。
時折煌々と光るファミレスの看板や、コンビニエンスストアが完全には眠っていないことを僕たちにアピールしているかのようだった。
「ねえ、悟さん」
「はい、なんですか?」
「この後、悟さんはどうするんですか?」
これ、なんて答えればいいんですかね?
「僕はこのままこのタクシーで自宅まで帰ろうと思うけど」
「そう、ですか」
その「そう」と「ですか」の間に一拍置かれてしまうとなあ。
「もっと一緒に居ましょうか?」
僕が恐る恐るそう訊くと、東堂さん、目を輝かせている。
「でも、わたしの家、母がいますし……」
「こんな時間じゃ気の利いた店もないですしね」
すると、運転席からくぐもった笑い声が聞こえた。
「お兄さん、そういう時はね、『俺の部屋、来る?』って言うんですよ。人生の先輩意見としてね」
最後までご愛読ありがとうございます。
告白後の初々しくて甘いやり取りに、読んでいるこちらまでドキドキしてしまう回でした。「母が普通だった頃」という暁子さんの少し切ない言葉も、彼女の抱える事情に深く関わってきそうですね。
しかし、ムードを壊す覗き魔から一転、運転手さんの見事な助け舟による最高のオチ! 次回、悟のお家デート編(?)が始まってしまうのでしょうか!?
本作を楽しんでくださっている方は、ぜひ下のボタンから【作品のフォロー(ブックマーク)】や【評価(★)】をいただけますと大変励みになります。「運転手さんナイス!」「暁子さん可愛い!」など、一言ご感想も大歓迎です。引き続き、よろしくお願いいたします!




