第十九話 『明日まで待てないんです』過去の同級生にヤキモチを焼く彼女が可愛すぎたので、予定を変更して夜の公園で告白します
いつもお読みいたとありがとうございます!
クレアこと姉小路雪子との、切ない過去の答え合わせ。そして、美瑠が結衣香に執着していた「斜め上すぎる」理由がついに判明します。
カオスな『堕天使』での祝勝会を終えた後、悟の袖を引っ張った東堂さん。不安げな彼女を前に、悟がついに男を見せます! 待望の(?)第十九話、お楽しみください!
僕は、中学三年になる直前に父の転勤で横浜の自宅から名古屋へ引っ越した。
兄が黙って家を出たので、いつ帰るかもしれないから家族中で引っ越すのは反対だった。
「転勤も期限付きなんでしょう? だったらお父さんには悪いけど単身赴任でいいじゃないか」
「透はここの鍵を持っている。いつでも帰って来れるじゃないか。それに父さんは母さんと悟に一緒に来て欲しいんだ」
父はそう言って単身赴任を拒んだ。
兄が学校で窃盗犯に仕立て上げられた事を護ってやれなかった後悔が父をそうさせたのかもしれない。
姉小路と多分15年ぶりにここで再会したわけだけど、姉小路には一言も言わずに転校してしまったから少し心残りだった。
あの時、僕は兄のことでいろいろなことが嫌になっていた時期で、優等生とみられることにも何か反発心があった。
だから時折屋上に昇って授業をさぼった。くだらない大人への反抗だった。
姉小路に、大人に潰された兄の話をしたのは、彼女に兄の姿を重ねていていたからだ。
姉小路のグループの所業には良い気がしなかったけど、小学生の頃の彼女は、そんなのじゃないを知っていた。
しかし、ここ『堕天使』をハブにして色々な人がつながっていくのはなんだか奇妙だった。
「そうだよ。尾上はアタシの同級生だよ。そしてアタシから逃げたんだ」
姉小路、それは違うぞ。
「逃げたって、どういう意味だ?」
「逃げたんじゃないか。アタシの気持ちをあんなにしやがったくせに!」
あんなにしたってどんなにしたんですか。
「ちょ、ちょっと待てよ。中坊の頃、お前クレアと付き合ってたのか?」
真島課長、面白がって口出してきてるのは分かってるんですよ。
「付き合ってたどころか、まともに口きいたのは一度きりですよ!」
「りおんちゃん、あんたコイツの事が好きみたいだけど悪いことは言わないよ? コイツは人の気持ちをかき乱すだけかき乱して、突然いなくなるんだ」
僕は咄嗟に東堂さんの顔を見た。
予想に反して彼女は少し微笑んでいた。
「尾上さんにも事情があったのでしょう」
「そ、そうなんだ。父の急な転勤で名古屋に引っ越したんだけど、春休みに入ってしまっていたから姉小路に話す機会もなかった。それに……」
「それに、何だよ?」
姉小路は上目遣いに眉間にしわを寄せて僕を睨んだ。
姉小路が凄むと結構怖いな。
でも、僕は怯まなかった。
「お前、僕があんな話をしたから、あれから僕の事避けてただろ?」
僕がそう言うと、姉小路は怒り顔から泣きそうな顔になって、数秒僕を見つめた後、背中を見せてバックヤードに引っ込んでしまった。
「まって、クレアさん! 真島さん、尾上さん、ごめんなさい。ちょっとクレアさんのところに行ってきます!」
りおんちゃんも、姉小路を追うようにバックヤードに行ってしまった。
「おいおい、悟。お前さあ」
「なんですか。僕は何か悪い事でもしましたか?」
「そんなこと言ってない。それで、お前の兄さんはそれからどうしたんだ?」
僕は姉小路との一件を話した。
「兄は、東京のどこかの割烹料亭で板前をしているそうです」
そう親戚筋から聞いたのは僕が神奈川国立大学に入学するために東京の実家に単身で戻って来たころの話だ。
当時まだ高校生だった僕でも知っているくらいの名店で兄は修業をしているという事だった。
実は、父はいまだに名古屋に母と二人で住んでいて、実家には僕が一人。
居場所がわからず、兄にはまだ会いに行ったことがない。
場所がわかったとしても、会いに行って拒絶されることが怖かった。
「そうか……いつか会いに行けるといいな」
飲んでいる真島課長にしては随分と殊勝なことを言ってくれる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
りおんちゃんはボックス席に戻ってきたが、クレアは他の客について戻ってくることはなかった。
僕らが少し真剣な話をしている間に、立花さんとあすかさんが意外な盛り上がりをしていた。
「あすかさん、あすかさんはこのお仕事以外は何かしているの?」
話題を変えたかったのもあるけど、思わず僕は思っていることをあすかさんに聞いてしまった。
「私、小説家希望でここではキャバクラ嬢の体験をしているんですよ。Web小説の投稿サイトでちょっと書いてる」
かなり斜め上の答えだった。
「えええ、まじで? あすか、どんな小説書いてるの?」
沙織すら知らなかったらしい。
「まあR-18 指定とだけ。一応入選も何度かしてる」
おいおい、なんだかすごい話になったな。
あすかさんのR-18 ってどんな話なんだろう。
「へー、私Webでよく読むよ? 今度読んでみたいな。おねえさんのペンネーム教えてよ」
立花があすかに食いついた。
「焔 栞っていうんだけど」
それを聞くなり立花はいきなり立ち上がった。
「えええ! あの焔 栞さんなの? あすかさんが? 本当に? ウソ! まじで?」
「そうよ」
「私マジでファンなんです! 何度か感想も送ってるんだけど、丁寧に返信くれて超うれしくて! マジ尊敬しています! 握手してもらってもいいですか?」
こういうつながり方をすることってあるんだな。
そのあと。立花からあすかが書いたという「百合の珠玉の作品」について20分くらい一人で話されたけど、あすかがわずかに頬を紅潮させて嬉しそうに聞いていたけど僕らはちょっと内容についていけなかった。
「おい、美瑠。お前いい感じで腐ってんのな」
「そうですよ! だから私と付き合ってくださいよう! 結衣香先輩!」
これで立花が僕をハメた大体の背景が分かった。
まったく現実と創作の区別がつかないほどにあすかさんの小説に入れ込んでいたわけか。
「やだよ。私はストレートだし」
「でもー」
そんなこんなで時間は過ぎてお開きにする時間が来た。
「あすかさん、いえ、焔先生! もしよかったら……その……連絡先を教えてもらってもいいですか?」
「ええ、喜んで」
二人はLINEのアカウントのやり取りをしててるようだった。
「じゃあ、これでお開きにするか。じゃあ悟、お会計たのむな」
と、真島課長。
「何で僕のおごりなんですか」
「冗談だよ。俺が今日は持つ」
助かった。何しろたった数日間で6万円散財したんだった。
真島課長が支払いをしている間、りおんちゃんが僕のスーツの袖を引っ張ってきた。
「あの、これからちょっと話がしたいんですけどご一緒してもらえませんか?」
「でも、明日、会いますよね?」
「はい、でも……」
りおんちゃんは僕の袖をギュッと握りしめたまま、うつむいてしまった。
その手は、微かに震えているようにも見えた。
「明日の待ち合わせまで、待てないんです。……今日、どうしても聞いておきたいことがあって」
いつも凛としている東堂さんとは違う、余裕のない声。
僕は事の重大さを察して、真島課長の方を振り返った。
課長はニヤリと笑い、顎で店の外をしゃくった。
「ほら、俺はこいつらをタクシーに放り込んで帰るから、お前は残れ。いいか、明日デートだからって今日を手抜くような男はモテないぞ」
「……ありがとうございます、先輩」
真島課長は本当に、肝心なところでは最高の働きをしてくれる。
結衣香と立花さんを連れてエレベーターへ向かう課長を見送り、僕は東堂さんと一緒に夜の街へと出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
春の夜風が、少し火照った頬を冷ましてくれる。
『堕天使』の入ったビルから少し歩き、人通りの少ない公園のベンチに腰を下ろした。
東堂さんは私服ではなく、ピンクのワンピースドレスにカーディガンを羽織ったままだった。
しばらく沈黙が続いた後、彼女がぽつりと口を開いた。
「さっき……バックヤードで、クレアさん、泣いてました」
「えっ……」
「『アタシだって、ずっと尾上のことが気になっていた』って」
胸がズキリと痛んだ。
15年前、僕はただ自分が傷つきたくなくて、姉小路から逃げた。あの時、彼女が僕に抱いていた感情がそんな真剣なものだったなんて、考えもしなかった。
「私、悟さんのこと、五年前からずっと見てきたつもりでした。でも……クレアさんが話す悟さんは、私の知らない悟さんで。クレアさんの涙を見たら、なんだか急に……」
東堂さんはギュッと自分の膝の上で両手を組んだ。
「急に、すごく怖くなったんです。悟さんが、昔の思い出と一緒に、クレアさんのところへ行っちゃうんじゃないかって」
彼女の不安の正体が分かった。
僕は結衣香のことで悩んでいたけれど、東堂さんにとっては、姉小路の存在が今の僕たちを揺るがすかもしれない「過去からの刺客」に見えたんだ。
「だから、明日まで待てなかったんです。こんな気持ちのまま家に帰ったら、不安で一睡もできないと思って……。私、我儘ですよね。ごめんなさい」
「東堂さん」
僕は彼女の言葉を遮るように、名前を呼んだ。
そして、膝の上で固く組まれた彼女の小さな両手を、僕の両手でそっと包み込んだ。
「えっ……」
「僕が『逃げない』って決めたのは、他でもない、君に対してだよ」
東堂さんは目を見開いて、僕の顔を見つめた。
「姉小路には悪いことをしたと思ってる。でも、それは15年前の過去の話だ。僕が今、一緒にいたいと思っているのは、目の前にいる東堂さんだけだ」
「悟、さん……」
「本当は、明日のデートでちゃんと言うつもりだったんだけど。君を不安にさせたまま夜を過ごさせるわけにはいかないから」
僕は、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「東堂暁子さん。僕と、正式に付き合ってください」
夜の公園。遠くで車の走る音が聞こえる。
東堂さんの瞳から、ポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「……はいっ。私でよかったら……よろしくお願いします」
彼女は僕の手を握り返し、泣き笑いのような、今までで一番美しい笑顔を見せてくれた。
「よかった。これで明日は、僕たちの『初デート』だね」
「ふふっ、そうですね。……なんだか、順番が逆になっちゃいましたけど」
僕たちはベンチに座ったまま、しばらくの間、繋いだ手を離すことができなかった。
明日、彼女がどんな「事情」を抱えているのかを打ち明けられたとしても。
今の僕なら、絶対に受け止められる。そう確信できる夜だった。
最後までご愛読ありがとうございます。
悟に想いを寄せていた姉小路の涙、そしてそれにヤキモチを焼く東堂さん。それぞれのキャラクターの繊細な感情が交錯する中、悟がしっかりと言葉にして気持ちを伝えたシーンは書いていて最高でした。
過去の呪縛から解き放たれ、ついに恋人同士となった二人。しかし、明日のデートでは東堂さんの「秘密」が明かされる予感も……。
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