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第十七話 絶対絶命の役員会議。僕たちが用意した秘策と法務の罠で、理不尽な上層部を完全に論破してやりました

いつもお読みいただき、ありがとうございます!


「私に恥をかかせるつもりか?」

吉永部長の厳しい追及から始まる役員会議室での直接対決。圧倒的アウェーの中、悟たちが突きつけたのは、単なる値引きではなく「疑似的な先物取引」という驚きの提案でした。

大人たちの高度な心理戦が結実する、スカッとする第十七話です。

「尾上さん、君は言っていることとやっていることが全く違う。何が関係性の深化だ。我々の要望に対してゼロ回答なのに何故そんなことが言える⁉ 今日は常務の都賀も出席しているんだ。私に恥をかかせるつもりなのか?」


 僕は吉永部長にそう言われてかなりヤバいことになった、と思った。


 田淵部長も真島課長もここでは助け舟は出してくれない。まあ、打ち合わせ通りではあるのだが、正直心細かった。


 落ち着け、落ち着け僕。


 ここからが本番だ。


「吉永部長、そう思われるのは無理からぬことですが、決して部長に恥をかかせる意図はございません。ここからが我々の提案の骨子です。」


「ふむ、では続け給え」


「ありがとうございます」


 都賀常務は相変わらず表情を変えない。


「資料の3ページをご覧ください」


 真島課長が配布してくれた資料を一斉にめくる音。


 早速吉永部長が反応した。


「これはアステラコンサルティングの需要予測だ。これなら我々も参考にさせていただいている」


「役員会でも、この資料を使って協議することもある」


 都賀常務も口を挟んだ。


「そうでしたか。弊社の提案はこの需要予測をもとにしたウエハーの市場価格変動予測を行っています。需要の高まりは市場価格が高騰し、需要の減少は逆を意味するというのが原則的な考えです」


「向こう二年間で価格が高騰するので、今の価格は下げられない。そう云う事かね」


「いえ、我々は逆に向こう二年間現行の価格を固定します」


「つまり、価格は下げないが市場価格が上がっても今の価格を固定するという訳なんだね?」


「その通りです」


「しかし、御社のウエハー仕入れコストが上がれば結局取引ができなくなるのは目に見えている」

 

 さすが吉永部長だ。市場原理を完ぺきに理解している。


「ウエハーの市場にも、先物取引があるのはご存じですか?」


「いや、それは考えたこともなかったな」


「御社からの数量のコミットが必要となりますが、弊社はウエハーを先物取引市場で指値を現行価格とします。そして現行価格を100として、二年後の価格も100で御社は買う、という疑似的な先物取引を弊社と御社の間で行う、というのが提案の骨子です」


「その場合、現在との比較での二年間の予測納入価格は何パーセント改善できる?」


「予測ではありますが、23%になります」


 岩田電産の出席者はざわついた。


「ほう、我々からの要求基準を8%も超えている。これが本当ならば悪くないんじゃないか?」


 吉永部長は論理的な考えは好きな人だ。この取引が下手な値引きより大きな利益を生むことをすぐに見抜いてくれた。


「吉永君が言う通りだ」


 また都賀常務が沈黙を破った。


 まさか都賀常務も理解してくれた? 

 

「それでは、このご提案についてご理解いただけたという事で良いでしょうか」


「私がこんなスキームを好意的に理解したと思ったのかね?」


「いえ、今、吉永部長を支持するようなことを仰ったのでそう思いました」


「『吉永君が言う通り』というのは、『それが本当ならば』というところだが」


 さすがに一筋縄ではいかないか。


「先ほど常務はアステラコンサルティングの資料を役員会でも利用している、とおっしゃいました」


「アステラコンサルティングの資料を参考にしている、とは吉永が申し上げたが」


「いずれにしても信ぴょう性が低いデータを参考にする、という事はさすがにございませんよね?」


「様々なデータソースの一つにしかすぎんよ」


 簡単に納得してもらえるとはさすがに思っていなかったが、都賀常務はいささか意固地になっているように見える。


 ここで予定通りだが、真島課長が助け舟を出してくれた。


「常務、ここはひとつ追加でご提案です。2年間で我々の描いたように、原材料であるシリコンの価格が上昇しなかった場合の補償条件を追加してはどうかと」


「だったら最初から値引きをすればいい話ではないかね?」


 都賀常務は補償条件をチラつかせても引き下がる様子はない。


「そもそもだ。数量のコミットと仰るが、 2年先のことなど誰にも分からん。そんなリスクを負えるわけがないだろう」


「ですが、御社がアステラの予測を信頼し、15%の改善を至上命題とするのであれば、このリスクは『利益への投資』と言えるはずです」


 協議は少し膠着気味になった。


 何気なく阪下さんの方を見やると、阪下さんは吉永部長に目配せをしているではないか!


(あれ、この二人、何か企んでいる…?)


 その刹那、吉永部長が口を開いた。


「まあ常務、関東テクノスこちらさんも、私が過去5年くらいかけて随分と買い叩いてますからね。乾いた雑巾を絞るような作業だったんじゃないでしょうか。もちろん、アステラスのデータの信ぴょう性や真島さんからの補償のお話も含めて、総合判断なさってはどうでしょうか」


「吉永部長、随分と物分かりがいいじゃないか」


「いえ、私たちも、少し行き過ぎると大変なことになります」


「どういう意味かね?」


「ええ、関東テクノス(こちら)さんは下請法の対象となる取引相手ですので」


 都賀常務はそこでフリーズした。

  

 しかし、敢えて僕たちに聞こえるように吉永部長に苦情をぶちまけた。


「なぜそんな重要なことを先に言わなかったんだ。もう、関東テクノスとは手を切れ。他のサプライヤーなどいくらでもあるだろう?」


「常務、サプライヤーのプロファイルには目を通していただいているものと思っておりました」


「それはもういい。という事だ。関東テクノスさん。我々は違うサプライヤーを探すことに今決めた。いろいろと無理を言ってすまなかったね」


 と、逃げを打ちながら僕たちとの取引終了を匂わせた。

 

 阪下さんが吉永部長をたらし込んだことは鈍感な僕でも分かったが、僕は取引終了をチラつかされて窮地に立たされたわけだ。


 しかし、田淵部長がここで逆襲を試みた。


「都賀常務、大変失礼ながら他のサプライヤー、とはどこの事をおっしゃっていますか? 我々よりも安価に納入できるサプライヤーの候補がおありのようですが」


「それを君たちに言う必要はない」


「果たしてそうですかな? 先ほど吉永部長がおっしゃったとおりです。我々が乾いた雑巾を絞るように御社に尽くしてきたわけです。しかし吉永部長はその努力にきちんと数量で報いてくださいました。5年間もの間に、他社が追従でないような条件で我々は納入しているのです」


「うぐっ」


 そう言って都賀常務は黙り込んでしまった。


 しかし、阪下さんがとどめを刺す。


「サプライヤーを変える、という脅しは下請法で禁止されている『報復措置』に当たるものです。我々も取引を打ち切られることになるのであれば対処する必要が出てくる可能性は否定しません」


 都賀常務の表情から色が消えた。


 真島課長が僕の脇腹を小突いて、まとめに入ることを要求した。


「弊社と、岩田電産さんが長い時間をかけて築き上げてきた関係を壊すのではなく、さらに深化させる目的のスキームです。正直今の今価格を15%下げることは我々にとって完全に赤字を意味します。しかし、この考え方であれば、双方に義務は生じますが、都賀常務のご要望を超える条件をかなえることができるのです。ここはひとつ、前向きにご検討いただけないでしょうか!」


「では、そちらのスキームが予定通りにならなかった時の補償について、詳しく説明してもらえるかな」


 都賀常務は、机の上に組んだ手にじわりと力を込めた。外資出身の彼にとって、コンプライアンス違反のレッテルを貼られることは、キャリアの死を意味する。


 かろうじて面子は保とうとしているが、都賀常務は白旗をあげた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「完全に我々のシナリオ勝ちでしたね」


「まさか阪下さんがあんな仕込みをしていたなんて」


 岩田電産での勝負に勝った僕たちは、駅までの帰り道で歩きながら話し合った。


「いや、まだわからんぞ。都賀常務は口では納得した素振りだったが、最終的にどう出てくるかはわからんな」


「田淵部長、阪下さんも報復措置は違法だって言っていたじゃないですか。杞憂ですよ」


「岩田電産ほどの会社なら、違法を合法に変えてしまう様な弁護士を抱えていてもおかしくはない」


 田淵部長の云う事もわかるけど、いずれにしても関東テクノスウチを切ることにメリットはなさそうだ…常務のプライドを護る以外には。


 先を歩いていた真島課長が僕の方に振り向いた。


「悟、実際に提案したスキームをベースにした覚書を作成して捺印させるようにプロセスを急いでくれるか?」


「分かりました。覚書のドラフトは僕がすぐにでも。レビューは阪下さんにお願いすることになりますがよろしいでしょうか?」


「ああ、それは問題ないよ」


 多分田淵部長の優柔不断に業を煮やしたんだろう。より実務的な真島課長は、先に進めたかったのだと思った。


「ありがとうございます! じゃあ、結衣香、社に戻ったら申し訳ないけど手伝ってもらえるかな?」


「もうできています」


「ええ⁉ もう?」


 全員がびっくりして声をあげた。


「アタシを誰だと思ってるんですか!(笑)」


 今回の功労者は間違いなく阪下さんだ。しかし、結衣香の有能さは僕たちには余りある事のような気がしていた。


ご愛読ありがとうございます。

関東テクノスのチームワークが光る、最高に痛快なお仕事回でした! 悟の堂々としたプレゼンはもちろん、裏で吉永部長と手を組んでいた阪下さんの策士っぷり、そしてすでに覚書を完成させていた結衣香の有能さ。それぞれがプロフェッショナルとして機能しているのがカッコいいですね。

仕事の大きな山を越え、次回は待ちに待った土曜日。東堂さんとの恋の行方が動きます!

本作を楽しんでくださっている方は、ぜひ下のボタンから【作品のフォロー】や【評価(★)】をいただけますと大変励みになります。「スカッとした!」「結衣香有能すぎ」など、一言ご感想も大歓迎です。引き続き、よろしくお願いいたします!

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