第十六話 決戦の金曜日。法務エリートが仕掛けた『ゼロ回答』の罠と、味方を欺く裏工作
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明日の東堂さんとのデートを笑って迎えるためにも、絶対に負けられない決戦の金曜日。
岩田電産の都賀常務が同席するという圧倒的アウェーの中、関東テクノス陣営はまさかの「価格改定ゼロ(値引きなし)」を宣言します。激怒する吉永部長、しかしその裏には法務のエリート・阪下が仕掛けた緻密なシナリオがありました……。
ビジネスサスペンス全開の第十六話、お楽しみください!
僕は、東堂さんとの騒動(?)の最中にも、都賀常務対策として田淵部長、真島課長、法務の阪下さんと、ついでに結依香も一緒に新しい納入価格と提案書をまとめていた。
決戦は金曜日だ。
ここで勝ち名乗りを上げて、翌日の初デートに繋げたい、なんて甘い事を考えていた。
荒唐無稽な全サプライヤー一律15%納品価格引き下げは、下請法に抵触する可能性が高いというのが阪下さんからの提案だが、これを最初から振りかざすのは妙手ではない。
寧ろ吉永部長の心証さえ悪くしかねない。
これは最後の切り札として使う事にした。
今までも岩田電産には数年をかけて大きな値引き率を実現してきた。関東テクノスの利益を削る余地はないのではないか、と思えるまでに。
配送方法など、さまざまな角度で計算をしてみたが現在の価格から15%の更なる値引きは不可能に見えた。
提案は明日に迫っているというのに、僕たちは方向が見出せずにいて、幾度となく開かれる会議はいつものように煮詰まっていた。
しかし今日の会議で結衣香がその停滞を破ることになるとは。
「あの、ちょっとボク公開されてるシンクタンクの半導体の需要予測調査を読んでみたんです。これなんですけど」
外資のアステラコンサルティングがまとめた需要予測調査のハードコピーだった。
あんな事があったけど、結衣香はいつもの結衣香らしく振る舞っている。
「こ、これは!」
田淵部長が書類を手にした途端叫んだ。
どんな数字が田淵部長を⁉︎
「すまない。勉強が足りなくてワシには読めん」
田淵部長は英語が苦手だ。
フィリピンパブでは流暢な英語で会話をしているという噂は聞くのだが。
「この資料によれば、テキサスの大寒波、宮崎と群馬の工場火災で大減産したのが、2年後には台湾大手の日本企業買収が奏功して生産量は減産以前の水準に戻るとのことです」
「このレポートの信憑性は?」
阪下さんはビジネスマンではないが、法律家らしく情報の正確性が気になるようだった。
「アステラはこの業界にはかなりのソースを持っています」
「ではそこそこ信憑性は高いな」
「ええ」
結衣香は自信たっぷりに答えた。
「で、ボクなりに考えてみたんですけど、聞いてもらえますか?」
「ああ、今、どんなアイディアでも聞いてみたい。結衣香のアイディアなら尚更だ」
真島課長の結衣香への信頼は高い。僕も負けてられないが、結衣香の実力は今伸び盛り。僕も結衣香の提案には興味がある。
「汐留くん、どんな計画なんだね?」
「はい、田淵部長、まず…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「関東テクノスさん、今日は期待してよいですかな? 何しろ、ウエハーは我々の会社で最も収益に関係のあるマテリアルなのでね。急で申し訳ないが吉永くんに無理言って同席させてもらうことにしました。常務の都賀です。宜しく」
相手は購買部の吉永部長を筆頭に部員が四名。そこに加えて、噂の都賀常務が同席しているのには正直面食らったが、むしろ、これはチャンスなのではないか?
直接説明する事ができるのは結構デカい。
「都賀常務、むしろご同席頂けるとは光栄です」
普段、田淵部長は頼りなく見えるが客先では百戦錬磨の老兵を思い起こさせるほど頼もしく見える。
ただし、内容については僕と結衣香で説明し、真島課長がサポート、「切り札」を出す必要がある時に備えて阪下さんにも同席いただいているので殆ど張子の虎なのだが。
長く通っているが、岩田電産の役員会議室に通されたのは初めてだった。巨大なモニターがあり、椅子は革張り。調度品にも重厚感があった。
僕は深呼吸を一つして、口火を切った。
「では、時間も限られているので、早速弊社関東テクノスの今後の納入価格についてご提案申し上げます」
真島課長が話すべきでは?とも、思ったが課長は僕にこの大役を任せてくれた。
僕が説明を始めようとすると課長はハンドアウトを配り始めてくれた。
「我々の提案価格は、現在の価格の100%レベルです。つまり、価格改定なしです」
役員会議室はにわかにザワついた。
吉永部長は明らかに不満な表情に変わった。
「関東テクノスさんは、弊社との取引を終わらせたい、そう聞こえるがそういう事かね」
吉永専務の反応はもっともだ?
一方の都賀専務の表情は変わらないが、鋭い視線を僕に投げかけてきた。
「15%の引き下げがご要望であることは重々承知しております。このご提案は、取引をやめる前提でしているわけではございません。寧ろ御社との中長期的な関係性の深化に貢献できるものと思っています」
「尾上さん、君は言っていることとやっていることが全く違う。何が関係性の深化だ。我々の要望に対してゼロ回答なのに何故そんなことが言える⁉ 今日は常務の都賀も出席しているんだ。私に恥をかかせるつもりなのか?」
結論を先に出すことで、相手の真の要望を引き出せるのではないか、というのは阪下さんのアイディアだった。
関東テクノスの企業法務を担当する前は、大手の法律事務所で主に民事の裁判を担当することが多かったという阪下さんは、「損か得か」。
その辺りの駆け引きに経験と自信がある。
僕は吉永部長の人となりをなるべく多く阪下さんに伝えていた。
阪下さんは吉永部長は義理堅く人情に篤い人物であると理解したようだ。
実は阪下さんの指示で、昨日の夜、急遽吉永部長と阪下さんの非公式な会議を設定させられた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お呼び立てして誠にすみません。関東テクノスの社内法務をやっています、阪下と申します」
場所は岩田電産でも、ウチの会社でもなく、新宿東口に近いカフェだった。
「関東テクノスさんからのご提案は明日ですが、一体全体どう云う事でしょうか。また、法務の方からのお呼び出しという事でちょっと私も身構えておりましてね」
「ええ、びっくりさせてしまいまして済みません。が、部長と御社の両方にとって今回の提案が重要であることを先にご理解いただく必要があるという事をお伝えしたかったのです」
「営業のお二人からそのお話をいただければ良かったのでは?また事前にこうした交渉の一部を行うというのは他社に対して少しフェアではないような気がするのです」
「ええ、今回は根回しなどという性格のものではありません」
「では、どういう趣のものなのでしょう」
「当日突然に我々が法的な指摘をすることで、部長のお立場が悪くなることがないように事前に申し入れをしたいという事です」
「法的な指摘とは?」
「ずばり、下請法です」
「購買部門長である私が下請法を理解していないと?」
「いえ、そう云う事ではございませんが」
「ではどう云う事でしょう」
「弊社の資本金は三億円未満でございます」
「まさか……」
「ええ、そのまさかなのです。関東テクノスの資本金は非公開ですのでご存じなかったかもしれませんが、第四条の禁止事項には第一項五号として親事業者による『買いたたき』が存在しています。この一律15%の値引き強要は買いたたきに該当する、というのが私の見解です」
「なるほど、それを盾に値引き交渉を断る、という戦略ですかな?」
「いいえ、先ほど申し上げた通り、当日そのことを話をすることで会議の方向性が全然違うものになってしまうことを危惧しています」
「では、私にどうしろと?」
「私の役割ではありませんので提案の詳細について今話すつもりはありませんが、最初に結論としてゼロ回答をする予定です」
「仰っている意味がよくわかりません」
「吉永部長には、われわれのゼロ解答に率直に怒りを表明していただければ」
「ますます謎だ」
「その後、御社にとって必ず良い提案をしますから。ぜひ、常務のご同席をアレンジしてください。そして」
「そして?」
「万が一常務がご納得頂けないような事態の時、少し助け舟を出してもらいたいのです」
吉永部長は少し考えを巡らせて、ハタと膝を打った。
「なるほど、面白い筋書きですね。阪下さん」
「ご理解いただけたようですね」
百戦錬磨の法務担当の面目躍如だ。
(尾上くんには常務が出席することは伏せておこう。相手を欺くにはまず身内からってな…)
最後までお読みいただきありがとうございました!
結衣香の優秀さと田淵部長のポンコツっぷり(英語読めない)の対比で笑った直後、阪下さんのクレバーすぎる裏工作に痺れました! 吉永部長に「わざと怒ってくれ」と頼んでいたとは……まさに策士ですね。
さて、見事に(?)吉永部長を激怒させ、都賀常務の視線を釘付けにした「ゼロ回答」。ここから関東テクノスは一体どんな提案を突きつけるのか!?
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