第十三話 絶望して店を飛び出したら、財布は上司に強奪されるわ、追いかけてきた彼女に『ぺちん』と両頬を挟まれるわで、僕の感情はもう限界です
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いざキャバクラへ!……とは言ったものの、悟の周りは「フラれたばかりの後輩」と「その後輩を熱愛するストーカー気質の女子」と「面白がる上司」という地獄のメンツです。
さらに東堂さんとの会話でも致命的なすれ違いが発生し、悟はついに店を飛び出してしまいます。不憫すぎる主人公の逃亡劇の行方は!?
電話の主は、東堂さんだった。
東堂さん、何か言いたげだったけど僕は他の三人の目が気になって、
「いまからそっちに行くので!四人でお願いします!」
そう言って電話を切った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ! ご予約の四名様ですね?」
真島課長、結衣香、立花美瑠。
このメンツはヤバい。僕は正直気が乗らなかった。
でも、東堂さんに昨日の事、謝らないと。
「あのっ、りおんさんを指名で!」
今日は僕が東堂さん、あ、ここではりおんさんか。とにかく彼女を指名することにした。
真島課長は横で少しニヤついている。
「なんですか。先輩」
「いや、何でもねえよ」
「その割には吹き出しそうな顔してるじゃないすか!」
「俺は元々こういう顔だよ」
僕がふくれっ面をしていると、間もなくソファに例の二人―― 沙織さんとあすかさんがやって来た。
「真島さん、尾上さん、また来てくれたんですね」
「ああ、今日は沙織に会いたくてな」
真島課長、そういうことは言わないほうが。
「えー、本当ですかぁ? 本気にしちゃいますよ?」
といいながら、沙織さんの視線は僕をがっちりロックオンしている。
「さ、沙織さんこんばんは」
「ふん! 悟さん、今日はりおんちゃん指名したって本当?」
沙織さんがいれば、こういう事になるよね。
あすかさんは素なのかワザとなのか分からないけど、表情一つ変えずに黙って僕らのやり取りを聞いている、
「沙織、そんなに拗ねるなよ。今日、悟がりおんを指名したのはちょっとした理由があるんだ」
「理由? どんな?」
「そうだな、悟が自分に決着を付けに来た、って感じかな?」
真島さん、面白がって話を盛ってるだろ。
「えー、知りたい―!」
沙織さんが駄々をこねていると、
「いらっしゃいませ。尾上さん」
と言って、ピンク色のワンピースを着た東堂さんが僕らの座るソファにやって来た。
職場で取り乱したことが無かったことのように、まったく躊躇せず、にこやかにだ。
これがプロ意識なのか、と感心してしまった。
正直ノープランだ。今日職場であったことをこの場で沙織さんやあすかさんがいる前で話すことは出来ないし、どうしたらいいんだろう。
「今日は女性の方が……一緒なんですね?」
「何も聞かないでください」
僕は棒読みして言った。
「はい、わかりました」
東堂さんはそう言ったものの不満に見えた。
ひょっとして僕のためにヤキモチを焼いてる?
「へー、この人が尾上悟のいい人?」
立花さんはド直球を投げつけてくる。
「美瑠、呼び捨てにするなってさっき言ったよな」
また同じことで立花さんをたしなめる結衣香。
「はーい。ごめんなさーい。でも今更尾上さんとか悟さんとか言いたくないなー」
「いいから敬語を使えっていうの」
東堂さんは結衣香と立花美瑠に聞いた。
「お二人は、キャバクラにいらっしゃったのは初めてですか?」
「はい、初めてでーす」
生意気そうな返答をする立花美瑠。
「ボクも初めてだな」
「わあ、『ボク』っていう一人称使う女の方、あこがれちゃうんですよ!お名前をお伺いしても?」
りおんちゃんは結衣香にちょっと興味を持ったみたいだ。
「結衣香。汐留結衣香っていいます。いつも先輩がお世話になってます」
結衣香は表情が硬い。
「結衣香さん、っていうんですね。私はりおんです。ご来店ありがとうございます! そしてこちらの方は……」
「美瑠でーす」
「おい、美瑠」
「はぁい」
東堂さんが僕の耳元でささやく。
(あの、お二人ともお機嫌が悪いみたいなんですけど、大丈夫ですか?)
(あまり、気にしないで。事情は後で電話で話すよ)
(はい。わかりました)
「想像していたのとは違って、キャバクラってなんか楽しそうですね」
「お前どんな想像してたの?」
「いや、そのもっとエロいことするスケベ親父とか居てとか」
「そりゃそう云うお客さんだっていると思うけどさ」
「先輩はこういう所好きなんですか?」
この質問には困った。
正解は「嫌いじゃないけど得意じゃない」なんだ。
「真島課長みたいに熱心じゃない、とだけ言っておく」
「えー、そうなんですかぁ?」
結衣香がそう言うと、
「えー、そうなんですかぁ?」
と、りおんちゃんも被せて来た。
「りおんちゃんまでいじめないでよ!」
「きひひひ、もっと困れ。尾上悟」
多分前世では僕と立花美瑠は絶対に殺しあってると直感した。
「このサバトどもが!」
「何? サバトって?」
「中世の『魔女』のことだよ」
「先輩ひどーい」
立花美瑠まで僕の事を「先輩」と呼ぶことにしたようだ。
「おまえがいうか?」
「まあまあ、せっかくですから皆さんで乾杯しましょう」
そう言ってボーイさんに注文を取ってもらい、飲み物が運ばれてきた。
「それじゃ、カンパーイ」
「あれ、りおんちゃん何飲んでるのそれ?」
「これですか? カシスオレンジですよ」
「りおんちゃんは顔が可愛いだけじゃなくて、飲むものも可愛いんだね」
「結衣香さん、そんなぁ」
「うんうん、まじで。ボクが認めるとかそんなのはおかしいけど、りおんちゃんと先輩が上手くいくように祈ってるよ」
「えっ」
東堂さんは声をあげた。
あの、僕たちまだ正式には……
「えっ、って? あれ?」
結衣香が不思議な顔をしている。
そりゃそうだ。本当なら昨晩何か進展があったはずなんだ。
「結衣香、ちょっとその話は待って」
こくんと頷き、結衣香は察してくれたようだ。
この件を東堂さんにちゃんと謝らないとここに来た意味がない。
僕は深呼吸を一つして言った。
「昨晩は携帯電話の電源が落ちていたから、りおんちゃん、僕に電話ができなかったんですよね?」
「ええ、そうなんですど、そもそも私がドタキャンしたのが悪くて」
やっぱり何か他の用事が出来たんだな。内心穏やかではなかったけど、僕は取り繕うように言った。
「い、いや、それは色々あるだろうし、僕は気にしてない……です」
「でも、ごめんなさい。昨日は尾上さんよりもほかの人を優先してしまったの」
??? あの五年前から好きだったって話は……
やっぱり僕には無理目の高根の花だったのか。からかわれていたんだな。
「そ、そうですよね。ははは、そりゃそうだ」
僕、カッコ悪い。
この場から逃げたい。
完全に頭の中が真っ白になって、自分でも驚くような行動に出てしまった。
「ごめんなさい!先輩これっ!」
「えっ? なに?」
東堂さんが何か言ってるのが耳には入っていたが、僕は財布を真島課長に預けて店を飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ピンポーン!』
駅の改札でかざしたSuicaの定期券は残高が最低運賃以下だったようで、無常にも駅の自動改札は入場を拒んだ。
最悪だ。カッコつけて財布を真島課長に託して出てきたのはいいけど、僕はSuicaの残高118円しか持っていない。
課長から何度か着信があったけど、流石に今掛け直す勇気がない。
さて、進退窮まったな。
仕方なく僕は課長にLINEでメッセージを送った。
「財布が無いので帰れませんでした」
すぐに真島さんから返信。
「慌てものだな。1時間したら上がるから少し待てるか?」
それ以外に選択肢はないので、
「駅近くに広場があるので、そこに座って携帯でもいじってます」
と返した。
ベンチはどこも埋まっていた。
仕方なく僕は立ちっぱなしでイヤフォンをしてアマプラで映画を観始めたが気もそぞろで内容が全く入ってこなかった。
すると5分もたたないうちに、また真島さんからLINEが来た。
「今から出るって」
何? もう?
というか、その言い方間違ってない?
「出るって、ってなんか変だな」
と独りごちる。
気を遣わせてしまったかな。
課長にも、結衣香と立花さんにも悪いことをしてしまった。
課長が来るまで、続きを観ることにした。
そのうち暫く僕は映画に没入していた。——周囲の状況が分からないほどに。
「……さん!」
誰かが僕の肩を叩いて僕は現実に戻った。
「と、東堂さん⁉︎」
何故だ?
まだ東堂さんは上がりの時間ではないのでは?
ピンクのワンピースから少し地味めの私服に着替えた彼女は髪型はアレンジしたシニョンのままで、少し不釣り合いな感じもしたけど、やっぱりその、可愛かった。
「どうしたんですか? あんなに慌てて出て行くなんて」
「ごめん……なさい。 僕、昨日何か勘違いしたみたいで」
「どう言うこと?」
どう言うことって、どう言うことなんだろう。
「いや、東堂さんが僕を好きになってくれていたってことは、僕の聞き間違いか何かなんだろうなって」
ぺちん、と音がして、少しひんやりする東堂さんの両手が僕の頬を優しく挟んだ。
「どうしてそうなるんですか!」
東堂さんは頬っぺたを膨らせながらかわいく怒っている。
「えっ、勘違いじゃなかったの? じゃあ、昨日は違う人を優先したって……」
「あの、それって沙織ちゃんの事ですよ? もう。本当に慌て者さんなんですね。私だって、あのまま誤解されたくなかったです」
そうだったんだ。
「どうしても話を聞いてほしいって、無理矢理にせがまれてしまって」
「そうだったんだ」
「私こそごめんなさい。いくら沙織ちゃんの頼みでも断れば良かった……」
「どんな話だったの?」
「えっ? いや、あの、秘密です!」
秘密と言われると、気になるけど聞けない。
「それで、今日は僕なんかのために早く上がったって事?」
彼女はこくんと頷いた。
ヤバい。
嬉しくて涙が出そうだ。
「本当にごめん、邪魔しちゃって」
「そのことなんですけど……」
「へっ?」
「ま、真島さんが『りおんの給料がちゃんと出る様に』ってマネージャーに言って」
あの、まさか?
「『今日は軍資金もあるし』って言ってました」
「あの、真島さんから僕の財布を預かってきたりしませんか?」
「い、いえ。ぐ、軍資金……なんだそうです。尾上さんの財布」
課長に初めて殺意を持った。僕の財布で飲むつもりか!
「なんでそうなる! あー!!!!」
僕が狼狽えているのを見て、東堂さんは申し訳なさそうに、
「あの、良かったら一緒に……帰りませんか?」
「どこへ?」
どう言う展開なの?これ?
「お店にですよ」
「そ、そうですよね」
財布を取り戻すためにも戻らなきゃ。誤解は解けたんだし。
「じゃ、戻りましょうか」
僕は東堂さんにそう促した。
「はい!」
東堂さんの笑顔は、本当に癒される。
腕に伝わる彼女の体温に、僕はさっきまでの失意を忘れ、天にも昇る心地だった。
そう思っていると、東堂さんが僕の腕に自分の腕を組んできた。
「いい、ですか?」
細くて、柔らかくて。
だが、ふと我に返る。
向かう先は、僕の財布を「軍資金」にして酒盛りをしている真島課長たちが待つボックス席だ。
そこには、僕を振ったばかりの……いや、僕が振ったばかりの結衣香がいる。
そして、結衣香を崇拝する美瑠が、目を血走らせて待ち構えているはずだ。
(……待てよ。この状態で戻るのか? 暁子さんと腕を組んだまま?)
暁子さんの柔らかい感触は、僕にとっての救いであると同時に、店に戻った瞬間に僕を「社会的な死」へと追いやる、美しくも恐ろしい時限爆弾に思えてきた。
「あの、尾上さん……?」
不思議そうに僕を見上げる暁子さんの瞳。
僕は冷や汗を拭いながら、死地(堕天使)へと足を向けた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
東堂さんの「ぺちん」、最高に可愛かったですね!早とちりした悟へのちょっと怒ったような甘いスキンシップに、思わずニヤニヤしてしまいました。……それにしても、部下の財布を「軍資金」にして飲み続ける真島課長、ひどすぎませんか?(笑)
さて、甘いムードで腕を組んだ二人が戻る先は、修羅場確定のボックス席です!
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