アシェム継承戦争~決死隊の咆哮~
「決死隊、整列!」
ヴィローズの葉を飲ませた士官の一人が大きな声を張り上げる。敵の攻撃も散発的になっているが、ヴィローズの葉を飲んだ兵士たちが本陣を防衛している。その本陣の中央でこれから敵本陣へと攻め入る決死隊が整列していた。
「決死隊は約百名。精鋭中の精鋭でございます。どうか、領主様もご安心ください」
本陣の中央に約五十頭の軍馬が並んでいる。三十騎ぐらいは魔法騎兵隊であるが、二十頭の馬はそれぞれ二頭の馬が馬車一台をひく馬車輸送隊である。その中に兵士が乗り込み、一人はヴィローズの葉を飲んだシラフの兵士で馬を操る。馬車の中には酩酊状態の兵士で高笑いをしながら、寝転んだり、ぎゃあぎゃあと騒いだりしている。
「はい、はい、は~い! まずはギッチナー、脱ぎま~す」
その中でも一番騒いでいるのはギッチナー将軍である。大きな身体を前後左右に揺さぶりながら、今にもその軍服を脱ごうとしている。
「さあさあ、ど~んといってみよ。あなたのカッコいいところを見てみたい! ぎゃはははっ、ぎゃはははっ」
隣の馬車からギッチナー将軍を煽るようにウルは手を叩き、上機嫌に笑っている。二人を止めようと兵士たちが必死に宥めている。三次会ぐらいの深い時間のノリで、後日思い出すと必ず後悔するような惨状が、今、俺の目の前で起こっているのだ。
悪酔いし過ぎだろう。
「ふむ、お若いの。これは早く出発した方がよさそうじゃな」
この決死隊を率いるのはドクター・ラバウである。ドクター・ラバウはヴィローズの葉を飲んでいないが、シラフである。なんでも、ヴィローズの葉を集める際にほとんど魔法を使わないようにしていたそうで、それで三日も時間が掛かったそうだ。
「そうですね、早く出発してください」
決死隊全体が見渡せる位置から俺はドクター・ラバウに出撃の許可を出す。
「何を言っておるんじゃ。お主も一緒に来るんじゃよ」
「へえっ?」
いやいや、俺の仕事はもう終わったはずだ。ドクター・ラバウから期待された活躍は既に終えているはずである。戦端を三日間開かないようにし、開戦後は戦線を縮小してドクター・ラバウが到着するまで耐えたのだ。さらには、酔いつぶれた兵士たちにヴィローズの葉の粉末を水に溶かして飲ませ、この決死隊を編成した。
俺は仕事をやり遂げたのだから、後は逃げるだけだ。
「何を言っておるのか、お若いの。これからが本番じゃ」
俺の必死の抗議をドクター・ラバウは簡単に一蹴する。……やっぱり、ダメですか。
「お主はこれから、敵軍の総大将、メダッボ伯爵に戦いを挑むじゃ。ほら、わしの後ろに乗らんか」
「でも」
「でも、だってもないんじゃ。ほら、時間が勝負じゃ。早よせい」
俺の話を聞こうともしないドクター・ラバウは、鞍の後ろ叩いて俺を急かした。ネガティブ・シンカーは物事を悪く考える。こんな状況はどう考えても無理だ。
「おい、さっさとしないかっ!」
まごついている俺にギッチナー将軍は馬車から降りてきて、俺を睨みつける。
「俺はこういう場でモジモジとして何もやらないやつが一番嫌いなんだよ。来いと言われたら、さっさと行かんか!」
絡み酒――それは人の都合など考えずに誰かれ構わず話しかけ、こちらの話を聞くことなく、一方的な話をする醜態。ギッチナー将軍はこれである。
真っ赤な顔で酔っているのか、怒っているのか分からないが、その鬼の形相がどんどん近付いてくるのに、俺は何もできない。
「もういい。俺について来い!」
ギッチナー将軍は俺の腕を掴むと凄まじい腕力で俺のことを引っ張る。そして、馬車に戻ると怒った顔を急に綻ばせて馬車の中にめいいっぱい響く声で叫んだ。
「さぁ、行くぞっ! まだまだこれからだ。がははははっ」
その叫び声を合図に決死隊は本陣を出陣した。俺は筋骨隆々のおじさんの腕にアームロックをかけられながら、出撃することになったのだ。
「うおおおおおおおっ!」
雄叫びをあげながら、決死隊は本陣を出撃した。馬車はガタガタと揺れながら丘を下る。車輪が小石を跳ねたり、地面にできたくぼ地を通過したりするたびに俺の身体は前後左右へと振られている。
「行けぇ、行けぇ! どんどん行っちまえ!」
がはははっ、がはははっ――狭い馬車の中にはガラガラと車輪の回る大きな音とギッチナー将軍の品のない大きな笑い声が響いている。ギッチナー将軍は終始ご機嫌だ。対して、将軍の太い腕に押さえつけられて既に乗り物酔いしそうな俺は最悪の気分である。
決死隊は馬車輸送隊を中心に魔法騎兵隊がその周りを囲んで護衛している。もっとも、敵も大分酔っぱらっているから、大した抵抗はないが、数が多い。その分、まだ戦える兵士もちらほらいる。
「魔法砲弾、来ます。捕まってください!」
馬車の馬を操っている兵士が俺たちに叫ぶと同時に、思いっきり馬を右へ寄せた。
「着弾っ!」
馬車を操る兵士の声と同時に、激しい爆裂音が俺のすぐ隣で起きた。かなりの至近弾だったようだ。兵士が間一髪のところで避けたので、助かったが、直撃していたらこの酒乱おっさんと一緒に死ぬところだった。危ない。
魔法による砲撃や歩兵による突撃などの攻撃が続いていたが、大部分は魔法騎兵が防いでくれている。馬に乗りながらシールドのような魔法を展開し、馬車輸送隊を守っているのだ。そのために、馬車隊は一台も落伍することもなく、丘を下り、敵の主力部隊を突破することができた。
「将軍、まもなく川です」
丘を下り、平坦な草原を全力で駆け抜けていると、兵士が馬車の俺たちに話しかけてきた。
「しっかりと捕まっていてください」
兵士は俺たちに注意すると、何やら唱え始める。
「おっ、いよいよあの技が見られるのか!」
ギッチナー将軍は兵士の唱えている魔法が何だか分かったのか、出発以来ずっとアームロックしていた俺を放して馬車の入り口近くにある手すりを掴んだ。
今だ、この時しかない。
俺はギッチナー将軍が俺を放したので、加齢臭から逃れようと身体を起こす。こんなおっさんとこれ以上密着したくない。ちょうど、乗り物酔いもピークに差し掛かっていたので、俺は窓を開けようとした。
その瞬間、俺の身体がふわりと浮いた。
「我が天の馬よ、空を翔けよ!」
兵士が唱えた言葉により、馬車は空を飛び始めた。
「へぇ」
情けない気の抜けた声を出した俺は馬車が空を駆けている時に、宙に浮いてしまった。まるで無重力空間で浮かんでいる宇宙飛行士のようにぷかぷか浮かんでいる俺は、タイミング悪く開けてしまった窓から上半身が飛び出てしまった。
「ぎ、ぎゃああああああっ!」
窓からするりと抜け落ちてしまいそうになり、空中で足をバタつかせる。眼下に流れる川を見ながら、俺は死を覚悟した。
その時、俺は足首をぐっとつかまれて、馬車の中に引き戻された。
「危ないぞ。しっかりつかまらんといかんだろうが」
ギッチナー将軍は凄まじい腕力で俺を馬車の中へ引き戻すとまた俺にアームロックをかける。くそ、結局はこのおっさんから逃れられないのか。
「しかし、すごいだろ。我が魔法騎兵隊伝統の『空を翔ける馬』は」
「は、はぁ……」
自慢気に話すギッチナー将軍を俺は見上げるしかなかった。そういえば、ドクター・ラバウは移動手段として馬にこだわり、なぜか車を使わなかった。この魔法を利用して川を渡るために馬にこだわったのかもしれない。
「ちなみに、この魔法はもうすぐ切れて、落下するから衝撃に備えた方がよいぞ」
「えっ?」
感心している俺の疑問の声が届くより早く、馬車が急速に落下する。
「うあああああああっ!」
今度は馬車が急激に降下する中で、俺の身体がふわりと浮いた。シートベルトも締めていない俺は何かにつかまろうとして必死にもがいた。そして、丈夫そうな胴周りにしっかりとしがみついた。
「なんだ、そんなに密着しなくても」
顔を上げるとそこには不思議そうな目で俺を見下しているギッチナー将軍の顔があった。いや、俺は仕方なく、緊急避難のためにしがみついているんだからね!
「着地します。衝撃に備えてください!」
兵士が叫ぶと同時に、馬車は激しい衝撃音とともに地面へと着陸、というよりは落下する。着地の瞬間に馬車は激しく揺れ、俺は上下に揺さぶられたが、馬車そのものは壊れることはない。しばらく惰性で進むと馬車は停車した。
「おっ、成功だ。がはははっ!」
目を丸くして、今起こっていることをただ眺めることしかできない俺をよそに、ギッチナー将軍は高笑いを続ける。どうやら決死隊全体も止まっているようだ。
「領主様、着いたようなので、将軍にこれを。早く、飲ませて……」
ここまで馬を操っていた兵士は水筒を渡すとがくっと落ち、寝込んでしまった。その水筒は事前にヴィローズの葉の粉末を溶かしてある。
俺たちは遂に、敵本陣に着いたのだ。
「いざ、敵総大将のもとへ参るぞ」
シラフに戻ったギッチナー将軍は意気揚々と先頭を歩いている。
空を飛んだ決死隊は着陸後二分された。一隊は敵本陣へ攻撃を仕掛ける部隊でドクター・ラバウ、ウル、ギッチナー将軍、俺、他兵士二名の六名である。残りはここまでヴィローズの葉を飲んで輸送任務についてくれた兵士たちを守りながら戦場から脱出部隊で、魔法騎兵隊もこの脱出部隊と一緒に撤退する。ちなみに、本陣に残った部隊も俺たちが渡河次第に撤退する手はずになっており、その合図である狼煙が俺たちの本陣の方から上がっている。
脱出部隊と別れた後、俺たちは敵本陣へと向かうために歩き出した。
「あの、おかしくないですか?」
森へ迂回しながら敵本陣へ向かう一行の一番後ろにいる俺は声を上げた。その声に一同が歩みを止め、振り返る。
「何がおかしいって言うのよ、悟。時間がないんだからさっさと行きましょうよ」
同じくシラフになっているウルが俺に疑問の目を向ける。
「そうですよ、領主様。敵本陣を前にして撤退なんてできませんぞ」
やる気に満ち溢れているギッチナー将軍はその身体の大きさに似合う大剣を握りしめながら俺に話しかける。二人とも先程までの醜態からは想像もできない凛々しさを持っている。ヴィローズの葉ってすごいんだな。
「お若いの、何がおかしいと言うんじゃ。言ってみなされ」
ただドクター・ラバウだけは俺の言うことに関心があるようで、話を続けるように促してくれたので、俺は気になったことを話すことにした。
「なんで、敵が攻撃してこないんでしょう?」
ここは敵本陣のすぐ近くである。前線が俺たちの本陣の方へ移っているために、主力部隊からは遠く離れてしまっているが、敵の総大将がいる本陣の警備があまりにも手薄、いや放置されているのはおかしい。確かに、俺たちは森へ回り込みながら密かに近づいてはいるが、ここまで本陣からの攻撃や敵兵との接触することなかった。
「敵の一番偉い人がいるところでこんなザルみたいな警備なんて、何かおかしいと思いませんか?」
軍事のことなんて何も分からないが、少なくとも俺たちの本陣には警備兵がいたし、俺たちよりも大軍を率いる者がこんなことをするとはとても思えなかったのだ。
「ふふふ、悟。そんなの簡単じゃない。敵はまだ私たちに気づいていないのよ」
ウルは手を口の前に添え、微笑みながら俺の疑問に簡単に答えてしまった。
「そうですよ、領主様。敵は私たちが急に反撃を始めたことに驚いたはずです。なにせ、ヴィローズの葉を戦場に持ち込むなんて今までにない発想ですからな。相当混乱しているはずです。さあ、敵の本陣はもうすぐそこですよ」
ギッチナー将軍も軽く笑いながら、俺の疑問を受け流すと、再び歩き出した。
「何、すぐに答えは分かるはずじゃよ、お若いの。心配無用じゃ」
ドクター・ラバウは俺の肩を叩いて再び歩き始める。俺はただついていくしかなかった。
まもなく、敵本陣の裏へと到着した。
緑の幕に覆われていた敵本陣は静まり返っており、緑色の旗が風になびいているのが見える。もう日が傾き始めていた。
「では、私と兵士がまず一気に本陣に突入しますので、ドクターたちは後から続いてください。特に、領主様はドクターの側を離れませんように」
夕日に照らされたギッチナー将軍は声を潜めて作戦を確認する。ギッチナー将軍とその兵士たちが切り込み、本陣の警備兵を相手にする。その間に、ドクター・ラバウとウル、そして俺が敵本陣に突入し、メダッボ伯爵に襲いかかる作戦だ。
俺ってこの作戦に必要?
「お若いの、お主がメダッボ伯爵の首をあげるのじゃぞ。わしたちはその手助けをするにすぎないからの。その功を持って全世界にネガティブ・シンカー領主の存在をアピールするのじゃ」
突入直前のこの時に及んで、ドクター・ラバウは俺に短刀を渡す。茶色の柄に金色の鍔、そして白銀の刃がオレンジ色に不気味に光る。
「お、俺に人を殺せというんですか!」
「お主、この期に及んでなにを言っておる。戦争とは人殺しのことじゃよ。お主はその戦争に巻き込まれたんじゃ」
いつになく真剣な目をしながらドクター・ラバウは俺に短刀を無理やり握らせる。
「大丈夫じゃ、メダッボ伯爵が完全に動けなくなったところまではわしとウルがやるから、お主は最後にチクっと刺してやればいいのじゃよ」
「で、でも」
「でもも、だってもないんじゃ。やらなければ、やられてしまうんじゃよ」
ドクター・ラバウの細い目は俺をしっかりと見つめている。やらなければ、やられてしまう。その言葉にあのロード・アシェムの館での恐怖がよみがえってきた。
「では、参ります」
俺とドクター・ラバウのやり取りが一段落したのを見届けたギッチナー将軍は、何やら呪文を唱え始め、同時に走りだした。
「わしたちも行くぞ」
ギッチナー将軍たちから一歩遅れてドクター・ラバウとウルが走りだす。俺も遅れまいと必死に後を追う。
「我が雷の剣よ、そのものを斬り捨てよ!」
森を抜けるとすぐに、ギッチナー将軍が力ある言葉とともに、激しい光をまとった剣を振り下ろした。閃光は剣を振り下ろした軌跡、つまり、三日月のような形を保ったまま、緑色の幕を爆風とともに打ち破った。
「突撃っ!」
ギッチナー将軍と兵士二人は爆風の中、敵本陣へと突入する。
「ついてきなさいよ、悟」
ウルは遅れ気味の俺に声はかけるが、振り返ることはせず、そのまま爆風の中へと突っ込んでいく。
いやいや、まずいでしょ、これは。
激しい爆音と立ちこめる爆風に俺は足を止めてしまいたかったが、止めることができなかった。立ち止まるとドクター・ラバウやウルたちと離れてしまうことになり、それこそ生きて帰れなくなっていしまう。どんな危険があろうとも彼らから離れてはいけない、離れたら死ぬ。えい、行くしかない。
なんとも消極的な消去法で、俺は敵陣へと突入した。
爆風を抜けるとそこには誰もいなかった。
「なんだ、これは」
敵警備兵を相手にするはずのギッチナー将軍と二人の兵士がただ立っているだけだった。
「これは、どういうことなの」
ウルも立ち止まり、茫然としている。
「ふむ。これはやられたのう」
ドクター・ラバウだけは落ち着きを見せていたが、それは他の人間と比べてという話である。いつも笑いながら話している普段の余裕はなかった。
「どうしたっていうんですか、これは」
爆風から抜けてきた俺は久しぶりに走ったので、息が切れており、陣の幕を張る柱に手をかけた。
しかし、俺の手は滑ってしまった。
「えっ」
手のひらからは奇妙な感覚が伝わってきた。液体のようだが水のようにサラサラしているのではなく、手にまとわりつく不快感がある。
「なんだこれ」
確かめるために俺は手のひらを見る。すると手のひらは真っ黒な液体で塗りつぶされていた。その液体から放たれる鉄のような臭いが俺の鼻をつく。
血だ。
「う、うあああっ!」
俺は血がべっとりと付いた右手を激しく上下に振っていた。飛ばされた血の飛沫が地面を赤く染める。
「お若いの、落ち着きなされ」
バタバタと騒ぎながら陣を囲っている幕で血を拭おうとする俺にドクター・ラバウは声をかけ、近寄ってきた。
「どうやら、先客がいたようじゃ」
俺の肩に手をかけ、しっかりと握るドクター・ラバウは細い目で俺をしっかりと見つめていた。俺は呼吸が早くなり、血を拭っている手ががくがくと震えていることに気づく。
今までに経験したことがないような恐怖が俺を支配していた。
よく見ると緑色の幕は真っ赤な血で黒く染まっている。同じような色のシミが隣にもあり、そのそばには変わり果てた兵士の遺骸が横たわっていた。
「うっ、げぇ……」
すぐ隣に遺体があることに気づくと、俺はその場に伏せて嘔吐した。戦場に来てから緊張でほとんど何も食べていなかったので吐くものもなく、ただ胃液の苦さが口の中に広がる。
「お若いの、気を確かに持ちなされ。しっかりせい」
ドクター・ラバウは伏せている俺の背中をさする。呼吸を落ち着け、俺は顔を上げた。
そこは凄惨な殺戮の現場だった。
緑色の陣幕はいたるところに黒い染みを作り、無数の遺体が、もしくは四散した遺体の一部が打ち捨てられている。苦悶の表情を浮かべて亡くなっている骸もあれば、そもそも顔がどこにあるのか分からない肉片もあった。
「しかし、これだけの敵をどうやって」
ウルは遺体の一つに近づき、何かを調べている。
「剣による刺し傷もあれば、魔法による攻撃を受けた後もあるわ。この遺体などは黒焦げよ」
ウルは俺と同じく初陣ではじめこそ緊張していたが、その後は本陣防衛に尽力するなど俺の護衛官兼秘書という役割を超える活躍をしていた。もっとも、醜態をさらす場面もあったが、今は冷静にこの状況を理解しようとしていた。
「おぉ、これはメダッボ伯爵の死体だぞ」
ギッチナー将軍は陣の中央に横たわる遺体をひっくり返し大声で叫んだ。
「敵本陣が壊滅し、敵総大将が戦死したのなら、我がアシェム軍の大勝利ということか。がははははっ」
ギッチナー将軍は動かなくなった脂肪の塊を見下ろしながら、高笑いをする。なんともポジティブな発想だ。こんな状況でも、もはや戦争とは言えないような大量殺戮現場を目の当たりにしても、自軍の勝利を考えている。ポジティブとはこんなにも肯定的なのか。どんなときにも前向きなれるのがポジティブなのか。
くそくらえ。
「ギッチナー将軍、不謹慎ですぞ」
ドクター・ラバウに諭されてギッチナー将軍は笑うのをやめ、すっと大剣を構える。
「そうですな。失礼した、ドクター。それに、この殺戮の犯人がお目見えしたようです」
ギッチナー将軍が構えた剣の先には陣の幕があるが、人影があるわけではない。
「さぁ、出てこい!」
気を吐くように大きな声でギッチナー将軍が叫ぶと、緑色の幕の向こうに黒いシルエットが突然浮かびあがる。長い髪の束が風になびき、ゆっくりとこちらに近づいてくる細身のシルエットは幕の隙間から陣へと入ってきた。
「お久しぶりです、ドクター」
焼けるような夕日の逆光の中で、両手に光る長刀からは赤い血が滴り落ちる。
「今日こそは決着をつけさせていただきます。ナル・ハルクの名にかけて」
逆光の暗闇から現れたのは暗殺者ナルだった。




