アシェム継承戦争~策士の帰還~
戦況は混迷していた。
俺が全軍にこの本陣へと撤退するように命令すると、当然ながら前線が俺のいる本陣に近づいてくる。砲撃の爆裂音や兵士たちの雄叫び、兵士たちを奮い立たせる部隊指揮官の声が段々と大きくなってきた。
「三時方向より魔法砲弾五、来ます」
「我が光の矢よ、そのものを撃ち抜け!」
ウルは呪文を唱えると現れた光の矢が本陣めがけて飛んでくる光の砲弾へと飛んでいく。正確に狙われたウルの光の矢は、全ての砲弾を本陣の上空で爆破させた。
「ちょっと、悟。そろそろあなたの作戦を実行してもいいんじゃない。私、クタクタよ。他の兵士の人も疲れているみたいだし、なんとかしなさいよ」
俺の護衛官兼秘書のウルは人手不足で困っていた本陣の防衛隊を手伝っている。対して俺は、激しい爆音に耳を塞いで、本陣の中央で座っていた。そんな俺にウルは苛立ちながら話しかける。
「もう少し、もう少し耐えてくれ」
耳を塞いだまま、俺はウルを見上げて答えた。
「いいかげんにしなさいよ!」
ウルは怒りをむき出しにしている。
「あなたが、いかにも策あり気に言うから少しは見直したのに、敵にすっかり囲まれちゃってるじゃないの。でも、考えてるんでしょ? この劣勢を挽回するような奇策があって、私たちが大逆転勝利を収めるんでしょ。きゃはははっ、やったわね、大勝利よ!」
きゃはははっ、きゃはははっ――笑い続けるウルは怒っているのに、なんともポジティブな発想をしている。本陣防衛に協力してから、ウルは砲弾の爆裂音にも負けないぐらい大きな声を張り上げて、魔法を操り、必死に俺を守っている。
「なんかさ、こう、一気に敵をガツンとやっつけちゃう方法があるんでしょ。さあさあ、早くその作戦をやっちゃいましょうよ、ど~ん、とさ!」
両頬は次第に赤くなり、目はとろんとしてきた。「いけいけ、どんどん!」と一人で掛け声を出しながら、俺の背中を叩いている。
こいつは大分酔っている。
「そうですぞ、領主様。敵は多くても、我がアシェム軍には不屈の精神力があります。今こそ大攻勢をかけましょうぞ! がははははっ」
酔っ払いは一人だけではない。
負傷を追って本陣まで担がれたギッチナー将軍は運ばれた時こそ、瀕死の重傷を受け、呻いていたが、魔法医によって応急処置が施されるとなんとか一命を取りとめた。
しかし、助かるとこの様である。
「普段よりも魔法を大量に、かつ急激に使用、もしくは治療などで大量の魔法を浴びると激しい感情の変化が起こり、最終的には酔っ払いの笑い上戸と同じような症状になります」
二人の様子に唖然としている俺の横で、黒ぶち眼鏡をかけた軍医のおっさんが説明する。
「ウルさんは防衛のために普段以上の魔法を使用していますし、ギッチナー将軍は先程の治療で相当量の魔法を浴びています。二人とも最終症状になってますね、ヒャッハー」
「ひゃっはー?」
「私も今日は魔法を使用し過ぎましたので、そろそろ、限界のようです。ヒャッハー」
軍医のおっさんは、黒ぶち眼鏡を投げ捨て、白い軍医服を脱ぎ捨て、ベルトの上に下腹を乗っけた状態で、上半身裸になった。
「ちなみに、私の場合は、さらに脱ぎ癖がありまして」
「もう、いいです! あっち行ってください!」
あぁ、どうしよう……。
よく見たら俺の周りでまともな奴がもうほとんど残っていない。ウルやギッチナー将軍だけでなく、先程まで懸命に闘っていた兵士たちもあちらこちらで笑い転げている。その隣で必死に防衛にあたっている兵士たちも次第に、苛立ったり、怒り出したりした後に、顔を真っ赤にして笑いこけている。
これは戦場ではない、二次会会場である。
「ふむ、戦いもいよいよ終盤じゃの」
この酒乱の集まりの中、頭を抱えている俺に声をかけたのは、ドクター・ラバウである。
「お、遅いですよ、ドクター・ラバウ」
「ふぉふぉふぉ、お若いの、すまんかったの。思いの他、時間がかかってしまっての」
大きな麻のような袋を抱えたドクター・ラバウは俺の肩に手をポンと置くと、ニコニコと笑いながら話しかける。
「しかし、お若いの。よくぞわしの言ったことを守ったの。おかげでこの戦いにも勝てそうじゃわい」
全てはドクター・ラバウの差し金だった。
出陣する日、ドクター・ラバウは俺だけを呼び出し、一人別行動をする旨を打ち明けた。
『今回の戦はまともに戦ったら勝てるはずないからの。わしは別行動であるものを集めてくるつもりじゃ。お主には、その間の時間稼ぎをして欲しいのじゃ。』
戦場で三日目まで戦端を開かないこと、戦況が不利になったら、本陣付近に見方を集めて、とにかく耐え続けること。この二点を厳守するようにドクター・ラバウは俺に伝えた。ギッチナー将軍は好戦的で、この作戦に反対するだろうというドクター・ラバウの予想から、全軍の総司令官である俺を頼ったそうだ。
そして、今ようやくこの戦場に到着したのである。
「ウルにも本当のことを言えばよかったんじゃないですか。今、あんな状態ですけど」
「ウルには伝えられんのじゃよ、今回のことは。話せば必ず反対したじゃろうな」
ウルにはドクター・ラバウは急病のため、二ビルで療養していると偽っていた。そんなドクター・ラバウが同行できないことを知ったウルは残念がってはいたが「おじい様、必ずや勝利してまいりますわ」と言い残していた。
そんなウルは今、ギッチナー将軍と笑い転げているが、そんなウルをドクター・ラバウはじっと見つめていた。その眼はどこか物悲しさがある。
「いかんな、余計な感情が湧きおこってしまったわい。学問を修めると余計なことを考えてしまうから、いかんわい」
小さな声で呟きながらドクター・ラバウは首を横に振りながら、抱えてきた大きな袋から何かを取り出そうとしている。
「さて、お若いの。わしらの世界の戦いを見て何か気づいたことはなかったかじゃの?」
「気づいたこと?」
「そうじゃ、気づいたことじゃ」
ドクター・ラバウはまた柔らかい表情へと変え、俺に尋ねる。こちらの世界の戦いで気づいたこと?
「魔法が戦いでも多用されていることですか、ドクター・ラバウ」
「おぉ、そうじゃよ、お若いの。いや、愚君かと思いきや、思いの他、知恵が回るの」
ドクター・ラバウは俺の答えに驚きながらも首を縦に動かしながら感心していた。ネガティブ・シンカーは常に、人が何を考えているのかを考えているので、多少の観察力は持っているのだ。
もっとも、その観察結果を悪く捉えてしまうのだが。
「そうじゃ、お主の言う通り、魔法がこの世界の戦いでは重要じゃ。たとえ白兵戦になろうとも、魔法を己の身体や武器にかけるぐらい魔法が戦いでは必須となっておる。しかしじゃ、急激な魔法の使用には副作用がある」
「今のこの状況ですね」
俺がもう一度辺りを見渡すともうほとんどの兵士たちが笑い声を上げ、地面に寝転がっている。
「そうじゃ、魔法を急激に大量に使うと副作用でこんな風に酔っぱらった状態になってしまうんじゃ。日常生活で使う程度の量なら、多少気分が良くなって、前向きな発想をすることができるんじゃがの」
日常生活で魔法を使うと気分が良くなって前向きな発想ができる。だから、この世界の住人はポジティブな発想ができるのだろう。なるほど、この世界のことが少しわかった気がする。
「しかし、みんなが魔法を使い過ぎて酔っぱらっているこの状況で、どうやって勝とうっていうんですか?」
ここにいる兵士たちはもうほとんどが動けないだろう。今、頑張っている兵士もいつ他の者たちと同じように酔っぱらってしまうか分からない。
「ふぉふぉふぉ、お若いの。もう一つ気づかんか? どうしてわしらがこんな風にのんびりと会話が出来ているんじゃろうな」
「もしかして、敵の兵士も酔っている?」
「そうじゃ、その通りじゃ。特に敵はここに来るまでに街を破壊しておったし、行軍にもかなりの魔法を使用したはずじゃ。魔法の使用可能量に個人差はあるのじゃが、一兵士の差などほとんどない。その兵士が街を破壊するような使い方をすれば、相当な消費をしているはずじゃ」
「そうだとしても、俺たちも魔法を使って戦えない以上、どうしようもないと思うんですが」
確かに、砲撃の音はほとんどしなくなり、本陣の防衛が手薄になっているのにもかかわらず、敵兵が突撃してこない。ドクター・ラバウの言う通り敵も酔っぱらっているのだろう。しかし、だからといってこちらに勝機があるわけではない。こちらにも戦う兵力は残っていないのだ。
「ふぉふぉふぉ、お若いの。わしはそのために別行動を取ったんじゃよ。これを見てみなされ」
ドクター・ラバウは大きな袋から緑色の粉末を取り出した。ドクター・ラバウの右手にのせられた緑色の粉末は指の間から落ちてしまうぐらいさらさらだ。そして、その粉からは芳しい強烈な香りが放たれ、俺は思わず顔をしかめてしまった。薬草のような独特の香りはどこかに覚えがあった。
「これって、もしかして、ウルが出してくれたあの茶ですか」
「そうじゃ、その通りじゃ。このヴィローズの葉には精神を一時的に落ち着かせる効果あるんじゃ。この効果を利用して最後の戦いを挑むんじゃ」
「最後の戦い?」
小首をかしげる俺にドクター・ラバウは満面の笑みを浮かべ、俺の肩を叩いた。
「ふむ、そうじゃ。お主には期待しておるぞ」
いや、その笑顔は、不敵な笑みってやつじゃないですか……。
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