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ネガティブ・シンカー~アンチ・ポジティブのススメ~  作者: はいぼーる
第一章 草薫る始まりの丘は ~アシェム継承戦争編~
6/16

会議は踊る、されど

「そんなことが認められるわけがないだろう!」

「我々を侮辱する気かっ!」

 激しい罵声が俺たちに浴びせられる。

「まぁまぁ、諸卿方、落ち着いてください。これは前領主(プレ・ロード)サリム・アシェムの遺志でもあります。どうか私どもの話を聞いてくださいませ」

 ドクター・ラバウは深々と頭を下げる。慇懃無礼とも言われかねないほど丁寧で落ち着きを払ったその態度は、顔を真っ赤にして怒っている貴族とは対照的だった。

 領主(ロード)アシェムの惨劇から三日が経過したこの日、俺たちが匿われている二ビルの街で盛大な葬儀が行われた。混乱をさけるためという理由で、表向きにはロード・アシェムは不慮の事故死となっている。

 その葬儀の後、周辺国の代表や貴族、神官などの高官たちが、『アシェム公を偲ぶ会』という名の領土問題解決会議を開いている。もっとも、この場にいるような上流階級はアシェム公が暗殺されたことが当然のように知られている。

 そして、皆がその領土を狙っている。

「私は前領主(プレ・ロード)アシェムとは幼き時より五十年以上の付き合いがございました。アシェム公は生前、争いに明け暮れておりました。それはみなさまもご存じのはずです」

 ドクター・ラバウは円卓に囲まれた会議場を見渡し、出席している各国の代表や貴族たちの様子を確かめながら話を続けている。

「その争いの中で後継者たる三人の子息を失いました。晩年になり、自らの行いを悔やむようになっていたのです。根っからのポジティブ・シンカーであったアシェム公が弱気になり、なんとネガティブになりかけたのであります」

「アシェム公はネガティブになっておられたのか」

「なんと不憫な。我々には考えられないことだ」

 会場内にどよめきの声があがる。いや、自分が起こした戦争で息子を三人も亡くせば、普通はそうなると思うのだが、この世界では違うらしい。皆、一様に驚いた顔をしている。

「そんなアシェム公が自らの苦しみを解放するために、あることを考えつきました。それが『ネガティブ・シンカー・プロジェクト』です」

「なんだ、その『ネガティブ・シンカー・プロジェクト』なるものはっ!」

 円卓に座るいかにも貴族というような成金趣味の出席者が大声を張り上げる。

「それは、異世界より究極のネガティブ・シンカーを召還し、アシェム公の後継者とする計画でございます」

「なんと!」

 議場がより一層ざわめき立つ。出席者同士、隣の者とひそひそと話し合う小さな声は、いくつも集まることで広い議場を喧騒の渦に陥れる。

 ……いや、本当は違うのだが。

「皆さま、どうか静粛に」

 ドクター・ラバウは右手を高くあげてこの混乱を収めた。

「アシェム公はこの世界に存在しない真のネガティブ・シンカーを召還し、この世界の更なる発展を願っていらっしゃったのです。自らの行いを反省し、悔い改めることでこの世界を変えようとなさったのです」

 この部分は本当だ。『ネガティブ・シンカー・プロジェクト』は全世界の意識革命である。それはドクター・ラバウから聞いた話の限り本当だ。しかし、前出の後継者の件はドクター・ラバウの作り話である。今回の件を受けて、このプロジェクトを成功しやすくするために、領主の地位を利用しようというドクター・ラバウの考えである。

 友人の死をも利用しようとする考えがこの世界の常識らしい。これがポジティブなのだろうか。

「なんと、本当にそんなことがあったとはにわかには信じられんが」

 今度は俺たちの右隣に座っている神官が声を上げる。ゆったりとした白いローブをまとい、一つ一つがゆっくりとした老神官だった。

「この世界は神より与えられた魔法の力によって成り立っているのですぞ。その魔法を利用することによって人間は前向きになり、生活を向上することができたのです。ネガティブ・シンカーなどという後ろ向きの人間がこの世界にいること、まして一領主として民を支配することは神がお認めになりませぬ。人類を衰退させるおつもりか」

「そうだ、ネガティブ・シンカーなんぞ認められるかっ!」

 老神官の言葉に呼応するかのように、円卓に座る出席者から続々と反対する声が上がる。

「どうぞ、ご静粛に、皆さま、ご静粛に」

 ここでも再び、ドクター・ラバウが右手を高くあげることで議場を落ち着かせる。ドクター・ラバウは各国でも有名な学者であり、皆が信用している数少ない人物だと本人から聞いていたが、どうやらその言葉は本当のようだ。

「神官殿(プリースト)のご心配も最もですが、それは杞憂でございます。どうぞ、新領主(ニュー・ロード)をご覧ください。あの者が世界を、人類の衰退を招くような存在に見えますでしょうか」

 ドクター・ラバウが伸ばした腕の先に、俺はキョトンと座っている。足を適度に開いて、膝の上にがちがちの握りこぶしを押し付けている俺に二十人近い出席者の目線が注がれる。こうやって、会議の場に出席しているだけでも緊張している俺はますます固くなった。

「ちょっと、悟。もっと領主らしく堂々としていてよ」

 俺の後ろで護衛官として立っているウルが耳打ちしてくる。

「い、いや、そ、そうは言っても……」

 俺は前を向いたまま顔を動かすことすらできない。今にも怒り出しそうな大使、殴りかかってきそうな将軍、不敵な笑みを浮かべて何を考えているかさっぱり分からない貴族などの目線が俺を串刺しにして動かせなくしている。


「確かに、この男が世界を衰退させるようなことをできるとは思えない」


 ただじっとしているだけの俺をじっと見つめるだけで何も進まなかった会場の空気を壊したのは今日始めて発言する出席者だった。その男は白いじゃばらの襟巻で、紫色の派手な縦縞の入った服と黒いマントが印象的な明らかなメタボ中年だった。

「だが、同時に世界を発展させることはできない」

 メタボおっさんは明らかに俺に敵意むき出しの目線を送り続けている。

「これは手厳しい、メダッボ伯爵。卿と前領主との遺恨はこの場にまで持ち込んできて欲しくはありませんな」

「なにっ!」

 ドクター・ラバウの言葉にメタボ伯爵、もといメダッボ伯爵は怒りを隠さずに大声を上げる。それまでざわついていた会場もこの怒声を境に、静まり返った。

「貴様、どういう量見だ! わしは何もしていないぞっ」

「私は何も伯爵殿下が何かしているとは思っておりませんが、伯爵は何かお心当たりでもあるんでしょうか?」

 ドクター・ラバウは大きな身振り手振りを交え、広い会場を隈なく見渡して、訴えかける絶妙な言い回しで話をしている。聴衆の耳目を引きつける能力がとても高い。

 そのドクター・ラバウがメダッボ伯爵に鎌をかけている。

「ぬぬ、わしは何もしておらんぞ。アシェム公の死に私は関係がないぞ」

 先程までの怒りに満ちた声とは違い、うろたえてそわそわした声を出している。

「その通りです。アシェム公は不慮の事故死ですから、メダッボ伯爵が関係しているとは微塵も思っておりません。ただ、もしかしたら、この中にアシェム公の死について何か有力な情報を知っている方がいらっしゃるかと思って尋ねてみただけでございます。他意はございません」

 メダッボ伯爵は机の上に握りこぶしを置いたまま、その行き先を失った。そして、渋々座るのであった。

 これはドクター・ラバウの作戦である。

 ドクター・ラバウはこの会議でロード・アシェム暗殺犯の情報を得たかったのである。ロード・アシェムは戦争家であり、敵が多かった。そのために、誰が暗殺者を雇ったのか特定することが難しいとドクター・ラバウは嘆いていた。

『それに今回は単なる暗殺者ではないんじゃよ。暗殺者の中の暗殺者ナルが雇われていた以上、小国の半年分の予算に匹敵する莫大な金が動いたに違いないんじゃ。そんな金を動かせるやつが一堂に集まるのはこの会議じゃ』

 会議が始まる前にドクター・ラバウが言っていたことを思い出しながら、俺はメダッボ伯爵の様子をうかがう。椅子に座ってからもがくがくと震えているが、それは恐れているのではなく、大勢の前で恥をかかされたことによる怒りであるように思えた。顔を真っ赤に染め上げて、雄弁に話すドクター・ラバウを睨みつけている。

「それでは皆さま、そろそろ決を採りたいと思います」

 ドクター・ラバウは大きな声をあげて出席者の注目を一手に集める。

「こちらにいる高浜悟をサリム・アシェム伯爵の正当な後継者と認め、彼の持っていた領土の継承を認めていただきたい。皆さま、賛同していただけますか?」

 ドクター・ラバウの問いに誰も即答する者はいなかった。このような場合、有力貴族が賛同するか、否決するかで結果が決まると事前にドクター・ラバウから聞いていた。しかし同時に、今回は十分な根回しができなかったため、どちらに転ぶか分からないとも言っていた。

「ふむ、いいんではないか。この者を正式な後継者として認めても」

 沈黙を破るように口を開いたのは先程不敵な笑みを浮かべて俺を見ていた貴族だった。

「ありがとうございます、ラガシュ大公爵」

 ドクター・ラバウが深々とお辞儀をする。すると、それを見た他の出席者たちも続々と賛成の声を上げ始めた。

「私も賛成するぞ」

「まろも異存はない」

「問題なし」

 次から次へと上がる賛成の声にドクター・ラバウが一つ一つ答える。


「わしは認めんぞっ!」


 湧きあがる賛成の声の中、一人反対の声を上げたのはメダッボ伯爵であった。

「わしはこの男を正式な後継者としては認めない。よってアシェム領は無主地とし、先に占領した者の領地とするのが妥当!」

 メダッボ伯爵は机を叩きながら熱く語っている。

「その言葉は、我が領主を認めないばかりか、卿に領土的野心ありと受け取って間違いないかっ!」

 ドクター・ラバウも負けずと大きな声を張り上げて対抗する。

「いかようにも受け取り給え。わしは失礼する。いずれ、別の形でお目にかかろうぞ」

 最後も叫ぶように言い放つと、メダッボ伯爵は席を立ち、会場を後にした。その後を追って何人かの出席者も反対意見を表明し、退場していった。

 結局、全体の六割程度が賛成したが、二割が反対、残り二割が態度をはっきりせずという形で終わった。


「ふむ、まぁこんなもんじゃろうな」

 出席者が全員帰った後、ドクター・ラバウは疲れた様子も見せずに、俺の所に近寄ってくると独り言のように呟いた。

「いや、おじい様、大成功ですわ。ほとんど根回しをする時間もなかったのに、全体の六割近い賛成を得ることができたのですから」

 ウルは嬉しそうにドクター・ラバウの元へと駆け寄っていく。

「もっとも、悟がもう少し領主らしく堂々とした態度でいてくれれば、もっと賛同が得られたのにね」

「ううっ」

 ため息交じりに俺を迫るウルに俺は何も言い返せない。ガチガチの緊張状態から解放されて気を抜いていた俺に、チクリと釘を刺す。

「分かってはいたけどな、うん……」

 何を言っても、やってしまったことは覆せない。今更何を言ってもそれは単なる不満であって何の得にもならない。

 だから、俺は余計に落ち込んでしまう。

「いや、あれでのよかったんじゃ、お若いの」

「えっ、おじい様、何を仰っているの? あんなダメダメ領主じゃ、普通は認められませんわ。おじい様の演説が素晴らしかったから、ゼロから半分を超える成果を得ることができたんでしょ」

 頭にクエスチョンマークを浮かばせているウルにドクター・ラバウは「ふぁふぁふぁ」と笑いながら答える。

「ウルよ、お前が喧嘩をするとしたら、強い奴、賢い奴、ネガティブな奴、誰と喧嘩すれば勝てると思うかい?」

「それは、ネガティブな……あっ、そういうことね! ネガティブ・シンカーが領主だったら戦争すれば勝てると思う。だから領主の多くは賛成したんですね、おじい様」

「ふぉふぉふぉ、さすがわしの孫じゃ」

「やった!」

 褒められて喜ぶウルの頭をドクター・ラバウはポンポンと叩いている。

 そうか、ネガティブな奴を領主にすれば、脅威になる恐れはない。だから、俺を選んだんだな。ネガティブのいいところは、自分に関係がなければ無害ってことか。

 そういえば、「戦争すれば勝てるから」とかウルが言っていたっけ。

「あの、ということは、これから俺たちは戦争を仕掛けられるってことですか」

「ふむ、そうじゃろうな。この土地は交通の要所になっているから中小領主たちにはのどから手が出るほど欲しい領土のはずじゃ。だから、確実に戦争が起こるじゃろうな」

「えっ……」

 絶句とはこのことを言うのかもしれない。俺は本当に開いた口がふさがらなかった。

 この世界を平和にするために俺は領主になったんじゃないのか?

「平和のためにはいくつかの戦争は必要じゃ。安心せい、わしらがいるんじゃ、勝てるじゃろう」

 いや、何を言っているのか、さっぱり分からない。俺が何か、いや、どこから反論すればいいのか迷っていると、議場の扉がバタンと開く。扉の向こうには会場警備をしていた兵士が立っていた。

「領主様、メダッボ伯爵の使いが親書を持ってまいりました」

 兵士が俺にではなく、ドクター・ラバウにその親書を渡す。まぁ、俺にはここの文字がまだ読めないから、渡されなかったんだと信じたい、たぶん。

「ついに来たのう、まず一戦目の相手としては申し分のない相手じゃ」

 ドクター・ラバウは親書を丸めるとその場にいた兵士に指示を出した。

「ただちに出兵の準備を整えるようにギッチナー将軍に伝えろ。戦争だ、敵はメダッボ伯爵!」

「ははっ」

 こうして、俺の領主、いやネガティブ・シンカーとしての初仕事は決まった。

 戦争だ。

5/24 誤字・脱字修正。

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