白い刃
夕闇が迫る頃、俺はかっぷくのいい白ひげの老人と並んで大きな屋敷の門の前に立っていた。
「まぁ、緊張なさるな、お若いの」
ゆったりとしたマントに和装のような衿と帯をもつ服を着ているドクター・ラバウは俺の肩を叩きながら、この場にそぐわないような大きな声で笑いながら話しかける。
「そうはいっても、緊張しますよ、いきなりこんな所に連れてこられたら」
「そんなことはないじゃろ。お主にとっては、こんな機会めったになかろうに。もっと楽しみなされ」
「いや、その領主様って人が、どんな人か分からないし、何を言われるか……」
「さすがネガティブ・シンカーじゃな。領主アシェムと会うこと怖いのか? いやはや、さっそくその片鱗をみせてくれおったわい」
ドクター・ラバウはますます大きな声で笑っている。対して俺は、緊張感で身体が震えていた。
俺は、これから領主と会う。
ドクター・ラバウは、俺をこの領主の館へと案内するために家に戻ってきたのだ。
ちょうどウルが俺に抱きついた時に。
「まぁ、さっきまでの状況とは大分違って、女子はいないじゃろな。でも、心配なさるな、お若い。もっとも、若者にはさっきの続きの方がいいのかもしれないじゃがな」
「い、いい加減にしてください」
俺は声を震わせながら抗議する。ドクター・ラバウは先程の俺とウルの状況をよく知っている。あんな状況を見られたと思うと、恥ずかしい。
「まぁ、いいんじゃ。若いことはいいことじゃ。それに、ウルもちゃんとこの世界のことを説明してくれたようじゃし。分かったじゃろ?」
「はあ、なんとなくは」
ドクター・ラバウはウルを寝かしつけた後、俺を自動車でここまで連れてきた。悪路を小さな自動車に揺られながら、この世界のことや俺が呼ばれた理由について説明されたが、大抵はウルが話していたことであった。
「まぁ、いい。必要なことは随時教えるつもりじゃ。分からんことはこの大博士ラバウに何でも聞くがいい。なにせ、わしは三つの時に書を読み始め……」
「し、しかし、遅いですね。領主様は」
声をかぶせてドクター・ラバウの話を遮る。このウルの祖父であるドクター・ラバウは本当にこの世界では有名な学者だそうだ。三つの時に書物を読み始め、八つの時には小学校の課程を終えたのだそうだ。
もっとも、その手の話は、車の中で散々された。自慢話を、それも三回もされたので、思い出したくない。
「うむ、たしかに変じゃ。執事のやつも出てこないとは、珍しいの」
俺たちは門の前に車を止めて呼び鈴を押して待っていた。しかし、返事なく、外に立たされたままだった。日中は暖かったが、夜は冷える。こちらの世界も春なのだろうか。
「何かあったんですかね」
俺は門から屋敷の様子をうかがってみる。ウルの家よりは立派で門と屋敷の間には幾つかオブジェが置かれた広い庭がある。その数メートル先に屋敷の入り口と思われる大きな木の扉があった。扉の周りには明かりもついていない。二階建てではあるが、小さなホテルのような屋敷のどの窓からも光は漏れてなかった。
「何かって、何じゃ? どうせ寝ているだけじゃろ。あいつも歳だからな」
「いや、そうだとしても、執事の方が来るはずじゃないですか?」
「ふむ、確かにそうじゃ。もしかしたら、執事のやつも寝ておるのかもしれないのう」
いや、それはないだろう。執事が寝ているなんてことがあるはずがない。そんなことをすれば、執事失格である。
陽がますます沈み、暗闇が辺りを覆い始める。暗闇の中で、ひっそりと佇む屋敷が俺には不気味に映った。
「ええい、あやつめ、わしが叩き起こしてやる」
ついに、我慢できなくなったのか、ドクター・ラバウは門扉をぐっと押す。すると、門扉は鉄のすれる鈍い音を出しながらゆっくりと開いた。
「なんじゃ、開いとったんか」
そういいながらドクター・ラバウは両方の門扉を大きく開け放つと、車を敷地の中に入れるために運転席に座る。
「勝手に入っていいんですか」
「いいんじゃ、どうせ寝ているだけじゃろ。後で謝れば何の心配もない。それより、車を敷地に入れるから、先に屋敷に行きなされ」
本当に大丈夫なのかと不安になっている俺をよそに、ドクター・ラバウは車を動かし始めた。ちなみに、この自動車はガソリンではなく、魔法の力で動くそうで、その仕組みも説明されたが、よく分からなかった。
「大丈夫なのかよ、本当に」
陽がもう完全に落ちてしまった。俺は明かりも全くない庭を恐る恐る屋敷の方へ進んでいく。庭にある騎士のオブジェがこちらを睨みつけている。屋敷へ近づくと門の外から見た時より大きいことに余計不安を感じる。
「おい」
「はいっ!」
後ろから声をかけられてとっさに振り返る。
「おい、お若いの、何をしているか。さっさと行くぞ」
声の主はドクター・ラバウだった。些細なことに驚き、ビクビクしている俺とは対照的に、ドクター・ラバウは恐れを感じている様子もなく、口笛を吹きながら悠々と屋敷へと向かう。
「こ、怖くはないんですか」
「何が怖いんじゃ。ロード・アシェムこと、サリム・アッシェムはわしの幼なじみでもあるんじゃ。じゃから、ここにはわしが三つの時から来ておる。何を恐れるというんじゃ」
「いや、何か恐ろしい雰囲気を感じませんか?」
俺は肘をさする。陽が落ち、昼間よりも気温が下がり、吹く風が異様に寒く感じられた。得体の知れない不安と恐れが、俺を襲っていた。
「うむ、さすがはネガティブ・シンカーじゃな。じゃがな、お若いの。何を恐れているか、わしには分からんが、まぁ、杞憂じゃよ。ほら、もう着いわい」
ドクター・ラバウはそういうと、屋敷の扉をノックした。
「おい、サリム。来たぞ」
ドンドンと叩きつけてもドアの向こうからは何の返事もない。ドクター・ラバウはドアのノブを回す。
「おい、物騒じゃの、開いとるぞ」
ノブが回る音がすると、扉はゆっくりと開いた。
「おい、サリム。入るぞ」
「ちょっと、ダメですよ、勝手に入っちゃ」
「サリム、おい、どこだ!」
俺の制止を聞くはずもなく、ドクター・ラバウは真っ暗な屋敷へと入っていく。
こんなところで一人になったら余計に怖い。恐る恐る、俺はドクター・ラバウを追って屋敷へと入っていた。
「どこに行くんですか」
「サリムの書斎じゃ」
屋敷の中は真っ暗だった。照明器具は全て消えており、窓から差し込んでいる青白い光だけが部屋を照らしている。
「しかし、不用心じゃな。誰もいないのかのう」
階段を上りながら、ドクター・ラバウは呟く。確かに、こんな広い屋敷に誰もいないのは考えにくい。
やっぱり、何かあったのではないか。
俺の不安をよそに、ドクター・ラバウは先へ先へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと、待ってください」
俺のことなどお構いなしに、先へ先へと進んでいくドクター・ラバウを呼びとめる。
「なんじゃ、早くせい。この屋敷は広い上に複雑じゃから、はぐれたら迷うぞ」
ドクター・ラバウはため息をつきながら踊り場で足を止めた。外から見ても大きな屋敷だったが、中に入ると外見以上に立派な作りに驚いた。玄関から入ると柔らかな絨毯の道が中央の階段まで続いており、その両側には甲冑が薄明かりに照らされている。そして、階段の踊り場には一人の肖像画が高い位置に飾られていた。
「これがロード・アシェムですか」
「いや、そちらはエレナ国王じゃ。先代の国王じゃな。昔からこの屋敷に飾ってある絵じゃよ」
踊り場で俺が来るのを待っているドクター・ラバウは、答えながら絵を見上げていた。
「立派なお方じゃった。まさに賢君じゃたわい。有名な話としては」
「そ、そうですか。早く先を急ぎましょう」
この人に余計な話をさせてはいけない。先程の自動車の中で何度も聞かされた自慢話が思い出された。面倒なことになる前に、話を切り上げて、本来の目的を思い出させる。
ドクター・ラバウは再びロード・アシェムの名前を叫びながら、二階の廊下を突き進む。ドクター・ラバウの大声と木の板がひきつめられた廊下がきしむ音が暗闇の中で響く。
幾つかの部屋の前を通り過ぎ、一番奥の部屋の前へとやってくる。
「ほら、着いたぞ」
そのドアは他の部屋と違い、一層華やかな細工の施された二枚扉の部屋だった。
「おい、サリム。入るぞ」
ドクター・ラバウは何のためらいもなくドアノブを回し、中へと入る。
ここも鍵がかかっていない。
ロード・アシェムの書斎に入ると、冷たい風が入り込んできた。俺はその風が吹き込んでいる方を見ると、そこには大きな窓が開いており、カーテンがなびいていた。
「サリム、ここにおったか」
その窓のすぐ前に大きな机と一つの黒い影があり、ドクター・ラバウはその影へと近づいていく。俺はその様子を後ろから見ていた。部屋の壁には剣と楯が一面に飾られており、窓から差し込む青白い光に照らされていた。
「サリム、心配したぞ」
ドクター・ラバウがその黒い影に手を伸ばすと、その影は力なく机の上へと倒れ込む。
「おい、大丈夫か!」
ドクター・ラバウが急に大声を張り上げる。それまでとは違い緊張と焦りがその声音から感じられた。
「ど、どうしたんですか」
明らかに先程までとは違うドクター・ラバウの様子に、俺は焦っていた。
「うそじゃろ……」
ドクター・ラバウは机の上に倒れ込んだ影を見ながら呟く。低く沈んだ声は先程までのドクター・ラバウからは想像できない。
「一体、何があったんですか」
嫌な予想が現実感をもって俺へと迫ってきた。考えたくはない事態に発展するかもしれないと考えると、足はすくむ。よくないことは、考えれば考えるほど起こりやすくなる。
俺は恐る恐る机へと近づいていく。その影の正体を確かめるために近づくと、徐々に影は窓から差し込む薄明かりによってその実体を現した。
それは背中に青白く光る刃を突き刺された男性の変わり果てた姿だった。
「ど、どうしたんですか、その人は!」
「いかん、急いで逃げるぞ」
ドクター・ラバウは俺の手を取ると急ぎ、部屋の入口へと向かった。
「残念、あなたたちは逃げ切れないわ」
来た道を戻ろうとした時、暗闇から木の板がきしむ音がした。
「き、貴様は」
ドクター・ラバウは足を止め、一歩一歩後ろへと下がっていく。ドクター・ラバウの手は次第に汗ばんでいく。
「ドクター・ラバウ、あなたが、私のことを知らないわけがないでしょう」
「ナル、お、お前が何故、ここにいる!」
ずるずると下がるドクター・ラバウの顔には焦りの色が隠せない。
「それはお分かりでしょう。任務だからですよ、ドクター。ロード・アシェムとあなたを始末しなくてはなりませんからね」
廊下の暗闇から一人の女が現れた。焦りの色を隠せないドクター・ラバウとは対照的に、暗闇から現れた女、ナルの顔には余裕が感じられる。陽が落ちて青白い薄明かりに照らされた女は口が裂けそうになるほど口元をあげて笑っていた。全身黒ずくめのナルは長い髪を後ろで束ねている。そして、わずかな光が両手に持った大きな刃を不気味に照らす。
「ドクター・ラバウ、あの方からの最後の言葉です。今までご苦労だった。その功は永遠に我が国に刻まれるだろうと。以上です」
俺たちが壁に背中をつけると同時に、ナルは一気に間合いを詰める。薄明かりに照らされ不気味に青白く光る刃が俺へと突き進む。
「どぉりゃああああ!」
ドクター・ラバウは壁にかかっていた盾を取ると俺の前に突き立てる。ナルの長刀は弾かれた。ナルは間髪いれずに、もう一方の長刀で盾の上から更なる一撃を狙う。
「させるか!」
ドクター・ラバウは一喝すると盾を上に振り上げ、ナルの剣の軌道を僅かに変えることに成功した。逸れた剣は俺の顔の横を過ぎて、壁へと突き刺さる。
「ぎゃあああああ!」
情けない悲鳴とともにしゃがみこむ俺に対して、ドクター・ラバウは盾でナルを押し返した。ナルは後ろに飛んで間合いを取り直す。
「逃げろ、お若いの」
ドクター・ラバウは一瞬の出来事に何が起こったのか分からずに、しゃがみこんでいる俺を蹴り出した。蹴り倒されて床に倒れ込んだ俺は這いずるように、逃げ出す。出口の方にはナルがいて逃げられないので、壁沿いに進み、先程の死体が横たわっている机の下へと逃げ込んだ。
「まぁ、坊やの始末は命令されていないんだけど、見られちゃったからね。生きて帰すわけにはいかないわ」
俺は机の下で頭を抱えて、ぶるぶると震えているだけだった。
「おい、そのお若いのは関係ないだろう」
ドクター・ラバウの威勢のいい声が部屋に響く。
「まぁ、それもそうね、ドクター。まずはあなたよね」
「そうじゃ、まずはわしじゃ。わしを先にやらねば、わしはその間に逃げ出してしまうぞ」
む、無責任な――ドクター・ラバウの発言に蒼ざめていく自分に気づいた。この状況でドクター・ラバウがいなければ、俺は間違いなく殺される。
「さっきの動きを見て思い出したわ。あなたはかつてあの部隊に所属していたのよね」
一瞬の静寂。その静けさは床を蹴る音で打ち消された。
「今度は手加減しないわよ、ドクター!」
語気を強めたナルの声の後、金属と金属が擦れ、ぶつかる音が部屋の中に響いた。俺は頭を抱えたまま動けない。全身が震えている。
逃げなくてはならない。
いや、逃げ出してはいけない。
相反する二つの意志が俺の中で葛藤している。どうすればいいのか、まったく分からない。いや、どちらの選択肢も上手くいく保証がない。決められない。
迷っている俺は二人の様子を見るために、机の端から顔を出した。
「全く最近の若い者は、老人をいたわることを知らんのかね!」
激しい金属音に交じってドクター・ラバウの声が聞こえる。その声は威勢がよく、まだドクター・ラバウが健在であることを示している。
ドクター・ラバウは巧みにナルの突きを盾で用いてかわしている。部屋の隅へと逃げることで防御する面を最小限にしている。
「くっ」
先程までの余裕がどこに消えたのか、ナルは激しい連撃を加え続けている。しかし、その突きはどれもドクター・ラバウに受け止められ、その防御を突き破ることができない。
「やはり噂に聞く実力は本物のようですね」
度重なる連撃を弾かれたナルは、再び間合いを取り、ドクター・ラバウと対峙する。
「ふん、アサシン風情にやられるほど、落ちぶれてはいないわ」
ドクター・ラバウも猛攻に耐え抜いていた。強がってみせてはいるが、肩や足には服の破れた個所があり、肩で息をしているところを持つと体力的に限界が近づいているように見える。
「だったら、これでどうでしょう」
ナルは何かを口の中で唱え始めた。何を言っているのか、分からなかったが、唱え始めると同時に、ナルの両手に握られた長刀が赤く光りはじめた。
「焔よ、我が剣へと集まり給え!」
最後にナルが叫ぶと、赤く光った二本の長刀はオレンジ色に光る炎をまとい、青白い部屋を一気に明るくした。
「馬鹿もん! こんな狭い部屋でそんな火焔を発生させればどうなるか、分かっておるのか。お前も死ぬぞ!」
「そのようなことは承知していますわ。我が命に代えてでも任務を遂行するのが、我が使命。そのためには手段は選びませんのよ」
ナルの長刀を覆うように出ている炎が部屋の絨毯や壁に延焼し始めた。炎は瞬く間に広がり、部屋は火炎に包まれる。
「では、参ります」
両手に焔を抱えたナルは三度間合いを詰めて、ドクター・ラバウへ一撃を与える。今度は左右の長刀の先端を合わせ、二本で一点を突く。二本の長刀で繰り出された一撃をドクター・ラバウは盾で防ぐ。
しかし、盾は砕け、四散してしまった。
「ちっ」
舌打ちをしたドクター・ラバウは身体を右にひねり、盾を貫いた一撃をかろうじてかわした。焔をまとった二本の長刀は壁へと突き刺さる。
「ふっ、やるわい」
ドクター・ラバウは左の脇腹を押えながら、床にしゃがみこんでいた。苦悶の表情を浮かべ、押さえている手からは血が流れている。
「さて、悪あがきはもうおしまいです、ドクター」
壁に突き刺さった二本の長刀を引き抜くと、ナルはドクター・ラバウを見下ろすように立つ。壁は焼け、炎に照らされたナルの顔には陰影がくっきり出ていた。
「お命、お頂戴いたします」
ナルの振り上げた長刀はオレンジ色に光っている。
その時だった。
「我が光の矢よ、そのものを撃ち抜け!」
力ある言葉とともに、細長い閃光が部屋へと放たれた。
「くっ」
光の矢はナルへとまっすぐに向かう。ナルは振り上げた長刀で光の矢をなぎ払う。
「そりゃ!」
ナルが光の矢に気を取られた瞬間に、ドクター・ラバウはナルの足元を狙う。草を刈るようにナルの足元を払うと、ナルはたまらずに、後ろへと飛んだ。
「そこね」
ナルが着地すると当時に、再び細い光の矢がナルを襲う。
「ちっ」
ナルは再び大きく後退することを余儀なくされた。そして、俺の頭の上を飛び越えて窓から出ていってしまった。
「おじい様、大丈夫ですか!」
「ふっ、タイミングのいい奴じゃ、我が孫よ」
燃え盛る炎の中から現れたのはウルだった。
「我が水たちよ、焔たちを静め給え!」
ウルが叫ぶと、空中に水の塊が現れ、破裂した。部屋中のあちこちで燻っていた焔は一瞬にして消え、部屋には焦げた木の臭いが残る。不思議と俺たちは濡れなかった。
消火が終わるとウルはすぐさま、ドクター・ラバウのもとへと駆け寄っていった。
「おじい様、ケガは?」
「ふむ、大丈夫じゃ」
傷口を見つけたウルに、ドクター・ラバウは落ち着いた様子で答えていた。
「たかが、あばらの二、三本が折れただけじゃろう」
「よかった、命に別条はないのね」
俺には重症に思えるのだが、ウルたちは安心しているようなので、大丈夫なのだろう。うん、大丈夫なはずさ、たぶん。……俺なら気絶しているかもしれないけど。
「それよりも、今はここを脱出することが先じゃ。お若いの、そこにいるんじゃろ。逃げるぞ」
「は、はぁいぃ」
「なんじゃ、その弱弱しい声は」
ウルに抱きかかえるように起き上がるドクター・ラバウは出口へと向かっている。
それに対して、俺は足が震えて前に進めない。
「だ、ダメです。あ、歩けましぇん」
こんな時に、人様に迷惑をかけるなんて、なんて情けない。
「もう情けないの、お若いの。ウル助けに行ってやれ。わしなら歩けるから大丈夫じゃ」
「はい、分かりましたわ」
ウルはそういうと俺のところへとやってきた。
「悟、ほら手を貸して」
「ううっ」
ウルに引っ張り上げられた俺は机の下から引きずり出された。
「嫌だ、ちょっと、何やってるの!」
「へぇ」
ウルは顔を真っ赤に染めて俺を見ている。ウルの目線は俺の下半身へと向けられていた。俺も下を向いた。
ズボンの股の部分に大きなシミが出来ていた。
「ふぉふぉふぉ、お若いの。こんな場面に初めて出くわしたのじゃろ。大丈夫じゃ、わしも初めて戦場に出た時、盛大に漏らしたものじゃ」
ウルの後ろからやってきたドクター・ラバウはまた大きな笑い声を上げている。
情けない、本当に情けない。
6/6 誤字・脱字修正。一部加筆。




