いい話には必ず
メアリー・メダッボは故メダッボ伯爵の一人娘である。
細く長い柳のような眉に長くしっかりとしたまつ毛、黒く誰の目にも止まる瞳。目元の美しさは社交界一と言われていた。また、父であり、新進の領主と言われた故メダッボ伯爵の溺愛ぶりも有名である。まだ十代半ばの娘を絶対に同年代の男性と会わせなかった。下僕の男を全員去勢させたという噂まであったほどだ。
箱入り娘、いや、箱入り姫。そんな大切に育てられてきたメアリーは今、二ビルの庁舎で拘束されている。
「かわいそうな子なんですね」
ドクター・ラバウがメアリーについての簡単な紹介を聞き終えると、俺は素直な感想を述べた。何の考えもない、ただ、感じたことだけを口にした。
「ふむ、確かにそうともいえるじゃろうな」
話し終え、水を飲みながらドクター・ラバウは大きく頷く。
メアリーの襲撃により、俺たちの復興視察は中止、急ぎニビルに戻ってきた。連行してきたメアリーは独房におり、ウルが見張っている。俺とドクター・ラバウは執務室でその処遇について話していた。
「先の戦争後、メダッボ伯爵領では四方から大軍が領内に侵入し、一気に崩壊したそうじゃ。当時、伯爵一家は離散、行方知れずとなっておったのじゃが、流れ流れてここにやってきたんじゃろうな」
「じゃあ、他の家族も逃げてきているんでしょうか」
「いや、彼女の母親をはじめ、他の家族全員が戦死、もしくは拘束された後、処刑されたという報告がされておるよ」
ドクター・ラバウは淡々と事実だけを述べる。
「処刑って、家族も殺されてしまうんですか」
「そうじゃ、殺されてしまうんじゃよ。一族が残っていると支配の時に面倒が起こるからのう。それに侵攻の大義名分のためにも必要じゃ。『我々が悪を裁く』という大義名分が必要なんじゃよ」
「大義名分」
「そうじゃ、大義名分。己の欲望を正当化するための言い訳じゃ」
何も飾ることもなく、ただ事実として話し続けるドクター・ラバウは表情を変えることもない。一方の俺はただ腹が立っていた。自己正当化のために人の命が使われることに苛立っている。
「しかしのう、ここはお主の領土じゃ。法律や決まりごとはあるが、最終的に彼女をどうするか決めるのはお主次第じゃ。彼女を処刑するかのう?」
「と、とんでもない!」
俺は叫びながら、座っていた椅子から身を起こす。冗談ではない。俺は自分のために人を殺すなんてことはできない。
「ふぉふぉふぉ、お主も若いのう。まぁ、そういうとは思っておったわい」
ドクター・ラバウは笑いながら俺を宥める。
「この姫様を処刑する理由はいくらでもある。しかし、生かすというのなら、それなりの理由が必要じゃ。お主にはその理由が何かあるのかのう?」
ほころんだ笑顔が印象的な老人の顔からやり手の政治家、戦略家としての固い表情になったドクター・ラバウは、じっと俺を睨みつける。ドクター・ラバウは時々、こうやって俺のことをじっと観察することがあるが、俺はこの時がどうも苦手だ。
「理由って、逃げてきた人なら処刑する理由にはならないでしょ。もう戦争は終結しているんだし、むしろ、難民として保護するべきなんじゃないんですか」
「だが、メダッボ伯爵は我が領民の多くを傷つけ、殺害したんじゃ。その娘には何の責もないんじゃろうか? メダッボ伯爵のすぐそばにいて戦争を阻止できたかもしれない彼女にこの戦争の責任はないんじゃろうか。それで、戦争で大切な人を亡くした領民は納得するのかのう」
「そ、それは……」
自分の歯がゆい回答に呆れている。ドクター・ラバウに睨みつけられるとどうも俺自身の発言が間違っているように感じてしまう。やっぱり、俺のこの時が嫌いだ。
メアリーに直接的な戦争の責任はないだろう。しかし、彼女を生かすという判断に領民は納得するだろうか。息子を亡くした夫婦の姿が思い浮かんだ。ひと月で悲しむことをやめ、前に進んでいる人たちを思い出し、俺は言葉に詰まっている。
「まぁ、今すぐに決めることでもない。ただ、彼女の方がもたないかもしれないがのう」
答えに窮する俺の姿を見ながら、ドクター・ラバウは話し始めた。また、決められなかった。やっぱり、ネガティブ・シンカーは決断力に欠ける。
……って、彼女がもたいない?
「彼女の方がもたないというのはどういうことですか」
自分に呆れていたが、ドクター・ラバウの最後の言葉が気になった。
「それは、あの姫様が過剰ポジティブ症候群という病気に罹っておるからのう」
「び、病気ですか」
「そうじゃ、わしたちは超ポジ症と呼んでおるんじゃ。大きなショックによって魔法力が暴走、そのために酩酊状態と覚醒状態を繰り返し、命をすり減らす病気じゃ。有効な治療法が見つかっていないため、魔法力が生命力を奪い尽くして死んでしまうことが多いんじゃ」
ドクター・ラバウは俺を睨みつけることをやめ、目線を下に落としている。
「それじゃ、彼女は不治の病に冒されているのですか?」
有効な治療法がないのなら、死に至る病ということなのだろうか。俺はメアリー・メダッボの不幸な身の上に同情していた。同情しながら自分に嫌気がさす。こんなに不幸な人がいるのに、俺は何しているんだろう……。
「ふむ、今はそういう見方が大多数じゃろうな」
俺のネガティブな思考を遮ったのはドクター・ラバウの声だった。
「じゃが、わしには一つ考えがあるんじゃ」
「考えですか?」
ドクター・ラバウは大きく首肯する。それまでの垂れていた頭を上げて、俺を再びじっと見つめる。
「ふむ。その考えにはお主の協力が不可欠じゃ。お主が協力してくれれば、メダッボ嬢を生かす理由ができ、更には病を治せるかもしれないんじゃが」
「ほ、本当ですか」
再びドクター・ラバウは首を縦に動かす。
「協力させてください!」
このままメアリーを処刑することは俺には出来なかった。やはり彼女に罪はないと思うし、俺の命令で人が死ぬなんてことはしてほしくない。彼女を生かす理由をドクター・ラバウが提供してくれる上に、彼女の病気、超ポジ症を治せるかもしれないという。俺は素直に喜び、即答した。
「そうか、協力してくれるのか。それは良かった」
ドクター・ラバウはニコニコと微笑みながら、俺をじっと見ている。じっと見られるほど、俺の心の中のネガティブが騒ぎ出す。
――こんないい条件なら、必ず裏がある。
そのことに気づいた時にはもう、話は進んでしまっていた。あぁ、なんで肝心な時にはネガティブが働かないのか……。
こうして『アンチ・ポジティブ・プロジェクト』は始まったのである。




