アシェム継承戦争~決着の時、覚醒の光~
「うおおおおおっ!」
俺の雄叫びが辺りに響く。陽が完全に落ち、月のない暗闇に包まれているメダッボ伯爵の陣内に突如、眩い光の柱が出現した。その光の中心に俺がいる。俺自身から光が溢れている。
えっ、俺、光っている?
「完全に覚醒したわ。ポジティブ・ブレイクよ!」
意識を取り戻すと、ウルはまるで生まれたばかりの動物の子どもを見るような優しさと喜びに満ちた眼差しを俺に向けている。しかし、ウルは俺を見ようとするが、その光の強さに直視できず、手で顔に覆う。
「こ、これが、ネガティブ・シンカーの真の実力というのか!」
倒れこんでいたギッチナー将軍も強烈な光を放つ俺からずるずると身体を引きずって後ずさりしている。俺を恐れているのか? 無理もない。
この高揚感を何と表現すればいいのだろう。心臓から手足の指の先まで熱が全身から溢れ出て、自らの一挙手一投足が熱と興奮を以って応えている。何でもできる。そんなことを考えることを俺は許されていた。
「悟、ギッチナー将軍に手を貸してあげて。握手をしてあげるだけでいいわ」
俺はウルに言われるがまま、ゆっくりと手を前に出す。光る右手にギッチナー将軍は怯えていたが、ウルが強引に俺と握手させた。
「我が光よ、その者の傷を癒し給え」
俺の口からは俺が唱えたつもりのない言葉が自然とこぼれおち、何か得体の知れない力が俺からギッチナー将軍へと流れていくのを感じる。
「おおおっ、傷が治っていくぞ!」
ギッチナー将軍の脇腹から流れていた血は一瞬にして止まり、敗れた防具からは傷一つない肌が見える。
「これはすごい! いいぞ、もっと、もっとやってくれ!」
傷が治ったことに気を良くしたのか、ギッチナー将軍は握手だけでなく、俺に抱きついた。
「ちょっと、将軍、離れて!」
ウルが注意したが遅かった。将軍は俺が放っている光の中に飛び込むと、顔が赤くなり、頭をクルクルと回し、そして、地面へと寝転がってしまった。
「うぅ~、気持ち悪い」
赤くなった顔はすぐに青白くなり、死んだような目をして身体を横にすると、ギッチナー将軍は嘔吐し始めた。
「だから、言わんこっちゃない。急性魔力中毒ね」
ウルはため息をつきながら、ギッチナー将軍を見下ろしていた。
「それが、あなたの真の姿ですか」
ギッチナー将軍を介抱しているウルと光を放っている俺に声をかけたのは暗殺者ナルだった。両肩で息をしているが、目立った傷もなく、その引き裂けそうな口元を釣り上げて不気味な笑みを作っている。
「お、おじい様はどうしたのっ!」
黙ったままの俺に対して、ウルは一歩前に出て叫んだ。ナルは一人で俺たちに話しかけている。ナルと戦っていたはずのドクター・ラバウがそこにはいなかった。
「ドクターは一人で逃げ出してしまいましたよ。これを残してね」
水筒を掲げながら、ナルはまたにやりと笑う。
……って、ドクター・ラバウは逃げたんかい。
「それは、まさかヴィローズの葉なの?」
ドクター・ラバウが無事であることを知って安心したのも束の間、ウルはナルの手に掲げられた水筒を見て驚きながら問いかける。
「えぇ、もう頂きました。ですから、私はリセットされているので、全力で相手をすることができますよ、ネガティブ・シンカー」
ウルの問いかけにナルは俺の方を見て答えた。細めたその眼の奥には表面的な落ち着きとは明らかに違う感情が溢れていた。
闘志である。
「焔よ、我が剣に集まり給え」
ナルの力ある言葉に呼応して小さな火球が剣先に集まり始める。
「ネガティブ・シンカー、いざ、勝負!」
その眩い光を放つ火球を両手の長刀に抱えたナルは地面をけって走り始めた。
俺は冷静に言葉を紡ぐ。
「我が光よ、我らを護り給え」
俺が力ある言葉を言い終えると、光が何重もの壁を生み出し、長刀と火球の突きを防ぐ。前進する勢いを止められたナルは弾き返され、俺の眼前に倒れこんでしまった。
「な、なんてことなの」
力を存分に発揮できる状態のナルは目の前の起こった出来事に信じられず、驚いた表情をしている。無理もない。押し切るだけの勢いがあったはずなのに、食い止められた。今は目の前で起こった出来事に信じられないと言った表情を俺に向けている。
「ふん、面白い」
驚きに満ちた表情はすぐに、あの不気味な笑顔へと戻った。
「私も本気でいかせていただきます」
再び大地をけり、また俺へと迫るナルは二本の長刀を振り回し、俺へと近づこうとする。俺を守る何重もの光の壁は、ナルの一撃ごとに壊れるが、すぐに新しい壁ができ、ナルの行く手を阻み続けている。
「我が光よ、抗する者を退けよ!」
俺の言葉に反応した光の壁たちは、俺の目の前に分厚い壁を作り、ナルへ向かって動き出した。新たな突きを繰り出そうとしていたナルに、光の壁はぶち当たる。
「ぐっ!」
攻撃の用意をしていたナルは光の壁の突進を左の長刀一本だけという不完全な状態で受け止める。光の壁はナルの前進を拒むだけでなく、防御のために構えた長刀を砕き、ナルを大きく後方へと突き飛ばした。
「ぐはぁ」
陣の中央付近にいたナルは一気に陣幕を支える木の柱の一本に打ちつけられ、片膝をつく。
「ナル、あなた、自分の状況が分かっていないのよ」
ギッチナー将軍をかばいながら俺とナルの戦いを見守っているウルは話し始める。
「爆発的な魔力の解放状態の悟があなたに負けるわけがないわ。おとなしく投降しなさい」
確かに、俺は負ける気がしなかった。
「ふっ、戯言を」
しかし、暗殺者も負ける気はない。
「この私が、一介の異世界人に、それも無価値なネガティブ・シンカーに負けるはずがありませんわ」
ナルは立ち上がると目を閉じ、右手に持っていた長刀を天に高く掲げる。
――我が焔の源よ、我が焔の力よ
低く響く声は俺たちの空気を一変させた。ナルの言葉はそれまでの余裕を感じさせることもなく、ただ、重たく、禍々しい響きを持っていた。
「いかん、あれを打たせてはならんぞ、お若いの」
いきなり俺の隣に現れたのは勝手に逃げたはずのドクター・ラバウだった。
「あなたは逃げ出したんじゃないんですか?」
「なに、少し敵の様子を見守っていただけじゃ。戦術的撤退というやつじゃ」
ドクター・ラバウは何の悪気も感じていないようで、当たり前のように話している。しかし、服の端に泥がつき、破けていたところからは浅い切り傷があるのを見ると、苦戦を強いられていたことは容易に想像がつく。
「おじい様、ご無事だったのですね! 戦術的撤退のだったのですね!」
無事に戻ってきたドクター・ラバウにナルは抱きつきながら嬉しそうに話しかけている。
「ふむ、ナルよ。わしはかろうじて戻ってこれたのじゃが、今は状況が芳しくないのう」
しがみついているナルの頭をポンポンと叩きながら、ドクター・ラバウはナルの方を見ている。
――焔の源に依りて、我が思いを創り、
「あれは古代魔法の一種じゃ。禁忌にもなっている魔法で、広大な範囲、このアシェム領の半分が一瞬で灰燼に帰すような被害が出るじゃろう」
急に雲が空を覆い、風がナルのもとへと集まりだした。剣の先には先程までの小さなオレンジ色の火球ではなく、時間がたつごとに大きくなる青い炎が集まっている。
うん、領土の半分が灰燼?
「ちょっと、ドクター・ラバウ。それはまずいんじゃないですか。何か止める方法はあるんですか?」
「ふむ、難しいのう。ナルはもうほとんど唱え終わってしまっているし、呪文の詠唱による結界が発生しておるから、止めることは無理じゃ。ここからの攻撃も通用しないじゃろう」
俺の顔を見ながら、冷静に状況を分析し、その解決策がほとんどないことを淡々と説明しているドクター・ラバウは落ち着いている。落ち着いて、自らが八方塞であることを説明している。
「じゃあ、打つ手がないというんですか」
「諦めるのはまだ早いぞ、お若いの。さすがはネガティブ・シンカーじゃ、もう諦めておる。だが、それで安心じゃ」
「安心って」
こんな状況でも落ち着き、冷静さを失っていないように見えるドクター・ラバウだが、言っていることが俺にはさっぱり理解できない。ネガティブで安心なんて……。
その時、風が急に強くなった。
――焔の力に拠りて、我が思いを叶え給え
勝利を確信したナルは目を見開く。剣先に集まった青い炎は大きな火球として浮かんでおり、周りの風を巻き込んでは、さらに大きくなっていた。
「ちょっと、どうするんですか、あれ!」
明らかに、唱え終わった魔法をこちらに放とうとしているナルの様子を見て、慌てふためく俺とは対照的に、ドクター・ラバウは「ふぉふぉふぉ」と笑っている。いや、そんな余裕ないだろう、普通。
「ふむ、そろそろ時間じゃな。さすがわしじゃ。時間ピッタリじゃ」
「な、何の時間なんですか。助かるんですか!」
思わせぶりはドクター・ラバウの話に俺は食いついた。もしかしたら、助かるかもしれない。あぁ、やっぱりこの人は策士だ!
「お主のポジティブ・ブレイクが完全に切れる時間じゃよ」
前言撤回。このおっさん、無責任すぎる。
言われると、俺の中に満ち溢れていた高揚感と万能感はいつの間にか消え去り、代わりに漠然とした不安感と焦燥感に襲われる。あぁ、もうダメだ。
「今じゃ、お若いの。右手を前に出すのじゃ!」
「えぇ?」
「えぇい、こうじゃ!」
ドクター・ラバウは無理やり俺の右腕を前に突き出させる。ぶらんとした右手はナルの方を向いている。
――焔よ、我が敵に滅びを与え給え! 破滅の青炎!
暗殺者ナルの力ある言葉とともに、この本陣ほどの広さがある青い火球は俺たちへと向かってくる。眩い閃光と猛烈な炎の塊が俺に向かって飛んでくる。
ダメだ……。
俺からは飛んでくる火球がスローモーションの動画のようにゆっくりと近づいてくるように見える。その光や熱で危機感を感じていいはずなのに、全く危機感がない。なんだか、目の前にある大きな火球を、今自分たちが絶体絶命のピンチであることを、何の抵抗もなく受け入れている。
「俺は死ぬのかな」
迫ってくる巨大な火球の眩しさに耐えられなくなったのか、俺は目を閉じていた。目を閉じると余計な考えばかり浮かんでくる。
考えてみたら、俺は死にたがっていた。
何をしても上手くいかず、何も持っていなかった。何もない。それが俺自身の俺への評価だった。死ぬとしても死ぬ価値のない人間ならば、ここで死んでもいいだろう。
「お若いの」
持ってない人間は辛い。何もない人間は人としての人生すら手に入れられない。ただ死ぬだけの人生なのだ……。
「お若いの、お若いの! いい加減にせんかっ!」
「痛っ!」
ドクター・ラバウは俺の耳元で大声を上げ、俺の頭を殴る。頭頂部に走る痛みに俺は目を開き、ドクター・ラバウの方を向き、抗議する。
「ちょっと、なんで俺の頭を殴るんですか、痛いじゃないですか。死んじゃうかもしれないじゃないですか」
ヒリヒリとする頭を撫でながら、俺は訴える。
「お若いの、ようやった! ようやったんじゃ」
ドクター・ラバウは頭の次は、俺の両肩を激しく、何度も叩いている。何やら喜んでいるようだ。
「はい、何がよくやったって言うんですか?」
「お主は、ナルの魔法を、強大な攻撃魔法である破滅の青炎を吸収したんじゃ」
「吸収?」
「そうじゃ、周りを見てみるんじゃ。何の被害もないじゃろ」
ドクター・ラバウに言われて俺は周囲を見渡す。本陣の中に目立った変化はない。ただ、急性魔法中毒で寝込んでいるギッチナー将軍とその将軍にもたれかかって寝ているウルの姿があった。そうか、俺がヴィローズの葉の効果が切れたのだから、ウルも当然切れているはずである。効果が切れていびきを立てて寝ているウルは気持ちよさそうである。
……いや、ここは戦場なんだけど。
「ネガティブ・シンカーの真価はここにあるんじゃ。ポジティブ・ブレイクによる爆発的な魔法力の解放とその反動による莫大な魔法力の吸収、つまりネガティブ・アブソーブ。この二つの性質をわしは期待しておったんじゃ」
俺の手を取り、話をするドクター・ラバウは嬉しさを押さえきれずに、今にも踊りだしそうだった。何が何だか分からないことだらけだが、とりあえず、危機を脱したということだけは明らかだ。ネガティブ・アブソーブなる力のおかげで。
「ふふ、面白いことをしてくれますね、ネガティブ・シンカー」
術者であるナルは相変わらず俺たちの方を見下しながら笑っている。最大の攻撃魔法を繰り出したはずなのに、傷を一つつけるどこか、周りの地面に魔法の痕跡を残すことすらできなかった。それにもかかわらず、ナルは笑っている。
「ナルよ、ここにいるのはネガティブ・シンカーじゃ。ポジティブの塊である魔法を、ネガティブが吸収する。お主の魔法はこのネガティブ・シンカーによって全て吸収されたのじゃ。もう投降せい」
「ふふ、ふふふ、投降ですって、ドクター。ふふふ、ふふぁふぁふぁ、笑わせないでくださいよ」
ナルは身をよじるようにして笑っている。それまでの落ち着きと冷酷さをもったたたずまいとは違い、全身で笑っている。しかし、その笑いは嘲笑であり、俺たちを馬鹿にする悪意に満ちた笑いだった。
「冗談じゃありませんわ。そんなことするわけがありますまい。今回は私にも限界が来たようですので、撤退させていただきますが、あくまでも体勢を立て直すだけのこと。必ずやあなたのお命を頂戴いたしますよ、ドクター。そして、ネガティブ・シンカー」
一度タメをつくると、暗殺者ナルは俺のことを指差す。
「あなただけは必ずや私の手で倒させていただきます。では」
ナルは深々と頭を下げると、そのまま陣幕から森へと出ていってしまった。
こうして、アシェム継承戦争は終結した。




