替え玉と危険
湊は深く椅子へ沈み込みながら、頭を押さえる。
情報量が多すぎる。
世界最強失踪。
国家機密。
替え玉。
命の危険。
そして明日から強化プログラム。
普通の高校生が一日で処理していい内容じゃない。
「……ちょっと待ってください」
ようやく湊が顔を上げる。
「俺、まだ受けるって言ってないですよね?」
至極まともな確認だった。
というか、むしろ今さらである。
校長と久我が一瞬だけ視線を交わした。
そして。
「そうだな」
久我が静かに頷く。
「しかし時間がない、今決めてもらう」
空気が少し変わった。
軽い会話ではなくなる。
選択の時間。
そして、おそらく人生の分岐点。
湊は唇を噛む。
普通なら断る。
断って当然だ。
危険。
責任重大。
しかも自分は弱い。
撃ち合いだって勝てない。
世界最強の代わりなんて、荷が重いにも程がある。
だが――。
『もし俺に何かあったら、代わりはこいつを使え』
脳裏に、さっき見た映像が蘇る。
カムイの声。
真っ直ぐな目。
そして。
“能力だけなら、自分より上かもしれない”
あの言葉。
ずっと誰にも認められなかった。
弱いと言われ続けた。
TF戦術論だけ得意。
口だけ。
指示厨。
そんな扱いだった。
なのに。
世界最強だけは、自分を見ていた。
その事実が、どうしようもなく胸へ残っている。
「……神谷くん」
校長が穏やかな声で言った。
「これは重い決断だ。今ここで無理にとは言わない」
だが。
「ただ、日本は本当に危ない状況にある」
その言葉には、冗談では済まされない現実があった。
「次の国家戦は三週間後だ」
久我が続ける。
「通常ならカムイが出る予定だった。だが今のままでは不戦敗に近い」
モニターへ世界ランキングが映る。
各国代表。
そして日本。
明らかに、一人だけ突出している。
カムイ。
「今の日本代表は、正直バランスが悪い」
久我が言う。
「カムイが勝つ前提で構成されている。つまり、カムイが消えれば崩壊する」
湊は息を呑む。
つまり。
本当に、一人で支えていたのだ。
あの人が。
湊が静かに聞く。
「俺がこの話を断ったら」
久我は少しだけ黙る。
「最悪の場合、日本は国際交渉で大きく不利になる」
「でも」
白瀬がぽつりと言った。
全員が見る。
彼女は静かに続ける。
「もし代役って知られたら、狙われるのは神谷本人でしょ」
部屋が少し静まる。
久我が小さく頷いた。
「その可能性は高い」
「……マジか」
普通に怖い。
というかかなり怖い。
高校生に言う話じゃない。
白瀬が腕を組みながら言う。
「今日の試合見た限り、神谷が盤面見る能力あるのは本当」
湊が目を瞬かせる。
白瀬が認める側に回るの、ちょっと意外だった。
「撃ち合いは終わってるけど」
「そこ何回言うの!?」
「事実でしょ」
即答だった。
酷い。
でも反論できない。
「ただ」
白瀬が続ける。
「鍛えれば化ける可能性はある」
その声は冷静だった。
感情論じゃない。
評価として言っている。
「今日の指示、全部合理的だった。しかもタイミングが異常に正確」
少しだけ視線を逸らしながら付け加える。
「……正直、ちょっと気持ち悪いくらい」
「褒めてる?」
「半分」
半分か。
微妙だ。
だが。
少なくとも、最初みたいに“弱いだけの人”とは見ていない。
それは分かった。
「それで」
白瀬がまっすぐ湊を見る。
「どうするの?」
部屋が静かになる。
全員が待っていた。
答えを。
湊は深く息を吐く。
正直、怖い。
無理かもしれない。
失敗するかもしれない。
命の危険だってある。
でも。
もし本当に。
自分にしかできないなら。
もし、カムイが自分を選んだ理由があるなら。
ずっと弱いと思っていた自分にも、意味があるなら。
湊はゆっくり顔を上げた。
「……一個だけ条件いいですか」
久我が目を細める。
「何だ?」
湊は少しだけ考えてから言った。
「俺、強くなれますか?」
一瞬、沈黙。
次の瞬間。
白瀬が小さく吹き出した。
「そこ?」
「いや大事だろ!?」
「国家機密よりそっちなんだ」
「だって今までずっと弱かったし……!」
珍しく少し慌てる湊。
だが。
久我は真面目な顔のまま答えた。
「保証する」
その声音に迷いはなかった。
「国内最高環境を用意する。訓練設備、専属分析官、現役代表のデータ、全部使う」
そして。
「三週間で、お前を別人にする」
その言葉が、妙に胸へ響いた。
別人。
強くなる。
今まで一度も言われたことのない未来。
湊は少しだけ黙る。
怖さはある。
でも。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
期待もあった。
そして。
「……分かりました」
静かに言う。
「やります」
空気が止まる。
数秒後。
久我が小さく息を吐いた。
「助かる」
校長もどこか安心したように笑う。
だが。
「ただし」
久我の声が低くなる。
「今日からお前は普通の高校生じゃない」
モニターに赤文字が表示される。
【極秘指定対象:神谷湊】
【機密レベル:S】
【コードネーム:代理計画】
「君には今後、“カムイの影”として動いてもらう」
その言葉が、妙に重かった。
世界最強の代役。
しかも正体は絶対秘匿。
失敗すれば国が傾く。
成功しても名前は出ない。
ただ、影として戦う。
そして。
「まず最初の課題だ」
久我が資料を投げる。
そこに書かれていた文字を見て、湊の顔が固まった。
【対カムイ本人戦闘データ】
「……え?」
「カムイのプレイを完璧に再現してもらう」
白瀬が横でぼそっと呟く。
「地獄始まったわね」
湊は本気で帰りたくなった。




