強化合宿と施設
翌朝。
強化合宿二日目。
午前七時。
代表専用トレーニングセンター。
昨日とは違い、施設にはどこか落ち着いた空気が流れていた。
初日の緊張は薄れたものの、選手たちの表情から気の緩みは感じられない。
昨日の演習で見つけた課題を、それぞれが頭の中で整理しながら朝を迎えていた。
湊がロビーへ入ると、東雲が大きく伸びをしているところだった。
「おはよう、神谷。」
「おはようございます。」
「昨日ちゃんと寝られたか?」
「はい。」
「なら安心だ。」
そこへ相模と白瀬も姿を現す。
四人は自然と並んで会議室へ向かった。
会議室へ入ると、昨日と同じように九条は一番後ろの席へ座っていた。
机の上には水だけ。
誰とも話さず、静かに開始を待っている。
やがて扉が開き、黒峰が入ってきた。
「全員いるな。」
一瞬で室内が静まり返る。
黒峰は教壇へ立つと、ゆっくり全員を見渡した。
「昨日の演習で、それぞれ課題は見えたはずだ。」
誰も返事はしない。
その沈黙を見て、黒峰は頷いた。
「今日は、その課題をもう一段階上げる。」
モニターが点灯する。
そこへ大きく表示された文字を見て、室内がざわついた。
**《三対三戦術演習》**
東雲が口笛を吹く。
「人数増えたな。」
「二対二は個人でもどうにかなる。」
黒峰は淡々と続ける。
「だが三対三になると、一人の判断が全員に影響する。」
「連携。」
「カバー。」
「状況判断。」
「全部できて、初めて勝てる。」
モニターが切り替わる。
最初の組み合わせが表示された。
**東雲・相模・白瀬**
対
**カムイ・九条・黒峰**
その瞬間。
部屋の空気が止まった。
「……え?」
東雲が思わず声を漏らす。
「先生が出るんですか?」
黒峰は当然のように頷いた。
「出る。」
「お前らを評価するなら、俺自身も戦場へ入った方が早い。」
相模が苦笑する。
「なるほど。」
「そういうことですか。」
白瀬は静かに画面を見つめる。
黒峰が味方。
それだけで戦力になるのは間違いない。
しかし問題はそこではない。
東雲も同じことを考えていた。
「先生……。」
「指示出しますよね?」
「出すわけねえだろ」
即答だった。
「九条。」
黒峰が視線を向ける。
「はい。」
「好きに戦え。」
九条は少しだけ意外そうな顔をする。
「止めないんですか?」
「止めない。」
黒峰の目が鋭くなる。
きっと何か考えがあるのだろう、九条は何も言わなかった。
黒峰は今度はカムイを見る。
「カムイ。」
「何でしょう。」
「お前も好きにやれ。」
「了解。」
それだけで会話は終わる。
東雲が思わず笑った。
「先生、そのチーム自由すぎません?」
黒峰は鼻で笑う。
「自由だから難しいんだ。」
「俺は命令しない。」
「それで勝てるか見せてもらう。」
九条は静かに立ち上がった。
口元には、昨日にはなかったわずかな笑みが浮かんでいる。
「面白そう。」
その一言だけ残し、演習室へ向かって歩き出した。
湊もヘッドギアを手に取る。
昨日、自分だけの武器を掴みかけた。
今日は、それが代表レベルの三対三でどこまで通用するのか。
試すには、これ以上ない相手だった。
演習室。
全員がVRチェアへ腰を下ろし、ヘッドギアを装着していく。
電子音が重なり、視界がゆっくりと暗転した。
数秒後。
見慣れたロビーへ転送される。
工場エリア専用サーバー。
開始まで三分。
湊――カムイが周囲を見渡すと、すでに九条が武器の確認を終えていた。
両手のサブマシンガンを何度か構え直し、マガジンの装着を確かめる。
その動きには、一切の迷いがなかった。
少し遅れて、黒峰も姿を現す。
現実と変わらない代表ジャージ姿。
腰にはアサルトライフル。
サイドアームにハンドガン。
装備は至って標準的だった。
九条がちらりと黒峰を見る。
「先生。」
「……本当にいいのね?」
「ああ。」
黒峰は壁にもたれながら腕を組む。
「俺は必要になるまで何もしない。」
九条は少しだけ首を傾げた。
黒峰はあっさり答える。
「だから見たい。」
「お前たちの戦いを」
その言葉を聞き、九条はそれ以上何も尋ねなかった。
代わりに視線をカムイへ向ける。
「私は元々指示を聞くつもりなんてないから、いいね?」
カムイは静かに頷く。
「それでやってみよう。」
短いやり取り。
それだけだった。
その様子を見ていた黒峰が、ふっと笑う。
「昨日一日で、少し変わったな。」
九条が眉をひそめる。
「何がです?」
「前なら聞きもしなかった。」
九条は一瞬だけ黙る。
確かにそうだった。
相手が付いてこられるかなど、考えたこともない。
だが昨日。
カムイは何も止めなかった。
何も命令しなかった。
それでも、自分が欲しい場所にいた。
その感覚だけが、頭から離れない。
「……別に。」
九条は照れ隠しのように顔を逸らす。
「確認しただけ。」
黒峰はそれ以上追及しなかった。
開始まで一分。
工場エリアの立体マップが表示される。
六人の初期位置。
主要ルート。
高台。
コンテナ群。
カムイは地形を見ながら静かに考える。
(東雲は前に出る。)
(相模は援護。)
(白瀬は全体を見る。)
三人とも昨日より確実に連携を意識してくる。
真正面からぶつかれば、昨日のようにはいかない。
すると黒峰が、カムイの耳元で不意に口を開いた。
「カムイ。」
「はい。」
「昨日、お前が九条と勝利した。」
カムイは黒峰を見る。
「今日は三人を勝たせろ。」
その一言だけだった。
だが、その意味は重い。
九条一人に合わせるだけでは足りない。
黒峰の位置も。
九条の速度も。
二人を同時に見ながら戦わなければならない。
カムイは静かに息を吐いた。
「やってみます。」
黒峰は満足そうに頷く。
「それでいい。」
その瞬間。
カウントダウンが始まる。
**10。**
九条が重心を落とす。
**9。**
黒峰はライフルを軽く構えた。
**8。**
カムイは二人より半歩後ろへ立つ。
昨日とは違う。
今日は二人ではない。
三人。
戦場で流れる情報量は一気に増える。
それでも。
カムイの頭の中では、すでに味方二人と敵三人の動きが、一本の線として繋がり始めていた。
カウントダウンは進む
**3。**
ロビー全体が白く光り始める。
**2。**
三人はそれぞれ前を向いた。
**1。**
《MATCH START》




