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ロビーと待機

勝者。


カムイ・九条。


ロビーへ戻る。


九条は結果画面を閉じると、隣に立つカムイへ視線を向けた。


「一つ聞いていい?」


「何だ。」


「あそこで待つ必要あった?」


九条は腕を組む。


「あのまま追っても、私が仕留めてた。」


言い切る。


自信ではない。


事実として口にしている声音だった。


カムイは少しだけ考え、頷く。


「そうだな。」


あっさり認めた。


その返事に、逆に九条が少しだけ眉を動かす。


「じゃあなんで。」


「その方が早く終わるし確実だ。」


短い返答だった。


「……は?」


「九条なら倒せたかもしれない。」


「でも、あそこから倒すまで三秒か四秒は掛かった。」


「俺が撃てば一秒で終わる。」


九条は黙る。


カムイは続けた。


「試合は早く終わる方がいい。」


「相手に考える時間を与えない方がいい。」


「勝てる場面を逃さない。」


それだけだった。


派手な理屈ではない。


ただ、勝率を積み上げるための当然の選択。


九条は少しだけ考え込む。


「……私なら、自分で倒す。」


「知ってる。」


「だから、お前は前へ出た。」


カムイは静かに笑う。


「役割が違うだけだ。」


九条はその言葉を聞いても、すぐには返さなかった。


ただ結果画面をもう一度開く。


自分の動き。


相模の移動ルート。


そして、最後にカムイが待っていた位置。


何度見ても無駄がない。


相模が逃げられる場所は、最初からそこしか残っていなかった。


「……」


九条は小さく息を吐く。


「私は、自分しか認めない。」


はっきりと言い切った。


「味方も。」


「作戦も。」


「連携も。」


「最後に信じられるのは、自分だけ。」


その瞳に迷いはない。


今までずっと、それで勝ってきた。


だからこそ、その考えを曲げる理由がなかった。


カムイは静かに頷く。


「そうか。」


否定もしない。


肯定もしない。


ただ受け止める。


その反応が、九条には少し意外だった。


「反論しないの?」


「する必要がない。」


「それがお前が積み上げてきた答えなんだろ。」


九条は少しだけ目を細める。


カムイは肩をすくめた。


「俺も、お前を変えるつもりはない。」


「ただ。」


そこで一度だけ言葉を切る。


「いつか、本当の強者を相手にした時。」


「その答えがお前を勝たせるのか。」


「それとも負けさせるのか。」


「その時に分かる。」


九条は何も答えなかった。


世界大会。


その言葉だけは、胸に引っ掛かった。


やがて試合終了を知らせるアナウンスが流れる。


《NEXT MATCH PREPARING》


ロビーの景色がゆっくりと切り替わり始める。


九条はカムイの横を通り過ぎながら、小さく呟いた。


「その時も、私は私の戦い方をする。」


カムイは振り返らない。


「期待してる。」


短い返事だけが返ってきた。


《LOG OUT》


視界が暗転する。


数秒後、湊はゆっくりとヘッドギアを外した。


演習室の照明が目に入る。


周囲でも次々とヘッドギアが外され、選手たちが現実へ戻ってくる。


東雲は大きく息を吐きながら椅子にもたれた。


「いやぁ……疲れた。」


「近づかれたら終わりだな、あれ。」


相模も苦笑する。


「正面から付き合う相手じゃない。」


九条は二人の会話など気にも留めず、黙って装備を片付けていた。


白瀬はそんな九条をちらりと見て、小さく息をつく。


その時だった。


「全員。」


黒峰の低い声が演習室に響く。


自然と全員の視線が前へ集まる。


黒峰は端末を閉じると、静かに腕を組んだ。


「一本目、終了だ。」


モニターには各選手のデータが表示されている。


撃破数。


命中率。


被弾率。


移動距離。


援護回数。


すべて数値で並んでいた。


黒峰はしばらく画面を見つめる。


そして口を開いた。


「結果だけ見れば、九条が一番目立った。」


九条は無言のまま立っている。


「速い。」


「撃ち合いも強い。」


「判断も悪くない。」


「だから一対一なら大抵勝てる。」


そこまで言うと、黒峰は視線を全員へ向けた。


「だが。」


その一言で空気が変わる。


「今日は、一対一の練習じゃねぇ。」


誰も口を開かない。


「二対二だ。」


「相手を倒すだけなら、九条一人でもできる場面はあった。」


「だが、二人で戦えば。」


黒峰はモニターを操作する。


最後の場面が映し出された。


相模が逃げる軌道。


九条が追い込んだルート。


そして。


待ち伏せしていたカムイ。


「試合は、ここで終わった。」


演習室は静まり返る。


「九条。」


「はい。」


「お前は相模を追い込んだ。」


「カムイ。」


画面のオンライン表示へ目を向ける。


「お前は出口を潰した。」


黒峰はそこで一度言葉を切る。


「どっちが欠けても、この一キルは生まれてない。」


九条は何も言わない。


画面だけを見ていた。


黒峰はそれ以上触れなかった。


「だから勘違いするな。」


「これは連携を褒めてるんじゃない。」


全員が顔を上げる。


「たまたま噛み合っただけだ。」


「狙ってできるようになって、初めて連携と言える。」


黒峰は端末の電源を落とした。


「午前の演習は一旦ここまで。」


ロビーの景色がゆっくりと消えていく。


「今は順位も評価も気にするな。」


「大事なのは、自分が何を持ち帰ったかだ。」


黒峰はホワイトボードに大きく一本線を引いた。


「午後からは自由課題。」


「好きに練習しろ。」


ざわ、と室内が少しだけざわめく。


「射撃場を使ってもいい。」


「対人戦を組んでもいい。」


「トレーニングルームでも、シミュレーターでも構わん。」


「ただし。」


黒峰の目が鋭くなる。


「何となく練習する奴は伸びない。」


「一つでいい。」


「今日、自分に足りなかったものだけを考えろ。」


誰も返事をしない。


その沈黙を見て、黒峰は満足そうに頷いた。


「昼休憩は一時間。午後一時再開。それまでは自由だ。」


「解散。」


その一言で空気が緩む。


東雲は大きく伸びをした。


「腹減ったー。」


「相模、飯行こうぜ。」


「ああ。」


二人はさっさと演習室を出ていく。


白瀬も資料をまとめながら立ち上がった。


「神谷、食堂行く?」


湊は一瞬だけ考えた。


「先に射撃データだけ見てから行きます。」


「真面目。」


白瀬は苦笑しながら部屋を出ていく。


その横を、九条が無言で通り過ぎた。


誰にも声を掛けない。


誰とも目を合わせない。


ヘッドギアを机へ置くと、そのまま一人で演習室を後にする。


東雲がその背中を見送り、小さく肩をすくめた。


「ほんと一匹狼だな。」


黒峰は九条の背中を見ながら、何も言わなかった。


ただ一度だけ湊へ視線を向ける。


湊はモニターに映るリプレイを静かに見つめていた。


九条の動き。


東雲の誘導。


相模の援護。


そして、自分が待ち伏せを選んだ一秒。


(もっと早く判断できた。)


(もっと早く伝えられた。)


勝った試合なのに、反省点はいくらでも見つかる。


黒峰はその姿を見て、小さく口元を緩めた。


演習室には、それぞれ違う課題を抱えた代表選手たちが散っていく。


だが全員の目的は同じだった。


世界に勝つこと。


そのための午後が、静かに始まろうとしていた。

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