演習と表情
黒峰は全員を見渡す。
「話は終わりだ。早速始める。」
代表選手たちは席を立ち、隣の演習室へ移動した。
室内にはVRチェアが並び、それぞれの席にヘッドギアが置かれている。
全員が慣れた手つきで装着を始めた。
黒峰先生は端末を操作する。
「今日は二対二。」
「チームワークを見る。」
「相手は毎回入れ替える。」
「勝敗より内容を評価する。」
モニターに最初の組み合わせが表示された。
東雲・相模。
カムイ・九条
「……カムイ?」
誰かが小さく呟く。
東雲が首を傾げた。
「オンライン参加か」
「らしいな。」
相模も画面を見る。
白瀬だけは無言だった。
黒峰は淡々と続ける。
「現地参加者はそのままログイン。」
「カムイも接続完了している。」
「十分後、演習開始。」
それだけ言って腕を組んだ。
湊は静かにヘッドギアを装着する。
視界が暗転する。
数秒後。
見慣れたロビーへ降り立った。
開始まで、あと九分。
ロビーの奥では、既に九条が一人、壁にもたれて待っていた。
湊――いや、カムイは、そのまま何も言わず九条の隣へ歩いていく。
九条は一瞬だけ視線を向ける。
「……あんたが相方?」
「そうだ。」
短いやり取り。
それだけだった。
「私は合わせない。」
九条は最初にそう言った。
「好きに動く。」
カムイは表情一つ変えない。
「構わない。」
「俺がお前に合わせる。」
その一言に。
九条は初めて少しだけ眉を動かした。
「変な人。」
「よく言われる。」
カムイは肩をすくめる。
「合わせられるならいいけどね。」
九条は鼻で笑った。
短いやり取りだった。
湊はそれ以上何も言わなかった。
開始まで残り一分。
二人の前にマップが表示される。
工場エリア。
コンテナが無数に積まれ、細い通路が入り組んだ近距離戦向けのフィールドだった。
サブマシンガンには有利。
一方で、一瞬の判断ミスが命取りになる。
「ルール。」
九条が画面を見たまま口を開く。
「デスマッチ復活なし」
「制限時間十分。」
九条は武器を確認する。
サブマシンガンを二丁。
腰にはハンドガン。
予備マガジンを素早く装着すると、迷いなく立ち上がった。
「始まったら前に出る。」
カムイは静かに頷く。
「分かった。」
「カバーは任せろ。」
九条は少しだけ視線を向ける。
「できるの?」
「やる。」
それだけだった。
試合開始まで十秒。
カウントダウンが始まる。
**10。**
**9。**
ロビーの空気が静まり返る。
**8。**
九条は軽く膝を曲げる。
まるでスタートダッシュを待つ陸上選手のようだった。
**5。**
カムイは一歩だけ後ろへ下がる。
九条との距離をあえて半歩空ける。
**3。**
「足手纏いにならないでね。」
九条がぽつりと言う。
「善処する。」
**2。**」
九条の口元がわずかに上がった。
**1。**
《MATCH START》
景色が切り替わる。
次の瞬間。
九条の姿は、もう前方十メートル先にあった。
「速っ……」
コンテナの隙間を縫うように駆け抜ける。
止まらない。
減速しない。
サブマシンガンが火を吹き、一気に距離を詰める。
乾いた銃声が、工場エリアに絶え間なく響き渡った。
右手。
左手。
九条玲奈は二挺のサブマシンガンを、まるで一つの武器のように操っていた。
右が撃ち切れば左が撃つ。
左が撃っている間に右をリロードする。
新しいマガジンを差し込んだ瞬間には、再び右が火を吹く。
撃つ。
走る。
装填する。
撃つ。
その一連の動作が、一切途切れない。
普通ならリロードで生まれるはずの隙が存在しなかった。
絶え間ない弾幕。
敵は顔を上げることすらできない。
九条の射撃は、倒すためだけのものではない。
相手を遮蔽物へ押し込み、反撃の時間を奪い、自分が踏み込むための弾だった。
そして、その間にも九条自身は止まらない。
加速。
さらに加速。
コンテナを蹴り、障害物を最短距離で抜ける。
距離は二十メートル。
十五。
十。
「速っ……!」
東雲が思わず声を上げた。
「相模!」
「分かってる!」
相模はすぐにライフルを構える。
だが照準を合わせる前に、九条はもう視界から消えていた。
横。
いや、斜め前。
コンテナの陰を滑るように飛び出し、一気に懐へ潜り込む。
二挺のサブマシンガンが同時に咆哮した。
「っ!」
東雲は咄嗟に身を翻し、コンテナの裏へ飛び込む。
数発が肩をかすめる。
「危ねぇな!」
「押される!」
相模も射線を切りながら後退する。
二人とも、一歩も前へ出られない。
九条の弾幕が、それを許さなかった。
カムイは少し後方から、その光景を静かに見ていた。
(なるほど。)
(これが九条玲奈。)
弾で相手を縛り。
機動力で間合いを奪い。
最後はゼロ距離で仕留める。
徹底したインファイト。
しかし、その瞬間。
カムイの視線が細くなる。
東雲が逃げたように見えた位置。
その動きに、わずかな違和感があった。
(違う。)
(逃げてない。)
東雲は、誘っている。
カムイはすぐに理解した。
九条の強さは圧倒的だ。
速度。
火力。
近距離での判断力。
一度捕まれば、ほとんどの選手は対応できない。
だからこそ。
東雲は真正面から相手をしない。
九条の勢いを利用する。
「九条。」
カムイが短く呼ぶ。
「何。」
九条は走りながら返した。
「少し待て。」
「……」
九条の足が、ほんの一瞬だけ緩む。
「なんで?」
「東雲は下がってるんじゃない。」
「誘ってる。」
その言葉に、九条は前を見る。
コンテナの奥。
確かに東雲の姿が一瞬だけ見えた。
だが、すぐに隠れる。
撃てる距離。
追える距離。
それなのに、わざと逃げている。
九条は少しだけ目を細めた。
「……面倒。」
「そういう相手だ。」
「でも。」
九条はサブマシンガンを構え直す。
「追いつけば勝ち。」
次の瞬間。
再び加速した。
「やっぱり行くか。」
カムイは小さく息を吐く。
止めても無駄。
ならば。
自分が合わせる。
九条が前へ出る。
カムイは少し遅れて動き出した。
数秒後。
九条がコンテナの角へ到達する。
その瞬間。
銃声。
東雲ではない。
相模。
高台からの狙撃だった。
九条は身体を捻って避ける。
だが、その一瞬で東雲が距離を取る。
「なるほどね。」
九条が呟く。
相模が後ろから援護。
東雲が九条の進行方向を制限する。
二人の連携。
普通なら、ここで足を止める。
しかし。
九条は笑った。
「楽しい。」
その言葉と同時に、さらに踏み込む。
「嘘だろ……!」
東雲が声を漏らす。
普通なら危険だと判断する距離。
九条は逆に近づいてくる。
弾幕を張りながら。
右手のサブマシンガン。
左手のサブマシンガン。
片方を撃ち続けながら、もう片方をリロード。
一瞬たりとも攻撃が止まらない。
相模が撃つ。
九条は横へ滑る。
東雲が撃つ。
九条はコンテナの陰へ入り、次の瞬間には別方向から現れる。
「読めないな……!」
東雲が歯を食いしばる。
速いだけじゃない。
移動の判断が直感的すぎる。
相手が考えている間に、九条はもう次の場所へいる。
そして。
距離が縮まる。
二十メートル。
十。
五。
「近い!」
相模が叫ぶ。
その瞬間。
九条が飛び込んだ。
東雲が咄嗟に銃を向ける。
だが遅い。
近距離。
九条の領域。
二挺のサブマシンガンが、ほぼ同時に火を吹いた。
《KILL》
東雲が倒れる。
残り一人。
相模。
だが、相模は冷静だった。
すぐに位置を変える。
九条から距離を取る。
正しい判断。
一対一なら、近づかせなければいい。
相模はライフルを構えた。
しかし。
九条は追わなかった。
「……?」
その場にいた全員が一瞬だけ違和感を覚える。
九条なら、すぐに詰めると思っていた。
だが。
彼女は止まった。
そして。
右手のサブマシンガンを下ろす。
左手だけで撃つ。
相模が動きを止めた。
「逃げ道を消してる……?」
カムイは静かに見ていた。
九条は初めて、ただ突っ込んでいない。
相手がどこへ行くかを見るために撃っている。
弾幕で追い込み。
選択肢を減らし。
最後に距離を詰める。
さっきまでの勢い任せではない。
本能だけじゃない。
戦い方を変えた。
「……」
カムイは少しだけ目を細める。
九条玲奈。
強い。
だが。
まだ伸びる。
相模が最後の角を曲がる。
九条は迷わず追った。
逃がすつもりはない。
距離を取られても関係ない。
一度捕まえた相手を、九条は絶対に離さない。
サブマシンガンの弾幕が、さらに激しくなる。
相模は角を利用して射線を切る。
正しい判断だった。
九条の弱点。それは、相手が距離を取って時間を作ること。
ならば。
相模はその時間を絶え間なく近づきながら打つことで解消している。
九条が角を曲がった瞬間。撃つ。
そのつもりだった。
しかし。
角を曲がる直前。
銃声が響いた。
乾いた一発。
《KILL》
相模の姿が消える。
九条は足を止めた。
視線の先。
そこにはカムイが立っていた。
銃口から煙が消えていく。
「……」
九条は何も言わず、カムイを見る。
カムイは静かに銃を下ろした。
九条の目が少し動く。
「お前が前から追うことで、相手の選択肢は減る。」
「なら、最後に向かう場所は限られる。」
カムイは倒れた相模のいた場所を見る。
「だから待った。」
少し間を置く。
その言葉に。
九条の表情が初めて変わった。
ほんの少しだけ。
驚き。
「……」
九条は周囲を見る。
確かに。
自分はただ追っていただけだった。
でも、その追撃によって。
相模の行動範囲は狭められていた。
そして。
その先にカムイがいた。
九条の攻撃。
カムイの判断。
別々の戦い方が、一つの勝利になっていた。
《MATCH CLEAR》
表示が出る。
勝者。
九条・カムイ。
九条は小さく呟いた。
「……見えてたの?」
カムイは少しだけ振り返る。
「うーん、たまたまかもな。」
カムイは銃をしまう。
九条は黙る。
そして。
少しだけ口元を緩めた。
「……面白いね。」
「そうかな?」
九条は画面を見る。
勝者。
九条・カムイ。




