代表と自信
数日後。
日本代表強化合宿初日。
朝七時。
代表専用トレーニングセンター。
大型バスを降りると、澄んだ空気が頬を撫でた。
施設の入口には、日本代表のエンブレムが大きく掲げられている。
「ここが……」
世界大会前にも訪れた場所。
けれど、あの時とは空気が違った。
選手一人ひとりの表情に、余裕はない。
負けた悔しさを抱えた者。
自分の課題を見つけた者。
代表の座を奪いに来た候補選手。
全員の視線が前だけを向いていた。
「神谷。」
後ろから東雲が肩を叩く。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「昨日から気合い入ってる顔してんな。」
「そう見えますか?」
「見える見える。」
東雲は笑いながら荷物を担ぎ直した。
「まあ、俺もだけど。」
そこへ相模も合流する。
「全員揃ってるみたいだな。」
「白瀬は?」
「もう中に入ってる。」
四人は並んで施設へ向かった。
受付を済ませると、黒峰が腕を組んで立っていた。
「全員、会議室へ。」
短い一言。
代表選手たちは無言で歩き始める。
部屋へ入ると、既に何人かの候補選手が席についていた。
湊は資料と同じ名前を確認しながら席へ向かう。
その時だった。
ガタン。
会議室の扉が勢いよく開く。
「遅刻じゃないから。」
開口一番、そう言って入ってきた一人の少女。
肩までの黒髪を無造作に結び、細身の身体に代表ジャージを羽織っている。
片手にはスポーツバッグ。
部屋中の視線を気にも留めず、空いている席へ向かう。
「……九条玲奈。」
白瀬が小さく呟く。
九条は椅子へ腰掛けると、周囲を一瞥した。
鋭い視線。
誰とも目を合わせようとはしない。
そのまま足を組み、壁にもたれ掛かる。
「相変わらずだな。」
黒峰が苦笑する。
「誰とも群れない。」
「群れる必要ある?」
九条は即座に返した。
「勝てばいいんでしょ。」
その一言で部屋が静まる。
東雲が小声で湊に囁く。
「聞いてた通りだな。」
「ですね。」
湊は静かに九条を見る。
細い。
小柄。
とても強そうには見えない。
けれど。
歩き方。
荷物の持ち方。
椅子へ座る動作。
一つひとつに無駄がなかった。
動きを見ただけで分かる。
この人は、常に最短で動いている。
そんな印象だった。
その時だった。
九条の視線が、湊とぶつかる。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ目が合う。
だが次の瞬間には興味を失ったように目を逸らした。
「……普通。」
小さく呟く。
聞こえたのは湊だけだった。
東雲が首を傾げる。
「何か言ったか?」
「いえ。」
湊は首を振る。
その瞬間。
黒峰が教壇へ立つ。
「全員揃ったな。」
室内の空気が引き締まる。
「今日から一週間。」
「代表強化合宿を始める。」
「目的は一つ。」
黒峰は参加者全員を見渡した。
「世界で勝つ、日本代表を作ることだ。」
部屋が静まり返る。
その一言だけで十分だった。
誰一人、軽い返事をする者はいない。
黒峰は机の上へ一枚の資料を置く。
「まず最初に伝えておく。」
「今回の合宿でチームは固定しない。」
部屋の空気が少しだけ変わる。
「毎日メンバーを入れ替える。」
「前衛も後衛も関係ない。」
「誰と組んでも勝てる人間になれ。」
湊は資料へ目を落とす。
東雲が小さく口笛を吹いた。
「毎日シャッフルか。」
「面倒だな。」
その声に、黒峰が視線だけを向ける。
「面倒だからやる。」
「世界大会で固定メンバーだけで勝てるなら苦労はしねぇ。」
東雲は肩をすくめた。
「ですよね。」
黒峰は続ける。
「それともう一つ。」
「この合宿では個人成績も記録する。」
「撃破数。」
「被撃破数。」
「生存率。」
「索敵。」
「カバー。」
「味方への貢献。」
「全部数値化する。」
ざわり、と部屋が揺れる。
「世界は感覚で代表を決めない。」
「数字も見る。」
「結果も見る。」
「過程も見る。」
「全員が評価対象だ。」
そこで一人の手が挙がった。
「質問。」
九条だった。
椅子にもたれたまま黒峰を見る。
「勝てばいいんですよね。」
「そうだ。」
「じゃあ。」
九条は迷いなく続ける。
「味方が遅かったら切り捨てても問題ありませんよね。」
一瞬で空気が凍った。
東雲が「おいおい」と苦笑する。
相模は黙ったまま九条を見る。
白瀬も表情を変えない。
黒峰だけが静かだった。
「理由を言え。」
「足を引っ張るなら、一人で動いた方が勝率は上がります。」
「私はそうしてきました。」
「実際、それで勝ってます。」
部屋の誰も反論しない。
強いからだ。
結果を出してきたからこそ言える言葉だった。
黒峰はゆっくり頷く。
「確かにな。」
九条は少し意外そうな顔をする。
だが次の言葉で、その表情が止まった。
「個人戦ならな。」
黒峰は腕を組む。
「代表戦は違う。」
「お前が一人で三人倒しても。」
「味方四人が倒れりゃ負けだ。」
九条は黙る。
「速い。」
「撃ち合いも強い。」
「判断も悪くねぇ。」
「だが。」
黒峰の声が少しだけ低くなる。
「お前は味方を勝たせる戦い方を知らない。」
沈黙。
九条は黒峰を真っ直ぐ見返した。
「必要ですか?」
「必要だ。」
即答だった。
「世界一になるならな。」
九条は鼻で小さく笑う。
「分かりました。」
「じゃあこの合宿で証明してください。」
「私一人じゃ勝てないって。」
部屋の空気がさらに張り詰める。
黒峰は笑わなかった。
「そのための合宿だ。」
短く言い切る。
「そして。」
黒峰は参加者全員を見渡す。
「お前らにも証明してもらう。」
「チームで戦う意味を。」
湊は九条を見た。
九条もまた前を向いている。
その横顔には圧倒的自信しかなかった。




