遮蔽物とB地点
相模が遮蔽物を蹴り、一気にB爆弾地点へ飛び込む。
東雲が前へ出て銃撃を引き受ける。
白瀬は高所から相手の射線を切るように弾を送り込み、敵に顔を上げさせない。
すべてが噛み合っていた。
この一瞬だけは、日本が主導権を握っていた。
「今です!」
湊の声に、相模は迷わず爆弾を取り出す。
設置を開始する。
電子音が静かに鳴り始めた。
あと数秒。
その時間さえ稼げればいい。
湊は周囲へ視線を巡らせる。
(来る。)
このまま終わるはずがない。
レオンなら、必ず設置の瞬間を狙う。
その時だった。
左奥の遮蔽物から、一つの影が姿を現した。
レオンだった。
だが、ライフルは相模へ向いていない。
湊へ向いている。
(僕……?)
次の瞬間、銃声が響いた。
湊は反射的に身を投げ出す。
弾丸は肩をかすめ、背後の壁へ突き刺さった。
致命傷ではない。
だが、その一発で湊の足は止まる。
「カムイ!」
東雲が叫ぶ。
湊はすぐに立ち上がろうとする。
しかし、その間にもレオンは二発目を撃たない。
ただ、その場で湊を見ていた。
(違う。)
(倒す気じゃない。)
その視線だけで理解した。
レオンは、自分を撃ち抜くために撃ったのではない。
**自分を相模から引き離すために撃った。**
湊が相模の援護へ動けば、設置はより安全になる。
だから、その役割を奪った。
黒峰との特訓で何度も聞いた言葉が脳裏をよぎる。
――相手は人を撃つんじゃない。
――役割を撃つんだ。
「……っ!」
湊は歯を食いしばる。
読まれていた。
いや。
読まれたのではない。
利用された。
レオンは湊が盤面全体を見る選手だと理解した上で、その思考を一瞬だけ止めた。
その一瞬で十分だった。
《設置完了》
電子音が響く。
相模が立ち上がる。
「設置した!」
その声と同時に、レオンの口元がわずかに動いた。
「やはり、君が指揮官だったか。」
小さな独り言だった。
湊にしか聞こえないほどの声。
その言葉に、湊の心臓が強く脈打つ。
(しまった。)
今の一連の動きで。
レオンは確信した。
この日本代表で盤面を組み立てているのは、自分だと。
カムイだとは気づいていない。
だが、「神谷湊」という選手を危険だと認識した。
それだけで十分だった。
レオンは静かに通信を開く。
「予定変更だ。」
「次からはカムイを基点に崩す。」
その一言で、ドイツ全員が動き始めた。
湊はその様子を見ながら、ゆっくりと息を吐く。
(設置はできた。)
(でも……。)
(これで終わりじゃない、残り10秒)
爆弾の電子音が、一定の間隔で鳴り続ける。
一秒ごとに、解除までの猶予が削られていく。
僕は深く息を吸い、盤面を見渡した。
設置はできた。
けれど、本当に難しいのはここからだ。
攻撃側は爆弾を守り切れば勝ち。
防衛側は解除すれば勝ち。
目的は単純。
だからこそ、戦術はより複雑になる。
レオンは動かない。
爆弾にも近づかない。
ただ、僕を見ている。
さっきと同じだ。
レオンは、自分で解除する気がない。
なら解除するのは誰だ。
僕はドイツの三人へ視線を流す。
一人は東雲と撃ち合っている。
もう一人は白瀬の射線を切るため、遮蔽物からほとんど動けない。
残る一人。
(いない。)
その瞬間、胸の奥がざわついた。
(見えていない。)
盤面から一人消えている。
「白瀬さん。」
『どうした。』
「見えてない選手が一人います。」
白瀬もすぐに周囲を確認する。
『……いない。』
相模が爆弾の前で構える。
「解除には来させねぇ。」
その言葉を聞きながら、僕は首を横に振った。
(違う。)
解除に来る。
でも正面からじゃない。
レオンがここまで正面から勝負したことは、一度もない。
必ず、人を動かしてから目的を果たしている。
なら今回も同じだ。
解除役は、誰かが守ってくれる状況になって初めて動く。
その「誰か」は。
僕の視線は自然とレオンへ戻る。
レオンは微動だにしない。
ライフルも構えたまま。
撃てる。なのに撃たない。
(時間を使ってる。)
その瞬間、頭の中で黒峰の声が蘇った。
**『時間は全員に平等だ。だから強い奴は、自分の時間じゃなく、相手の時間を使わせる。』**
僕は息を呑んだ。
(そうか。)
(十秒間、僕を迷わせている)
考える。迷う。確認する。
「東雲さん!」
『なんだ!』
「撃ち合いをやめてください!」
東雲が一瞬固まる。
『は?』
「今すぐ下がって!」
東雲は理由も聞かず、一歩引いた。
その瞬間だった。
東雲が理由も聞かず、一歩引いた。
その瞬間だった。
遮蔽物の裏から、一つの影が飛び出す。
今まで姿を消していた、最後の一人。
東雲の背後へ回り込み、一気に挟み撃ちを完成させるつもりだった。
あと半歩。
そのまま東雲が前へ出続けていれば、完全に死角へ入られていた。
だが。
東雲は、僕の一言で引いていた。
敵の照準が、わずかに狂う。
「ちっ……!」
小さく舌打ちが聞こえた。
その一瞬の遅れを、白瀬は見逃さない。
乾いた銃声が高所から響く。
弾丸は敵の足元を叩き、回り込みを強制的に止めた。
敵は反射的に遮蔽物へ飛び込む。
「東雲さん!」
「分かってる!」
東雲は素早く体勢を立て直し、振り返りざまに連射する。
敵も応戦するが、奇襲は完全に潰された。
僕はそこで確信する。
(やっぱりだ。)
(解除役を通すために、まず東雲先輩を落とすつもりだった。)
一人を挟み撃ちで倒し、数的有利を作る。
その混乱の中で解除役を走らせる。
第一ラウンドと同じだ。
目的は撃破じゃない。
解除できる状況を作ること。
残り六秒。
レオンは、それでも動かなかった。
まるで、この結果さえ想定していたかのように。




