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通信と読み

湊はマップを見つめたまま、静かに息を吐いた。


レオンはこちらを読む。


なら。読むこと自体を利用する。


「東雲さん。」


『なんだ?』


「今から中央を強引に取りに行くふりをしてください。」


通信が一瞬止まる。


『……ふり?』


「撃ち合わなくていいです。」


「わざと見つかってください。」


東雲が笑う。


『囮か。』


「はい。」


「なるべく派手に時間を稼いで、もしやられそうになったら逃げてください。絶対に前へ出ない。」


東雲は理由を聞かなかった。


「了解。」


数秒後。


東雲が中央へ飛び出す。


案の定だった。


乾いた銃声。


壁へ弾丸が突き刺さる。


レオンは撃破ではなく、足を止めるために撃つ。


第一ラウンドと同じ。


実況が声を上げる。


「ドイツが中央へ反応!」


「やはり警戒しています!」


だが。


湊はその銃声を聞いた瞬間、小さく目を閉じた。


自分から撃たせた。


位置を確定させるために。


「白瀬さん。」


『見えた。』


「お願いします。」


高所から一発。


中央の相手はすぐに遮蔽物へ身を隠す。


もちろん当たらない。


だが。


目的は命中ではない。


動かすこと。


「相模さん。」


『了解。』


相模が別角度へ回り込む。


三方向。


ドイツは初めて対応を迫られた。


実況が驚く。


「日本が囲みにいった!」


解説も少し声色を変える。


「うまい、その場から退かせています。」


湊は走らない。


一歩だけ前へ出る。


(レオン。)


(あなたは盤面を動かす。)


(だったら。)


(最初にあなたを動かす。)


レオンが遮蔽物の奥へ身を沈めた、その一瞬を見逃さなかった。


白瀬の射撃。


相模の回り込み。


東雲が中央で姿を見せ続けている。


三人の位置は、頭の中で立体的に組み上がっている。


レオンは優れた指揮官だ。


だからこそ、自ら動かされることを嫌う。


盤面を支配する人間は、自分が盤面に振り回されることを最も嫌うからだ。


「東雲先輩、そのままもう一度姿を見せてください。」


『まだやるのか?』


「はい。今度は撃たれたら、すぐ下がってください。」


東雲が物陰から飛び出す。


予想通り、銃声が響く。


だが、その弾はわずかに遅れた。


レオンではない。


別のドイツ選手だった。


湊は目を細める。


(代わった。)


レオンが撃っていない。


つまり、レオンは撃てない位置へ移動したか、撃つよりも別の役割を優先している。


そのわずかな変化を、湊は見逃さなかった。


「白瀬さん。」


『うん。』


「高所から全体を見てください。誰でもいい。動いた選手を教えてください。」


数秒後。


白瀬の落ち着いた声が返ってくる。


『見つけた。』


『左側の細い通路。二人動いてる。』


「ありがとうございます。」


湊は静かに笑った。


(いた。)


レオンを動かしたことで、防衛側も陣形を修正している。


その修正が、情報になった。


ドイツは鉄壁ではない。


動けば、必ず綻びが生まれる。


「相模さん。」


『聞いてる。』


「今見えた二人は無視してください。」


『無視?』


「はい。」


「その二人は俺たちに見せている人です。」


「本当に隠したい場所は別です。」


相模が短く息を吐く。


『……なるほど。』


湊はマップを見つめる。


二人を見せる。


それは、「そこを警戒しろ」という誘導でもある。


ならば逆だ。


見せる場所は、本命ではない。


「東雲さん。」


『なんだ。』


「中央を一歩だけ押してください。」


「一歩だけ?」


「はい。押したら止まる。」


東雲がゆっくり前へ出る。


その瞬間だった。


奥の遮蔽物から、もう一人のドイツ選手が反応して姿を見せる。


湊の口元がわずかに動いた。


(やっぱりいた。)


見えた。


守っている場所ではない。


守るために待機していた人間だ。


つまり、ドイツは今、「見せている二人」と「隠していた一人」で防衛の重心がずれている。


そこへ、白瀬が静かに呟いた。


『カムイ。』


「はい。」


『レオンが戻ってきた。』


「……早い。」


さすがだ、と湊は思う。


ほんの十数秒。


その間に防衛陣形を立て直してきた。


これが戦術国家。


一つ崩しても、すぐに修正してくる。


だからこそ、一度崩すだけでは足りない。


崩した瞬間に、次の一手を重ねなければ意味がない。


湊は深く息を吸った。


そして、通信を開く。


「ここからは予定を変えます。」


三人が静かに耳を傾ける。


「ドイツは、守る場所じゃなくて『守る人数』を調整するチームです。

だから、一つの爆弾地点を狙い続けても必ず人数を合わせてきます。」


東雲が低く唸る。


『じゃあ、どう崩す。』


湊の視線はマップ全体へ向いた。


「先に、レオンに"人数を間違えさせます"。」


その言葉に、一瞬だけ通信が静まり返った。


「だから俺たちは、盤面そのものを嘘にします。」


湊の頭の中には、次の数十秒の動きが、すでに一本の線として描かれていた。


湊の最後の一言に、通信は数秒だけ静まり返った。


「盤面そのものを……嘘にする?」


相模が低く問い返す。


「はい。」


湊は落ち着いた口調で続けた。


「レオンさんは、人の動きから目的を組み立てる人です。」


「だから、本当の狙いを隠すんじゃありません。」


「本当の狙いそのものを、途中で変えます。」


東雲が笑う。


「途中で変える?」


「はい。」


「今から俺たちは、Aを攻めるチームになります。」


その一言で、全員が意味を理解した。


白瀬が静かに頷く。


「……演技か。」


「そうです。」


「本気でAを取りに行くように動いてください。」


「レオンに、『日本はAを狙っている』と確信させます。」


四人が同時に動き始めた。


東雲は中央からA側へ寄る。


相模も姿を見せるように移動する。


白瀬は高所からA爆弾地点周辺を狙い続け、あえて存在感を消さない。


湊だけが、一歩遅れて後ろを歩いていた。


実況が興奮気味に叫ぶ。


「日本が一斉にA方面へ!」


「これは勝負に出ました!」


解説も画面を見つめる。


「少なくともドイツには、そう見えるでしょうね。」


その頃。


防衛側。


レオンは双眼鏡越しに日本の動きを追っていた。


東雲。


相模。


白瀬。


三人ともAへ重心を寄せている。


「……Aか。」


レオンは短く呟いた。


隣の選手が尋ねる。


「寄せますか?」


レオンは数秒だけ考えた。


日本はここまで慎重だった。


だからこそ、このタイミングで人数をかける意味はある。


「Aを厚くする。」


その一言で、ドイツの二人が静かに動き出す。


その瞬間だった。


湊は小さく息を吐いた。


(動いた。)


思った通りだった。


レオンは"見えた情報"に対して最適解を出す。


それは弱点でもある。


正しい情報を与えられれば、正しい答えを出す。


なら。


最初に与える情報が嘘なら、その答えもまた、嘘になる。


「今です。」


湊の声が通信に流れる。


「全員、散開。」


その一言で、日本の動きが一変した。


東雲はAの手前で反転し、中央へ。


相模は建物の陰を利用してB方面へ。


白瀬は高所を維持したまま射線だけを切り替える。


そして湊自身も、誰よりも早く進路を変えていた。


モニターの戦況表示では、防衛側の重心がAへ偏っている。


その一方で、B爆弾地点周辺は、一瞬だけ人数が薄くなった。


ほんの数秒。


だが、戦術の世界では、その数秒が致命傷になる。


湊は走りながら確信していた。


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