戦術と書き換え
日本代表の四人がスタートエリアへと歩いていく。
攻守が入れ替わる。
今度は日本が爆弾設置側。
ドイツが防衛側だ。
ステージ中央の大型モニターには、今回使用される市街地マップが映し出されている。
実況がマップを指し示した。
「第二ラウンド、日本は攻撃側です!」
「どこへ爆弾を設置するのか、それとも相手を揺さぶるのか。攻める側は選択肢が一気に増えます!」
解説も静かに頷く。
「ただ、相手はドイツです。」
「きっと攻撃側に『どこへ行くか』を選ばせ、その選択自体を利用してきます。」
「日本は第一ラウンド以上に慎重な判断が求められるでしょう。」
湊は開始位置でヘッドセットを調整しながら、視線だけをドイツ側へ向けた。
レオンもすでに配置についている。
表情は変わらない。
第一ラウンドを取った余裕も、勝ち急ぐ様子もない。
ただ静かに、日本を待っている。
(待っている……。)
その姿を見た瞬間、湊は一つ気付く。
レオンは設置場所を守ろうとしているわけではない。
日本がどんな攻め方を選ぶのか。
その最初の選択を見ようとしている。
「……。」
湊は視線をマップへ戻した。
頭の中で第一ラウンドを整理する。
中央を止められた。
担当を固定させられた。
二対一を作られた。
全部、日本が選んだ道筋を読まれた結果だった。
(今度はそれを元に相手の行動を読む)
東雲が隣から声を掛ける。
「カムイ。」
「初動はどうする。」
相模も続く。
「Aか?」
「それともBか?」
白瀬は何も言わず、湊を見ていた。
四人の中で、最も盤面を読める人間へ自然と視線が集まる。
湊は少しだけ考え、静かに首を横へ振った。
「まだ決めません。」
「え?」
東雲が聞き返す。
「設置場所です。」
「最初から決めると、レオンに読まれます。」
相模が腕を組む。
「じゃあどうする。」
「四人で情報を取ります。」
湊はマップを指差した。
「第一ラウンドでドイツは、俺たちの配置を見て攻める場所を決めました。」
「だったら今度は、俺たちも同じです。」
「ドイツの守り方を見て、一番薄い場所へ設置します。」
白瀬が小さく笑う。
「なるほど。」
「爆弾地点を決めて動くんじゃなくて。」
「相手を見てから決める。」
「はい。」
湊は頷いた。
「レオンは状況見て戦います。」
「だったら僕たちもそれを踏まえて戦います」
その言葉を聞いた東雲が口元を上げる。
「ようやく攻撃らしくなってきたな。」
実況も日本ベンチの様子を見ながら声を上げる。
「おっと、日本はまだ設置場所を決めていないようです!」
「これは珍しいですね!」
解説は興味深そうにモニターを見つめる。
「面白い判断です。」
「普通は事前に攻める場所を決めます。」
「ですが、それを決めないということは。」
「ドイツの守備配置を見てから勝負するということ。」
「第一ラウンドでドイツにやられたことを、そのまま学習しています。」
その頃。
反対側のスタートエリア。
レオンは日本代表の動きを静かに見ていた。
四人の立ち位置。
視線。
わずかな間。
そのすべてを観察する。
そして、小さく口を開いた。
「……変えてきたな。」
隣の選手が尋ねる。
「設置場所を決めていませんか。」
「ああ。」
レオンは静かに頷く。
「第一ラウンドで学んだ。」
「だから今回は、こちらを見てから動くつもりだ。」
「では、防衛を変えますか。」
レオンは一度だけ首を横に振った。
「いや。」
「その必要はない。対応するまでだ」
静かな声だった。
その瞳は、真っすぐ湊を見据えていた。
レオンもまた、日本が何を学び、どう動くのかを読んだ上で、第二ラウンドの盤面を組み立て始めていた。
湊はゆっくり息を吐く。
「……白瀬さん。」
湊が口を開く。
「一つ、試したいことがあります。」
白瀬はすぐに頷いた。
「聞かせて。」
東雲と相模も視線を向ける。
湊はマップを見つめたまま言う。
「普通に攻めたら、たぶん負けます。」
「だから今回は。」
「爆弾を設置しに行くんじゃありません。」
三人の表情が変わる。
湊は静かに続けた。
「レオンに、設置されると思わせに行きます。」
アリーナに開始五秒前のアナウンスが流れる。
レオンもまた、静かにモニターを見つめていた。
⬜︎
《ROUND 2 START》
開始のブザーが鳴る。
日本の四人が一斉に前へ出る。
だが、その歩幅は揃っていなかった。
東雲が先頭へ出る。
相模は少し遅れて中央を横切る。
白瀬は後方から高所へ向かう。
湊だけが、三人から少し距離を置いていた。
実況が口を開く。
「日本、第一ラウンドとは違う立ち上がりです!」
「攻撃側らしく積極的に前へ出ています!」
解説は短く答えた。
「ええ。ただ、目的はまだ分かりません。」
湊はマップではなく、味方の足音を聞いていた。
(レオンなら。)
(まず見る。)
(誰が主導しているか。)
第一ラウンド。
レオンは誰も撃たなかった。
撃たなくても情報は取れる。
それを身をもって知った。
なら今。
ドイツも同じことをする。
(撃たない。)
(まず、俺たちを見る。)
その予想通りだった。
三十秒。
銃声はない。
姿もない。
だが。
湊は確信していた。
(見られてる。)
どこかから。
必ず。
東雲が通信を入れる。
『中央、反応なし。』
相模も続く。
『Bも静かだ。』
白瀬も同じだった。
『Aも見えない。』
誰もいない。
そんなはずがない。
ドイツが全員で隠れているわけでもない。
いる。
ただ、姿を見せないだけだ。
(第一ラウンドと同じ。)
いや。
違う。
(俺たちに考えさせてる。)
焦るか。
動くか。
誰が先に崩れるか。
それを見ている。
湊は足を止めた。
「全員、そのまま。」
東雲が笑う。
『まだ待つのか?』
「はい。」
「今回は俺たちが設置側です。」
「時間はあります。」
「動く理由ができるまで、動きません。」
沈黙。
だが誰も反対しなかった。
第一ラウンドで。
湊の読みは間違っていなかった。
なら。
今回は乗る。
日本は動かない。
その静寂を。
最初に破ったのはドイツだった。
中央奥。
ほんの一瞬だけ。
黒と赤のユニフォームが姿を見せる。
すぐ消える。
東雲が反応する。
『見えた!』
「撃たないでください。」
湊は即座に止める。
『当たるぞ?』
「それが狙いです。」
東雲は引き金から指を離した。
湊は目を細める。
(今のは確認。)
(俺たちが撃つかどうか。)
レオンは。
なら。
湊の頭の中で、一つの線が繋がる。
(レオンは"今の日本"を知らない。)
知っているのは、これまでの日本代表。
だが。
そこに一人だけ。
想定外の存在がいる。
(俺だ。)
もちろん。
俺がカムイであることは知られてはいけない。
それでも。
カムイではなく、神谷湊という選手の思考までは、まだ分析されていない。
それが唯一、日本の優位。
湊は静かに息を吐いた。
「白瀬さん。」
『うん。』
「予定を変えます。」
『……変える?』
「はい。」
「レオンは俺たちの作戦を読んできます。」
「だったら。」
「今から作戦を作ります。」
東雲が吹き出した。
『試合中にか?』
「試合中だからです。」
湊の視線は中央へ向く。
通信が静まる。
誰も否定しない。
白瀬が、小さく笑った。
『神谷。』
「はい。」
『やっと黒峰先生っぽいこと言うようになったね。』
湊は少しだけ苦笑した。
「……まだ全然です。」
「先生なら、もう一手先まで考えてます。」
そう言いながらも。
頭は止まらない。
(レオン。)
(あなたは僕たちを読む。)
(なら僕は。)
(あなたが読んだ後を書き換える。)
その一手が、このラウンドの分岐点になる気がしていた。
今週更新厳しいかもしれません




