配置と防衛
**7――6――5……**
カウントダウンが静かに進む。
湊はゆっくりと深呼吸をした。
モニターには味方四人の配置予定が表示されている。
防衛側、日本。
白瀬はAサイトを見渡せる高所。
東雲は中央通路。
相模は通信と補給を兼ねてBサイト寄り。
湊は遊撃。
事前に黒峰が決めた布陣だった。
**3――2――1――**
《ROUND 1 START》
開始と同時に四人が動き出す。
実況が声を上げる。
「さあ始まりました!」
「タクティカルフロント、日本対ドイツ!」
「第一ラウンド、防衛は日本です!」
解説も落ち着いた口調で続ける。
「まず注目したいのはドイツの初動ですね。」
「このチームは開幕で撃ち合いません。」
「まず情報を集め、相手の反応を見る。」
「そこから盤面を組み立てます。」
日本側は予定通り配置につく。
東雲が中央交差点へ。
「異常なし。」
白瀬が高所へ上がる。
「Aサイトクリア。」
相模も通信を入れる。
「Bサイトも反応なし。」
湊は建物の陰へ身を潜めながら周囲を見る。
(静かだ。)
静かすぎる。
開始から三十秒。
誰一人姿を見せない。
実況も少し驚く。
「おっと、両チームともまだ接触しません!」
「慎重な立ち上がりですね!」
解説は首を横に振る。
「いえ。」
「これはドイツのペースです。」
「日本は見えていませんが、ドイツは今、日本を見ています。」
その言葉に実況も息をのむ。
「見えている……ですか?」
「はい。」
「撃たないことも情報収集です。」
「誰が焦れるか。」
「誰が確認へ動くか。」
「ドイツはそれを待っています。」
その時だった。
東雲が通信を入れる。
『……静かすぎる。』
『少し前に出る。』
湊の表情が変わる。
「東雲先輩、待ってください。」
『大丈夫だ。』
『少し見るだけだ。』
東雲が一歩前へ出る。
その瞬間。
白瀬が小さく呟いた。
「……いた。」
誰かが屋上を横切った。
距離は三百メートル近い。
照準を合わせる。
しかし。
もう姿は消えていた。
「速い……。」
実況も映像を見て驚く。
「今の見えましたか!?」
解説が静かに答える。
「見せたんです。」
「え?」
「今の選手は撃つ気がありませんでした。」
「白瀬選手に『いた』と思わせるためだけに姿を見せています。」
その直後だった。
湊が通信へ叫ぶ。
「東雲先輩!」
「止まって!」
東雲が反応する。
「え?」
ほんの一瞬。
足が止まる。
次の瞬間。
**パンッ。**
乾いた銃声。
弾丸は東雲ではなく、その一メートル前の壁へ当たった。
コンクリートが砕ける。
東雲は思わず身を引いた。
「っ!」
実況が立ち上がる。
「撃った!」
「ドイツ、初弾です!」
解説はモニターを見つめたまま言う。
「違います。」
「狙ったのは東雲選手ではありません。」
「……え?」
「止めたんです。」
「中央へ出ようとした東雲選手を。」
「一発で。」
実況は息を呑む。
「まさか……。」
解説は静かに頷いた。
「これがドイツです。」
「倒すための射撃ではなく、相手の行動を制御するための射撃。」
「今、日本は中央ルートを失いました。」
湊は壁越しにその弾痕を見る。
(撃ち抜けた。)
(でも撃たなかった。)
黒峰との特訓が頭をよぎる。
『俺が見てるのは原因だ。』
『相手がどう動くかじゃない。どう動くしかなくなるかだ。』
湊は静かに息を吐いた。
(これが……レオン。)
まだ姿すら見えていない。
それなのに、日本はすでに最初の一手を制限されていた。
東雲はすぐに遮蔽物へ身を隠す。
「今の……当てられたんじゃねぇ。」
壁に残った弾痕を見る。
「止められた。」
相模も通信を開く。
「中央ルートが使えなくなった。」
「B側から回るか?」
湊はすぐには答えなかった。
モニターを見る。
撃たれたのは一発。
ドイツの位置はまだ確定していない。
それでも。
(動かされた。)
黒峰との演習が頭をよぎる。
"相手がどう動くかじゃない。どう動くしかなくなるかだ。"
(今、東雲先輩は止められた。)
(じゃあ次は。)
湊は地図へ目を落とす。
中央が封鎖されたなら、日本は自然とAかBのどちらかへ人数を寄せる。
それが普通。
それが一番安全。
そして。
それをレオンが読まないはずがない。
実況も状況を整理する。
「まだ誰も倒れていません!」
「しかし日本は中央を使いづらくなりました!」
解説が静かに頷く。
「ええ。」
「ドイツは一発で十分なんです。」
「撃ち勝つ必要がありません。」
「相手の選択肢を一つ減らした。」
「それだけで盤面は変わります。」
東雲が通信を入れる。
『悪い。』
『俺が不用意だった。』
「いえ。」
湊は短く返した。
「今のは誰でも止まります。」
その言葉に東雲は少し驚いた。
責められると思っていた。
だが湊の声は冷静だった。
湊は静かに考える。
(止めることが目的。)
(じゃあ。)
(本命はまだ動いてない。)
その時だった。
白瀬の声が入る。
『Aサイト。』
『……静かすぎる。』
『誰も来ない。』
相模も続く。
『Bも同じだ。』
『反応ゼロ。』
実況も首をかしげる。
「ドイツ、まだ攻めません!」
「残り時間は八分を切っています!」
解説が腕を組む。
「これは珍しいですね。」
「時間を使っています。」
「ですがドイツは時間を無駄にはしません。」
「必ず理由があります。」
湊はモニターを見つめる。
違和感。
何かがおかしい。
(攻めない。)
(いや。)
(攻められないんじゃない。)
(攻める必要がない。)
その瞬間。
頭の中で何かが繋がった。
(違う。)
(俺たちを見てるんじゃない。)
(俺たちが"いつ崩れるか"を待ってる。)
黒峰の声が蘇る。
『追うな。』
『目的を見ろ。』
湊は目を閉じる。
ドイツの目的は撃破じゃない。
爆弾設置。
そのために一番邪魔なのは。
日本の四人がバランス良く守っていること。
なら。
崩させる。
自分たちから。
(そういうことか。)
湊は通信を開く。
「全員、その場を維持してください。」
東雲が驚く。
『動かねぇのか?』
「はい。」
「動いた瞬間、それがドイツの狙いです。」
白瀬もすぐ理解した。
『……時間を使わせる?』
「そうです。」
「焦るのは向こうです。」
実況が思わず声を上げる。
「おっと、日本は動きません!」
「完全防衛の姿勢です!」
解説も少し目を見開いた。
「これは面白い。」
「普通ならドイツに動かされます。」
「ですが神谷選手は、自分から動かない選択をしました。」
「ドイツに流れを渡さない判断です。」
その頃。
ドイツ側。
レオンは双眼鏡越しに日本陣営を見ていた。
数秒。
静かに口を開く。
「……変えたか。」
隣の隊員が尋ねる。
「予定通り進めますか?」
レオンは首を横に振った。
「いや。」
「一人。」
「想定より早く学習している。」
その視線は、湊へ向けられていた。
「なら。」
レオンは静かにライフルを下ろす。
「予定を一つ前倒しにしよう。」
ドイツの四人が、初めて一斉に動き始めた。




