視線とカウントダウン
レオンと視線が交わったまま、数秒。
先に目を逸らしたのは、どちらでもなかった。
レオンは日本代表の一人ひとりを静かに見渡す。
東雲。
白瀬。
相模。
そして最後に、湊。
ただ確認するような視線。
挑発も敵意もない。
それが逆に不気味だった。
「……あれが」
東雲が小さく呟く。
「レオン・ヴァイス」
相模は腕を組んだまま言う。
「ああ、世界一の司令塔だ」
だが、その数秒だけで十分だった。
静かに張り詰めた空気が、周囲の選手たちにも伝わる。
やがてレオンは何事もなかったかのように歩き出し、ドイツ代表もそのまま選手控室へと姿を消した。
東雲が小さく息を吐く。
相模も頷く。
黒峰は短く答えた。
「さぁ行こうぜ」
その一言だけ残し、日本代表も控室へ向かう。
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試合開始十分前。
アリーナには大勢の観客が詰めかけていた。
中央には巨大なメインスクリーン。
その画面に『TACTICAL FRONT INTERNATIONAL MATCH』のロゴが映し出される。
照明が落ちる。
歓声が一気に大きくなった。
実況席では男性アナウンサーが高らかに声を上げる。
「皆さん、お待たせしました!」
「本日は『タクティカルフロント』国際試合!」
「日本代表対ドイツ代表の一戦をお届けします!」
会場から拍手が響く。
解説者も頷いた。
「非常に興味深いカードですね。」
「ドイツ代表は現在、世界でも屈指の"戦術国家"です。」
スクリーンには各国の戦闘シーンが映る。
そしてドイツ代表の過去の試合映像が流れる。
派手な撃ち合いは少ない。
だが、相手が気付けば包囲され、退路を失い、目的を奪われていく。
実況が思わず声を漏らす。
「撃ち勝つというより、勝つ状況を作ってしまうチームですね。」
「ええ。」
解説者は静かに続けた。
「ドイツは戦術を積み重ねるチームです。」
「一人の力より、五人で完成された動きを重視する。」
「その中心にいるのがキャプテン、レオン・ヴァイス。」
スクリーンへレオンの姿が映る。
会場から歓声が上がった。
「彼は盤上の魔術師と呼ばれていて」
「気付けば相手は彼の思考の上で戦わされている。」
「それがレオンという選手です。」
実況も頷く。
「日本代表にとっては、これ以上ない強敵ですね。」
「その通りです。」
「そして今回採用されるルールは――」
スクリーンが切り替わる。
《DESTROY BOMB》
巨大な爆弾アイコンが表示された。
「デストロイボムです!」
実況が説明を始める。
「攻撃側は爆弾を設置し、起爆まで守り切れば勝利!」
「防衛側は設置阻止、または解除で勝利となります!」
解説者も補足する。
「キル数だけでは勝敗は決まりません。」
「目的を達成するための判断力。」
「設置のタイミング。」
「解除へ向かう決断。」
「そして時間管理。」
「チーム全体の戦術が最も試されるルールと言えるでしょう。」
その頃、日本代表控室。
全員が静かに装備を確認していた。
東雲はグローブを締め直し、相模は端末の通信設定を確認する。
白瀬はライフルを組み立てながら、小さく息を吐いた。
その横で湊も装備を確認する。
表情は普段と変わらない。
だが心の中では、別の緊張があった。
(カムイとして動く。)
誰にも知られてはいけない。
黒峰と白瀬しか知らない秘密。
失踪した最強プレイヤー・カムイ。
その名が公になることも、自分と結び付くことも許されない。
だからこそ、自然に振る舞う。
その裏で、カムイの判断だけを使う。
黒峰が全員を見回した。
「準備はいいな。」
四人が頷く。
黒峰は静かに笑った。
「行ってこい」
扉が開く。
眩しいライトと歓声が、日本代表を迎えた。
扉の向こうへ一歩踏み出した瞬間。
轟くような歓声がアリーナ全体を包み込んだ。
四方を埋め尽くす観客席。
中央には巨大なステージ。
天井から吊るされた大型モニターには、日本とドイツ、両国の国旗が映し出されている。
実況が声を張り上げる。
「日本代表の入場です!」
「高校生を中心とした若いチームながら、アメリカを勝ち抜いてこの舞台へやってきました!」
客席から日本への拍手が起こる。
東雲は照れくさそうに頭をかく。
「すげぇな……」
「こんな歓声、初めて聞いた。」
相模は苦笑する。
「飲まれるなよ。」
「分かってるって。」
白瀬は前だけを見て歩いていた。
その横で湊も静かに歩く。
視線だけがゆっくりと会場を見渡していく。
観客。
実況席。
審判。
スタッフ。
全員が試合を見ている。
その中で一人だけ。
レオンだけは違った。
歩きながら、日本代表全員を一人ずつ見ている。
湊はすぐに視線を外した。
見返さない。
自然に。
あくまでカムイとして。
黒峰に言われたことを思い出す。
『正体は絶対に悟られるな。』
(カムイは失踪した。)
(俺は神谷湊。カムイの代わりなんだ。)
(それだけでいい。)
やがて両チームがステージ中央で向かい合う。
審判が前へ出る。
「これより、タクティカルフロント国際親善試合を開始します。」
「ルールはデストロイボム。」
大型モニターへマップが映し出される。
都市型マップ。
『IRON CITY』
工場地帯と住宅街が入り混じる複雑な構造。
中央には爆弾設置ポイントが二か所。
Aサイト。
Bサイト。
実況が説明を始める。
「今回のマップはアイアンシティ!」
「市街地戦を想定した人気マップですね!」
解説も続ける。
「射線が長い場所と入り組んだ路地が共存しています。」
「狙撃も近距離戦も重要になりますが、このマップで最も重要なのは情報です。」
「どちらの爆弾サイトを狙うのか。」
「その駆け引きが勝敗を分けるでしょう。」
審判がコイントスを行う。
画面に結果が表示された。
**ATTACK GERMANY**
**DEFENSE JAPAN**
実況が声を上げる。
「初戦はドイツが攻撃!」
「日本は防衛からのスタートです!」
解説が頷く。
「防衛側は相手の狙いを見極める必要があります。」
「ですが、ドイツはフェイントを多用するチーム。」
「簡単には読ませてくれません。」
東雲が小さく笑った。
「来るなら来い。」
相模は端末を確認する。
「通信正常。」
「いつでもいける。」
白瀬はライフルを肩へ掛ける。
「神谷。」
「はい。」
「いつも通り。」
短い言葉だった。
湊も頷く。
「はい。」
いつも通り。
そう言われたからこそ、自分は神谷湊として動く。
決してカムイではない。
必要以上に目立たず、必要な時だけ最善を選ぶ。
それが今の自分の役割だった。
黒峰は選手エリアの外から四人を見る。
その視線が一瞬だけ湊へ向く。
(……気負うな。)
声には出さない。
だが、その目だけで十分伝わった。
湊は小さく息を吐く。
緊張は消えない。
それでも、不思議と怖くはなかった。
黒峰との特訓。
白瀬との休日。
あの時間で見える景色は確かに変わった。
もう地形だけは見ていない。
人を見る。
その先を見る。
試合開始まで、あと十秒。
カウントダウンが始まる。
**10――9――8……**
会場全体が静まり返る。
誰もが最初の一手を待っていた。




