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4/23

緊張と確定

東拠点を確保した直後、チーム内の空気は明らかに変わっていた。


 ほんの数分前までは、“神谷の勘”など誰も相手にしていなかった。それが今では、少なくとも白瀬は無視しなくなっている。


 理由は単純だった。


 当たったからだ。


 中央待ち伏せ。


 西側の敵。


 そして東の空白地帯。


 三つ連続で予想を当てられれば、偶然で済ませるには無理がある。


 とはいえ、全面的に信用されているわけではない。


 湊自身、それは分かっていた。


 だからこそ、余計なことは言わない方がいいとも思う。


 だが、戦況を見ると口が勝手に動いてしまう。


 今の敵は崩れやすい。


 勝ち急いでいる。


 中央を制圧したことで、優勢だと思い込んでいる。


 そして東制圧に焦っている。


 だったら次に起こるのは、一つしかない。


 取り返しに来る。


 東へ。


 そして、戦力を動かす。


 その瞬間、西が空く。


 自然な流れだった。


「西ルートへ移動。急ぐ」


 白瀬の声が飛ぶ。


 味方はまだ半信半疑だったが、リーダーが決めた以上従うしかない。


 崩落した歩道橋の下を抜け、五人は西側エリアへ向かって走り始めた。


 マップ上では敵影は確認できない。


 だが、それが逆に不気味だった。


「本当にいないのか……?」


「中央の敵が待ち伏せしてたら終わるぞ、これ」


 誰かが不安そうに呟く。


 当然だ。


 もし神谷の予想が外れていたら。


 敵が西を維持していたら。


 今度こそ試合は終わる。


 人数差もある。


 拠点差もある。


 ここで潰れれば逆転は不可能だった。


 白瀬も警戒を緩めない。


 ライフルを構え、先頭を進む。


 いつ敵が飛び出してきても反応できるよう、神経を張り詰めている。


 その時だった。


 湊の視界が止まる。


(……いる)


 建物二階。


 崩れた窓。


 敵スナイパー。


 だが、狙っている方向が違う。


 東側。


 つまり、まだこちらに気づいていない。


 湊は反射的にマイクを入れた。


「止まって」


 全員の足が止まる。


 白瀬が振り返った。


「何?」


「二階右窓。スナイパー」


 一瞬、沈黙。


 次の瞬間。


 乾いた銃声。


 白瀬のライフルが火を吹いた。


 直後、敵の体力ゲージが消し飛ぶ。


【Enemy Down】


「……マジ?」


 味方の誰かが呆然と呟く。


 白瀬が静かに窓を見る。


 本当にいた。


 しかも、完全にこちらを見ていなかった。


「なんで分かったの?」


 今度の問いには、明確な驚きが混じっていた。


 湊は少し困った顔をする。


「光ったから」


「今の距離で?」


「うん」


 実際には、それだけじゃない。


 敵の配置的に、いるならそこだと思った。


 だから見えた。


 ただ、それを説明するのが難しい。


 自分でも感覚に近いからだ。


 白瀬は数秒黙り込む。


 そして、小さく息を吐いた。


「……行くわよ」


 声のトーンが少し変わっていた。


 完全には認めていない。


 だが、“弱いだけの奴”という認識ではなくなり始めている。


 そのことに湊自身はまだ気づいていなかった。


 西側拠点へ到着。


 予想通り。


 防衛は薄かった。


 敵は一人。


 しかも、中央への意識が強すぎて対応が遅れる。


 白瀬が正面を制圧。


 残るメンバーが包囲。


 数秒で戦闘は終わった。


【WEST POINT CAPTURED】


 二拠点確保。


 そして直後、試合全体の空気が変わる。


 優勢だったはずの敵チームが、一気に混乱し始めた。


「は!? 西取られてる!」


「なんで!?」


 敵ボイスが漏れる。


 焦っている。


 完全に想定外。


 中央制圧で勝ったと思っていたところを、盤面ごとひっくり返された。


 そして。


 湊の頭の中では、次の形がもう見えていた。


 敵は焦る。


 焦れば突っ込む。


 取り返そうとする。


 だから――。


「次、中央勝てる」


 ぽつりと呟いた言葉に、全員の視線が集まった。


「……は?」


 白瀬が目を細める。


 だが、その声にはもう最初ほどの拒絶はない。


 むしろ。


 少しだけ、続きを待っているようだった。

 

 西拠点の制圧が完了したことで、戦況は明確に変わり始めていた。


 本来なら中央を押さえた側が主導権を握るはずのマップ構造で、逆にこちらが二拠点を確保している。


 敵側からすれば異常事態だ。


 優勢だったはずの戦線が、気づけばじわじわと崩されている。


 そして、その原因が一人の“弱いプレイヤーの勘”だとしたら、なおさら混乱は深い。


 湊は戦場の全体図を見ながら、静かに呼吸を整えていた。


 勝っている。


 その実感はまだ薄い。


 だが、盤面だけ見れば確かにこちらが優位に立っている。


 中央はまだ敵の支配下にあるが、重要なのはそこではない。


 敵はすでに「想定外」を三度経験している。


 中央待ち伏せが当たり、東が空き、西が崩れた。


 その流れは、相手の思考を確実に乱しているはずだった。


 人は一度なら修正できる。


 二度でもまだ立て直せる。


 しかし三度続けば、判断は必ず遅れる。


 その遅れが、致命傷になる。


「中央の敵が一度中央で建て直すはずだ。」


 湊がそう呟いた瞬間、白瀬が視線を向けた。


「根拠は?」


 短い問い。


 だが、そこには先ほどまでの拒絶はない。


 戦場での判断として聞いている声音だった。


 湊はモニター上の中央エリアを見つめる。


 崩れた高層ビル群。


 まだ敵の残存部隊が居座っているはずの地点。


 敵からすれば“最後の砦”でもある。


 だからこそ動く。


 守りに固執しているように見えても、実際には違う。


 優勢を保とうとするなら、失った拠点を取り返す以外に選択肢がない。


「敵は焦ってる」


 湊は静かに続けた。


「相手のリスポーンが戻る前に中央を攻める」

「この混乱に乗じて攻めようってことね」


 白瀬が声をかぶせる。

 理屈としては単純だった。

 だが、その単純さが逆に説得力を持っていた。


 戦場で一番怖いのは、優位そのものではなく“情報の欠落”だ。


 何が起きているか分からない状態は、どんな優勢よりも判断を鈍らせる。


 だからこそ、敵は一度中央に戻る。


 戻らざるを得ない。


 白瀬はしばらく黙っていた。


 そして、小さく息を吐く。


「……行くなら今度は全員で潰す」


 その言葉は、もはや否定ではなかった。


 完全な作戦承認でもない。


 だが、“従う価値がある仮説”として扱われている。


 湊は少しだけ驚いたが、表情には出さなかった。


 白瀬凛が他人の判断にここまで歩み寄るのは、かなり異例だと分かる程度の観察力はある。


 五人は再び移動を開始した。


 廃墟の通路を抜け、中央へと向かう。


 空気は重い。


 だが、先ほどまでの“死に向かう緊張”とは違う。


 今はむしろ、“勝ちに行く緊張”だった。


 そして、その予想はすぐに現実になった。


 中央エリア手前。


 崩れたビル群の影から、敵の影が見える。


 やはり動いている。


 しかも数が多い。


「来てる……!」


 味方の声が緊張を帯びる。


 敵は中央へ戻る途中だった。


 完全にこちらと鉢合わせる形になる。


 湊は一瞬だけ目を閉じる。


 ここから先は、もう“予想”ではない。


 確定した戦場だ。

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