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3/23

信用と功績

 視界が切り替わる。


 次の瞬間、湊の前に広がったのは、崩れかけた灰色の都市だった。


 空は鈍く曇り、砕けた高層ビル群がまるで墓標のように並んでいる。道路には放棄された車両が横転し、崩落した瓦礫が視界を遮っていた。


 《廃都セクターE》。


 TFでも人気の高い市街地型マップであり、索敵能力と位置取りが極めて重要になる戦場だ。


 中央制圧が定石。


 それは初心者ですら知っている基本戦術だった。


 中央高所を確保できれば索敵範囲が広がり、周囲の戦況把握が容易になる。三拠点の中間地点でもあるため、自然 と戦線を押し込みやすい。


 だから誰もが中央を狙う。


 ――普通なら。


 スポーン地点に現れた味方たちは、開始前からすでに前進姿勢を取っていた。


 白瀬はライフルを肩に担ぎながら、短く指示を出す。



「中央を押す。私が先頭。後ろはカバー、左右警戒。神谷は無理しなくていいから後ろ」



 有無を言わせない口調だった。


 クラス最強。


 戦術高トップ。


 その実績があるからこそ、誰も反論しない。


 そして、それが正しい判断にも見える。


 普通なら。


 だが湊の胸の奥にある嫌な予感は、むしろ強くなっていた。


 敵側の編成を思い出す。


 相手チームのエース。


 性格。


 過去の演習傾向。


 リスクを避けるタイプ。


 勝率重視。


 そして、白瀬凛を異様に警戒している。


(中央……やっぱり危ない)


 地図を見ているだけなのに、戦況が頭の中で組み上がっていく。


 中央へ向かう白瀬。


 ビル群。


 待機している敵。


 交差する射線。


 挟撃。


 全滅。


 まるで未来予測みたいだ、と湊は少しだけ思った。


 もちろん、そんな能力ではない。


 ただ、なんとなく分かってしまうだけだ。


 勝つためなら、相手はどう動くのか。


 自分が敵ならどう勝つか。


 それを考えると、自然と答えが浮かぶ。


 そして、開始カウントが始まる。



『Match Start in……3』



 白瀬が前へ出る。



『2』



 味方が続く。



『1』



 試合開始。


 同時に、白瀬が迷いなく中央へ駆け出した。


 他の味方も後に続く。


 湊だけが、一瞬足を止めた。


(本当に大丈夫か……?)


 いや。


 大丈夫な気がしない。


 むしろ嫌な予感しかない。


 だが、自分は弱い。


 白瀬ほどの実績もない。


 だから強く言えなかった。


 結果を出していない人間の言葉に、説得力はない。


 それを知っている。


 だから、せめて最悪に備えようと決めた。


 湊は中央ルートから少し外れ、西側通路へ視点を送る。


 逃げ道。


 もし崩れたら、ここしかない。


 そう考えた瞬間だった。



 ――銃声。



「接敵!」



 味方の声が飛ぶ。


 予想より早い。


 そして次の瞬間、ヘッドセット越しに荒れた声が響いた。



「は!? 敵多っ!」



 湊の背筋が凍る。


 中央高層ビル群。


 そこから一斉に射線が通った。


 上。右。正面。


 完全包囲。


 まるで待っていたかのような奇襲。


 味方一人のHPが一瞬で消し飛ぶ。



「一人ダウン!」



 続けざまにもう一人。



「うそだろ!?」



 白瀬が咄嗟に遮蔽物へ飛び込む。


 だが、位置が悪い。


 西側の射線が通りすぎている。


 このままでは挟まれる。


(やっぱり)



 四人。


 中央待機。


 予想通り。


 湊は反射的にマイクを入れた。



「西、切って!」


 一瞬、沈黙。


「……は?」


 白瀬の声。


 苛立ち混じり。


 当然だ。


 戦闘中に、普段弱い奴が突然口を出してきた。


 信用などない。



「早く! 西から離れて!」



「今そんな余裕――!」



「あと十秒で挟まれる!」



 気づけば叫んでいた。


 自分でも驚くくらい、焦っていた。


 理由は分からない。


 ただ、見える。


 敵が次にどう動くか。


 西通路。


 増援。


 退路消失。


 そうなる未来が、なぜか頭に浮かんでしまう。



「っ……!」



 白瀬が一瞬だけ迷う。


 だが、その直後。



「全員、西離脱!」



 決断が下った。


 味方が慌てて後退を始める。


 そして――。



「敵、増援!」



 味方の悲鳴が上がった。


 西通路。


 さっきまでいた場所に、敵が突入。


 もし三秒遅れていたら。


 完全に挟撃されていた。



「……え?」



 誰かが呟いた。


 白瀬も一瞬だけ言葉を失う。


 湊は呼吸を整えながら、次を見ていた。


 中央はもう駄目だ。


 だが。


 その代わり、空いた場所がある。



「東、行こう」



 静かに言う。



「今なら空いてる」



 白瀬が振り向く。


 その目には、さっきまでとは違う色が少しだけ混じっていた。



「……なんで分かるの?中央のメンバーが西に先回りしてるかもしれないでしょ?」



 湊は少し困った顔をした。


 説明する時間が惜しい。



「相手の性格的にこのままだと西側を囮に中央と挟みにくる。」



 白瀬は数秒だけ沈黙した。


 戦闘中とは思えないほど短い時間だったが、その間に彼女は高速で状況を整理していたのだろう。


 中央は崩れた。


 敵は想定以上に寄せていた。


 そして、神谷の指示通り、西側には増援が現れた。


 偶然――で片付けるには、少し出来すぎている。


 だが、それでも。


 “弱い神谷湊”を信じ切る理由にはならない。


 白瀬は奥歯を噛みしめるようにして周囲を確認した。


 敵の射線。

 遮蔽物。

 残弾。


 そして、現在の戦況。


 こちらは二人ダウン。


 復帰まで二十秒。


 人数不利。


 普通なら立て直しは厳しい。


 だからこそ、彼女は最も合理的な答えを探す。


 感情ではなく勝率で考える。


 それが白瀬凛というプレイヤーだった。


「でも、それって予想でしょ?」


 味方の一人が不安げに言った。

 

 当然だ。


 実績のない、撃ち合いも弱い神谷湊の“勘”。


 信頼するには心許ない。


「……予想だよ」


 湊は素直に認めた。


「でも、今中央行ってもたぶん負ける」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 事実として、さっき中央で半壊している。


 白瀬でさえ押し返せなかった。


 このまま中央へ再突撃するのは悪手に思えた。


 「だったら――」


 白瀬が小さく息を吐く。


 「一回だけ乗る」


  決断だった。


  チームの空気が変わる。


  学年トップが神谷の案を採用した。


  その意味は大きい。


 「東ルート。私が先行する。後ろはカバー。神谷、もし外したら次はないから」


  声は冷静だったが、半分脅しだった。


  湊は思わず苦笑する。


 「……善処します」


 「善処じゃ困る」


 ぴしゃりと言われた。


 だが、さっきまでの完全拒絶とは違う。


 少なくとも、今は聞いてくれている。


 それだけで十分だった。


 崩れた道路脇を抜け、東側ルートへ移動を始める。


 廃墟の壁。


 崩落した歩道橋。


 見通しの悪い路地。


 中央ほど派手な戦場ではないが、そのぶん索敵が難しい。


 緊張感が増す。


 誰も口を開かない。


 もし敵がいたら終わる。


 中央を捨てた時点で、もう後戻りはできない。


 だが。


 曲がり角を抜けた瞬間。


 全員が止まった。


「……誰もいない?」


 ぽつりと誰かが呟いた。


 東第一拠点。


 制圧エリア。


 完全無人。


 敵影ゼロ。


 白瀬が思わず辺りを見回す。


 あり得ない。


 普通、最低一人は置く。


 だが、本当に誰もいなかった。


「マジかよ……」


 男子の一人が息を呑む。


「本当に空いてる……」


 湊自身も少し驚いていた。


 当たるとは思っていた。


 けれど、ここまで綺麗にハマるとは思わなかった。


 敵は中央に寄せすぎている。


 おそらく白瀬を止めることに集中しすぎたのだ。


 「制圧急ぐ!」

 

  白瀬が即座に指示を飛ばす。


  全員が動く。


  エリア確保。

  索敵。

  遮蔽物配置。

  統率は早い。


  やはり強い。

  戦うことに関しては、白瀬凛は圧倒的だった。




  そして数秒後。

  モニターに表示が出る。


【EAST POINT CAPTURED】


 東拠点、制圧完了。


 さらに直後。

 中央側で爆発音。



「敵、中央残留!」


 味方が報告する。 敵はまだ中央制圧を続けている。

 つまり。

 こちらの動きに気づいていない。


(今なら……)


 湊の頭の中で、次の形が見え始める。


 敵は中央に偏っている。


 白瀬を警戒しすぎている。

 次に崩れるのは――。


「次、西取れる」


 気づけば、また口に出していた。


「……は?」


 白瀬が振り向く。


 さっきと同じ反応。


 だが今度は、完全否定ではない。


「理由」


 短く聞かれる。

 湊は中央マップを見ながら答えた。


「敵、焦るから」


「焦る?」



「うん。中央取ってるのに東取られた。たぶん想定外。だから取り返しに来る」


 言いながら、敵リーダーの思考をなぞる。


 中央を取った。


 勝ち筋。

 なのに東を取られた。

 想定外。

 なら修正する。

 東へ人を割く。


 すると、西が薄くなる。


 自然な流れだった。


「……また勘?」


 白瀬が少し呆れた顔をする。


「たぶん」

「曖昧すぎ」


 小さくため息を吐いたあと、彼女は数秒だけ考える。


 そして。


「……でも、さっき当てたのよね」

 誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


 湊は聞き取れなかった。


 だが次の瞬間、白瀬はライフルを構え直す。


「西行く」


 味方全員が目を丸くした。


「マジで!?」


「白瀬さん、本気?」


 彼女は短く言い切る。


「外れたら神谷のせい」


 完全な責任転嫁だった。



 だが、少しだけ。


 ほんの少しだけ。


 その声には面白がっている響きが混じっていた。

 

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