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2/24

準備時間と作戦

 演習開始までの準備時間は五分。


 だが、教室内の空気はすでに試合前のそれへ変わり始めていた。


 大型モニターにはマップ情報とルールが表示されている。


 使用マップ――《廃都セクターE》。


 勝利条件――拠点制圧。


 三つの拠点を一定時間維持した側の勝利。


 市街地戦を想定したマップであり、遮蔽物が多く、索敵と位置取りが勝敗を分ける。


 撃ち合いの強さだけでは押し切れない、比較的戦術寄りのフィールドだった。


 それでも、教室の反応は変わらない。


 神谷湊がいる時点で不利。


 その認識は共通していた。


 白瀬はモニターを一瞥したあと、淡々と口を開く。



「作戦はシンプルにいく。私が中央を押すから、他はカバー。中央さえ取れれば押し切れる」



 口調に迷いがない。


 この学校では実力のある人間が自然と指揮を執る。


 そして白瀬は、その資格を誰もが認める存在だった。


 異論を唱える者はいない。


 当然のように全員が頷く。


 ただ一人を除いて。



「……いや、中央は危ないと思う」



 一瞬、空気が止まった。


 白瀬の眉がわずかに動く。


 周囲の視線が集まる。


 言った本人ですら、少しだけ胃が痛くなる沈黙だった。


 だが、湊はモニターから目を離さなかった。


 違和感があった。


 敵チームの編成。


 相手の得意戦術。


 メンバー配置。


 それらを見た瞬間から、どうしても引っかかるものがあった。




「……理由は?」



 白瀬の声が少し冷える。


 馬鹿にしているというより、試している声音だった。


 湊は言葉を探しながら画面を見る。



「敵の配置。たぶん中央寄せしてる」


「まだ始まってないけど?」


「うん。でも、そうすると思う」



 教室の空気が微妙にざわつく。


 根拠としてはあまりにも弱い。


 誰かが呆れたように笑った。



「まーた始まりました」


「根拠ゼロじゃん」



 白瀬もため息をつく。



「中央を取るのが基本戦術。廃都マップで中央を失うと索敵範囲が狭まる。普通に考えて不利になる」



 正論だった。


 TFの教本にもそう書いてある。


 中央高所を取れば視界を確保できる。


 制圧速度も上がる。


 だから基本は中央先行。


 だが、湊の中ではどうしても嫌な予感が消えなかった。


 敵チームリーダーの性格を思い出す。


 猪突猛進ではない。


 堅実。


 慎重。


 そして、勝ちにこだわるタイプ。


 なら、白瀬凛を正面から止める方法を考えるはずだ。


 たぶん――。


 いや、高確率で。



「……待ち伏せしてる」



 気づけば、口に出ていた。



「中央ビル群。四人隠してると思う」


「四人?」



 白瀬が眉をひそめる。


 明らかにあり得ない、と言いたげな顔だった。



「過剰戦力じゃない? 中央にそこまで割いたら他が空く」


「だからだよ」



 湊はモニターを指差す。



「白瀬さんって、絶対中央取りに行くでしょ」


「……は?」



「相手もそれ分かってると思う。だからこそ中央に戦力を割いて人数有利を取ってくる。」



 数秒、沈黙が落ちた。


 白瀬の顔が少し険しくなる。


 気に障ったのかもしれない。


 だが湊としては煽ったつもりはない。


 純粋に、そう思っただけだった。



「あなた、自分が何言ってるか分かってる?」



 静かな声だった。


 しかし、少し怒っているのが分かる。



「私が負けるって言いたいの?」



 周囲の空気が張る。


 しまった、と思った。


 言い方を間違えたかもしれない。


 だが、今さら引っ込めるわけにもいかない。



「いや……その、読まれてるというか……強い人って、基本マークされるから」



 白瀬は数秒黙ったあと、短く息を吐いた。



「だったら?」



「中央は捨てた方がいい」


「は?」



 今度こそ、周囲から驚きの声が漏れた。



「中央捨てるって正気?」


「廃都でそれやったら終わるぞ」


「さすがに無理だろ」



 だが、湊はなおも画面を見ていた。


 中央を餌にする。


 敵が中央に偏るなら、東側が薄くなる。


 なら、先に取るべきはそこだ。



「東側から回る。二分待てば、たぶん中央の連中動く」



 言葉にすると、自分でも妙な感覚になる。


 証拠はない。


 見えているわけでもない。


 なのに、不思議とそうなる未来が頭に浮かんでしまう。



「……根拠は?」



 白瀬が再び尋ねる。


 湊は少し考えたあと、困ったように笑った。



「相手の戦術予想と勘・・・かな」



 教室が静まり返った。



「は?」



 空気が冷えた気がした。


 いや、実際冷えている。


 当然だ。


 強化選手候補が本気で勝ちに行こうとしている試合で、“勘”は最悪の回答だった。


 湊自身、それは理解している。


 だからこそ、居心地が悪かった。


 しかし、教師が淡々と告げる。



「準備時間終了。ログイン開始」



 会話は強制的に打ち切られた。


 白瀬は立ち上がりながら、小さく言う。



「いい。始まったら私の指示で動く」



 拒絶だった。


 当然である。


 湊でもそうする。


 実績ゼロの弱いプレイヤーの勘より、学年トップの経験を信じる。


 それが普通だ。



「もしあなたの予想が当たったら、その時は考える」



 それだけ言い残し、白瀬はVRデバイスを装着した。


 教室の照明が落ち、演習モードが起動する。


 数秒後、視界が白く染まり――。


 神谷湊の意識は、仮想戦場《TACTICAL FRONT》へ接続された。

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