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泣き声と夕方

食事を終えた二人は、カフェを後にした。


休日のショッピングモールは、多くの買い物客で賑わっている。


「そろそろ帰ろうか」


「はい」


二人が歩き出して間もなく、小さな泣き声が聞こえた。


「……おかあさん」


声のした方を見ると、四、五歳くらいの女の子が不安そうに立ち尽くしていた。


周囲を何度も見回しているが、誰も迎えに来る様子はない。


白瀬はすぐに駆け寄り、女の子と目線を合わせてしゃがんだ。


「どうしたの?」


「お、おかあさんが……いない……」


今にも泣き出しそうな声だった。


「迷子かな」


白瀬が優しく尋ねると、女の子は小さく頷く。


「大丈夫。一緒に探そうね」


その言葉に少しだけ安心したのか、女の子は白瀬の手をぎゅっと握った。


湊は近くの案内表示へ目を向ける。


「迷子センター、この先ですね」


「まずはそこまで行こうか」


「はい」


白瀬が女の子の手を引き、三人で歩き始める。


「お名前は?」


「……みお」


「みおちゃんか。お母さんのお名前は分かる?」


女の子は首を横に振る。


「じゃあ、お母さんのお洋服は?」


「しろ……」


「白い服?」


「うん」


白瀬は優しく頷きながら話を続ける。


女の子が不安にならないよう、途切れないように。


その横で、湊は歩きながら周囲を見ていた。


人の流れ。


立ち止まる人。


足早に歩く人。


誰かを探すように視線を動かしている人。


自然と目が動く。


(……いた)


十数メートル先。


白いブラウスを着た女性が、何度も人混みの向こうを見回していた。


スマートフォンを握る手には力が入り、呼吸も少し乱れている。


立ち止まっては歩き、歩いては振り返る。


誰かを探している。


湊は足を止めた。


「白瀬さん」


「ん?」


「たぶん、あの人です」


白瀬も視線を向ける。


女性は焦った様子で辺りを見回しながら、小さく何かを呼び続けていた。


「……みお!」


その名前を聞いた瞬間、白瀬は女の子へ微笑む。


「みおちゃん、お母さんだよ」


女の子が勢いよく顔を上げる。


「あっ!」


小さな足で駆け出そうとしたところを、白瀬がそっと手を添えた。


「走らなくても大丈夫。一緒に行こう」


女の子はこくりと頷く。


三人が近づくと、女性もこちらに気付き、大きく目を見開いた。


「みお!」


女性は駆け寄り、女の子を強く抱きしめる。


「もう!どこ行ってたの!」


「おかあさん……!」


泣きながら抱きつく娘を見て、女性の目にも涙が浮かんでいた。


「本当にありがとうございました」


何度も頭を下げる女性に、白瀬は柔らかく笑う。


「無事でよかったです」


湊も軽く会釈する。


「お気をつけて」


親子は手をつないで歩き去っていく。


その後ろ姿を見送りながら、白瀬がぽつりと呟いた。


「迷子センターまで行かなくて済んだね」


「はい」


「どうして分かったの?」


湊は少しだけ考えてから答えた。


「あのお母さん、歩き方が違っていて」


「……歩き方?」


「立ち止まる回数が多かったです」


「あと、ずっと人の顔を見ていました」


「買い物をしている人とは、視線が違ったので」


白瀬は少しだけ驚いたように湊を見つめ、それから静かに笑った。


「なるほどね、私だったら、あのまま迷子センターまで行ってたかも」


「そうですか?」


「うん。近くにいるとは思ってなかった」


湊は少し考える。


「あのお母さんも、迷子センターへ向かうつもりだったと思います」


「どうして?」


「案内板を何度か見ていました」


「歩く方向も、迷子センターの方でした」


「だから、途中で会えるかもしれないと思って」


白瀬は少し驚いたように目を瞬かせる。


「そこまで見てたんだ」


「たまたまです」


「……神谷って、そういうところあるよね」


「え?」


「本人は『たまたま』って言うけど、ちゃんと見てる」


湊は少しだけ困ったように笑う。


「まだ全然です」


「黒峰先生なら、もっと早く気づいてたと思います」


「比べる相手が悪いよ」


白瀬は思わず吹き出した。


「それもそうですね」


二人で笑う。


穏やかな空気が流れた。


ショッピングモールの出口が見えてくる。


ガラス越しに差し込む夕日が、床をオレンジ色に染めていた。


自動ドアが開く。


外へ出ると、少しだけ風が涼しい。


昼間の暑さも和らぎ、駅前には夕方の空気が漂っていた。


「もう夕方か」


白瀬が空を見上げる。


「思ったより長く歩いてたね」


「そうですね」


「今日は本当にありがとう」


「こちらこそ」


「荷物持ちだけじゃなくて」


白瀬は笑う。


「付き合ってくれて」


湊は少し照れくさそうに視線を逸らした。


「……僕も楽しかったです」


その一言に、白瀬は少しだけ目を丸くする。


「へぇ」


「神谷がそういうこと言うんだ」


「思ったことなので」


「うん」


白瀬は満足そうに頷いた。


「それならよかった」


駅の改札が見えてくる。


二人の帰る方向は、ここで別だった。


白瀬は歩みを止める。


「神谷」


「はい」


「あと二週間」


その言葉だけで、何の話かは分かった。


「ドイツ戦」


「はい」


白瀬は小さく笑う。


「今日みたいに、ちゃんと周りを見て」


「私たちがやることをやろう」


湊は真っ直ぐ頷く。


「はい」


「勝ちましょう」


「うん」


それ以上の言葉はいらなかった。


二人は軽く手を振り、それぞれの改札へ向かって歩き出す。


休日は終わる。


次に二人が並ぶ場所は、ショッピングモールではない。


同じユニフォームを着て立つ、代表戦の舞台だった。


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