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スマホと次試合

 湊はスマホを白瀬へ返した。


「多分正体を隠したのは正解、公開されてたら、今頃もっと面倒だったと思うよ」


「もっと面倒?」


「私以上に絡まれるんじゃないかな」


 想像する。

 教室に入った瞬間。


『神谷だ!』

『握手してください!』

『サインください!』

『昨日の高架崩しどうやったんですか!?』


 無理だ。


 きっと対応できない。


「多分……隠しててよかったのかも」

「うん」


 白瀬も頷いた。


 しばらく沈黙が流れる。


 木陰を風が抜ける。


 どこかの教室から笑い声が聞こえた。


 平和だった。


 昨日まで命を削るような試合をしていたとは思えないくらい。


 そして。


 白瀬が不意に口を開く。


「でも」


「カムイはすごかった」


 湊は少し顔を上げる。


「みんな私を褒めてる、ラストショット決めたから」


「でも」


 一拍。


「昨日の試合を作ったのはカムイ」


「私は最後に撃っただけ」


 静かな声だった。


「高架を崩したのも、東商業区を読んだのも、アレスを引き寄せたのも」


「全部カムイ」


「だから、みんながカムイを褒めてるのは当然」


 湊は黙る。


 正体は明かせない。


 だから拍手も歓声も、自分には向けられない。


 それでも。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 胸の奥が軽くなった気がした。


「……ありがとう」


「ん」


 白瀬は短く返す。


 そして立ち上がった。


「そろそろ戻る」


「また囲まれるぞ」


「その時は」


「逃げる?」


 僕は食い気味で聞く。


「逃げる」


 即答だった。


 湊は思わず笑う。


 世界は熱狂している。


 国が動くほどの勝利だった。


 それでも。


 昼休みが終われば授業が始まる。


 白瀬はファンに追いかけられ。


 自分はまた目立たない生徒として席に座る。


 それでいい。


 少なくとも今は。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


放課後。


六限目が終わるチャイムが鳴り、教室の空気が少し緩む。


教室のあちこちで話題になっているのは、次の試合のことだった。


「なあ、次の対戦国って今日発表だよな」


「確か夕方六時だったはず」


「どこと当たるんだろ」


「アメリカ倒した時点で余裕じゃね?」


「いやいや、甘いって」


「ドイツとか中国とか残ってるし」


湊は窓際の席で頬杖をつきながら、その会話を聞いていた。


その時。

校内放送が流れる。


『代表候補生徒へ連絡します』


『国際大会の組み合わせ発表が行われます』


『希望者は第一演習ホールへ集合してください』


教室が一気に騒がしくなる。


「来た!」


「行こうぜ!」


「どこだ!?」


生徒たちが席を立ち始める。


湊も立ち上がった。


白瀬が隣に並ぶ。


二人は人の流れに乗って演習ホールへ向かった。


十分後。


巨大スクリーンの前には多くの生徒が集まっていた。


日本代表候補。


教師。


一般生徒。


皆が画面を見上げている。


そして。


司会の声が響く。


『対アメリカ戦勝利おめでとうございます。』


拍手。


歓声。


だが誰も本番はそこじゃない。


知りたいのは次だ。


『それでは』


『次のの対戦相手を発表します』


会場が静まり返る。


スクリーンが暗転。


世界地図が映し出される。


戦う国の名前が次々と流れる。


中国。


ドイツ。


韓国。


フランス。


イギリス。


そして。


一つの国旗が大きく表示された。


《GERMANY》ドイツ


一瞬。


誰も声を出さなかった。


そして次の瞬間。


「うわ……」


「理論最強きたー」


「きちー」


「アメリカより嫌なんだけど」


ざわめきが広がる。


湊は画面を見る。


ドイツ代表。


世界最高の戦術解析チーム。


世界最速の情報処理能力。


そして。


代表選手の顔写真が映る。


『指揮官』


『レオン・ヴァイス』


銀髪の青年。


年齢は二十代前半。


整った顔立ち。


だが。


目だけが冷たい。


紹介文が表示される。


『戦術シミュレーション世界ランキング第一位』


『試合中の予測精度九八・七%』


『通称――盤上の魔術師』


白瀬が隣で呟いた。


「……面倒」


「珍しく感情出てるな」


「アレスは強かった」


「でも、この人は違う」


「戦う前から全部準備してくる」


湊は黙る。


画面を見る。


レオンはカメラへ向かって静かに笑っていた。


まるで。


次の対戦相手が決まることを、最初から知っていたみたいに。


「見て」


白瀬が小さく呟く。


スクリーンの表示が切り替わった。


『ドイツ代表戦績』


『直近成績 八勝〇敗』


『平均試合時間 十八分三十二秒』


『前試合 VIP ESCORT 敵VIP発見までの時間 三分四十一秒』


会場がざわつく。


「は?」

「三分?」

「嘘だろ」

「そんなの偶然じゃ……」


教師たちの表情も硬い。


そして映像が流れ始める。


試合開始。


二分後。


ドイツ代表の部隊が移動を開始。


三分十五秒。


狙撃。


敵VIP撃破。


《GAME END》


会場が静まり返る。


別の試合。


開始四分。


終了。


また別の試合。


開始五分。


終了。


派手な撃ち合いはない。


奇策もない。


誰かが無双しているわけでもない。


ただ。


最初から最後まで。


全部予定通りだった。


「……流石ね」


湊が思わず呟く。


白瀬も頷いた。


「うん」


「たぶん、この人は撃ち合わない」


「撃ち合わない?」


「必要ないから」


スクリーンにはレオンのインタビュー映像が映る。


銀髪の青年は穏やかな笑みを浮かべていた。


『戦術とは選択肢を奪う行為です』


『相手が自由に動ける時点で失敗している』


『だから私は考えます』


『試合開始前に』


『相手がどこへ逃げるか』


『誰が焦るか』


『誰が犠牲になるか』


『誰が最後まで残るか』


『全部最初から』


会場の空気が重くなる。


アレスは違った。


あれは猛獣だった。


近付かれれば終わる。


撃ち合えば負ける。


でも。


レオンは違う。


気づいた時には。


逃げ道そのものが消えている相手だった。


すると画面の最後に、一行だけ文字が表示される。


『対戦相手分析完了』


『日本代表予想勝率』


『17%』


「……は?」


誰かが声を漏らした。


「舐めてんのか」


「昨日アメリカ倒したんだぞ」


「十七%?」


ざわめく会場。


その中で。


湊だけは黙っていた。


そして小さく笑う。


「なるほど」


白瀬が見る。


「どうしたの?」


「いや」


「圧倒的不利なんだな」


白瀬は少し考えて。


そして小さく頷いた。


「うん」


「でも私たちはアメリカに勝った」


 その言葉に、湊は苦笑した。


 アメリカ代表。


 世界最強のアレス。


 誰も勝てないと言っていた相手。


 結果は日本の勝利。


 だから十七%と言われても、以前ほど絶望感はない。


 すると映像の最後。

 レオンがインタビューを受けている場面が流れた。


『日本代表についてどう思いますか?』


 レオンは少し考える。


 そして微笑んだ。


『素晴らしいチームです』


『特に白瀬選手』


『最後の射撃は完璧でした』


 会場が少し沸く。


 だが。


 次の言葉で空気が変わった。


『ただ』


『あの試合を作った人間は別にいる』


 ざわり。


 湊の瞳が揺れる。


『高架橋崩落』


『東商業区への戦力再配置』


『アレス選手の思考誘導』


『あれは事前準備ではありません』


『試合中に組み上げられたものです』


 レオンは穏やかに笑う。


『日本には興味があります、いい指揮官がいるようで』


 演習ホールが静まり返った。


 白瀬が僅かに目を細める。


「……面倒」


「ん?」


「慢心してくれてた方が楽だった」


「確かに」


 白瀬は黙る。


 湊も続ける。


「厄介だな」


「アレスは試合中に俺を見つけた」


「こいつは」


 一拍。


「試合前から俺たちを知っている」


 白瀬は少しだけ笑った。


 久しぶりだった。


 試合が始まる前なのに。


 少しだけ胸が高鳴っていた。


 世界最強の兵士を越えた先で待っていたのは。


 世界最強の頭脳だった。


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