灰色と色付き
演習ホールを出た帰り道。
夕焼けに染まる校舎を歩きながら、湊は小さく息を吐いた。
「世界最強の頭脳、か……」
アメリカ戦は、撃ち合いを軸に組み立てるプレイヤーだった。
確かに盤面を見る。
でも最後は、自分で前に出て全部壊してしまえる人間だった。
けれど。
次は違う。
撃ち合いで試合を決める男じゃない。
戦術だけで世界と戦う司令塔。
盤面を読む。
自分と同じ土俵で戦う相手。
同じ種類の人間相手なら。
俺は、本当に勝てるのか。
夕焼け空を見上げる。
その時。
「おーい!」
聞き慣れた声が響いた。
二人が振り向く。
そこには黒峰がいた。
相変わらずジャージ姿で、片手を大きく振っている。
「二人とも、探したぞ!」
「黒峰」
「なんだ?」
湊が身構える。
ドイツ戦。
世界最強の頭脳。
きっと地獄の特訓が始まる。
そう思った。
「今夜空いてるか?」
「え?」
「打ち上げだ!」
「……は?」
黒峰は満面の笑みだった。
「アメリカに勝ったんだぞ! 一回くらい祝わせろ!」
「いや、ドイツ戦が……」
「知るか!」
黒峰は豪快に笑った。
「戦う前に潰れてどうする!」
「休める時に休む!」
「食える時に食う!」
「笑える時に笑う!」
「それが強いチームだぜ!」
白瀬が小さく手を上げる。
「お肉ある?」
「ある!」
「行く」
即答だった。
「早っ!」
湊が思わず突っ込む。
「寿司?」
「寿司もある!」
「行く」
「いや、まだ決まってないだろ!」
すると後ろから声。
「おおー!本当ですか!?」
東雲だった。
その後ろから相模、鷹宮、他の代表候補たちも集まってくる。
「焼肉!?」
「食べ放題!?」
「黒峰の奢り!?」
「やったー!」
黒峰の顔が引きつる。
「いや待て、お前らどこから湧いた」
「聞こえてました!」
「地獄耳か!」
周囲は一気に騒がしくなる。
東雲たちが盛り上がっている中。
黒峰がふと湊を見る。
「お前も来るよな?」
「え、俺?」
湊は指を指した。
「いや、俺代表じゃないし」
「は?」
黒峰は首を傾げる。
「何言ってんだ」
「お前、一応うちの戦術担当だろ」
その瞬間。
空気が止まった。
「……戦術担当?」
東雲が振り向く。
「え?」
鷹宮も固まる。
「神谷が?」
相模だけは無言だった。
白瀬は小さく頷く。
「そう」
「昨日も指示してた」
「え?」
「マジ?」
東雲が湊を見る。
「いやいやいや!」
「お前そんなことしてたの!?」
「……補助だよ」
「補助でアレス止めたの!?」
「違うって」
慌てる湊。
黒峰は口を押さえた。
「あ」
「しまった」
「言うなって言われてたんだった」
「遅いですよ!」
東雲が突っ込む。
黒峰は豪快に笑う。
「まぁいいだろ!」
「戦術考える奴もチームの一員だ!」
「昨日勝てたのは白瀬だけじゃねぇ!」
「全員で勝ったんだよ!」
少しだけ静かになる。
そして。
東雲が笑った。
「なるほどなぁ」
「だから白瀬先輩、昼も神谷連れ回してたのか」
「納得した」
「……言い方」
湊は頭を抱えた。
白瀬は首を傾げる。
「連れ回してた」
「認めるんだ」
周囲から笑い声が漏れる。
こうして。
神谷湊は『代表チームの戦術担当』という立場で、ごく自然に打ち上げへ参加することになった。
ついさっきまで重かった空気が嘘みたいだった。
ドイツ。
レオン・ヴァイス。
勝率十七%。
そんな不安も。
今だけは忘れていい。
すると黒峰が咳払いした。
「いいか、お前ら」
珍しく真面目な顔。
「アメリカに勝った」
「強い言葉を使うと歴史を変えた」
「だが、まだ終わってない」
全員が静かになる。
「だから今日は祝え」
「明日から地獄だ」
一瞬の沈黙。
そして。
「「「うわぁ……」」」
悲鳴が上がる。
白瀬も僅かに顔をしかめた。
「……地獄」
「今嫌そうな顔したな」
「した」
湊は思わず笑う。
世界最強の頭脳との戦いは近い。
だがその前に。
今夜だけは。
仲間たちと笑ってもいい。
こうして。
代表メンバーたちは市街地にある焼肉店へ集まっていた。
貸し切り。
普段なら学生だけで来るような場所じゃない。
それだけ今回の勝利が特別だった。
席に着くなり東雲が叫ぶ。
「肉!肉!肉!」
「うるさい」
相模が即座に返す。
「お前らまだ焼いてねぇだろ」
黒峰は苦笑しながら席に座った。
「今日は無礼講だ」
「好きなだけ食え」
「ただし残すな」
「「「了解!!」」」
歓声が上がる。
白瀬はすでにメニューを見ていた。
「タン」
「カルビ」
「ハラミ」
「石焼ビビンバ」
「デザート」
「結構食うな」
湊が呆れる。
「成長期」
「便利な言葉だな」
東雲は笑いながら肉を網へ乗せる。
「でもさ」
「まだ信じられねぇよ」
「昨日まで世界最強とか言われてたアメリカに勝ったんだぜ?」
「しかもアレス相手」
「普通負けイベントだろ」
「ゲームなら絶対負けるやつ」
鷹宮も頷いた。
「実況見返したけど凄かったぞ」
「最後、海外実況が叫んでた」
『NO WAY!!』
『JAPAN STOLE THE GAME!!』
『WHO IS KAMUI!?』
「って」
湊は水を飲む。
「へぇ」
「興味ない反応だな」
「いや」
「知り合いじゃないし」
平然と答える。
もちろん嘘だ。
知り合いどころか本人だ。
だが言えない。
言えば面倒になる。
白瀬は肉を食べながら小さく言った。
「でも」
「カムイは喜んでいい」
「アレスを止めた」
「十分すごい」
湊は苦笑する。
「本人に伝えとくよ」
「うん」
真顔だった。
本当に信じているらしい。
すると黒峰がグラスを持ち上げる。
「さて」
「そろそろ締めるか」
全員の視線が集まる。
黒峰は少しだけ真面目な顔になった。
「お前らは勝った」
「世界最強と言われた相手に」
「誰も期待してなかった」
「誰も信じてなかった」
「でも勝った」
一拍。
「だから胸を張れ」
「昨日、お前らは日本代表だった」
「今日だけは」
「次の相手も」
「勝率も」
「全部忘れろ」
「勝者らしく笑え」
少し静かになる。
そして。
東雲が立ち上がった。
「じゃあ!」
「日本代表!」
「アメリカ撃破記念!!」
「かんぱーい!!」
『乾杯!!』
グラスがぶつかる音。
笑い声。
焼ける肉の音。
毎日が灰色だった世界が。
少しだけ色づいたような気がした夜だった。




