昼休みとSNS
昼休みになっても、白瀬の周囲の騒がしさはまったく変わらなかった。
むしろ朝より悪化している。
中庭の一角には自然と人だかりができ、通りかかる生徒たちまで足を止めていた。
「白瀬先輩!」
「昨日の試合見ました!」
「サインください!」
「お姉様かっこよかったです!」
次から次へと声が飛ぶ。
昨日の試合で一躍学園の有名人になった白瀬は、その中心に立たされていた。
本人は相変わらず無表情だったが、近くで見れば分かる。
少し疲れている。
いや、かなり疲れている。
そんな白瀬を遠巻きに見ながら、湊は購買で買ったパンを片手に立ち止まった。
完全に別世界だった。
昨日まで普通の生徒だったはずなのに、たった一試合でここまで変わるものなのかと思う。
その時だった。
人混みの向こうから白瀬と目が合う。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
白瀬の視線がこちらで止まった。
そして。
「神谷」
周囲の女子たちが一斉に振り返る。
突然名前を呼ばれた湊も少し驚いた。
「ん?」
「ちょっと付き合って」
空気が止まった。
文字通り。
周囲の女子たちが固まる。
数秒の沈黙。
その後。
「え?」
「今なんて?」
「付き合って?」
「神谷くんと?」
ざわっ、と空気が揺れた。
湊も思わず眉をひそめる。
「言い方」
「?」
白瀬は意味が分かっていない顔だった。
「場所変えたい」
それだけ言う。
だが周囲は違った。
「なんで神谷なの?」
「私たちじゃダメなの?」
「許せない」
「ずるくない?」
小さな不満が漏れ始める。
俺はクラスでは雑魚扱いの人間だ。
だから余計に目立つ。
視線が集まる。
少し居心地が悪い。
だが白瀬は全く気にしていなかった。
「神谷」
もう一度呼ぶ。
「来て」
短い言葉。
だが断る余地がない。
湊は苦笑した。
「分かったよ」
すると周囲がさらにざわつく。
「なんであいつが……」
「えーー……」
「どういうこと……」
なぜか敵意まで混じっている。
湊は心の中で勘弁してくれと思った。
白瀬はそんな空気をまるで気にせず歩き出す。
人混みが自然と割れる。
湊も後を追う。
背中には大量の視線。
振り返らなくても分かる。
たぶん今、自分はかなり恨まれている。
「なんか視線痛いんだけど」
歩きながら言う。
白瀬は平然と返した。
「気のせい」
「絶対違う」
即答だった。
校舎裏へ向かう途中。
ようやく周囲の声が遠ざかる。
中庭の喧騒も聞こえなくなる。
さらに白瀬は歩き続けた。
「まだ行くのか?」
「人がいる」
短い返事。
そして辿り着いたのは、訓練棟の裏にある小さな休憩スペースだった。
昼休みでもほとんど人が来ない場所。
木陰になっていて静かだった。
白瀬はようやく足を止める。
そして小さく息を吐いた。
「助かった」
その一言だけで、本当に疲れていたことが分かる。
湊は少し笑った。
「人気者も大変だな」
「大変」
珍しく即答だった。
そして白瀬はベンチへ腰を下ろす。
数秒だけ沈黙。
風が吹く。
遠くから運動部の声が聞こえる。
ようやく周囲に誰もいないことを確認すると、白瀬は真っ直ぐ湊を見た。
その目はもう昼休みの人気者ではない。
昨日の試合で背中を預け、戦っていた時の目だった。
「昨日の試合、想像以上に大事になってる」
静かな声。
だがその一言で空気が変わる。
湊も自然と表情を引き締めた。
「……大事?」
白瀬はスマホを差し出した。
画面にはニュース記事が並んでいる。
『日本、対米戦勝利』
『国際資源配分比率見直しへ』
『対米交渉で日本側優勢か』
『アメリカ代表、まさかの敗北』
神谷は眉をひそめる。
「そんなに変わるのか?」
「変わる」
白瀬は即答した。
「今回の大会はただのスポーツじゃない。」
「勝敗で資源採掘権の配分が決まる。」
「エネルギー輸入枠も増える。」
「レアメタルの優先契約権も日本側へ移る。」
「経済だけじゃない。」
「国際安全保障会議での発言権も増える。」
「防衛協力の条件も有利になる。」
「外交交渉で使えるカードが増えた。」
「昨日の一勝で、日本が得る利益は数百億円規模だって言われてる。」
神谷は黙る。
昨日はただ必死だった。
勝たなければ終わる。
それしか考えていなかった。
でも。
自分たちが勝ったことで。
国が動く。
企業が動く。
政治家が動く。
世界が少し変わる。
そんな話だった。
「……重すぎないか」
「だから代表戦なんだよ」
白瀬は静かに頷いた。
そして。
少し画面を下へスクロールした。
「あと、向こうは荒れてる」
「向こう?」
「アメリカ」
神谷が画面を見る。
コメントが大量に流れていた。
神谷は少し目を細める。
「叩かれてるのか」
「かなり」
「でもアレスは途中で全部捨てた。」
「カムイを倒す方を優先した。」
「だから向こうのファンからすると。」
白瀬は肩を竦める。
「『世界最強が感情で動いた』って見えてる。」
神谷は少し考える。
あの時のアレスを思い出す。
『お前は放置できない』
あれは嘘じゃなかった。
本気だった。
だから。
少しだけ複雑だった。
確かに勝った。
でも。
アレスは負けたくて負けたわけじゃない。
むしろ。
勝つために。
自分を消そうとしただけだ。
すると白瀬がまたスマホを見せる。
今度は日本側のSNSだった。
『カムイ、アレスに執着されるのヤバすぎ』
『世界最強に作戦変更させる男』
『カムイ何者なんだよ』
『日本の秘密兵器すぎる』
『白瀬いい選手だ、新世代来たな』
様々な
今回の勝利によって状況が変わる。
たった一試合。
だが。
その勝利によって動く金額は数百億円規模。
守られた利益は。
何百万人もの生活に繋がっていた。
だからこそ。
世界は熱狂していた。




