戦いと結末
次の瞬間。
轟音。
地面が弾け飛ぶ。
湊がいた場所へ、大口径弾が突き刺さっていた。
反応が少し遅れていたら終わっていた。
瓦礫の裏へ滑り込む。
速すぎる。
見てから避けるのが限界。
撃ち返す余裕なんてない。
しかもアレスは歩いている。
焦っていない。
狩りだった。
勝負じゃない。
逃げる獲物を、じわじわ追い込んでいる。
「お前も“見る側”だろ」
心臓が跳ねる。
見抜かれている。
戦い方を。癖を。思考を。
銃声。
遮蔽物が吹き飛ぶ。
湊が転がるように退避する。
ギリギリ。
本当にギリギリだった。
「撃ち返さないその銃は飾りか?」
また一歩、距離が縮まる。
撃ち合いは確実に勝てない
視線が合う。
近い。
もう数十メートルもない。
逃げ場も減ってきている。
「行くぞ」
アレスが銃口を上げる。
終わる。
そう思った瞬間だった。
通信へ、白瀬の静かな声が入る。
『カムイ』
一拍。
『あと30秒、耐えて』
その声に、妙な確信が混じっていた。
湊の呼吸が止まる。
そして初めて気づく。
自分は、一人で戦っていたわけじゃない。
アレスの銃口が、静かにこちらへ向く。
距離は近い。
もう逃げ切れる範囲じゃない。
崩れた高架下。瓦礫。砕けた車両。遮蔽物はあるが、アレス相手では意味が薄い。位置を変えれば読まれる。止ま れば撃たれる。
完全に詰まされかけていた。
それでも湊は、白瀬の言葉だけを頭の中で反芻する。
30秒。
30秒耐えろ。
それだけだった。
普通なら信じられない。
だが今だけは、不思議と疑う気になれなかった。
三週間。
一番近くで盤面を共有してきた。
白瀬は、意味のない指示を出す人間じゃない。
だから――耐える。
アレスが距離を詰める。
アサルトライフルが静かに持ち上がった。
次の瞬間。
轟音。
乾いた連射音が高架下に響き渡る。
「っ――!」
咄嗟に横へ飛ぶ。
さっきまでいたコンクリート柱が、弾丸で抉り取られていた。
破片が飛び散る。
視界が白く揺れる。
速い。
連射なのに、全部狙われている。
制圧射撃じゃない。
完全に“当てにきている”。
湊は崩れた店舗跡へ転がり込んだ。
ガラス片が制服に擦れる。
割れた壁。
半壊したレジ。
身を隠せる場所はある。
でも、安全じゃない。
数秒で詰められる。
「逃げるの上手いな」
外からアレスの声が聞こえた。
楽しそうではない。
冷静だった。
逃げる方向まで計算している声。
「でも、そこの壁薄いぞ」
嫌な予感。次の瞬間。
壁が吹き飛んだ。
銃声。
粉塵。
コンクリート片が肩へ直撃する。
「ぐっ……!」
遅れて、熱。
弾が掠めていた。
左肩のHPが削れる。
警告表示。
【Minor Damage】
ただ掠っただけ。
それなのに、痛い。
呼吸が乱れる。
足が少し止まりそうになる。
だが止まったら終わる。
湊は奥の通路へ飛び込む。
崩れたオフィス。
薄暗い室内。
倒れた机の陰へ滑り込む。
心臓がうるさい。
本当に、強い。
今まで相手してきた誰とも違う。
白瀬とも黒峰とも違う。
これがアメリカ最強の男。
勝負にならない。
隠れても。
逃げても。
追い詰められる。
「不思議なんだよな」
低い声。
「お前、撃ち返さないのか?」
湊は思わず眉をひそめる。
怖くないわけがない。
むしろ、今までで一番怖い。
喉は乾いてるし、心臓もうるさい。
足だって少し震えていた。
でも。
怖いから止まるほど、余裕もなかった。
「撃ち返さないさ、あえてね。」
一瞬。
アレスが少しだけ笑った。
面白がるみたいに。
「なるほど」
その目が細くなる。
湊の呼吸が止まる。
もちろんハッタリだ。
この距離で撃ち合いをしても、当たるわけがない。
「でも予想外だった」
視線が湊へ戻る。
「お前が作戦を読むだけでなく、戦況を壊したことだ」
高架を崩された。
盤面をズラされた。
本来なら日本側が完全に崩れる流れだった。
なのに。
カムイだけが、予定外だった。
「だから作戦を捨てた。」
アレスが静かに言う。
その言葉に、通信の空気が止まる。
「カムイ、お前と戦いたい」
白瀬が小さく息を飲む気配。
相模も、東雲も黙る。
それが異常だと理解している。
VIP ESCORTで、VIP役が勝利条件を無視する。
ありえない。
でも。
世界最強は、盤面ごと変えてきた。
カムイを危険と判断して。
勝ち筋そのものを組み替えた。
この男は、中身を知らない。
最強のプロゲーマーカムイとして俺を見ている。
戦場で盤面を動かした存在として理解している。
撃ち合いを望んでいる。
アレスが、ゆっくり銃を構える。
近い。
もう数十メートルもない。
崩れた高架下。割れたコンクリート、むき出しの鉄骨、横転した輸送車両。遮蔽物はある。だが相手がアレスな ら、そんなものは“数秒延命できる壁”に過ぎない。
真正面から撃ち合えば終わる。
その事実だけは、痛いほど理解していた。
だから湊は、撃たなかった。
逃げに徹することにした。
視線だけを動かす。
アレスじゃない。
周囲を見る。
崩れた高架。
斜めに落ちた鉄骨。
壊れた搬送コンテナ。
上層へ続く補助通路。
そして、散乱した車両の位置。
全部が少しずつ、頭の中で線になる。
アレスの銃口が動く。
次の瞬間、轟音。
瓦礫が吹き飛び、コンクリート片が頬を掠めた。
速い。
反応がギリギリ。
湊は転がるように遮蔽物へ飛び込む。
だが、そこでようやく見えた。
アレスの癖。
撃った後、ほんの一歩だけ位置をずらす。
完全停止しない。
射線管理。
反撃対策。
世界最強らしい合理性。
でも。
(……逆に言えば)
動く場所が決まっている。
黒峰の言葉が脳裏をよぎる。
『最強は無敵じゃねぇ』
『強ぇ奴ほど、合理的だ』
『合理的ってことは、読める』
湊の視線が、横転した大型輸送車へ止まる。
車体下部。
積載されていたエネルギーパック。
半壊。
撃てば暴発する。
ただし、距離は遠く威力は小さい。
キルは取れない。
だが――。
位置を限定できる。
「どうした?」
アレスが笑う。
「撃たないのか?」
また一発。
遮蔽物が砕ける。
距離が縮まる。
もう時間がない。
『カムイ』
通信。
白瀬だった。
『あと六秒』
短い。
でも、それで十分だった。
湊は小さく息を吐く。
(六秒あればいい)
わざと走る。
右へ。
焦ったみたいに。
逃げるように。
当然、アレスが追う。
最短ルート。
勝てる位置。
安全に詰められるライン。
――予想通り。
来た。
その瞬間。
湊が初めて銃を向ける。
相手じゃない。
輸送車の下。
エネルギーパック。
発砲。
爆発。
低い衝撃音。
車体が傾き、崩れた鉄骨が落ちる。
派手ではない。
だが、十分だった。
アレスの退路が塞がる。
左が潰れる。
遮蔽物が消える。
そして。
合理的に動くなら――右。
一本道。
そこしかない。
湊の喉が乾く。
怖い。
でも。
見えている。
(そこしか選ばない)
アレスが動く。
迷わず右。
読めた。
その瞬間。
「白瀬!!」
湊が叫ぶ。
アレスが銃を上げる。
もう十数メートル。
避けられない。
「終わりだ」
アレスが引き金を動く。
その瞬間――
轟音。
乾いた一発。
銃声が、別方向から響いた。
空気が裂ける。
次の瞬間。
アレスの身体が、わずかにズレた。
肩へ、正確な一撃が突き刺さった。
初めて。世界最強の動きが止まる。
通信へ、静かな声が落ちる。
『はぁはぁ……間に合った』
白瀬だった。
高層ビル上層。
遠距離支援ライン。
ずっと角度を作っていた。
『カムイ』
いつもの冷静な声。
でも少しだけ笑っている。
『時間稼ぎ、完璧……ナイス誘導』
静かな声。
一拍。
アレスが、ゆっくり笑う。
悔しそうに。
でも、どこか楽しそうに。
「なるほどな」
肩を押さえながら、湊を見る。
「お前……撃ち合わないんじゃない」
一瞬。口元が歪む。
「撃ち合う必要がないのか」
その時。
都市全体へシステム音声が響く。
《GAME END》
――JAPAN WIN.
静寂。
そして。
アレスが初めて、少しだけ満足そうに笑った。
映像が暗転した。




