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19/33

迷いと本物

作戦端末が起動すると、空中へ立体マップが展開された。都市全体を俯瞰したホログラムが淡く発光し、崩壊した高層ビル群と複雑なルート構造が視界へ浮かび上がる。

 

 NEXUS CITY。

 

 アメリカ代表が最も勝率を誇る戦場。

 

 高低差の激しい超都市型マップであり、長い射線と入り組んだ分断構造を併せ持つこの場所は、撃ち合いの強いチームほど有利になると言われていた。そして今回のルールは

 

【ルール:VIP ESCORT】

 

 画面へ表示された文字を見た瞬間、湊は小さく息を飲む。

 

 VIP Escort。

 

 味方VIPを護衛しながら目的地点へ送り届けるルールであり、敵VIPを排除すれば即時決着。陣地制圧とは違い、盤面を取るだけでは勝てない。進軍ルート、陽動、護衛、足止め、崩し方――戦場全体をどう動かすかが勝敗を分ける形式だった。

 

 白瀬がモニターを見たまま静かに言う。

 

「火力差があるチームほど強い。真正面で押し込める側が有利になる」

 

 つまり、日本にとって最悪に近い条件だった。

 

 アメリカは個人性能が高い。

 撃ち合いが強い。

 前線の圧力が異常。

 

 もし正面衝突になれば、日本側が削り負ける可能性は高い。

 

 だからこそ。

 

 真正面から戦わない。

 

 それが黒峰から嫌というほど叩き込まれた考えだった。

 

『勝てねぇなら壊せ』

 

『強い奴を相手にすんな。強さが出せねぇ場所へ引きずれ』

 

 その言葉が、自然と頭に浮かぶ。

 

 湊はマップへ視線を落とした。

 

 中央大通り。

 東商業区。

 西地下鉄ライン。

 

 VIPルートは大きく三つ。

 

 普通なら中央だ。

 

 視界が広く、進行速度も速い。アメリカほどの火力があるなら真正面から制圧して押し切れる。実際、これまでの試合でもアレスは中央突破を何度も成功させていた。

 

 だが――。

 

(……違う)

 

 三週間。

 

 死ぬほど試合映像を見せられた。

 勝ち試合。

 負け試合。

 崩壊の瞬間。

 

 黒峰は毎回言っていた。

 

『“自分の勝ち方”を疑え』

 

『相手は馬鹿じゃねぇ。見えてる正解ほど罠を疑え』

 

 湊の視線が、東商業区へ止まる。

 

 高低差。

 狭い通路。

 分断される視界。

 

 中央ほど派手ではない。

 だが、一度崩れればカバーが遅れる。

 

 そしてアメリカは、“崩した後”が異常に速い。

 

 一人を孤立させる。

 

 削る。

 

 人数差を作る。

 

 気づけば盤面が終わっている。

 

 その光景を何度も見た。

 

「……たぶん、中央じゃない」

 

 気づけば口に出ていた。

 

 空気が止まる。

 

 代表メンバーの視線が、静かに集まる。

 

 慣れない。

 

 まだ心臓は少しだけ速い。

 

 だが、逃げない。

 

 黒峰の言葉が頭をよぎる。

 

『司令塔が迷った顔見せた瞬間、全員死ぬ』

 

『だから外してもいい。止まるな』

 

 湊は呼吸を整える。

 

「中央は見せ札です」

 

「正面から行けば勝てるって、こっちも分かってる。だから警戒も集中する」

 

「でもアレスって、真正面だけの人じゃない」

 

 指先が東商業区を指した。

 

「本命は、ここだと思います」

 

 相模が少し眉を上げる。

 

「東?」

 

「中央で圧をかけて意識を固定させる。その間にVIPをずらして、分断を作る」

 

「高低差があるからカバーが遅れるし、孤立も起きやすい」

 

「一人崩れた瞬間、アメリカが全部持っていく」

 

 静寂。

 

 誰もすぐには口を開かなかった。

 

 だが、それは否定ではない。

 

 考えている沈黙だった。

 

 白瀬が、ゆっくりマップへ視線を戻す。

 

「……あり得る」

 

 小さく呟く。

 

「中央を本命だと思わせるだけの火力が、あっちはある」

 

「だからこそ逆に読みにくい」

 

 東雲も腕を組みながら頷いた。

 

「中央へ意識を集めて東で削る、か。アレスならやりそうだな」

 

 鷹宮も珍しく反論しない。

 

「正面から来る方が楽なんだけどな」

 

「それを相手が分かってるから嫌なのよ」

 

 白瀬が即座に返す。

 

 そして。

 

 不意に、彼女の視線が湊へ向いた。

 

 少しだけ細められた目。

 

 観察するような。

 試すような視線。

 

「じゃあ」

 

 短く言う。

 

「もしあなたの予想通りなら、どう崩す?」

 

 空気が変わった。

 

 予想では終わらない。

 

 ここから先は、“読む側”ではなく、“勝つ側”の話だった。

 

 湊はゆっくりマップを見上げる。

 

 そして、ほんの少しだけ。

 

 三週間前なら絶対に出てこなかった感覚が、静かに形を持ち始めていた。

 

 ――勝ち方ではない。

 

 壊し方が。


 湊はしばらく何も言わなかった。

 

 立体マップの中で光るルートを見つめながら、頭の中で何度も盤面を動かしていく。中央を押された場合。東へ回 された場合。西地下鉄を囮にされた場合。アメリカ側の初動を一つ変えるだけで、盤面はまるで別物になる。

 

 けれど、不思議と怖さはなかった。

 

 いや、正確には違う。

 

 怖い。

 

 間違えれば終わる。

 自分の判断一つで、日本代表が崩れる可能性だってある。

 

 それでも、三週間前の自分とは決定的に違っていた。

 

 見えてしまうのだ。

 

 崩れる形が。

 

 噛み合わなくなる瞬間が。

 

 嫌な未来ほど、なぜか鮮明に。

 

 そして、その未来を避ける道筋も、少しずつだが輪郭を持ち始めている。

 

 黒峰は言っていた。

 

『お前の脳みそは、勝ち筋を見つけるタイプじゃねぇ』

 

『負け筋を見つける化け物寄りだ』

 

『だったら逆算しろ。“負けない盤面”を積み上げろ』

 

 湊は小さく息を吐き、ゆっくり口を開いた。

 

「たぶん、まともに守らない方がいいです」

 

 一瞬、空気が止まる。

 

 鷹宮が眉を寄せた。

 

「守らない?」

 

「はい。普通に守ると、たぶん崩されます」

 

 湊はマップ上へ指を滑らせる。

 

 中央。

 東商業区。

 西地下鉄。

 

 その動線を一本ずつ繋ぎながら、頭の中にある違和感を言葉へ変えていく。

 

「アメリカって、崩し方が異常に速いんです」

 

「撃ち合いで勝つだけじゃなくて、一人削った瞬間の圧力がすごい。人数差を作った後の判断速度が、他国より一段早い」

 

「だから守り切ろうとすると、多分間に合わない」

 

 それは映像分析で嫌というほど見た光景だった。

 

 一人が遅れる。

 

 一人が視線を切る。

 

 その瞬間、アメリカはまるで獣みたいに噛みついてくる。

 

 気づけば二対五。

 

 三十秒後には試合が終わっている。

 

 白瀬が静かに視線を細める。

 

「つまり?」

 

 湊は少しだけ迷う。

 

 だが、ここで止まれば意味がない。

 

 自分はいま、“カムイ”としてここにいる。

 

 少なくとも、考え続ける役目だけは投げられない。

 

「逆に、崩させる」

 

 その言葉に、相模が目を細めた。

 

「……どういう意味?」

 

「アメリカって、優位を取ると一気に前へ出ますよね」

 

「特にアレス」

 

 立体マップの東商業区を拡大する。

 

 狭い高架。

 分断される通路。

 上下で視線がズレる構造。

 

「ここ、強いチームほど事故りやすい」

 

「事故?」

 

 鷹宮が怪訝そうな顔をする。

 

「強いチームって、勝ってる感覚があるほど前に出るんです」

 

「それが悪いわけじゃない。でもアメリカは特に速い」

 

「だから、あえて一回だけ崩された方がいい」

 

 空気が、少し変わる。

 

 危険な発想。

 

 普通なら出てこない案だった。

 

 東雲が静かに問う。

 

「わざと崩れると?」

 

「崩れるふりです」

 

 湊は言葉を選びながら続ける。

 

「東へ来るなら、最初の接触で一回ラインを下げる」

 

「押されてるように見せる」

 

「で、VIPを少しだけ孤立させる」

 

「……餌にするの?」

 

 白瀬の声が低くなる。

 

 責めているわけではない。

 

 ただ、真意を測っている。

 

 湊は頷いた。

 

「たぶんアレスは噛みつく」

 

「勝ってる時ほど、相手を潰し切りに来るから」

 

「そこで囲う」

 

 指先が高架下を示す。

 

「ここ、視線が切れるんです」

 

「正面から見ると一本道だけど、上下の遮蔽で射線がズレる」

 

「だから突っ込んできた瞬間、東雲さんが閉じる」

 

「鷹宮さんが横」

 

「白瀬さんが退路切って、相模さんが高所カバー」

 

「VIPだけ落とす」

 

 静寂。

 

 誰も、すぐに言葉を返さなかった。

 

 ただマップだけを見ている。

 

 湊は少しだけ不安になる。

 

 外したかもしれない。

 

 素人の考えだと思われたかもしれない。

 

 そんな焦りが胸を掠めた時だった。

 

「……気持ち悪い読み方するな」

 

 鷹宮がぼそっと言った。

 

「褒めてます?」

 

「半分くらい」

 

 相模が苦笑する。

 

「でも確かに、アメリカって勝ち始めると勢い止まらないんだよね」

 

「特にアレス」

 

「強引に決め切るの、好きだし」

 

 白瀬はまだ何も言わなかった。

 

 ただ、じっとマップを見つめている。

 

 そして数秒後。

 

「……成立するかもしれない」

 

 小さく呟いた。

 

「ただし条件がある」

 

 その目が湊を見る。

 

「“崩れてる演技”を完璧にやること」

 

「中途半端だと警戒される」

 

「アレスは甘くない」

 

 正論だった。

 

 むしろ、それが最大の問題かもしれない。

 

 相手は世界最強。

 

 少しでも違和感を見せれば読まれる。

 

 そして読まれた瞬間、終わる。

 

 その時、不意に思い出した。

 

 三週間前。

 

 VR訓練で何度も何度も叩き込まれたこと。

 

 黒峰が、呆れた顔で言っていた。

 

『お前、ビビってる時が一番自然なんだよ』

 

『だからカムイになり切るのは大事だが、考えまでは強要しねぇよ。むしろそれを武器にしろ。』

 

『焦ってる演技?』

 

『違う。本当に焦れ』

 

『でも思考だけ止めんな』

 

 その瞬間。

 

 湊の中で、一つだけ妙な確信が生まれる。

 

 ――できるかもしれない。

 

 いや。

 

 多分、自分にしかできない。

 

 怖がることには、慣れている。

 

 弱い側だったから。

 

 負けそうな側だったから。

 

 押される感覚なら、嫌というほど知っている。

 

 だからこそ。

 

 “崩れているように見せる”ことだけは、本物になれる気がした。

 

 そして。

 

 大型モニターへ数字が表示される。

 

【MATCH START IN 30】

 

 残り三十秒。

 

 会場の歓声が、壁越しに低く震え始める。

 

 世界が、静かに試合の始まりを待っていた。

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