国家交流戦と姿勢
翌日。
国家交流戦当日。
朝だというのに、空気は異様なほど重かった。
政府管理区域――地下施設の一室で、神谷湊は鏡の前に立たされていた。
いや、“立たされている”という表現が正しい。
自分の意思ではない。
「姿勢」
白瀬の声が飛ぶ。
「猫背。カムイはもっと重心が低い」
「いや、そんな細かいとこまで見られるんですか!?」
「見る人は見る」
即答だった。
三週間。
白瀬が徹底的に叩き込んだのは、戦術だけではない。
歩き方。
視線。
喋る速度。
立ち方。
試合前のルーティン。
カムイ本人の映像を何百時間と見せられ、ほぼ強制的に身体へ刷り込まれていた。
そして今。
その成果確認である。
「もう一回歩いて」
「えぇ……」
湊が嫌そうな顔をしながら歩く。
だが三歩目で即停止。
「違う」
「早くない!?」
「今、周囲見すぎ」
白瀬が腕を組む。
「カムイは警戒してるように見せない」
「“全部見えてる前提”で動く」
言われてみれば確かにそうだった。
あの男は、常に余裕そうに見える。
焦らない。
急がない。
全部分かっているような顔をする。
だから怖い。
だから、“本物”に見える。
「もう一回」
一歩。
二歩。
三歩。
今度は止められない。
白瀬が小さく頷いた。
「……七十点」
「低くない?」
「昨日よりマシ」
微妙に嬉しくない。
その時。
扉が雑に開いた。
「お、準備できてんな」
黒峰だった。
相変わらずジャージ。
缶コーヒー。
寝癖。
本当に元代表なのか疑う格好である。
だが、今日は少し違った。
表情は軽いのに、目だけが妙に鋭い。
黒峰は机の上へ一枚の資料を放る。
「最終確認」
そこには、今日の相手チーム情報が表示されていた。
【国家交流戦】
【日本 VS アメリカ】
その文字を見た瞬間、湊の胃がきゅっと縮む。
アメリカ。
TF世界ランキング一位。
世界最強国家。
そして、日本と並ぶ超大国。
ただし、その戦い方は真逆だった。
日本が精密戦術型なら、アメリカは“圧殺型”。
個人能力が異常に高い。
撃ち合い。
反応速度。
フィジカル思考。
何より、“前へ出る力”が強い。
簡単に言えば。
真正面から殴り倒してくる国。
「今回の相手代表は――」
黒峰がモニターを操作する。
映像が映る。
一人の男だった。
金髪。
高身長。
鋭い目。
そして、笑っている。
だがその笑顔に温度はない。
【アメリカ代表:アレス】
名前が表示される。
瞬間。
白瀬の表情が変わった。
「……最悪」
珍しく、はっきり嫌そうな顔だった。
「知ってるの?」
湊が聞くと、白瀬は短く答える。
「世界最強の突撃司令塔」
「真正面から盤面を壊すタイプ」
「しかも――」
一瞬だけ言葉が止まる。
「カムイを異常に警戒してる」
湊の嫌な予感が加速する。
「どういうことですか?」
黒峰が代わりに答えた。
「執着されてんだよ」
映像が流れる。
過去の国家戦。
アレスが何度も日本へ突っ込む。
何度も。
何度も。
そして、そのたびに。
カムイが盤面ごと叩き潰していた。
「戦績は?」
湊が恐る恐る聞く。
黒峰が笑う。
「カムイの勝ち越し」
「ただし」
そこで空気が変わる。
「向こうはずっと“次こそ勝つ”で来てる」
「だから、たぶん今回――」
黒峰の目が細くなる。
「真っ先にお前を見に来る」
嫌な汗が流れた。
「いや待ってください」
「それ、一番ダメなやつでは?」
「大丈夫」
黒峰が笑う。
「バレなきゃ」
「軽い!!」
でも、笑えなかった。
相手は世界最強国家。
しかも、カムイを知り尽くしている相手。
少しでも違和感を出せば終わる。
プレイ。
仕草。
言葉。
全部見られる。
湊の喉が少し乾いた。
その時。
白瀬が静かに言う。
「でも」
湊が振り向く。
白瀬は少しだけ目を逸らしていた。
「三週間前よりは、マシ」
「……え」
「たぶん、すぐ死にはしない」
褒めているのか分からない。
でも。
それが白瀬なりの励ましだと、もう少しだけ分かるようになっていた。
黒峰が笑う。
「よかったな。実質最高評価だぞ」
「いや基準低くないですか?」
その時。
【TRANSFER GATE OPEN IN 30 MINUTES】
【ALL REPRESENTATIVES, PREPARE FOR ENTRY】
機械音声が響く。
空気が変わる。
本当に始まる。
国家戦が。
しかも相手は。
世界最強、アメリカ。
そして。
“カムイを最も倒したがっている男”が待っている。
黒峰が空き缶をゴミ箱へ放り投げる。
そして。
少しだけ真面目な顔で言った。
「勝とうとすんな」
「……え?」
「お前の仕事は勝つことじゃねぇ」
「“カムイがいる”って世界に思わせることだ」
一瞬、沈黙。
「その上で――」
黒峰が笑った。
「もし勝てたら、最高だな」
湊はゆっくり息を吐いた。
怖い。
普通に怖い。
でも。
逃げる気だけは、不思議ともうなかった。
「……行きます」
その言葉に。
黒峰が、にやりと笑う。
「よし」
「じゃあ世界最強、騙しに行くぞ」




