化け物と理解
正直、最初は無理だと思っていた。
白瀬凛は、VR室のモニターを見つめながら小さく息を吐く。
画面の向こうでは、神谷湊が今日も無様に転がっていた。
銃声。
爆発。
遮蔽物へ飛び込む。
そして死ぬ。
【YOU DIED】
この三週間、何度見たか分からない光景だった。
最初の頃は、もっと酷かった。
開始三秒。
五秒。
十秒。
敵を見る前に死ぬ。
考える余裕すらなく崩れる。
正直、期待値は低かった。
撃ち合い能力は壊滅的。
反応速度も普通。
国家代表の代役どころか、強化選手にすら届かない。
それが、神谷湊という人間への最初の評価だった。
なのに。
――おかしい。
気づけば、そう思うことが増えていた。
「またズラした」
思わず小さく呟く。
画面の中。
湊は敵を倒していない。
撃ち勝ってもいない。
それなのに、盤面だけが変わっていく。
敵が動く。
配置が崩れる。
射線が噛み合わなくなる。
最終的に、黒峰が全部狩る。
だが。
その“形”を作っているのは、間違いなく湊だった。
「似てる」
ぽつりと零れる。
最初にカムイの映像を見た時と同じ感覚。
撃たない。
前へ出ない。
なのに、なぜか勝つ。
盤面そのものを支配している。
もちろん、まだ全然違う。
完成度も。
精度も。
経験も。
比べることすら失礼なくらい差がある。
けれど。
“見えているもの”だけは、少し似ていた。
「……ほんとに何なのよ、こいつ」
思わず呟く。
あの日の試合。
撃ち合いは酷かった。
正直、見ていられなかった。
なのに、盤面だけは異常だった。
負け筋を消し。
敵の選択肢を削り。
味方を動かしていた。
今思えば、あの時から兆候はあったのかもしれない。
そして、何より厄介だったのは――
本人が、自分の才能を理解していないことだ。
自分を弱いと思っている。
だから雑に切る。
自分が犠牲になればいいと考える。
その癖は、三週間経っても完全には抜けなかった。
黒峰と何度も衝突していた。
『お前また自分切ったな?』
『勝てるならいいかなって……』
『国家戦でそれやったらぶっ飛ばす』
『理不尽じゃないですか!?』
VR室に響く言い合いは、もはや日常だった。
最初は、黒峰が三日で匙を投げると思っていた。
あの人は人を教えるタイプじゃない。
感覚型。
気分屋。
面倒くさがり。
なのに。
なぜか神谷には付き合っていた。
怒鳴って。
笑って。
時々、本気でキレながら。
それでも毎日、隣に立っていた。
たぶん。
少し似ていたのだ。
昔の誰かに。
あるいは、自分自身に。
「……前日、か」
気づけば、モニターの日付を見ていた。
【国家交流戦 前日】
三週間。
短すぎる時間だった。
普通なら絶対に間に合わない。
実際、完成なんてしていない。
撃ち合いは相変わらず弱い。
反応速度も平均。
癖もまだ多い。
でも。
一つだけ変わったことがある。
最初の頃みたいな、“死にそうな顔”をしなくなった。
代わりに。
考えるようになった。
怖がりながら。
震えながら。
それでも前へ出るようになった。
そして何より――
最近の神谷湊は。
たまに、本当に嫌な目をする。
全部見えているみたいな。
戦場の終わりだけを先に知っているみたいな目。
あの目を見るたび、少しだけ背筋が冷える。
カムイとは違う。
でも、危うさは似ている。
「……大丈夫かな」
思わず、本音が漏れた。
国家戦。
もし正体がバレれば終わる。
失敗しても終わる。
そして、命を狙われる可能性もある。
普通の高校生が背負うには、あまりにも重すぎた。
その時だった。
VR室の扉が開く。
「おー、白瀬」
気怠そうな声。
黒峰だった。
缶コーヒー片手。
相変わらずジャージ姿。
緊張感がない。
「何してんの」
「明日の確認」
白瀬が短く返すと、黒峰は隣へ来てモニターを見る。
そこには、VRで最後の調整をしている湊の姿。
数秒。
沈黙。
そして黒峰は、ふっと笑った。
「まあ、死なねぇよ」
「……なんでそう言い切れるんですか」
白瀬の問いに、黒峰は少しだけ目を細めた。
「才能あるから」
短い返答。
でも、それだけではなかった。
「あと――」
一瞬だけ、黒峰の表情が変わる。
「たぶんあいつ、自分で思ってるよりずっと化け物だ」
その言葉の意味を、白瀬はまだ理解できなかった。
ただ。
翌日。
その意味を嫌というほど知ることになる。




