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考察と入り口

 無理だろ――。

 

 そんな言葉が頭をよぎった瞬間、湊の視界に赤いマーカーが一斉に浮かび上がった。

 

 崩れた高層ビルの窓。

 

 横転した車両の陰。

 

 歩道橋の上。

 

 道路の先。

 

 数は十。

 

 それも、ただ多いだけではない。

 

 配置が嫌なほど綺麗だった。

 

 逃げ道を塞ぐ前衛。

 

 回り込み役。

 

 後方支援。

 

 どこへ動いても誰かの射線へ入るよう、最初から完成された包囲網が敷かれている。

 

 理解した瞬間、嫌な汗が噴き出した。

 

(いや、無理だろこれ……)

 

「三十秒」

 

 黒峰が気楽そうに言う。

 

「生き残れ」

 

「いや無理ですって!」

 

「安心しろ」

 

 黒峰が笑った。

 

「最初はみんな死ぬ」

 

 まったく安心できない。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 銃声。

 

 反応する暇すらなかった。

 

 額に衝撃。

 

 視界がブラックアウトする。

 

【YOU DIED】

 

「…………え?」

 

 静かな電子音。

 

 次の瞬間、景色が巻き戻った。

 

 同じ場所。

 

 同じ廃都市。

 

 同じ敵配置。

 

 そして、隣で腕を組む黒峰。

 

「はい一回目終了」

 

「早くないですか!?」

 

「戦場は待ってくれねぇ」

 

 あまりにも当然みたいに言われる。

 

 だが悔しいことに反論できない。

 

 今のは、本当に何もできなかった。

 

 考える前に死んだ。

 

「もう一回」

 

 黒峰が軽く指を鳴らす。

 

 再び銃声。

 

「右」

 

 反射で動く。

 

 弾が掠める。

 

「しゃがめ」

 

 転ぶように身体を落とす。

 

「左」

 

 今度はギリギリ避ける。

 

 だが――

 

 次の瞬間。

 

 別方向から弾丸が飛んできた。

 

【YOU DIED】

 

「理不尽!?」

 

「今のは盤面見れてねぇ」

 

 黒峰は容赦なく言う。

 

「お前、目の前しか見えてない」

 

 湊は歯を食いしばる。

 

 悔しい。

 

 でも正しい。

 

 怖さで視界が狭くなっている。

 

 敵を見る余裕なんてなかった。

 

「もう一回」

 

 三回目。

 

 四回目。

 

 五回目。

 

 死ぬ。

 

 死ぬ。

 

 死ぬ。

 

 十秒持たない。

 

 十五秒で終わる。

 

 二十秒目前で崩れる。

 

 息が荒い。

 

 汗が止まらない。

 

 VRのはずなのに、本当に命を削られている感覚があった。

 

「……向いてない」

 

 思わず漏れる。

 

「俺、無理です」

 

 膝に手をつきながら呟く。

 

 その時だった。

 

 黒峰が初めて少しだけ真面目な顔をした。

 

「一個聞く」

 

 低い声。

 

「お前、何見て動いてる?」

 

「何って……敵です」

 

「浅ぇ」

 

 即答だった。

 

「敵なんて見るな」

 

「は?」

 

「見るのは“崩れ方”だ」

 

 黒峰が指を差す。

 

「誰が動いたら、どこが空く?」

 

「誰が焦ったら、どこがズレる?」

 

「撃つ前に、戦場がどう壊れるか考えろ」

 

 その言葉に、湊の動きが止まる。

 

 崩れ方。

 

 その考え方は、少しだけ覚えがあった。

 

 TFでもそうだった。

 

 敵がこう来る。

 

 味方がこう動く。

 

 だから次はこうなる。

 

 撃ち合いは弱い。

 

 でも、“嫌な未来”だけは妙に見えてしまう。

 

「……もう一回」

 

 六回目。

 

 今度は少しだけ違った。

 

 敵を見るんじゃない。

 

 動きを見る。

 

 配置を見る。

 

 “崩れ方”を見る。

 

 右が前へ出る。

 

 なら中央が空く。

 

 左が焦る。

 

 なら射線が重なる。

 

 ほんの少しだけ。

 

 本当に少しだけ。

 

 見えた気がした。

 

「右」

 

 黒峰の声より、少しだけ早く身体が動く。

 

 弾丸が外れる。

 

「……お?」

 

 黒峰の声色が変わる。

 

 初めてだった。

 

 避けた。

 

 自分で。

 

 そして二十秒。

 

 二十五秒。

 

 もう少し――

 

 そう思った瞬間。

 

 背後から銃声。

 

【YOU DIED】

 

「っっあああ!!」

 

 思わず叫ぶ。

 

 でも。

 

 悔しいのに、不思議と少しだけ分かってしまった。

 

 さっきより、生きられた。

 

 黒峰が、にやりと笑う。

 

「今の」

 

 少しだけ楽しそうな声だった。

 

「初めて“考えて”動けたな」

 

 湊は荒い呼吸のまま顔を上げる。

 

「……分かりません」

 

「でも、なんか少しだけ見えた気がします」

 

 その瞬間。

 

 黒峰の目が、ほんの少しだけ鋭くなった。

 

「それだ」

 

「ただ才能ってのは、“見え始め”が一番怖ぇ」


「見える奴ってのはな」

 

「大体、自分が倒すって息巻いて、そして突っ込み、部隊は壊滅だ」

 

 その言葉が、妙に胸へ引っかかった。

 

「先が見える分、自分削れば勝てるって考え始める」

 

 黒峰が小さく鼻で笑う。

 

「そんで大体、潰れる」

 

 言葉の軽さに反して、内容は妙に重かった。

 

 どこか実感がある。

 

 経験者の言葉みたいだった。

 

 湊は思わず聞き返しそうになったが、その前に黒峰がパン、と手を叩く。

 

「お前は自分を過大評価するタイプではないがな。ま、忘れるなさ」

 

 急に空気が戻る。

 

「続きやるぞ」

 

「いや、ちょっと休憩とか――」

 

「死んだくらいで休めるなら戦場楽だな」

 

「ブラックすぎません!?」

 

 即終了だった。

 

 黒峰が指を鳴らす。

 

 再び景色が歪む。

 

 崩れたビル。

 

 割れた道路。

 

 砂塵の匂い。

 

 さっきと同じフィールド。

 

 だが。

 

【MISSION UPDATE】

 

【SURVIVE:60 SECONDS】

 

【ENEMY:15】

 

「増えてません!?」

 

「慣れだ」

 

「慣れで済ませる数じゃない!!」

 

 黒峰は笑いながら、その場へしゃがみ込んだ。

 

 まるで観戦モードに入るみたいに。

 

「今回は口出し減らす」

 

「死にたくなきゃ、自分で考えろ」

 

 その言葉と同時。

 

 銃声が響いた。

 

 湊は反射で身を投げる。

 

 だが、今度は違った。

 

 ただ逃げるんじゃない。

 

 見る。

 

 動き。

 

 位置。

 

 敵の視線。

 

 どこが圧をかけていて、どこが薄いのか。

 

 崩れ方。

 

(右が押してる……)

 

 なら左は薄い。

 

 でも逃げれば囲まれる。

 

 じゃあ――

 

 中央をズラす?

 

 湊はわざと遮蔽物の端から姿を見せた。

 

 一瞬、敵が反応する。

 

 中央が寄る。

 

 右が前へ。

 

 そして。

 

(今)

 

 横へ走る。

 

 射線が少しだけ噛み合わなくなる。

 

 弾が逸れる。

 

「……っ!」

 

 生きた。

 

 今、自分で避けた。

 

 偶然じゃない。

 

 盤面が少しだけ動いた。

 

 その感覚に、胸がわずかに熱くなる。

 

 だが次の瞬間。

 

 足元へ何かが転がってきた。

 

「――え」

 

 グレネード。

 

 爆発。

 

【YOU DIED】

 

「理不尽!!」

 

 世界が巻き戻る。

 

 黒峰が腹を抱えて笑っていた。

 

「ははっ、今の顔いいな」

 

「笑い事じゃないですよ!?」

 

「でも今、見えてたろ」

 

 言われて、湊は言葉に詰まる。

 

 確かに。

 

 ほんの一瞬だけだった。

 

 でも、自分で敵を動かした感覚があった。

 

 今までのTFとは違う。

 

 “見えてしまう”感覚。

 

 あれが、少しだけ形になった。

 

 黒峰は立ち上がる。

 

「悪くねぇ」

 

 その声が少しだけ低くなる。

 

「ただ、お前はまだ“相手”しか見えてない」

 

「……?」

 

「戦場見ろ」

 

 黒峰が周囲を指差した。

 

 崩れた鉄骨。

 

 車。

 

 割れた道路。

 

 高低差。

 

 狭い通路。

 

「敵じゃねぇ。地形使え」

 

「盤面ってのは、人だけじゃねぇんだよ」

 

 湊の思考が止まる。

 

 そうだ。

 

 さっき自分は鉄骨を倒した。

 

 あれで崩れた。

 

 つまり――

 

「全部、武器……?」

 

 黒峰が初めて少しだけ笑った。

 

「ようやく入口だ」

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