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13/23

才能と感動

 銃声が、耳元を裂くように響いた。

 

 壁へ弾丸が叩き込まれ、コンクリート片が頬を掠める。

 

 ただの訓練のはずなのに、痛覚フィードバックが妙にリアルで、身体が本能的に硬直しそうになる。

 

「止まるな」

 

 黒峰の声が飛ぶ。

 

「考えろ。敵は何考えてる」

 

 湊は崩れた車両の陰へ滑り込みながら、荒れる呼吸をどうにか整えようとした。

 

 心臓がうるさい。

 

 頭の中が真っ白になる。

 

 怖い。

 

 普通に怖い。

 

 だが――

 

 ただ怖がっていても終わる。

 

 そう理解できるくらいには、黒峰の言葉が頭へ残っていた。

 

(敵が何考えてるか……)

 

 視界端のマーカーが動く。

 

 一人。

 

 二人。

 

 いや、違う。

 

 正面の二人は“追い込み役”だ。

 

 本命は横。

 

 射線を限定して、逃げ道へ撃つつもりだ。

 

(右に逃げたら撃たれる)

 

 瞬間、嫌な未来が脳裏を過る。

 

 頭を撃ち抜かれるイメージ。

 

 反射で足を止めた。

 

 次の瞬間。

 

 さっきまで自分が飛び出そうとしていた場所へ、弾丸が突き刺さる。

 

「っ……!」

 

 冷や汗が流れた。

 

 今、確実に死んでいた。

 

 黒峰が少しだけ口角を上げる。

 

「見えたか」

 

 湊は返事もできない。

 

 偶然じゃない。

 

 たまたまでもない。

 

 確かに“分かった”。

 

 敵の考えが。

 

 次に崩れる場所が。

 

 見えた。

 

「なら次」

 

 黒峰が当然みたいに言う。

 

「使え」

 

「使えって……何を!?」

 

「見えてんだろ」

 

 呆れた声だった。

 

「だったら敵を動かせ」

 

 意味が分からない。

 

 いや、言葉は分かる。

 

 でも方法が分からない。

 

 その時。

 

 視界の左。

 

 崩れた標識。

 

 その奥の細道。

 

 敵の位置。

 

 そして、もし自分がここへ出たら――敵は反応して右へ寄る。

 

 その瞬間、別の敵の射線と被る。

 

(……あ)

 

 一瞬だけ、形が見えた。

 

 盤面。

 

 敵の配置。

 

 崩し方。

 

 湊は息を呑みながら、遮蔽物から半歩だけ身体を出した。

 

 案の定、敵が反応する。

 

 発砲。

 

 だが湊は撃たない。

 

 すぐに身を引く。

 

 そして。

 

 敵が右へ流れた。

 

 次の瞬間。

 

 別方向の敵と射線が被る。

 

 混線。

 

 わずかな停止。

 

「――そこ」

 

 乾いた銃声。

 

 敵が同時に撃ち合いダメージが入る。

 

 湊は目を見開く。

 

「え……?」

 

「今の」

 

 黒峰が笑う。

 

「お前が動かした」

 

 心臓が跳ねた。

 

 自分が?

 

 撃っていない。

 

 何もしていない。

 

 なのに。

 

 確かに、敵は動いた。

 

 そして盤面が崩れた。

 

「お前、思ったより才能あるな」

 

 黒峰のその言葉に、湊の呼吸が止まる。

 

 人生で初めてかもしれない。

 

 TFで、才能なんて言葉を向けられたのは。

 

 だが。

 

「感動してる暇ねぇぞ」

 

 瞬間。

 

 警告音。

 

【WARNING】

 

【SNIPER DETECTED】

 

「伏せろ!!」

 

 白瀬の怒声と同時。

 

 世界が閃光で裂けた。


反射だった。

 

 湊は考えるより先に地面へ身体を投げ出す。

 

 次の瞬間。

 

 頭があった位置を、一直線に光が貫いた。

 

 轟音。

 

 背後の壁が吹き飛ぶ。

 

 破片が頬を掠め、熱を持った風圧が身体を叩いた。

 

「うわっ――!?」

 

 喉が勝手に声を漏らす。

 

 今のは、完全に死んだと思った。

 

 ほんのコンマ数秒遅れていたら終わっていた。

 

 地面へ伏せたまま、呼吸だけが乱れる。

 

 心臓が痛いくらい速い。

 

 だが黒峰は、そんな湊を待たない。

 

「止まんな」

 

 低い声。

 

 戦場の声だった。

 

「狙撃手は一発外したあとが本番だ。次で仕留めに来る」

 

 その言葉が終わる前に、湊の視界が動く。

 

 崩れたビル。

 

 三階。

 

 割れた窓。

 

 ほんの一瞬だけ反射したスコープの光。

 

(あそこ――!)

 

 理解した瞬間。

 

 嫌な未来が頭へ流れ込んだ。

 

 このまま右へ逃げる。

 

 撃たれる。

 

 遮蔽物へ飛ぶ。

 

 読まれている。

 

 左?

 

 間に合わない。

 

 なら――

 

(動かす)

 

 黒峰の言葉が蘇る。

 

 撃ち合うな。

 

 戦場を壊せ。

 

 湊は周囲を見る。

 

 道路脇のミラー。

 

 崩れかけの看板。

 

 積み上がった鉄骨。

 

 位置関係が、一瞬だけ線で繋がった。

 

「白瀬さん!」

 

「なに」

 

「十時方向、三階窓!」

 

 黒峰は即座に視線を動かす。

 

 だが湊は続けた。

 

「でも撃たないでください!」

 

「……は?」

 

 黒峰の眉がわずかに動く。

 

「三秒ください」

 

 自分でも何を言ってるのか分からない。

 

 けれど、見えた。

 

 崩し方が。

 

 湊は遮蔽物からわざと身体を見せる。

 

 狙撃手が反応。

 

 照準が動く。

 

 その瞬間。

 

 湊は逆方向へ滑り込む。

 

 弾丸。

 

 外れる。

 

 だが目的は回避じゃない。

 

 撃った反動で、狙撃手の身体が少しだけ前へ出る。

 

 同時に、右側の敵部隊が湊を追うため移動。

 

 射線。

 

 重なる。

 

「今です!!」

 

 黒峰が笑った。

 

「なるほどな」

 

 銃声。

 

 一発。

 

 だがそれだけだった。

 

 崩れた看板が落下。

 

 狙撃地点を塞ぐ。

 

 同時に敵の足が止まる。

 

 その隙。

 

 黒峰が消えた。

 

 本当に、消えたように見えた。

 

 気づいた時には。

 

【ENEMY DOWN】

 

【ENEMY DOWN】

 

【ENEMY DOWN】

 

 視界の赤が消えていた。

 

 静寂。

 

 風だけが吹いている。

 

 湊はその場で固まる。

 

「……終わった?」

 

「半分な」

 

 黒峰が缶コーヒーでも飲みそうな気軽さで戻ってくる。

 

 なのに呼吸一つ乱れていない。

 

「今の、見えてたんだろ?」

 

 湊は言葉を探す。

 

「なんか……嫌な未来が」

 

「だろうな」

 

 黒峰は即答した。

 

「お前、未来予測型だ」

 

「未来予測?」

 

「正確には“敗北予測”寄りか」

 

 黒峰はしゃがみ込み、湊の目を見る。

 

「普通の奴は“今”を見る」

 

「強い奴は“少し先”を見る」

 

「でもお前は違う」

 

 その目が細くなる。

 

「負け筋から逆算して動いてる」

 

 言われた瞬間。

 

 妙に納得してしまった。

 

 昔からそうだった。

 

 TFでも。

 

 勉強でも。

 

 失敗する未来ばかり先に見えてしまう。

 

 だから避け方ばかり考えてきた。

 

 それを、自分では短所だと思っていた。

 

 なのに。

 

「悪くねぇ」

 

 黒峰が言う。

 

「たしかにカムイとはタイプ違うが、近い」

 

 その言葉に、湊の胸が小さく跳ねた。

 

 だが次の瞬間。

 

 黒峰が立ち上がる。

 

「じゃ、次」

 

「え」

 

 嫌な予感。

 

 ものすごく嫌な予感。

 

 黒峰はにやりと笑った。

 

 完全に嫌な笑顔だった。

 

「今度は十人」

 

【ENEMY ×10】

 

「増えてません!?!?」

 

「慣れろ」

 

「無茶ですよ!!」

 

「国家戦はこんなもんじゃないぞ。」

 

 即答だった。

 

 そして。

 

 銃声が、再び世界を裂いた。

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