番外編3・リンネのたいせつな日記
最近、色んなことが起きました。
色んな人と出会ったし、色んな出来事も。
今は新しい国ザヤで暮らしていて、ねえちゃんたちがいて、師匠たちがいて、しかも、パパとママとたくさんの弟や妹ができて、今のわたし、多分とっても幸せなんだろうけど、ときどきウルリーフくんのことや、シロちゃんの人生にあったことを思い出して、少し、いや、とても悲しい気持ちになります。
ザヤにはたくさん人が増えて、賑やかになってきたけど、世界を見渡すとまだまだ全部平和とはいえないし、戦争もつづいているらしいです。
わたし、どうすればいいのかな? わたしって、どんなふうに生きていけばいいのかな? ホメロスさんにもらった力を、どう役に立てたらいいんだろう?
ぐるぐると考えばかりが頭を回って、結局、答えは出るどころか、自分は何を考えていたのかすらわからなくなっちゃうのです。
というようなことを相談したら、師匠に日記を書くようにすすめられました。
日記というと毎日つづけることのイメージだったから、最初はめんどうだなと思ったけど、日記というより手記として、今考えていることをひたすら文章にするだけでもいいそうです。
思いついたときにすればいいなら簡単! と思って、わたしは今こうして日記のような手記のようなものを書いています。調子がよかったらつづけようと思います。でも、人に見せるものじゃないから、せっかく面白いこと書けても人に見せて笑ってもらえないのは残念かも。
それはそうと、昔話って悪だくみが上手くいったときとか「しめしめ、上手くいったぞ」ってよく言うけど、じっさいに「しめしめ」なんて声に出して言うことないよね? あれふしぎ。
それはそれとして、今ザヤで起きてることを書きます。
ザヤには毎日色んな人が家を求めてやってきて、建築の職人さんたちがフルパワーで仕事して、すごい勢いで家が増えています。元はみんな奴隷だった人たちだから、職人として正しいお賃金をもらえるようになって、すごく張り切ってるみたい。
ザヤの首都にあたるのは秘められた国と呼ばれたシロちゃんの作った国で、今ではザヤの観光の名物でもある。どこに行っても美しい植物が見られて、職人さんたちが作り直した木と石を組み合わせた今っぽい家が並ぶ、とても眺めのいい街です。咲いているのは古代の時代に滅んだ花や木ばかりで、外国からやってきた学者さんたちが毎日のように観察しています。
イオねえちゃんがトップの議会では、古代の植物の研究のために外国の研究者たちがやってくるのを積極的に受け入れ、科学の交流のために色んな国と仲良くやるきっかけになっているそうです。
シロちゃんは、街の人たちと一緒に植物のお世話をしています。少し陽射しが出てきたので、長い銀髪に麦で編んだ帽子を被って、ひとつひとつの植物をていねいに観察しながらお水をあげているシロちゃんは、とっても優しそうな顔をして、わたしも見ていて嬉しくなります。
シロちゃんは、たまにねえちゃんの相談役をする以外は、こうして花や木の水やりをしているか、子どもたちに昔話をしています。自分がどんな生き方をしてきたか、どんなことがあったか、そんなことを語って聞かせて、子どもたちに覚えさせると、今度は子どもたちにその話を観光客に聞かせてお金をもらうアルバイトを始めさせました。親のいない子などが、そうやって生計を立てられるよう、シロちゃんは考えたのです。
ザヤでは学校もできて、毎日子どもから大人まで、読み書きや算術を学びたい人たちが通っています。奴隷だった人たちの中でも、偉い人に仕えていた人たちは読み書きができる人もいるので、そういう人はみんな先生になりました。ホメロスさんは、もちろん音楽の先生になりました。お弟子さんたちと、色んな楽器や歌を教えています。ザヤは、毎日色んな音楽が増えていきます。
平和に見えるけど、ちょっと問題も起きました。バルボラさんたちの興した劇団に、レイアーデという国からやってきた女優さんが入団したいとお願いしたのです。
その人は一見、きれいな赤毛に、右目の涙ぼくろがみりょくてきな女の人でした。名前もローズマリーといって、その人にぴったりな名前をしていました。
実はその人、チェンジリングされ、育ての親にも自分がシェイプシフターであることを隠しながら女優になり、劇団でトップスターをやっていたそうです。
半分魔族とはいえ、人間の格好で、しかも見た目も完璧なその人に、バルボラさんたちはあんまり良い顔をしませんでした。
だって、バルボラさんたち獣人や魔族のハーフの人たちは、見た目が不ぞろいなのをあえて押し出して「フリークス・ショー」という皮肉だけれども、自分たちのルーツに誇りを持ってその名前をつけたのです。
ローズマリーさんのような完璧な人間の姿をしている人は、どう見ても不釣り合いだし、ローズマリーさん目当てで観客が押し寄せられたら、バルボラさんたちには光が当たりません。
それじゃ劇団を興した志しが台無しだとバルボラさんが言うと、ショックを受けたローズマリーさんは泣きながら走ってどこかへ行ってしまいました。
みんなは、ちょっと「強く言いすぎたかな?」ってムードになっていたけど、そのとき、どすどす、と大きく乱暴な足音を立てながら、逞しい雄牛の獣人がやってきました。
「おう、おう! ローズマリーはうちの組がケツ持ってんだ。受け入れられねえってんなら、この俺様が相手になるぜ!」
啖呵を切った大男に、劇団のみんなは真っ青な顔で逃げ出そうとしましたが、唯一、バルボラさんだけが勇ましく雄牛の大男に向かっていきました。
「この子たちはアタシの家族だ! 手ェ出したらただじゃおかないよ!」
きっと鋭い目で言い放つバルボラさんは、きっと本気で怯えてなかったと思います。
すると、大男の身体が眩しい光が放って、まばたきひとつのあいだに、モンシロチョウのような白い羽の生えた小さな男の子がふよふよと宙に浮いてました。
びっくりするみんなの前で、その子は口をひらくと、
「オイラは妖精のパック! ごめんよ、みんなを試すような真似しちゃって。オイラはこの劇団の人たちが、心のきれいなひとたちかたしかめたかったんだ! ここは仲間を守る、良いリーダーがいる。心配いらなかったね!」
と早口でしゃべって、ふわりと宙がえり。
地に着地した瞬間、ローズマリーさんの履いていたブーツのヒールがかつん、と鳴りました。
「私、シェイプシフターなのをずっと隠して生きてきた。でも、私は自分が魔族なのをぜんぜん恥じてない。色んな存在になれて、色んな私になれるんですもの! こんな自由な種族、ほかにいない! ――でも、劇団では恋物語のヒロインや、魔王にさらわれる姫の役ばかり。それがずうっと窮屈だった」
今までのローズマリーさんの独り芝居に呆気にとられて、みんな声も出せずにその告白を聞いていました。
「私、美しいヒロインじゃない——色んな役をやりたいの! 酒場で暴れるチンピラ! お姫様を騙す悪い魔女のおばあさん! 醜い顔がコンプレックスで、貴族の令嬢に片思いする詩情溢れる騎士! やりたくない役なんて、ないぐらい! だから――私はこの姿以外で役を演じる。あなたたちの邪魔にはならないと思うわ」
この身体を張った説得に、バルボラさんたちが納得しないわけにはいきませんでした。
ローズマリーさんが入団したことを聞いて、外国から大勢の観客が押し寄せたけど、舞台にはウェーブした赤毛の美女なんて、どこにもいません。
舞台にあがるのは、角を生やしたり、鱗や毛皮に包まれた役者ばかり。
最初はブーイングもありました。いつトップ女優は出るんだ? と彼女目当てでやってきたお客の中には、我慢できずに席を立つ人もいたほどです。
物語の終盤、舞台がゴゴゴ……と震動し、恐ろしい首をいくつも持った蛇のような異形のモンスターが現れました。
あまりの迫真の、というか本物の〝モンスター〟に、観客も逃げ出そうとしたほどです。
「恐れるな! あれはわたしたちの恐怖を具現化した、闇の深淵より出でしもの! 勇気をもって立ち向かえば、敵ではない!」
主役のバルボラさんが作り物の剣を持って飛び掛かると、ほかの仲間も一斉に蛇に向かっていきました。
もちろん、本物の剣ではないけど、彼女たちが剣を振るって四方八方から蛇に襲いかかると、その恐ろしい首はぼたり、ぼたり、と落ちていき、闇に掻き消えていきました。
その本物と見まがうばかりの演出に、観客は息を呑み、ローズマリーさんがいないことなんて忘れていたかもしれません。
「みんな! 悪に勝つのは剣ではない、勇気だ! 仲間との団結、それがあってこそ、本物の怪物は打ち倒せる! 信じよ、愛と勇気を!!」
バルボラさんの威風堂々と響く台詞に、観客すべてから拍手が上がりました。
そして、カーテンコールです。一列に並んだバルボラさんたちが拍手を浴びて頭を下げる中、闇が集まって、ローズマリーさんの形をとりました。
そこでひときわ大きな歓声があがりました。
ローズマリーさんが一番やってみたかった、美しいヒロインとは正反対の「巨大で、絶望的なラスボス」の夢は、ここで叶えられたのです。
ラブストーリーを求めていた観客たちはがっかりして来なくなってしまったけど、ローズマリーさんの新しい演技に、新しいファンもたくさんできたそうです。舞台の中で、ローズマリーさんがなんの役で出ているか、想像して当てる遊びまで流行りました。
わたしは毎日劇場に通い詰めて、みんなのお芝居に夢中になって見てます。
でも、ちゃんと修行もつづけています。それで一番気になってるんだけど、最近、師匠に元気がないみたい。
師匠は街のあちこちで困った人たちの相談に乗って、そのうえ議会にも顔を出しているのです。
議員ではないんだけど、師匠は大魔導師だし、知恵を借りたいって人たちは後を絶ちません。
だからかな。師匠、ちょっと疲れてる。修行の時間も少なくなったし、わたしもひとりでやれる読書とか魔法陣の勉強とかを中心にするようになりました。
わたしはもっと師匠と修行したいけど、師匠が疲れてるみたいなので、わがままも言えません。
ザヤにいれば、アンジュもパイセンもいるし、イオねえちゃんたちもいるし、パパやママや新しい家族にも会えるし、ホメロスさんやバルボラさんにも会える。
こんなにたくさんの人に囲まれてると、嬉しいのに、師匠とあんまりお話できないのが寂しいと思ってしまいます。
わたしって、すごくわがままだったんだな、って最近すごく思う。
だって、ウルリーフくんと今でも会いたいって思う。
だって、わたしたち夫婦になったんだから、ずっと一緒にいるって約束したんだから。
そのことを考えると、なみだが出てきてしまいます。
そういうときは、サラダ姫と焼き肉王子のお話のつづきを考えながら、なみだをこらえて眠ります。
ふたりが結婚した後も、冒険したり、笑わせ合戦したり、仲良くゲラゲラ笑ってるところを想像すると、幸せだけど、やっぱり、現実でもそうなってほしかったな、って思ってしまいます。
つらい世界を、つらくなくするために物語はあるはずだと思うのに。
落ち込んでいても、アンジュが針仕事をしたり、お料理をしているところを見ていると、落ち着きます。たまにお手伝いもさせてくれるし、褒めてもらえるからとっても嬉しい。
パイセンは、イオねえちゃんが師匠にくれた家に一緒にいます。パイセンはずっと師匠について回ってるから、師匠がどんな様子だったか、どんなことを言っていたか教えてくれます。
パイセンは、会ったときよりもずっとおしゃべりになった気がします。
前は、しゃべるのが嫌、というより、どうしゃべったらいいかわからない、って感じだったけど、今のパイセンは自然な感じでお話してくれて、わたしも嬉しいです。
パイセンも師匠の忙しさを心配してて、ふたりで何かできないかなと考える日々です。
反対にアンジュは、前と比べて、わたしにつきっきりではなくなりました。
議会の人たちの昼食を作ったり、貧しい人たちのために女の人たちとベッドのシーツや毛布を繕ったり、自分の仕事を見つけたようです。むしろ、わたしのほうがアンジュについていって、お手伝いをしているので、前とは大きく違ってきました。
アンジュの救世主を見つける使命は、本人は達成できたと思ってるみたい。でも、問題はそれからで、わたしやイオねえちゃんがこの世の中をどうしていくのか、わたしたちがそれを考えている最中なので、そばにいて、見守ってくれています。
使命を背負ったアンジュはたまにつらそうな顔をしていたけど、今はとっても楽しそうなので、よかったな、と思います。
ザヤに来て家族がたくさん増えたから、わたしも大忙しです。イオねえちゃんたちと夕食をとってねえちゃんちに泊まる日もあれば、パパやママの新しいおうちで寝る日もあります。
その日の夕食はとってもにぎやかで、鳥の丸焼きがいくつも並んで、妹や弟たちはよだれを垂らしてフォークやナイフを構えています。
でも、ママはわたしのことも考えてくれてました。
新鮮なブルーベリーをお皿いっぱい盛って、小麦粉を練って、刻んだ木の実や果肉でつないだ薄焼きのおせんべいを出してくれました。わたしはそのおせんべいを見てびっくりしました。
だって、これはエルフの伝統料理だったから。
なんと、ママはイオねえちゃんから作り方を教わっていたらしいのです。
「リンネちゃんの好物が知りたくてね。それに、ブルーベリーは私たちオオカミもたまに食べるのよ。私たちにも共通点があって、嬉しいわ」
そう言ってにっこり笑うママの顔は優しくて、わたしは美味しいブルーベリーとおせんべいをより美味しく感じました。
パパとママの家で眠ると、大きなベッドで子どもたちは固まって寝るし、しかも、わたしを真ん中にしてくれるので、全身もふもふに包まれて最高によく眠れます。
自分にももふもふが生えているような気までしちゃいます。
ああ、わたし、本当にパパとママの子になったんだな、とそのときすごく、実感します。
でも、ここに本当はもうひとりいたんだよね。
もう二度と会えない、みんなのおにいちゃんで、わたしの、たいせつなだんなさん。
それを思い出して、ときどきわたしが泣いちゃうから、みんなわたしを囲んで守ってくれているんだ、と最近気づきました。
そんな感じで、わたしは毎日違う家族のところでごはんを食べたり眠ったりします。
でも、今日は違う気分。
わたしがドアを叩くと、玄関に立った師匠は「なんでここに?」と不思議そうに聞きました。
わたしは、師匠と弟子の関係も、親子みたいなものだと聞きました。ホメロスさんがそう言っていたのを、よく覚えていました。
師匠はためらいがちに言いました。
「お前には本当の家族がたくさんいるじゃないか。それを、わざわざ俺のところに来なくとも……」
師匠って、ときどき、なんにもわかってないみたいなこと言うよねえ。
「師匠とわたしだって、家族みたいなものなんじゃないの?」
わたしがそう言うと、師匠は一瞬黙って、そっぽを向いて「アンジュを呼ばないと夕飯が用意できないぞ」とだけ言いました。
パイセンと師匠は、今でも旅の糧食の残りだけで済ませちゃうらしいです。
それじゃ、栄養偏っちゃうよね。わたしはアンジュを呼びに行って、今夜は久々に四人で食事をとりました。旅をしていた頃がなつかしくなりました。
「泊まっていっていい?」
わたしが夕食のあとにそう聞くと、師匠はお皿を洗いながら振り向きもせず、
「お前が家族だと思ってるなら、訊く必要なんてないだろ」
なんて言うので、わたしは嬉しくなって、師匠に後ろから抱きつきました。
驚いた師匠はお皿を何枚か割って、アンジュに叱られて落ち込んでいました。
でも、割れたお皿を一緒に片付けながら、わたしは、本当に嬉しかったのです。
最近、よそよそしかった師匠から、そんな言葉が聞けて、本当に嬉しかった。
というわけで、わたしは師匠の家でこの日記を書いています。
日記にしては長いかな? でも、師匠は思ったことを書けばいいって言ってたから、いいよね。
そういえば、師匠が日記をすすめたってことは、師匠も日記を書いてるってことだよね?
師匠の部屋には絶対いつも書き物机があるし、たまに部屋に行くと、何か書くのをやめてこちらを見るのです。
師匠の日記って、何が書いてあるんだろう? 師匠の秘密とか、失敗したこととか、恥ずかしいこととか……色々、考えて、わたしはいつかこっそり覗いてやろう、と思いました。
しめしめ。きっと、面白いことが書かれているにちがいない。




