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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのエルフ少女は、世界を語り直す~  作者: 七日
吟遊のリンネ編

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新しい国の名

「これ、森の中で落としてただろ」


 とクロトがつっけんどんに言い、リンネに差し出したのはマナバッテリーだった。

 森の夜闇を晴らすために投げてしまい、そのまま忘れていたのだ。


「わー! マナバだー! すっかり忘れてたよ! 師匠、ありがとう!」


「………まだ魔法使いの弟子をやる気はあるのか?」


 リンネが喜び、感謝して顔を上げると、クロトの顔色は少し曇っているようだった。

 彼からすれば、魔法の領域を遥かに超えた、神の奇跡をリンネは起こしたのだ。

 そんな力を手にしてば、魔法へのあこがれが霞むのではないか。


「何言ってるの、師匠! わたしがシロちゃんを呼べたのは、わたしひとりの力じゃないんだよ? シロちゃん自身の気持ちと、生き方があったから! わたしがシロちゃんの人生を知って、心から〝英雄〟だって、思えたから、シロちゃんは気持ちに応えて出てきてくれたの。だから、わたし自身の力じゃない。わたしは、自分の力で魔法って呼べるものを使いたいんだ!」


 しかし、クロトの心配は杞憂だった。

 リンネはあくまで英雄はアスラ王であり、自分ではないと言い張るが——どう考えても、彼女自身の力は人知を超えている。なぜなら、神から下賜された権能なのだから。

 だが、リンネはあくまでクロトの使うような魔法にこだわっている。

 クロトからすれば、リンネの方が今や遥か高みにいる存在のようだが——その本音は、師匠として漏らさなかった。


「そうか……これからも、励めよ」


「うん!」


  マナバッテリーを抱いて、笑顔でうなずく弟子に、密かに心を痛めながら、クロトは言いようのない気持ちを抱えていた——。



 ザヤに辿り着いた後、アイオーリア筆頭に皆が望んだのは秘められた国を目にすることだった。

 アスラ王は承諾すると、あのユニティア像の前に皆を引き連れ、そっと触れるだけでゲートを開錠してしまった。

 リンネはその魔法に見ほれながら、はぐれなようクロトと手を繋ぎながら見慣れた都を歩いた。


「こんな広大な街が……」


「しかも、ユニティア教のお膝元に……」


「国を閉じた後、わたしはユニティア教の人々を手引きして、ここに神殿を作らせ、聖地とさせたのだ。実際、この地は女神ユニティアとゆかりが深い。彼らの心臓部にしてくれれば、守りが破られることもないと思った」


 人々は、そういうことか、と納得しながらアスラ王の説明を聞く。


「しかし……もう、閉じておくかもしれないな。病の元となったドライアドたちは……皆、己を犠牲にして病魔を消滅させた。彼らの身にあったことも……残しておくべきだろう」


 城の中庭に来たアスラ王は、彼らが身を投げた洞窟を深く眺めやって、悲しそうな表情を浮かべた。

 「シロちゃん、シロちゃん!」とリンネが彼の長い衣を引っ張る。


「どうしたのだ?」


「この中にいる人たち……出してあげられないかな? もしかしたら、いいことできるかも、って思って……」


「……そなたがそう言うなら、良いアイデアなのだろう」


 そう言ってアスラ王は身を引くと、代わりにクロトが井戸の底を見下ろした。


「古い炭が堆積して、ほぼひと塊になってるな……相当な重さだろう」


「ねえ、師匠! 取り出せる魔法とかない!」


「試してはみるが……」


 そう言って、クロトは杖を取り戻すと、呪文を唱えた。


「【浮遊(レビテト)】!」


 ざざ……とそこで固まっていた炭の塊が動く気配がする。

 しかし、何千年分もドライアドの亡骸を受け止めていた井戸には、大量の彼らの焼死体が埋まっている。

 相当な重さだ。

 クロトは集中し、井戸の底から炭を剥がすイメージで全体を持ち上げ、井戸から取り出そうとしたが、時間がかかりそうだ。おまけに重すぎて、集中も一瞬たりと絶やせない。

 クロトが難儀していると、横からアスラ王が彼の杖の先端に触れた。


「わたしも手伝おう」


「――!?」


 その瞬間、固まった炭たちは綿のように軽くなり、一気に井戸の外へ放出された。

 かつて魔王でもあった存在の魔力のすさまじさを知り、クロトはにわかに動揺する。

 井戸から排出された炭の塊たちは、相当な両だった。これだけで山のような大きさだ。

 リンネはそれにそっと指先で触れると、炭の粉で汚れた指の腹を見て、言った。


「ねえ、みんな。今からわたしがやること、信じてね! 簡単な歌をうたうから、後からみんなも一緒に歌って! そのほうが多分、シロちゃんにやったときのことに近くなると思うから!」


 そう言って、リンネは両手で炭の塊に手を突っ込んだ。長年放置され、素材が脆くなった炭は、土砂のようにリンネの両手を受け入れていく。

 少女は息を吸い込むと、炭の灰を、ぱあっ、とあたりにばらまいた。


「〝枯れ木が〟花を、咲かせましょーう!!」


 中庭に散らばった灰が霧のように立ち込める。

 その瞬間――草の根ひとつなかった大地に、緑が咲き始めた。

 急速に草木は成長し、色んな色の花をつけ――豊かな果実をつけた木まで生えだした。

 それを目にしたクロトたちは、二度目の奇跡に声を失いつつ、美しい奇跡に目を奪われた。


「ねえっ、これで町じゅうに花を咲かすから、みんな応援して!」


「炭を持って移動できるように、桶か何か持ってこよう……!」


「いや、あたしたちもやろう。リンネの歌に合わせりゃ、同じことができるかも」


 ミトの提案に、さらにデーナが提案を加える。

 大人たちは納得して、自分たちも灰を城や街中に振りまき始めた。


「枯れ木が花を、咲かせましょーう!!」


 少女の声に合わせて、皆がそれを叫ぶ。一気に灰の舞った国は、一瞬だけ曇ったが、やはり信じられない速さで植物を繁茂させた。それも美しい花々、豊かな果実の実った木々ばかりが。

 時間をかけてドライアドたちの灰を町じゅうに振りまき終えた彼らは、全身灰で黒っぽくなっていたが、それよりも草木の復活した秘められた国の美しさに見惚れていた。


「ああ、懐かしい……どれも、昔咲いていた花や木だ……彼らの魂の中にも、この美しさが記憶されていたのだな……」


 アスラ王は目に涙さえ浮かべながら、崩壊した王国に、それでも咲く花々に感嘆の吐息を漏らした。

 そして、彼は決意した。


「この国を――もう一度、現実とつなげよう。こんな美しく復活した彼らを、閉じ込めておくなんて、わたしにはできない……!」


 アスラ王は、両手を空に掲げ、清らかな光を放つ。

 その瞬間、月の浮かんでいた夜空は急速に時間を早め、明るい太陽を招く青空になった。

 ぱりん、とこの国を覆っていた結界が破れる。

 一瞬にして、国の周りにザヤの大森林が広がった——。

 いきなり現れた広大な国に、ザヤじゅうの人々は驚き、それでも、そこに咲いた美しい植物に目を奪われた。


「皆さん――魔導王アスラと魔王アストラギガスは、同一人物でした! しかし、いかな奇跡か、賢王と魔王はもう一度、現世に復活し――この秘められた国を解放なされました! この御方は、もう一度、人々を救うために道を選びました! その最初の第一歩が、この国をふたたびわれらの目に明らかになさることでした!」


 驚く彼らに、アイオーリアが高らかな声で説明する。

 物語の神の力の話となると、混乱を呼ぶだろうからそこは省いた彼女の聡明さに、クロトは再度感心する。

 人々は、アスラ王の復活に、快哉の叫びをあげた。

 だが、祭り上げられたアスラ王自身は、片手でその盛り上がりを制する。


「わたしは——もう王位には就かない。私は王になって失敗続きだったから。だから、権力とは縁のない立場に置かせてもらうつもりだ。……たとえば、花の水やり係とか、かな……」


 アスラ王が穏やかな笑みを伴って言うと、誰からともなく笑い声があがる。

 皆が笑い声が包まれた。それが落ち着いてきた頃に、アイオーリアはふたたび口をひらいた。


「今まで――私たちは、連合に、われわれの人権を認めさせるつもりで交渉に臨む気持ちでした。しかし、私はそれが間違いだと気づいたのです。だって、人権は、強者から与えられるものだったのでしょうか——? 違います! 生きるべき権利とは、すでにわれわれ自身、持っているのです! 生まれたときから、今までも、これからも、誰にも侵されるものでもない、〝自由〟という権利が!!」


 その演説に、まばらに、だが自然と拍手が生まれた。

 彼らは皆、どこかで帝国に――連合に、〝人として〟認めてもらうことを望んでいた。

 だが、アイオーリアは言っている。われわれはすでに対等だと。

 強者に従う必要など、最初からなかった。

 連合が、それを、都合の悪い真実だからと、無視していただけなのだ——。

 声が、あがる。


「俺たちは、自由だ!」


「生まれたときからずっと!!」


「これからも永遠に!」


 アイオーリアの言葉に希望をもたらされた人々は、口々に喜びの声をあげた。

 彼女はその生きる希望に溢れたザヤの人々に、うっすらと涙すら浮かべながら、それでも演説を続けた。


「帝国の承認などいりません! よって、革命など必要ありません! われわれは、ここで国を作りましょう! なんの種族も問わない、人々によって作られた、世界でひとつだけの国を……! 私は今まで和平交渉のために、皆さんを導いていたにすぎません。よって、皆さんの多数決によって、国主を決めたいと思います! 立候補されたい方は、前に出て名乗って——」


 その声を、誰かの声が妨げた。


「〝アイオーリア女王〟!!」


 アイオーリアは——イオは、表情を止めた。


「〝アイオーリア女王〟!!」


「〝アイオーリア女王〟!!」


「〝アイオーリア女王〟!!」


 人々のイオを推す声は、雄たけびに近く、異を唱える声はひとつもなかった。


「イオねーちゃん女王様がいいと思いまーす!」


 はーい!と元気に手をあげながら、リンネは笑った。

 その声を皮切りに、雄たけびは拍手に変わる。

 その拍手には、クロトやセロニアス、アンジュだけでなく――ミトたちエルフの騎士は当然として、アスラ王も含まれていた。

 イオは少し戸惑ったように瞳を揺らしながらも、アスラ王が空中から突然、花々で彩られたケープを取り出して、優しく彼女の肩にかけた。

 それを両手に握り締めて、涙しながら、彼女はアスラ王にうなずく。


「ここに――〝真ザヤ共和国〟の樹立を宣言します! 国民の皆さんの幸せに、女王として尽くすことを誓います! 皆さん――よろしくお願いします!!」


 そう言って、がばっ、と大きく頭を下げるイオ。

 その頭からは勢い余ってティアラが落ちてしまった。

 だが、誰より早くそれを拾ったリンネが、かがんだ姉の頭に、ティアラをそっと乗せてあげる。


「イオねえちゃんなら、良い王様になれるよ!」


 何の疑いもない笑顔に、イオは瞳を潤ませると、返事の代わりに彼女を抱き締めた。


「共和国なのに、王様てのもヘンな話かな?」


「でもアイオーリア王女様だったんだから、トップになったら女王だろ!」


「その〝ヘン〟さが、この国らしくていいんじゃねぇか? まあ、色んな種族ごった煮の、カオスな国だしな!」


 新たな国の成立に、人々は祝福ムードでいっぱい。どこからか持ってきた楽器を弾いたり、歌ったり、踊ったり、好き放題に祝っていた。

 その中にデーナもいた。

 彼女はミトの頭をがしっと両手でつかむと、無理やり唇を押しつける。


「最高の日だ! おいミト、早く子どもを作るよ!!」


「そ、そんな……キスだって初めてだったのに……!?」


 ふたりのやりとりに、周りは大笑い。

 新しい理想の国の生まれた日の夜、大祝宴が行われた。

 誰もが歌い、踊り、飲み、食い、そして、また、踊り、歌う。

 リンネは、こんなに楽しい夜は生まれて初めてだった。

 すると、皆から次々と酒を勧められては、断って水かお茶ばかり飲んでいたアスラ王が、突然、子どもたちの名を呼んだ。


「ウルラ――ウルロ――ラウロに、ガウル。ウルリロに、ウルリリ」


 それはすべて、ウルリーフの兄弟姉妹――今はリンネの家族だった。

 呼ばれた子どもたちは椅子に座ったアスラ王の周りに集まると、ひとりひとり、彼に顔を見つめられた。


「リンネの歌った歌を、広めなさい。私の生きた物語を人に聞かせて、……失敗したことも、よくないことも、すべて、お前たちの口で人々に広めなさい。そして、……靴を買ったり、服を買ったり、おもちゃを買いなさい。わたしの持っている物語をすべて、お金に変えて、生き延びなさい」


 子どもたちは半ば呆然としながら——それでも、子どもなりに彼の言葉の厳かな響きに魅入られていた。

 アスラ王は優しく笑って「いいね?」と呼びかけると、元気な声があがる。


「子どもたちは、大好きだ」


 そう言うと、リンネの兄弟姉妹たちはアスラ王に飛び掛かった。

 彼は椅子から引き倒され、全身にもふもふを浴びながら——本当に至福そうに、彼らを抱いていた。

 リンネはその姿を見て、嬉しそうに笑った。

 きっと、彼が本物の王様だった頃も、こんなことがあったのだろう。

 彼はこれから、物語の中で、永遠に生きるのだ。

 心の優しい、子どもの大好きな王様として。




 勇者の記録係が連合の国々にばらまいた情報は、大陸に激震を走らせた。

 帝国が意図して魔族とのハーフを生み出し、奴隷として使役して、戦争が終わっても彼らに〝人権〟を認めず、絶望に駆られた彼らがテロに走ったこと。

 帝国は、勇者に落ち度を押しつけ、彼を大罪人として仕立て上げることで、人々の留飲を下げていた。

 この腐敗しきった政治体制を表す真実のスキャンダルで、連合から離脱する国々が続出した。

 彼らの国の中にも、チェンジリングで入れ替えられた魔族の子たちがいるかもしれないのだ。

 国内で膨れ上がる不安に対処するのに手いっぱいで、連合に属していた国々は、かつて帝国に忠を捧げていた国であっても、彼らを糾弾しつづけた。


 ある日の議会で、——エルガザ三世は、誰よりも早く発言した。


「この事実を、皆に向けて謝罪すべきだ! 父は——われわれは、国民の信頼を裏切り、人倫に反する行いを戦時下に行い、人の血を引く人々をテロリストにしてしまった!! この行いは、けして許されるべきではない!!」


 今日のエルガザは、いつもと違った。

 真実を知った彼は、あのおどおどとしたふるまいをすてて、皇帝らしく凛然と発議した。


「陛下は血迷っておられる。戦争時、何より邪地暴虐を極めたのはわれわれではなく魔王軍です。そこにわれわれは苦渋の決断を下すほかなかった。これは、護国のため取らざるを得なかった非常手段なのですよ」


 進言したのは、帝国軍を指揮する男、オレガ=ブリスコラ将軍だった。

 金髪の偉丈夫で、軍人の中の軍人といった威厳を持っているが、彼もまた魔王戦争時は副将軍であり、軍の中枢で作戦部に所属していた。

 彼とて、知らないはずはなかったのだ。

 皇帝は彼に糾弾のまなざしを向けると、声を震わせ言った。


「ここまで人々を混乱させておいて——われわれになんの責任もないというのか!? そんなの、国としておかしいではないか!! われわれと和平交渉を行うはずだったアイオーリア王女は、女王として〝真ザヤ共和国〟を拓かれたのだ! われわれなど——相手にする価値もないと、わかっておいでだったのだ! こんな、責任の取り方ひとつ知らない政治家ばかりが国を指揮するばかりの、張りぼての国家に――!」


 イオ女王が作った新王国の情報は、帝国にも届いていた。

 彼女は「人権は、強者に認めてもらうものでもなく、生来持っているべきもの」と声明を発し、シェイプシフターの血によって迫害を人々を、積極的に共和国へ招いているようだった。

 これこそが、国のあるべき姿ではないのか――?

 エルガザは、会ったこともない女王の偉大さにふれて、己もああなりたいと思った。


「帝国政府は——この人工魔族計画に加わった者すべてを裁判にかけ、相応の罰を下す!

のちに、帝国政府自体、われの権限によって、解体する! それまでの政府の予算を、すぐに魔族とのハーフにさせられた戦争被害者の補償に回し、それから――、」


 息を荒くするエルガザの目の前で、オレガが剣を抜いた。

 そして、彼は皇帝を斬った。血しぶきが舞い、議会の円卓に血の筋が幾筋も浮かぶ。

 斬られた衝撃で倒れた皇帝の死体を見やり、返り血で軍服を染めた将軍は、何の躊躇もなく彼の席に己が座る。そして、


「今日より——俺が皇帝だ。異議を唱える者は?」


 一瞬にして黙り込んだ議会は、血しぶきを浴びて、鬼人のような面構えになったオレガの眼光に魅入られたかのように――「賛成!」「賛成!!」「賛成!」とだけを繰り返した。


 その後、帝国は神聖ヴァイスレッド帝国に改名し、魔族の血を引かない〝純粋な人間〟のみを国民として認めると公式に発布した。嘆く者もあれば、賛辞する者もいた。

 こうして、連合は崩壊し、帝国はより人類至上主義に舵を取った。

 そのあいだにも、真ザヤ共和国に流れ込む難民はいやましに増えて、かの国と交渉を持ちたがる元連合国家も後を絶たなかった。


 こうして、大陸は二分されたのである。

 

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