彼らの結論
帝国の、到底まともとは言えない要求のために、アイオーリアの家来たちと、クロトたちは集まって会議した。
「やつらの狙いは交渉じゃない。アイオーリア王女自身だ。革命軍の存在を世間に周知させる前に、身柄を拘束するつもりだ。その先に何が待っているか、想像できるか? ……非人間族たちが連合に反抗する意思を砕くために、ありとあらゆる拷問を強いるだろう。お前自身の思想を変えさせ、二度と抗う気持ちなど起こさせないよう、徹底的に洗脳を行うはずだ」
クロトは、リンネがいる前でも躊躇なく言った。
彼女にも、かつて姉と慕った人の身に迫る危険を理解する権利はあると思ったのだ。
「ここにいる全員、王女をそんな目に遭わせられないと思っているはずだ」
近衛騎士のミトとデーナも、セロニアスもアンジュも、リンネも、同盟関係のエリザべスまでもが沈痛な顔でうなずく。
だが、悲しげに目を伏せていたアイオーリアが皆の顔を見回したとき、その瞳には決意の火が灯っていた。
「真意はどうあれ、帝国は〝交渉する〟と言い出したのです。この機を逃す手はありません。
わたくしは、参ります。弱者が強者と渡り合うためには、強者の用意した盤上に上がるほかないのです」
「しかし、無謀です、殿下……! 帝都に着くまでに、必ず襲撃されます! 向こうはそのために護衛の数を極めて少数まで絞ったのですよ! 道中、われわれを皆殺しにして、殿下おひとりを捕らえるつもりであってもおかしくはない……!!」
ミトは卑劣な人間への怒りに頬を朱に染めて、主君への進言した。
その言葉にうなずくようにして、アイオーリアは答えた。
「対策は、もう考えてあります。大魔導師クロト殿に護衛をお願いしたいと思っております」
名指しされたクロトは、まあ妥当な案だろう、と納得顔だったが、近衛騎士の中で一番位の高いミトはその言葉にすぐさま渋面を浮かべた。
「殿下……! 人数は限られているのです。護衛の選定ならば慎重に……!」
「クロト殿は、かつて世界を救ったほどの大魔導師であらせられます。助太刀をお願いできるなら、これ以上の方はいらっしゃらないでしょう」
「マスターが行くなら俺も行く」
クロトの横で立っていたセロニアスが名乗りを上げ、アイオーリアの顔をまっすぐに見つめた。
「マスターを守るのは俺の役目だ。それに、同胞の危機を救うための戦いなら、迷うことはない。この身を賭して戦う」
「――もうふたりも埋まってしまったではないか……!!」
ミトは苦悩するように己の金髪を掻いた。
そんな相方をよそに、デーナは涼しい顔で手をあげると、
「じゃあ、あとのふたりはこいつとあたしだ。あとひとりは——」
「アタシが行くわ。たとえ魔族とはいえ、交渉団にべつの王族がいたほうが箔がつくってもんでしょ?」
ひらひらと片手を振って、エリザベスも名乗りをあげる。
これで先着順に護衛の人数は埋まってしまった。
「わ——たしもいくっ、」
リンネは声をあげようとして、アンジュの手に口を封じられてしまった。
彼女はどこか憂いのある表情をしていて、アイオーリアの護衛にも名乗りをあげなかった。
「わ……私は、お嬢様とこの地をお守りいたします。指導者が不在のうちに、本拠地が攻撃される可能性もあります。私のようなドラゴンと、ほかのエルフの近衛騎士の方々で皆様のご留守をお守りいたします」
「ああ、それがいい。頼むぞ、アンジュ」
アンジュは暗い顔でうなずいた。
リンネは自分も自分もと声をあげたい気持ちを押さえながらも——戦えない自分が足を引っ張る、ということは、目に見えていた。
彼らが直面するのは、本当の戦いなのだ。これまでリンネが巻き込まれてきたものの中でも、特に大切な人たちの命の懸かった、特別な戦い——。
「あなたの心配には及びません。リィン=ネーデ」
その気持ちを制するかのように、アイオーリアは静かに言い放った。
「この件に関し、子どものあなたにできることはありません。あなたがやるべきは、自分に危険が及ばないよう、せいいっぱい身を守ることだけです」
「ねえ……ちゃ、」
「……おい。そこまで言うことはないだろう」
アイオーリアの冷徹とも呼べる口調に、弟子の胸中を慮ったクロトは声をあげた。
だが、アイオーリアの決意に満ちた表情は動かず、リンネはますます意気消沈として顔を伏せた。
それを、クロトはやりきれずに見ていた。
「では、人数の構成は決定しました。急ぎ、帝都まで出発しましょう——これは、われわれ非人間族すべての運命を決める交渉となるでしょう。予断は許されません。全員、身も心も引き締めてかかってください。——あなたがたの肩に、世界じゅうで救いを求める人々の運命がかかっているのですから」
その中に、お前の妹分はいないのか。
クロトはそう言ってやりたい気持ちだったが、完璧な君主たらんと覚悟を据えたエルフの少女を前にしては、そんな皮肉を吐く気力も残っていなかった。
――そして、翌日、アイオーリアを中心とした交渉団はザヤを出発した。
リンネはアンジュと手をつなぎ、ザヤを発つ師匠や先輩、群れの仲間たちに懸命に手を振ったが——アイオーリアが、それに視線で応じることはなかった。
「……お嬢様。お気を落とされないでくださいませ。王女殿下は、重い使命を背負っていらっしゃるのです。……きっと、あなたに甘い顔を見せたら、ご決断が揺らいでしまうような……そんなお気持ちなのだと思います」
交渉団を見送った後、アンジュは落ち込むリンネの背中をそっとなで、そう声をかけた。
リンネは顔をあげて、アンジュの顔を見る。
最近ずっと、アンジュにも元気がないことにリンネは気づいていた。
その理由を、うっすらとだが、リンネは察していた。
今までずっと言いにくかったことを、リンネは半ば怯えた口調で言葉にする。
「アンジュ、はさ……もしかしたら、世界を救うエルフって、わたしじゃなくて、ねえちゃ——」
「………ごめんなさいっ!!」
アンジュは、ついに耐え切れないとばかりに崩れ落ち、リンネの前に頭を下げた。
「お嬢様は、特別な方です……! それは間違いありません! その証拠は、今までこの目で見てきました……!! その気持ちに、疑いはないんです……本当に……! でも……自分でも、あの方の、苛烈な運命を背負われた御姿を見ていると……まさか、と……」
「…………だいじょうぶだよ。わたし、怒ったりしない」
長いこと秘めていた迷いを口に出し、アンジュは泣き崩れ、リンネに詫びつづけた。
「わたしより——ねえちゃんのほうが、よっぽど特別だもん。だから、ねえちゃんが救世主だって言われたほうが……納得、かも。わたしみたいな、森から捨てられた落ちこぼれより……自分の意思で森を出たねえちゃんのほうが、かっこいいもん。お話の世界だったら、まちがいなくねえちゃんが主人公だよね……」
リンネは胸の前で指と指をこすり合わせ、どこか落胆は隠せないが、納得もしきった口調で言った。
「だいいち——ねえちゃんが救世主のほうが、みんな喜ぶよ。わたしみたいな、ただの子どもよりさ……」
「お嬢様……違います……そんなことは、ないのです……このアンジュが、予言の意図も見通せぬほど愚かなのが、わるいのです……!」
泣き顔を両手で覆うアンジュの頭を、リンネが、よしよし、となでた。
「だいじょうぶだよ——きっと、ハッピーエンドだよ、予言通りに行けば……」
アンジュはしばらく、リンネに取りすがって泣いていた。
そんなアンジュを、リンネは優しい——どこか諦観を滲ませた表情で、微笑んで見つめていた。
自分はもう、世界を救う主人公ではないと、気づいた。
でも、あまり悲しくはない。
それはきっと、少し大人になった、ということだろうから。
だからこの胸の痛みは、——きっと正しいのだと信じて、リンネは微笑みつづけた。
「おねえちゃんって、世界を救う救世主だったんだ~! すっげーじゃん」
「うん……でももう違うよ。予言の内容だと、わたしより、ねえちゃんのほうがぴったりだもん……」
人が増えて賑やかになったザヤの地をウルリーフと散歩しながら、リンネは訥々と話した。
その言葉に、ウルリーフは首を傾げながら疑問を放つ。
「うーん……よくわかんないけど。俺は、おねえちゃんが救世主だったほうが、面白いけどな~。そうしたら俺、救世主の仲間ってことで伝説に残るかも!」
「あははは~。そうかな~? おねえちゃんだと思ってた人は、エルフのお姫様でした! って人には、敵わないと思うけどなぁ」
などと会話しながら、大きく背丈の違うふたりは並んで歩いていた。
背の高いウルリーフは、リンネの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
そのとき、誰の言葉ともしれない悲痛な声がどこからか響いた。
「てめぇ! 俺たちの荷物に手ぇつけやがったな!」
「違うってんならそう言ってみろ! ゴブゴブ言ってんじゃわかんねーよ!!」
同時に、荒っぽい怒鳴り声がいくつか聞こえる。
とっさにウルリーフはリンネと手をつなぎ、あたりを警戒しながら声のするほうに向かった。
そこにはふたりの獣人に詰められて、弱りきっているゴブリンがいた。
非常に小柄なゴブリンに対し、爪も牙もある獣人たちは強気に迫る。
「ちょっと——おにいちゃんたち、自分より小さいひとに乱暴するのは、よくないよねぇ?」
その後ろから、彼らの頭ふたつ分は大柄なウルリーフが低い声で問いかけた。
巨大なオオカミ獣人を見た彼らは「ヒッ」と小さな悲鳴をあげるが、自分たちをすぐさま正当化した。
「このゴブリン野郎が俺の荷物に触ってたんだよ! どう見たって怪しいだろうが!」
「……ゴブ? ゴブゴブ?」
「ゴブー! ゴブゴブっ!」
男に言い返された途端、ウルリーフは背をかがめ、ゴブリンと何やら言葉を交わし始めた。
そして、ゴブリンの返事を聞くなり、「はーっ」とため息をついて立ち上がる。
「この人は、自分の荷物と間違えたんだって。このへん、最近来た人が多いでしょ? 荷物の置き場も近いし、間違えたっておかしくないよ」
「こんなちいせぇゴブリンの荷物と、俺らの荷物が同じ量なわけねーだろ!」
「このゴブリンのおじさんはぁー、家族がたくさんいるの! だったら荷物だってでかくなるでしょ? 言葉が通じないからって、自分たちのほうが有利みたいにふるまうの、おとなげないからねーおにいちゃんたち」
ウルリーフの言い分に、ぐうの音も出ないふたりは、気まずそうに舌打ちして去っていく。
「なんだあのヤロー……おっさんのくせにガキみてえな喋り方しやがって」「気色わりぃ……」などと本人に聞こえるように吐き捨てながら。
その手の罵倒にはもう慣れた、とでも言いたげに、ウルリーフは鼻息をつく。
彼の足元では、庇われたゴブリンがしきりに頭を下げていたが、ウルリーフはまたゴブリン語で何か言って、リンネを連れてその場を立ち去った。
「あのおじさん……エスメラで奴隷だったゴブリンなんだよ。とーちゃんいなくなってから俺が面倒見てて……それで、ゴブリン語もなんとなくわかるようになっちゃった。あのひとたち、奴隷以外の生き方知らないから……俺に頼ってる。ほんとは、みんなに早く自立してほしいけど……それ以外に生き方知らないんだもんなあ。王女様のかくめーってやつが上手くいったら、みんななんとかなるかな?」
「大変、なんだね、ウルリーフくん」
さっきの騒動を収めた、大人顔負けの活躍を見て感心したリンネだったが、ウルリーフの嘆きは深刻そうだった。
身体は大きくても、彼はもともとリンネより年下だったのだ。
それがいつの間にか父親役を引き受けて、たくさんの人の命を預かっている。
嫌でも大人にならざるを得なかった、彼の辛さを思う。
「ウルリーフくん、ちょっと、頭さげてみて」
「え? うん……」
リンネは彼にかがむよう要求した。
言われた通りにウルリーフが膝をつくと、リンネは、その白い十字の走った額に、よしよし、と手をすべらせた。
子どもの頃と変わらないもふもふ加減。それに気づいて、リンネはにっこりと彼に笑いかけた。
「ウルリーフくんは、まだ子どもなのに、がんばっててえらい! ほんとうは、ウルリーフくんだって、誰かに守られていいんだよ。いっぱい遊んで、わがまま言っていいんだよ。わたし、ウルリーフくんよりちょっとおねえちゃんだから、ウルリーフくんのわがままなら聞いてあげる!」
リンネに頭をなでられたウルリーフは、ぽかーん、とした表情で黙り込んでいた。
そこにリンネはさらに笑いかける。
ウルリーフは、ためらいがちに手を伸ばして、自分の頭をなでるリンネの手を、そっと握った。
「わがまま、聞いてくれるんだよね?」
「うん! なんでも聞いてあげる!」
「…………じゃあさ、お願い」
かがんだままの姿勢で、リンネの手を優しくとったウルリーフは、余った片手で彼女の金髪をそっとなでて、それから、言った。
「おねえちゃん。俺と、結婚してください」
まばたきするリンネの青い瞳を、ウルリーフの真剣なまなざしが、見つめていた。
余談・ウルリーフくんのイメージCVは津田〇次郎です




