宣告
議会に乗り込んだエリザベスは、消えたと見せかけて影になりすまし、文書の内容を知った彼らの言動を観察していた。
「も~、皇帝ちゃんったら見事な傀儡。先代皇帝からの古参の権力者たちが議会を乗っ取ってるわ。こいつらによって結成されたセントラル連合っていうのも、スローガンは対・魔族、対・魔王軍残党だものね。そりゃ、和平なんて受け入れたら存在意義が消えてなくなるわよ」
ザヤに帰還したエリザベスは、倦怠感溢れる口調でアイオーリアとクロトたちに文書の反応を説明した。
アイオーリアは、暗い表情で黙り込んだ。彼女とて、初めての交渉が上手くいくとは思っていなかっただろう。だが、クロトはその顔にたしかな失望の色を感じ取った。
「人間以外は信用しないし、できない。……魔王との戦争によって歪められた認知は、そう変えられるものではありませんね。われわれエルフも、人類と魔王の戦争に対し中庸を保っていました。彼らからすれば、必要なときに助けてくれなかったのに、今さら庇護を求めるなんて、と思うのも当然でしょう」
手ひどく否定されたというのに、アイオーリアは人間側の心情にまで寄り添う。
為政者としては少し優しすぎるかもな、とクロトは彼女の憂いに満ちた横顔を見て思った。
「ですが、一度拒まれたからといって、諦めてはなりません、粘り強くいきましょう。ザヤではまだまだ非人間族を受け入れられます。彼らの声を束ね、力を増せば、連合は嫌でもわたくしたちを無視できなくなるでしょう」
「明確な敵対勢力としてみなされる……としてもか?」
クロトはアイオーリアの覚悟を問うた。
彼女は「むろんです」と、悲しげだが、たしかな笑みを伴って言った。
「弱者の救済は、社会が果たすべき義務です。連合がそれを守らないとするのならば、わたくしは革命軍の指導者として陣頭に立つこともやぶさかではありません」
「まさに——ノブレス・オブリージュねぇ、アイオーリア様は。事情を聞いたら、あなた、王家からもはしごを外されていたんでしょう? そんな冷遇を受けていながら、あなたは自分が為政者になるのを厭わない。森の王家に見せて、泣いて土下座させてやりたいわ」
ゆったりと胸の前で腕を組んだエリザベスは、やれやれ、と言わんばかりにため息をついた。
彼女も一族の族長だ。自分よりも遥かに年若い少女であるアイオーリアが、そこまで覚悟を決めていることに思うところがあるのだろう。
「それより……いったいなぜ、このザヤを活動の拠点にできたんだ? 見るところ資源も豊富で、武器の用意も整っている。何よりまず宗教関係者たちがいないのは、なぜなんだ?」
クロトはずっと疑問に思っていたことを彼女に問いただした。
その質問を受けて、「ちゃんとお話せねばと思っていたことですが……」と王女は真剣な面持ちで彼に向き直った。
「わたくしたちは……帝国を脱するとき、連合で権威を持つ方から助力を受けました。逃亡ルートから、ザヤに到着するまでの何もかもをその方は担ってくださいました。……そして、その方は、まさかと思いましたが、この聖地ザヤを、わたくしたちにご一任くださったのです。
この聖地を、『新たな自由と正義の生まれる地』にしてください、と、その方はわたくしたちに仰いました」
「……その者の名は?」
アイオーリアは、厳かにその名を口にした。
「〝聖女〟アリアンナ様です。——十年前、あなたと勇者様と、パーティーを組んでいた……」
まさか、という気持ちと、やはりか、という気づきが、同時にクロトの中でせめぎ合った。
〝聖女〟アリアンナ——アリアは、今はユニティア教でもトップの聖職者だ。
彼女は魔王討伐のための旅路の中で、女神ユニティアの託宣と、神の力を一部受け取った。
その力は魔王と戦う中でも大いに役立ち、戦後は女神ユニティアの代行者として教会に認められ、〝聖女〟の位を授かった。それから、彼女とはずっと会っていない。彼女は、まさに天上の人になってしまったのだ。
(アリアが……革命を後押し……十年経って、自分も十分に権力をつけた今ならと思ったか……しかし……、あの男と……ウィルと戦うことになるのを想定してやっているのか?)
同じ村で育ったウィルとアリアは、幼馴染みであり、相思相愛の、どう見ても若い恋人同士だった。
戦後は結婚を約束していたが、現実の通り、勇者ウィルは連合に捕らえられ、魔族と戦わされつづけている。聖女になったアリアは、俗世を離れ、修行の日々を送っていると聞いた。
彼女が今でもあの男を愛しているなら、革命軍を支援し、連合との正面衝突を意図するだろうか——? だが、わからない。十年も会っていないのだ。考えが変わっていても、クロトにはわからない。
「あのアリアちゃんも、やるわね~。ザヤを私物化したことはそのうちバレるだろうし、革命軍なんて生まれたら余計自分の立場も悪くなるわよ。あの子もまた、なんでかそんなふうに追い込まれちゃったのかしらね~」
「………お前は知らないのか?」
同情的な口ぶりで感想するエリザベスに、クロトは鋭い視線を向ける。
「お前は、力を取り戻した時期に、俺と接触を図っただろ。魔境の情報を教えてやる代わりに、俺の旅の状況を教えろとか一方的に迫ってきて……。使いの鳥にいちいち報酬の宝石まで要求させて、気色の悪い儀式までやらせた」
クロトは恨みがましくエリザベスを睨みつけた。
――そう、クロトとエリザベスは長らく連絡を取り合っていた。
十年ぶりに対面したのはロイテールの時点だが、それまでにメッセンジャーを介して情報を共有させられていた。
エリザベスは、同胞の夢魔と夢の世界を共有できる。たとえ離れた魔境でも、状況はわかる。
しかも、当の女王のエリザベスはこのアルゼシリア大陸をふらふらとしているようだ。クロトにすりよったり、かと思えばアイオーリアの革命軍を支援していたり、動きが読めないにもほどがある。
まだ自分の知らない勢力とつながっているのではないか。クロトの疑いはその一点だった。
「やぁ~だ。クロトちゃんったら。恋人でもないのにアタシの交友関係を気にしちゃって。それって、ジェラシー? ジェラシーなの? そうなの?」
「あちこちにいい顔して、不気味だと言っているだけだ。状況が変われば、こちらの敵になるかもしれないだろ」
「いやぁね……アタシは、もう二度とクロトちゃんの〝敵〟にはならないわよ?」
クロトの鋭いまなざしに、エリザベスはうっすらと細めた目つきで応える。
「それに、アタシは自分の種族を守りたいだけ。女王としての責任を果たしてるだけよ。魔王になってまた人類と戦争なんてまっぴらごめんだけど、種族に利をもたらす勢力を見極めて回ってるだけ」
「それだけでまた敵にならないという証拠にはならない」
「もぉ~、クロトちゃん疑い深すぎ。アタシの腹に一物あるかどうか疑ってるなら……うふっ、一晩かけて証明したってよくってよぉ~♡」
悩ましい肢体を揺らし、挑発するエリザベス。
そのセクシーポーズを前に、クロトとアイオーリアは同時に目を逸らした。
その瞬間、図書室のドアが猛烈にノックされる。
「師匠! 師匠ー!! 大変だよぉー!!」
同時に聞こえた弟子の切羽詰まった声に、クロトは血相を変えてドアをひらく。
そこにいたリンネもまた差し迫った様子で、ここまで走り抜けてきたのか、息を切らし、肩をはずませていた。
「どうした!? 何があった……!」
「う……ウルリーフくんが! 大変なの!! とにかく——こっち来てっ!!」
リンネはクロトの手をとると、ふたたび息せき切って走り出す。
辿り着いた部屋に飛び込んだリンネの後に続き、クロトも必死に息をついて状況をたしかめようとする。
そこには、ウルリーフが窓側を向いて、こちらに背を向けていた。
「い、いったい……何が、」
クロトは予断ならないこの時期に、何が起きたのかとたしかめようとする。
ウルリーフは、静かに言った。
「一発ギャグ——『狂犬病』」
振り返ったウルリーフは、だらりと舌を伸ばし、口元をひん曲げ、白目を剥いていた。
硬直するクロトの横で、リンネが床に転がり、「ぎゃははははは!!!」と爆笑していた。
「ウルリーフくんのギャグ、やばすぎ~!! シャレになってないよ~~~!!!」
「へっへーん! これでおねえちゃんと俺の笑わせ合戦、12勝11敗で俺の勝利~!」
「もうやだー! こんなの勝てないよー!!」
リンネは天を仰ぎ、ぜーぜーと息を切らしながらも笑いつづけている。
――クロトは、無言で宙から杖を取り出した。
そして、ウルリーフ、リンネの順番に頭を殴る。
「いってー!! 何すんだよー!!」
「そうだよ!! わたしたちなんも悪いことしてないじゃん!!」
「この緊迫した事態に、いらんことで大人を混乱させるな!!」
強めに頭を打たれたふたりは、涙目になりながら患部をなで、不平不満をこぼしていた。
クロトは、弟子に悪い親友ができてしまった……と心から落胆した。
ウルリーフも、呪いで加齢こそしてしまったが、根は子どものままだ。リンネとは良い友達になってくれればと思うところもあったが、こんな悪ふざけに付き合わされては堪ったものではない。
「お前らそこで反省してろ!!」と一喝し、部屋を出ていこうとする間際、クロトの肩が誰かに叩かれた。
デーナだ。
「魔導士さん……ちょっと、時間もらうよ。姫様のところに来て。そこで話をする」
クロトは、一応ちらり、とリンネたちを見た。
「あの子たちは同席させたほうがいいか?」
デーナは片方の目を曇らせた。
「いや……子どもはよしてくれ。大人だけで話したいことがある」
その答えだけで、クロトはすでに何かが起きてしまったことを察した。
リンネたちには部屋から出ないように言い渡すと、デーナとともに王女のいる図書室に舞い戻る。
そこで、デーナが告げた事実に、誰もが目を見張った——。
「アザレアからの街道で、獣人の家族がザヤに入ろうとして、連合の兵士に殺された。それだけじゃない。家族の死体は街道に吊るされて、見せしめに放置されていた」
森を巡回していたデーナは、街道側の異様な騒ぎに気づいて吊るされた死体たちを見たらしい。
そして、家族を解放するため、部下とともに兵士と交戦。撃退して、家族をロープから下ろしてやったらしい。
「今までみたいに——立ち入らせない、だけじゃない。やつら、ついに殺しを始めやがった。姫様の文書に対する、あてつけだ」
その言葉に、アイオーリアは唇を噛みしめた。
瞳の奥は震え、表情にやりきれなさと怒りとが入りまじる。
クロトは、想定していた事態の初期段階が、ついに始まった、と確信した。
「しかも——このタイミングで、帝国から使者が来やがった。あの家族のことがあるから、文書だけ奪って突き返してやったよ。姫様、こんな事態でまともに話し合いする気、なかっただろう?」
「…………ええ。デーナ、正しい判断です」
「これが文書」、とデーナは主にそれを手渡す。
書面を広げ、隙のない目つきで文章を熟読するアイオーリア。
そして、彼女は血の気を失った顔――まるで凍った血を流しこまれたような表情で、クロトたちに告げた。
「帝国が——交渉の場を設けたい、そうです。条件は、わたくし自身が参加すること。場所は、帝都で——わたくしの従者は、五人以内に定めたうえで、です」
「そんなもの——、交渉じゃない」
彼女の答えを聞いたクロトは、ただちに吐き捨てた。
「〝殺してやるから、自分から来い〟と言っているだけだ……!!」
クロトの、帝国への罵倒に、誰からも反論はあがらなかった。
ほぼ名指しで処刑を言い渡されたアイオーリア自身でさえ。




