二度目の再会、そして、
翌日、洞窟を後にしたクロトたちはウルリーフと仲間たちの案内のもと、ふもとを降りた。
彼らは兵士の巡回から外れたルートを熟知しているらしく、ずいぶんとこの山のことに詳しくなっているらしかった。
それだけ、山越えを図ってでもザヤへ到達しようという者が多いのだろう。
ふもとを抜けると、ウルリーフたちは街道をまっすぐに目指した。
ザヤが連合によって規制されているという噂に反して、ウルリーフたちの移動は堂々としていた。
「こんなに目立つ人数で、大丈夫なのか?」
クロトがウルリーフに問うと、彼は目を正面に向けながら、「あー、だいじょうぶだいじょうぶ」と片手を振った。
「もう、ここらへんはエルフのお姫様が寄越したエルフの騎士たちが守ってるから。たったひとりで何十人って兵士を吹き飛ばしちゃうんだよ。もう、すっげぇの。剣も魔法もチョー強くて……」
ウルリーフは熱を込めた口調で説明するが、彼が不意に振り向いた先では、リンネが暗い表情でうつむいていた。
はぐれエルフの仲間がいるかもわからない状況で、自分たちを追放した森の正統なエルフたちが幅を利かせているとなると、リンネの抱える不安は計り知れない。
ウルリーフは、すぐに失言だったと言葉を呑み込んだ。
「っとと……ごめんよ、おねえちゃんは不安なんだもんな。俺、エルフの違いとかよくわからなくて……」
「ううん……いいよ。その強いエルフのお姫様たちのところに、ねえちゃんたちがいるかもしれないんだから」
「うん! それはありうる。だってエルフのお姫様は、奴隷だった人や、種族で差別されてきた人を積極的に集めてるから。お姫様を頼っておねえちゃんのおねえちゃんたちが来てる可能性はあると思う!」
ウルリーフは元気づけようとしたのか、ニカッと快活な笑みを伴って言った。
その言葉に、リンネはやや悄然としながらも「うん……」とうなずく。
そうして街道はだんだん森の中に進み始めた。ザヤが聖地たる証、ユニティア教の神殿は森林の中心部に座している。そこに辿り着くまでには、深い森を抜けなくてはならない。
何事もなく街道を進んでいるかに思われたそのとき、唯一、セロニアスが急に剣を抜いた。
背中の大剣をひと息に引き抜いた途端、すさまじい風圧が仲間たちを襲った。何が起きたのかとほかの誰かが察する前に、セロニアスの繰り出した刃が、一度に数本放たれた矢を叩き払った。
その瞬間、セロニアスは叫んだ。
「――森に射手がいる!! ひとりじゃない! みんな、散らばれ!!」
そう言い終わらないうちに、相次ぐ矢の雨が彼を襲い、セロニアスは大剣をかざして防ぐ。
即座にクロトはリンネの手を引いて走り出した。アンジュも、仲間と間隔を空けながら射手の位置をたしかめようとする。
しかし、クロトは気づいた。矢はセロニアスだけを狙っている。
事情がわかったクロトは森じゅうに聞こえるような声で叫んだ。
「そいつはダークエルフじゃない!! 人間とのハーフで、俺たちの仲間だ!!!」
見かけはエルフでも、肌の色で彼はときに敵対者とみなされてしまう。
森の尖兵たちは、元魔王軍の残党が攻め込んできたとでも勘違いしたのだろう。
「うわー!! 早とちりだよー! 俺たちが敵を連れてくるわけないじゃん!!」
ウルリーフも叫び、仲間に安全を告げる。
矢の大群は止まったが、依然と森の中に緊張が走っている。
セロニアスは息を切らし、大剣を構えていたが、森の中から注がれる、自分を観察するような視線に気がついていた。
絶え間ないプレッシャーに応えるように、彼は剣を収めた。
その瞬間、一陣の風が吹いた。
いや——風を切り裂く、矢の乱射だった。
矢はすべて武装を解いたセロニアスの身体に向かう。
だが、セロニアスは目を見開き、自分に迫りくる矢の一本一本を視線で撃ち落とすかのような勢いで、睨みつけた。
誰もがセロニアスの身体が矢の的のようになるかと思った。
だが、彼の身体には矢の一本も通っていない。
それを見ていたクロトは、あの矢の大群は幻視にすぎないことを知った。
その回答に至ったことを褒め称えるように、低く落ち着いた女の声が響く。
「――やるじゃないか。今のがブラフだと気づくなんて、あんた、相当頭が切れるね」
「さっきの矢には、最初のと比べて殺気がなかった。俺を試しているのはすぐにわかった」
セロニアスの声に応え、森の木陰から、ゆっくりと女の姿が現れる。女の肩に流れる三つ編みは金色で、左目に眼帯をしているが、人間離れした美女だった。その証拠に——両耳は長く、尖っていた。
クールな表情を崩さないまま、女は口元だけで笑った。
「しかも、良い男だ」
「――デーナ!!!!」
リンネの驚愕の叫びがあたりに響き渡る。
デーナと呼ばれた女は、自分めがけて走り寄ってくる少女に気づくと、膝をついて両腕を広げた。
「デーナ!! デーナ……!! 会いたかったよぉ……!!」
「リンネ……よかった。無事だったんだね……」
彼女こそが、リンネが生まれてからずっと一緒にいる仲間のひとりだった。
隻眼だが、弓の名手で、群れ一番の実力者だった。
彼女は表情こそあまり変えないが、片方だけの水色の瞳をきゅっと瞑ると、リンネの金髪に顔を埋めた。
ふたりの再会を喜ぶさまに、ウルリーフだけが気抜けしたような声をあげる。
「なーんだ、デーナねえちゃんって、おねえちゃんの仲間だったんだ。早く教えてくれればよかったのに」
「いつどこで情報が洩れるかわからない。この子は特別なんだよ。なんたって、うちらの〝姫様〟が総力を挙げて探させてたからね」
仲間の胸に顔を埋め、泣きじゃくるリンネだったが、その言葉にゆっくりと顔をあげる。
「ね、ねぇ……デーナ? 姫様って、誰なの……? 知り合いなの? なんで、わたしなんかを探しているの……?」
「俺は昔、エルフの森に立ち寄ったことがある。だが、そこにエルフの姫君なんていなかった」
リンネの疑問に追従するように、クロトが声をあげる。
デーナは顔をあげ、不安そうなリンネの頬を滑らかな手でさすると、立ち上がった。
「あたしは、口下手でね。……それに、一気に説明すると疲れるだろう。この先に神殿がある。そこがうちらの本拠地だ。そこでご本人から説明がある」
「ちょっと、待て……神殿を占拠しているのか!?」
クロトは愕然として問うた。
ザヤの神殿は、ユニティア教にとって大きなシンボルだ。巡礼者は神殿を拝むだけで、普段は中に立ち入ることすらできない。
「すまん、その説明もめんどうだ。後にしてくれ」
デーナというエルフは、簡潔にそう言うと、周りに隠れていた射手たちにも出てくるよう指示した。
リンネは、目を見張った。
どれも、見覚えのある顔だったからだ。
「うそ……みんな、どうして………!!?」
数名を除き、群れの仲間が全員揃っている。
予期しない突然の再会に、リンネは喜ぶどころか、却って困惑していた。
デーナを含めた仲間たちも、どこか顔色が曇っている。
その釈然としない空気のまま、彼らは一団となって神殿を目指した。
神殿の周りには、教会が巡礼者向けに運営している商店や宿が軒を連ねているはずだった。
だが、今はどこを見ても、僧兵や人間の信者の姿はない。
非人間族たちがひしめき、当然のように往来を歩いている。
彼らは、デーナ率いるエルフの群れが現れたのを知ると、まるで聖職者を拝むように拝礼して道を空けた。
その異様な扱いだけでも、リンネの心は浮き足立った。
デーナたちは、昔から知っているはずなのに、全然知らない一面を見せている。
しかも、森の中でセロニアスを襲ったとき、
(あれは……魔法……だったんだよね……?)
大量の矢を幻視させる、幻術魔法。
魔法の中には実体を伴わない見せかけだけの幻があることを、クロトから教わっていた。
それを、デーナたちがなぜ使える……?
魔力がないことを理由に、森から追放された仲間たちが。
神殿の中に案内されると、先頭に立つデーナは声をあげた。
「われらが最後の仲間——リィン=ネーデ・アルカ・ディアーテを連れ戻した。大魔導師クロト殿も随行されている。殿下に謁見賜りたい」
リンネは、デーナがそんな言葉を使うのは聞いたことがなかった。
声に応えるように、かつかつ、と高い足音が吹き抜けのホールの階段から響いている。
そこには、黄金の髪を垂らした、まさに絵に描いたようなエルフの騎士がいた。
フードつきの深緑のマントには金の縁取りがされて、植物の蔓が絡まり合うような複雑な文様を象っている。静かな威光を放つ白金の胸当てと籠手、腰に帯びた剣以外に武装はないが、森から遣わされたエルフの騎士団長といっても差し支えないような厳かな美貌の持ち主だ。
「――ミト……」
その姿を見て、リンネは、ぽつり、とつぶやいた。
まるで夢を見ているみたいな気分だった。
見慣れた群れの仲間なのに、騎士の中の騎士みたいな出で立ちで、階段の上からこちらを見ている。
そのリンネの反応に、ミトと呼ばれたエルフは静かに眉間を寄せたが、それ以上は反応しなかった。
「アイオーリア様が対面を赦されるそうだ。来なさい、——リンネ」
まったく他人のような顔をして、よく知る声音でリンネの名を呼んだその男は、踵を返した。
リンネのあまりの憔悴ぶりに、見かねたクロトが背中に手を添える。
師匠の後押しに、リンネはぐっと固唾を飲み込むと、彼の後についていく勇気を固めた。
階段を上がり、通された室内は、元は書庫か何かだったのだろう。天上まで届くような書架が壁を埋め尽くし、その光景にリンネは師匠の図書の城を想像した。
その真ん中に、〝彼女〟はいた。
やはり深緑の、襟の詰まった隙のないドレスには、濃密な植物や花々の刺繍がされていた。
澄んだ金髪には対照的に銀の、要所にエメラルドをあしらわれたティアラを戴いている。
その衣裳や宝飾品の格だけでも、彼女がエルフの王女であることは明白だった——。
「よくここまで来ました。わが同胞、リィン=ネーデ・アルカ・ディアーテよ」
その顔は、雪山で悲しそうに微笑んでいた少女の顔ではなかった。
氷のような気品で表情を引き締め、眼差しの奥にはどこか決然と、覚悟を据えたような光が宿っている。
その出で立ちに、リンネはうろたえた。
〝姉代わりのイオ〟の、見たこともない姿と、聞いたこともない声に。
「ねえちゃん………なの?」
縋るように、助けを求めるように、リンネは問う。
その悲しみのこもった言葉に、イオ——アイオーリア王女は、一片も表情を緩めることはなかった。
「かつては貴女からそう呼ばれていましたね。ですが、もうその呼び名で呼ぶことは許されません。わたくしは、正統なるハイ・エルフの王族、アイ=オー・リアン・セレナ・レーデ。世界樹の森の王、アルウィン国王の第一王女です。双子の兄はエルセア第一王子。王位継承権の都合で、私は長年王女ではなく世界樹に仕える巫女として育ちました。そして、魔力を持たないあなたが森を追放されるとき、私は王室への抗議のために、有志とともに森を出奔したのです」
「え………あ、……」
リンネは、何を答えることも、何を考えることも、できなかった。
アイオーリアは、一瞬だけ痛ましそうに目を細めるが、すぐに表情を戻し、——こう告げた。
「ゆえに——はぐれエルフの群れなど存在しません。魔力を持たないのは、リンネ、あなただけなのですから」




