再会
なるべく気配を殺し、兵士たちの集まる方角へと向かう。
茂み越しに様子を伺うと、見覚えのある太った商人が、連合の兵士たちに向かって何か叫んでいた。
「兵隊さん! こいつらは盗賊なんです!! 護衛を引き受けるふりをして、うちの荷物に手をつけたんですよっ!!」
男のそばには、車輪が外れた馬車が横たわっている。
兵士たちは商人と馬車の様子をたしかめながら、ある一団と対峙していた。
「うわっ、ひっでー! 山越え手伝わせておいて、用が終わったら盗賊扱いかよ! 大人ってきったね~!!」
反論を放ったのは、背の高い大柄なオオカミ型の獣人だった。クロトたちには獣人の年頃はよくわからなかったが、大きな身体に対して、言葉遣いが妙に幼い。
彼の後ろには獣人が何人かついており、商人がきっかけで兵士と対立することになったらしい。
「こ、こんなケダモノどもの言うことなど信用に値しません! 兵隊さん、早くこいつらをしょっぴいて——」
「あー、こんな仕事引き受けるんじゃなかった! ついてねぇー!」
オオカミの獣人は、頭をがしがしと掻いて天を仰ぐ。
その様子を木陰から見ながら、リンネはぽつりとひかえめな声でつぶやく。
「あのおじさんて……山小屋にいたよね?」
彼は規制された街道を外れ、険しい山道を選んでもザヤに行こうとしていた商人だ。
よほど大切な荷物を運んでいるらしい。それを運んでいた荷馬車が脱輪し、二進も三進もいかないところを兵士に見つかったというところだろう。
クロトは、倒れた馬車の荷台のほうを見た。
覆いがかけられて全貌は掴めないが、倒れた荷台からは薬瓶が数本落ちていて、商人の男は明らかに焦った仕草でそれを荷台に押し戻していた。
「……俺たちが出ていくとややこしくなる。だが、賭けに出るぞ」
クロトはそう言って、杖の先端で荷台に照準を当てると、「疾風旋回!」と彼らには聞こえない音量でそれを唱えた。
途端、どこからともなく風が巻き起こり、荷台にかかった覆いを吹き飛ばす。
荷台に箱詰めされていたのは、すべて薬瓶だ。黄緑色の瓶の中が、光に当たって透けている。
あらわになった荷台に、商人は明らかに動揺した。
その間隙を突いて、クロトは姿を隠したまま大声を張り上げる。
「そいつらはヤクの売人だ!! 色んな連中がザヤに集まってるどさくさにまぎれて薬物を持ち込もうとしているぞ!!」
その言葉を聞いて一番動揺したのは、兵士たちではなく、商人の男だ。
「だ、誰だ!! 妙な言いがかりをつけおって! わしの商売を台無しにする気か——!!」
大声で喚き散らし、怒り狂う男は、荷台を庇うように両手を広げる。
だが、そこに兵士たちの手が迫る。薬瓶を箱の中から取り出し、栓を抜いて中身を検め始める。
一気に薬物検挙の現場になって、その隙にオオカミの獣人たちは仲間を連れて逃げ出した。
そこに兵士の追手が迫る。そして、大声で商人を糾弾した不審人物を探し始める兵も——。
「俺たちも逃げるぞ!」
そう言ってクロトは素早く踵を返すと、持てる全力で走り出した。
大人たちの走りに後れを取るリンネはセロニアスが抱え上げて走った。
元来たルートを辿れば兵士はいないだろうと見込みをつけたが、甘かった。
すでにそこにはべつの兵士が配置についていた。
先頭を走るクロトはさっきの魔法を発動させ、兵士の列を吹き飛ばし、さらに走る。
「あてもなく走っているだけでは追い込まれてしまいますよ!」
クロトが「わかっている」と言いかけたとき、横合いから急に大きな腕で首を引き上げられた。
思わず杖を振って抵抗するが、「大丈夫! 大丈夫だって! 助けるからっ!」とクロトの身体を引き上げたオオカミの獣人が必死な口調でなだめにかかる。
「こっちこっち! 洞窟あるから! そこ使って! 内側から葉っぱと土で隠すし!」
オオカミはずかずかと大股で歩きながら説明した。
圧倒的な身長差に驚きながらクロトがもがくのを止めると、大きな犬歯を剥き出してオオカミはにっかりと笑った。
「絶対、安全だから!!」
その声はハスキーな重低音だったが、妙に明るく、調子のいい響きをしていた。
獣人たちに連れられ、洞窟に入り込んだ一行は、中に用意してあった土砂や葉っぱ、木の枝などで内側から隠ぺい工作を図る。
彼らはどうやらここを使い慣れているらしい。洞窟は広く、隠ぺい工作のための道具も豊富で、内側から見ても自然な土壁になった。
「しっかし、おにいちゃんおねえちゃんたちも大胆だねえ。今のザヤは正直カオスだよ。色んな種族が集まって、人間のほうが少ないくらい」
「……それはお前たちのほうがそうなんじゃないのか?」
暗い洞窟に、魔法の火を焚き、それを囲みながら話し合った。
オオカミは「は~」と溜め息をつくと、灰色の頭をぽりぽりと掻いた。
「耳が痛いなぁ。そりゃ、俺たちだって危険は冒したくないよ。でも、今のザヤで非人間族たちを率いている人から頼まれてるからね。山越えする人を助けて、なるべくひとりでも多くザヤに辿り着かせるようにって」
「それであんな詐欺師に捕まったりもしたけど!」と憤慨しながらオオカミは言う。
リンネは、彼の顔をじっと見ていた。
その視線に気づいたオオカミは、ふっと表情を和らげると、あの犬歯を見せる笑い方で言った。
「でも——おにいちゃんとおねえちゃんたちが無事でよかったよ。俺も色々大変だったけど、それだけは旅を続けててよかったことかな」
灰色の毛並みの中に、額に十字のような白い毛がまじっているオオカミ。
そこまで言われて、リンネは洞窟いっぱいに響き渡る声をあげた。
「もしかして………ウルリーフくんっ!!?」
あまりの声の大きさに、クロトが口を塞ぎにかかったほどだ。
いくら自然な隠ぺいを図ったとて、声を聞かれれば元も子もない。
それから遅れてクロトもオオカミの顔を見た。
たしかに見覚えのあるような毛並みをしているが……。
「うっわぁ、すっげぇ! おねえちゃんにはわかったんだ! 嬉しいなー、俺こんなおっさんになっちゃったんだもん。もう誰もわからないかと思ってた」
嬉しそうに牙を見せて喜ぶ——ウルリーフ。
エスメラからリンネとともに助けられた元奴隷で、人狼の長の息子だ。
唯一、アンジュだけは状況がわからなさそうにしているが、リンネはそのままウルリーフとの再会に盛り上がる。
「ううん! 最初はわかんなかったよ! ウルリーフくん、すっごく大きくなってるもん! 声も大人っぽいし!」
「も~、ほんと嬉しいな~。こんな身体で、こんなおっさん声だと、ずっと怖がられちゃって……やっぱりおねえちゃんは特別だなぁ」
「ほかのみんなはっ!?」
朗らかに質問したリンネの一言で、嬉しそうだったウルリーフの顔が一瞬で曇る。
「父ちゃんと母ちゃんは、死んじゃった。獣人と見ると、捕まえて奴隷にしたがるやつらがいてさ。俺たちを逃がすために、ふたりとも戦って……多分、死んだ」
リンネたちは言葉を失った。
力強く威厳のあるウルフリックと、優しく愛情に溢れたウルフェンリラ。
あのふたりの顔を思い浮かべたリンネ、クロト、セロニアスは、彼の語った壮絶な経緯に言葉も出ない。
「ほかの……子たちは……?」
その中でも、ほんのわずかな希望に縋るようにリンネは言った。
ウルリーフは、ふっと諦観のこもった微笑で、応えた。
「父ちゃん母ちゃんとはぐれた後、魔女のばーさんに捕まってさ。俺を強い奴隷にするために、弟妹たちはイケニエってやつにされちゃった。それで、俺、大人になっちゃったの」
リンネは、言葉と表情を同時に失った。
みんな——死んじゃった? 彼以外? 全員……?
悲しみとショックでこんがらがる頭の中、ほとんど自分でも無意識に口走っていた。
「赤ちゃんも……?」
「うん、そう」
抱っこしたとき、あの子のもふもふが頬を撫でた感触を思い出す。
リンネの瞳には涙が溢れ、止まらなかった。
「……うぇ……っ、ふええぇ……!」
静かになった洞窟に、リンネの嗚咽だけが響いた。
誰も、彼女に、ウルリーフにかける言葉を持たない。
全員が沈痛な面持ちを浮かべる中、ウルリーフが声をあげた。
「ありがと。あいつらもおねーちゃんが悲しんでくれて、喜んでると思うよ」
「父ちゃんと母ちゃんも……」と小さく添えて、ウルリーフは表情を戻す。
「おねえちゃんたちも、ザヤに行くんでしょ? おねえちゃんたちを探すよう、俺もえらい人に言われてたんだ」
「ザヤの……聖職者か?」
「ううん、なんか、エルフのお姫様だって」
その言葉に、泣いていたリンネも、ほかの仲間たちも愕然とする。
軽い調子で言い切ったウルリーフだが、誰もがその言葉をすぐには信じられなかった。
「エルフの、姫だと……? 本当なのか!?」
「自分で言ってるし……本当なんじゃない?」
あっけらかんとウルリーフは言う。
クロトは、にわかには信じがたい表情でその言葉を聞いた。
「リンネ……エルフの姫とは面識があるか?」
「そんなの、ないよ……」
エルフの姫君だなんて、世界樹の森に君臨する王族でしかありえない。
リンネたちを追放こそすれ、その後二度と森に近づかなかった彼女たちとエルフの姫が接見することはなかった。
「どういうことなの……?」
「うーん、よくわかんね。でも、エルフの姫様って言うからには、ちゃんと家臣がいるんだよね。えっらそーなエルフの騎士たち。めちゃめちゃイケメン美女ばっか。おっそろしく強いんだ、これが。連合の兵士なんか簡単に吹っ飛ばせる」
リンネたちはますます混乱する。
ザヤには、はぐれエルフの仲間たちが流れ着いていたのではなかったのか?
それが森の正統なエルフたちがザヤで非人間族たちを導いているなんて、話がつながらない。
「その人がさ、元奴隷や、追われた人たちをザヤに集めてるんだ。俺たちはその手伝いで来たの」
「そのエルフの姫の……名は?」
「たしかぁ……アイオリーア様だったかなぁ」
「そ、そんな人……わたし、知らない……」
リンネは動揺にうわずった声で言った。
だが、そのアイオーリア王女はリンネたちを探しているという。
だが、使いに出されたウルリーフたちも、あまり内情を知らないらしい。
これ以上追及は無理だろう、とクロトたちはこのまま洞窟で一夜を明かすことにした。
兵士たちは、自分たちがもっと遠くへ逃げたものだと思うだろう。
警備が遠のいた隙を狙って、ザヤを目指すこととした。
みんなで身を寄せ合って眠るのは初めてではないが、リンネはその晩、寝つけなかった。
知らないエルフの姫。エルフの騎士たち。自分たちを追放した、森の正統なるエルフたち……。
彼らと会ったとき、自分はどんな扱いを受けるのだろう?
それに姉たちは、本当にザヤにいるのだろうか。
たくさんの、なぜ、が頭を駆け巡った。
「寝れねーの? おねえちゃん」
頭の上からウルリーフの声がした。
彼は声をひそめて、リンネに話しかける。
「なんか、よくわかんないもんね……大人のハナシってさ。俺もこんな身体だし、大人並みに働かなきゃいけない。それに、エスメラで助けた元奴隷の人たちも、今は俺を頼りにしてるしさぁ。ほんとのところ……あんま悲しんでる暇ないんだよね、家族のこととかさ」
向かいで枕を抱いたウルリーフが、はぁ、と子どもらしくないため息をついた。
リンネはかける言葉に悩んでいたが、そのうち、ウルリーフはにっかりと笑いかけた。
「でも……おねえちゃんが俺の家族のこと、覚えていてくれて嬉しかったよ。下のやつらなんて、おねえちゃんのお話を暗記しちゃって、毎晩同じ話しててさ……飽き飽きしてたけど……ほんとは、もう一度……聴きたいかも」
「桃太郎さん?」
「そう! それ」
ウルリーフは喜んで牙を見せると、うなずいた。
「じゃあ……お話、してあげるね。みんなに聞こえないように……小さい声で」
「……うん。嬉しいなぁ……おねえちゃんのお話、また聞けるなんて」
「…………いっぱい、してあげるよ。わたしの話だったら。たくさん作ったんだ。自分でも……いっぱい、いっぱい……」
リンネが震える声でそう言うと、ウルリーフはますます頬を緩め、ごろんと枕に寝そべった。
「うっれしいなぁ」
にひひ、と笑みを浮かべて、彼はシンプルな喜びの感情の詰まった言葉をつぶやいた。
リンネはそれでわずかに目を細めて、——それから、彼のためだけに物語を話し始めた。
「――むかしむかし——あるところに——」




