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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのエルフ少女は、世界を語り直す~  作者: 七日
聖地を巡る騒動編

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伝説の夜・後編

「――待てーぇ!!!」


 クロトは宿の外に連れ出され、抵抗するセロニアスも大男に担がれて運び出されてしまう。

 外に配置していた馬に荷物のように彼らを乗せて、去ろうとする盗賊たち。そこへリンネは叫びながら走り出した。


「なんだ、ガキ!? けがしたくなかったらついてくるんじゃないよ!!」


 竜の女は振り向いて、恐ろしい形相で怒鳴りつけてくる。

 その大きな顎は、リンネの頭などひと呑みにしてしまいそうだ。

 あまりの恐ろしさに、リンネは泣き出しながら、近くにあった石ころを拾った。

 女はとっさにリンネがそれで飛びかかってくるかと思ったか、長い尻尾を動かし、払いのけようとする——しかし、その尻尾は宙をさまよった。

 リンネはしゃがみこむと、握った石ころの先端で地面に絵を描き始めた。

 はた目には、子どもの落書きにしか見えない。なんの法則も、理論もない、めちゃくちゃな殴り描きだ。

 だが、リンネは自分の内側から湧き上がる何かを信じた。

 たちまち地面になんらかの陣を描いた子どもを前に、盗賊たちは「へっ、泣いてお絵描きかよ!」、「現実逃避なんかしてんじゃねぇー!」と口々に野次り、笑った。

 リンネはにわか仕込みの魔法陣を地面に描くと、しゃくりあげながら中央にマナバッテリーを置いた——細部はでたらめなりに、リンネは核となる模様を自分なりに再現していた。その魔法を呼び起こす軌跡を読み取って、マナバッテリーから光が溢れ出すと、魔法陣全体が光り輝いた。



「出てこい——みんなぁ!!!」


 

 リンネは空に向かって叫び、拳を振り上げた。

 瞬間、魔法陣から発された魔力が、空中にそのまま光となって模様を投げかけた。

 踊り狂い、うねる大波のような曲線が囲んだ中央には、にっこりと笑う太陽。

 その下には、妖精を表す象徴が描き込まれている——うちわのようなものを掲げた妖精たちが、風と太陽を讃えるように手を振っていた。

 突如、光の浮かんだ空間が歪み——収束すると、そこにはトンネル状の黒い穴が穿たれた。

 その中から、笛と太鼓の祭囃子が鳴り響く。

 あまりにも場違いな、賑やかすぎる祭囃子を聞いて、盗賊たちが動きを止める。


「ここを祭りの会場とする!!!!!」


 祭囃子とともになだれ込んできた妖精の行列、その先頭に立った、褌にうちわを差した妖精が、高らかに宣言。

 そこから神輿を担いだ大量の妖精が、威勢のいい声をあげながら地面を埋め尽くした。

 うじゃうじゃと数えきれないほどの人数で現れた妖精の群衆は、盗賊たちの乗った馬の進路をあっという間に塞ぎ、驚いた馬が悲鳴をあげながら盗賊たちを振り落とす。

 盗賊の身体に押しつぶされた妖精たちは、ぴーひゃらと笛太鼓を鳴らしながら抗議する。


「なんでぇー!! てめぇら、祭りを邪魔する気かぁーー!?」


「喧嘩神輿じゃああああああああ!!!」


「祭りじゃ祭りじゃあああああ!!!!」


 喧嘩と祭りは妖精の華とばかり、短気な男衆は数の暴力で盗賊たちの身体を持ち上げ、波のように上げ下げした。

 妖精たちに担がれ、流され、身動きもままならない盗賊たちは悲鳴をあげる。


「お、下ろせぇぇぇぇ!!」


「どこに連れていく気だーーー!!!」


「剣を返せーーーっっ!!」


「てやんでぃ!! 祭りに刃物なんざ無粋も無粋! 男なら肌と肌でぶつかれぃ!!!」


 妖精たちは盗賊たちから武器を抜き取り、ぽいぽいと行列の外に投げ捨てた。

 それに留まらず、男の盗賊はどんどん服を脱がされて下着状態にされていく。

 あまりの騒々しさに、宿の中から客たちが出てきて光景を目の当たりにする、

 半裸にされた盗賊たちが、褌を締めた妖精たちの上で転がされ、なすすべもない。

 その信じられない光景に目を見開いた彼らは、やがて指をさして賊たちを笑い始めた。

 人間たちに下着姿を見られて笑われ、盗賊たちの中には悔し泣きを始める者もいた。


「わっしょい! わっしょい!」


 リンネは掛け声をあげながら妖精の群衆に加わり、師匠を探した。

 すると、妖精たちに群がられ、服を脱がされそうになりながら杖を振り回して抵抗しているクロトの姿を見つけた。


「師匠~!! よかった~! 師匠がマナバッテリー貸してくれてたから助けられたよ~!」


「お前はともかく、連中には助けるつもりなんてないぞ!! 俺の前にセロニアスはもう脱がされた!! くそ!!!」


 踊りながら泣いている弟子を見て、妖精にマントを剥ぎ取られそうなクロトは悪態をついた。

 その視線の向こうでは、上半身裸にされたセロニアスを見た妖精の踊り手の女たちが黄色い声をあげて彼を取り囲んでいた。艶やかな浴衣に身を包んだ女たちは、一糸乱れぬ動きで優雅に踊り暮れる。その洗練された舞いを見て、正座したセロニアスは黙って拍手を捧げていた。


「くそー! なんだこいつら!!」


 妖精の男衆が部下たちに群がっている隙に、竜の女は祭りから逃げ出していた。

 ルビーの乗った台車を自分で動かし、熱狂した祭りの会場から逃げようとする。



「―――この先は、行かせませんよ!!!」



 その向かう先には、漆黒の竜が巨大な口を開けて咆哮していた。

 自分の身の丈よりも遥かに巨大な竜に正面から睨まれ、女は台車を庇うように前に出ると、アンジュと同じく四つ足になって、大きく叫び返す。

 竜同士が「シュー! シュー!!」と鋭い威嚇音を放って牽制している中、男衆から逃れてきたクロトが、台車の柄を掴んだ。


「しまった……!!」


 女が不意を突かれた隙に、アンジュはいっそう荒々しく咆哮し、鋭い鉤爪のついた前脚で彼女を地面に抑え込んだ。

 アンジュの爪の下から、竜の女は悔しそうにクロトを見上げる。

 狂ったような音量の祭囃子を背後に、女を見下ろしたクロトは、手にした台車の上に置かれたルビーに杖をかざした。


「よせ! 何する気だ!!」


「落ち着け——これはカーバンクルの防衛反応だ。全身を石に変えて、外界の力を防いでいる。下手に外から働きかけても跳ね返されるが、中身の魔力と同じ信号を送ってやればいい。そうすれば、外が安全だとわかるだろう」


 ルビーの輝きに同調するように、杖の先で蒼い宝石が輝いた。

 その瞬間、ルビーがひときわ強い光を放つと、あたりを眩しく包み込む。

 荒れ狂うような輝きの中、竜の女は不安そうに目をひらく——。

 一瞬にして光が鎮まり、その中心で、機敏そうにひくひくと濡れた鼻が動いた。


「あれ? オレぁ捕まっちまったはずだが……な、なぁ、スピネル、どうなってんだ……?」


 エメラルド色の毛並みに、額にルビーを戴いたカーバンクルが台車の上で不思議そうな表情を浮かべ、友の顔を見上げている。

 竜の女の黄色い瞳に、たちまち涙が溢れた。


「うわあああーーー!!! あたしのもふもふちゃーーーん!!!」


 スピネルと呼ばれた女は、涙を流しながらカーバンクルの友を抱く。

 その豊かな毛並みに鼻先を押しつけ、かぐわしい匂いを嗅ぎながらスピネルは泣き崩れた。


「す……すまねぇ……! あたしの親友を元に戻してくれるようなやつを疑っちまって……! あんた、恩に着るよ……!!」


「……まあ、いいだろう」


 クロトは冷静に言うと、視線を女から外し、弟子の姿を探した。


「わっしょい! わっしょい!!」


 祭りの真ん中で、リンネはかがんで妖精たちと神輿を担いでいた。

 妖精たちの熱にあてられ、汗を垂らし、金髪を振り乱して掛け声をあげつづける。

 その誰よりも真剣な姿に、師匠は絶句していたが、同じように言葉を失いつつも、瞳を輝かせる少年がひとりいた——。

 リンネは、妖精の群れの外から見ている少年に叫びかけた。


「おいで——!! 楽しいよ!!!」


 その言葉に、宿の少年はすさまじい速さでシャツとズボンを脱ぎ去ると、妖精が投げてよこしたうちわをパンツの裾に差し込み、神輿行列に飛び込んだ。


「わっしょい!! わっしょい!!」


「わっしょい!!! わっしょい!!!」


 その祭りは——夜明けまで続いた。


 初めて参加した祭りの興奮と感動を忘れぬまま、やがて少年は大人になり、アザレアいちのお祭り男として呼ばれるようになった。

 妖精からもらったうちわを裾に差し、男は誰よりも大きな声で祭りを盛り上げ、人々に祭りの熱き精神を伝えた。そして、大陸で一番粋でいなせな男前として伝説になったという。

 伝説の背後には、祭りの伝道者たるエルフの少女と、その師匠である魔術師が存在したが、彼が「頼むから関係者として名前を出さないでくれ」と懇願していたことで、事実はのちに歴史の陰に埋もれることになったとか、ならないとか。

 


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