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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのエルフ少女は、世界を語り直す~  作者: 七日
聖地を巡る騒動編

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伝説の夜・前編

「せーかいーは、たいへんだー♪ すーくわなくっちゃ、すーくわなくっちゃ、たいへんだー♪ ピンチにあらわる最強無敵のリンネちゃんっ♪ 世界一可愛いぞー♪ 強いぞー♪」


 腕を振り上げ、意気揚々と道を行進するリンネ。

 その後ろにもうすでに疲れた表情を浮かべた師匠が歩いている。


「修行への意欲はいまいちなわりに、一丁前に世界を救う気満々だな」


「そりゃあ、お嬢様は真の救世主ですからねっ」


 さらにその後ろでアンジュが腕組みし、誇らしそうに「ふふん」と笑みをこぼす。

 相変わらずのよいしょぶりに、クロトは皺を刻んだ眉間に指をあてて、迷惑そうなため息をこぼす。

 保護者ふたりの意見の違いなど気にもせず、リンネは英雄らしく威風堂々と大股で歩み続けた。

 街道からザヤに入ることを諦めたクロトたちは、リンネの仲間たちが帝国を逃れてエルドラ山脈を踏破したと予想する通り、自分たちも山越えをすることになった。街道はすでに連合によって規制されているが、山の中ならば見張りも手薄だろうと見込んだのだ。

 アザレアの市街で食料や、山越えのために必要な道具を買った。まだ春の終わりとはいえ、エルドラ山脈の標高は高く、平地とはまるで気候が異なる。山の頂き近くでは、まだ雪が降るのも珍しくない。

 だが、リンネは過酷な山越えをてんで恐れていなかった。だてに百年、仲間とともに自然で生きてはいない。それに、今の自分は師匠の魔法の力が守ってくれる。凍えるような寒さも、荒々しく隆起した山道も、恐れるに足りない。


「それにしても、すみません……その、髪がなくなってから、魔力が不安定で……ドラゴンに戻ろうにも、消耗が激しくて。私が元の姿に戻れれば、皆さんを乗せて山越えぐらいできたのに」


 ふとした拍子に、アンジュが顔を曇らせてそう言った。

 邪竜の炎に巻かれ、髪の大半を失って以来、アンジュはショートヘアになっていた。村の散髪技師の腕がよかったのか、ぽわんとした丸みを帯びたシルエットが印象的で、ボーイッシュでありながらもどこか愛らしい雰囲気がある。

 だが、竜にとって長い髪を失うことは痛手らしく、アンジュはたびたび自分の髪型を自虐するようになった。


「ううん! だいじょうぶだよ、アンジュ! わたし、山を歩くの慣れてるから!」


「旅の道連れが増えただけありがたい。気にするな」


「それに山の中とはいっても、ドラゴンが飛んでいると人目につく可能性がある。人間の姿でいてくれたほうが目立たずに済む」


 リンネがフォローに回ったのを皮切りに、ほかの男性ふたりからも擁護の声があがる。

 不安に呑み込まれそうだったアンジュは、一斉に自分を肯定してくれた仲間たちの反応に驚いたように瞳を揺らした。

 その顔には、だんだん困ったような、嬉しそうな笑みが広がる。


「あ、ありがとう、ございます……私、皆さんのお役に立ちます……!」


「だいじょうぶだいじょうぶー、世界の救世主であるわたしが全部なんとかするからさっ! アンジュは見ていてくれればいいからー」


「……英雄様が格好つけてるところ悪いが、渡しそびれていたものがある。おい、リンネ」


 いつものようにへらへらと笑いながらリンネは軽く言った。

 そこに、師匠が少し厳しい顔で声をかける。

 彼の手には、四角いキューブ状の何かが乗っていた。


「これはマナバッテリーだ。大気中のマナを集めて、魔力に変換してくれる。魔力のないお前でも、これを媒介にすれば簡単な魔法陣ぐらいなら起動できるようになる。……真面目に修行に取り組むなら、預けておいてもいいが……」

 

 その説明に、リンネは一気に顔色を変えた。


「えー!! ほしいほしい!! ほしいよー!! ちょうだいちょうだいちょうだい~~!!」


「……いいか、お前がこれを使っていいのは万が一の場合のみだ。自分の身を守る手段に限って使っていい。たとえば自分が目立つためにとか、人に見せびらかすためには使うんじゃないぞ」


「絶対絶対絶対しない~!! だからそれちょうだい! ねえ師匠ーー! もったいつけないでさー!!」


 魔法の道具だと知った瞬間、リンネの興奮は頂点に達した。

 溢れ出す欲望のまま、師匠の周りを八面六臂に飛び回り、猛烈なおねだり攻撃をするリンネ。

 あまりの食いつきぶりに、師匠は顔をしかめながら、魔道具を握り締めたまま弟子に渡すかどうか渋る様子を見せた。


「本当か? 本当に悪用しないか? たとえば課題のレポートを召喚した妖精に書かせたり、しゃっくりが止まらない薬を作って俺の食事に盛ったり、そのへんの犬や猫と会話するために魔法を使ったりしないな?」


「な……なんで師匠、そんなに楽しそうなことばっかり思いつくの……!!?」


「全部お前がやりそうだからだ!!」


 リンネは、クロトの出してきた例にすべて呆然とした。

 そんなの、全部やりたいに決まっている。なんなら今も震えるほど欲求がこみ上げてくる。

 ぷるぷると武者震いを堪えながら、懇願のまなざしで師匠を見上げる。


「ぜ……絶対、約束守るから!! それちょうだい! 一生のお願いー!!」


「エルフの一生を捧げられるのは重すぎるな……」


 リンネが手を伸ばして迫ってくるので、クロトはキューブを握った片手をあげて制した。

 最高のおもちゃ——もとい、憧れの魔法グッズを前に、リンネはその場で何度も足踏みし、こみ上げるもどかしさに急き立てられるまま、金切り声を発した。


「絶対! ぜーーーったい! 約束守るから!! お願い師匠!! ちゃんと良い子になるからーーーっ!!」


 高周波の大声に、大人たちは耳を押さえて軽いめまいを堪え始めた。

 リンネはこのままキューブが得られないのを考えて、思わず涙し始めた。


「おねがぁい師匠……ちゃんと勉強するからぁ……早起きするからぁ……自分で歯もみがくからぁ……」


「……マスター。どうだろう、こんなに言うのなら渡してやっても……」


「お嬢様はちゃんと約束を守ると言ってますよ! あんまり疑わないであげてくださいな……」


 ついに泣き始めたリンネを見かねて、セロニアス、アンジュは心配そうにクロトに声をかける。

 ぐすぐすと鼻を鳴らし、潤む目をこすりながらしゃくりあげる弟子の姿に、さすがのクロトもばつが悪そうに片手を下ろす。

 彼は膝をつくと、泣いてうつむくリンネの肩にそっと手を添えた。


「約束を守るなら、預けてもいい」


「ぐす……っ、守る……よぉ……」


「………わかったから、もう泣くな」


 と言って、リンネの震える手の中にマナバッテリーを握らせる。

 それはリンネの思っていたよりも軽かった。触れたことのない金属でできている。どの面にも、何かの紋章が彫られていて、傾けると中でうっすらとした光が模様の溝の中に流れ込む。


「ぐすっ……うえぇ……きれい……」


「なくすなよ」


「ひっく……はぁい……」


 泣きすぎてしょぼしょぼしてきた目元を拭い、リンネはマナバッテリーを大事にバッグの中にしまった。

 その様子を見て、アンジュとセロニアスが近づき、よしよしと頭をなでたり背中をさすってくれたりした。

 バッテリーからは重みはまるで感じなかったが、大事な師匠の魔法アイテムを預かったという事実を胸に抱いたリンネは、泣き疲れた目をふたたび前に据え、キリッと表情を引き締めて歩き出した。

 勇ましさを増した足取りに、後ろから大人たちが「えらいな」「えらいですねー」と口々にこぼした。

 その声を聞いたリンネは、なんだか数十分前より大人になった気分で、反対にクロトは、何歳か老け込んだような顔で、山のふもと目指して、旅を続行するのだった。




「あんたがた、悪いことは言わん。今の山には入らんほうがいい」


 子どもには温めた蜂蜜しょうが、大人には蜂蜜酒をふるまってくれた山小屋兼宿の主は、特にリンネを見ながらそう言った。


「特に子連れじゃあな……。ザヤへの立ち入りが制限されて、無茶な山越えを試みる者が増えたんだよ。特に、貴重な品をなんとしてでもザヤに持ち込みたい商人のたぐいが……それを狙って、賊も出るようになった。とてもじゃないが、おすすめできない。わしは安全を保証できん」


「たしかに……登山客は多そうだが」


 温かい蜂蜜酒で唇を湿らせながら、クロトは周りのテーブルを見渡した。

 クロトたちを含めて団体客は四、五グループほど。中でも商人らしきふくよかな体形をした者が福々しい表情で美味い酒を呷っているが、その周りにいる護衛らしき人々は、あまり洗練された雰囲気ではない。傭兵ですらないのかもしれない。

 彼らは反対を押し切って山に入ると訴えているらしく、店主は灰色がまじった黒い髭に覆われた口を苦々しくさせてそちらを見た。

 店主の話を聞くクロトたちをよそに、リンネはべつの方角を眺めていた。

 火を焚いた暖炉のそばで、鳶色の髪の男の子が積み木をして遊んでいた。年は五、六歳ほどか。積み木に集中しているのか、暖炉の灯に照らされた表情はどこか宿の喧騒からは遠いもののように神秘的で、別世界にいるようだった。

 リンネはその顔に見とれながら、蜂蜜としょうがのドリンクを飲み干した。

 その視線に気づいた宿の男が、リンネに声をかけた。


「ありゃ、甥っ子だ。……事情があって、親がいなくてね。うちでしばらく預かってる」


「遊んでもいい?」


 リンネが訊ねると、男は渋い表情を浮かべて、顎をなでた。


「うーん……どうかな。〝今〟は独りが好きみたいだからな……」


 独りでいるのが好きな子ども。


 リンネは、そんな子がこの世にいることを初めて知った。

 いつだってリンネには、群れの仲間やクロトたちがいたから。

 自分が独りでいたいなんて思ったこともない。

 なのに、あの子はあの幼い年でそんなことを思うのか。

 考えるまでもなく、リンネは椅子から飛び出していた。


「ねえ、おはなし、好き?」


 ひょこっと首を伸ばし、男の子のそばを覗き込む。

 男の子は感情の薄そうな顔を振り向かせて、うなずいた。

 「よし!」とリンネは彼の隣に座り込むと、暖炉の前でバッグから本を取り出し、広げ始める。

 男の子は、黙ってリンネの読む物語を聞いていた。

 どんな場面に出会っても、男の子の感情は動いたように見えない。

 だが、リンネは男の子の視線が本の中に引きつけられていることに気づいていた。

 暖炉の炎に照らされ、互いに頬を橙色に染めながら、リンネは男の子にいくつか本を読んであげた。

 その後ろのテーブルで、頬杖をついたクロトは宿の客たちの喧騒と、少女が物語を読み上げる声が重なり合うのを、静かに聞いていた。

 ふと——耳を澄ませると、外から馬の嘶きが微かに聞こえた。

 クロトは素早く席を立った。同時に気配に気づいたセロニアス、アンジュも立ち上がる。

 その瞬間、宿屋の入り口から何者かが殺到する。

 それぞれが剣や槍を構えた、非人間族だ。獣人と思しき者や、爬虫類のような顔の者、角の生えた屈強な体格の者。多様な種族で構成された少人数のグループだった。

 だが、宿屋を取り囲んでいる者はもっといるのだろう。

 入り口を塞がれたあげく、手近な客の首根っこを捕まえ、盾にされた。

 同じく剣を構えたセロニアスも、杖をとったクロトも、うかつには動けなくなる。


「お前ら、動くなァ!!」


 イタチ顔の男が歯を剥いて叫ぶと、怯える商人の太い首に短剣を突きつける。

 その忠告を聞かずに、彼の護衛がふたり、飛び出した。

 しかし、それを予見していたかのように、緑色の肌をした巨漢が長い棍棒を振って彼らの剣を弾き飛ばすと、牡牛のような角を持つ大男が突進し、護衛たちを逞しい身体の下敷きにした。

 一瞬で人間たちを制圧した賊たちの姿に、部屋の隅に退避した宿の客は恐怖に顔を凍らせる。

 クロトたちが出方を伺っていると、騒ぎが鎮まったのを見計らったか、ひときわ大きな非人間族が宿屋の入り口に現れた。


「死にたくなかったら動くんじゃない。もうこの宿はあたしたちの狩場だよ——」


 ドスの利いた低い声を響かせ、やってきたのは、身長が2メートルは優に超える爬虫類の巨女だった。その顔は、トカゲというより、もはや竜に近い。首の後ろに鋭いトゲがいくつも連なって、彼女が頭を動かすたびに山脈のようにうねる。黒い装束はバックシャンになっていて、そこかに大きなヒレが飛び出していた。

 かなり古代の姿に近い、真正の竜人だ。

 進化の過程で六竜から外れた種類とも言われている。

 その姿を見て、アンジュが複雑そうに顔を曇らせた。

 そんなことは露知らず――賊のボスと思しき竜の女は長い首をのたくらせ、青い鱗を怪しく光らせた。


「この中に、魔術師はいるか」


 男の子を連れて、部屋の隅に引っ込んだリンネは顔をこわばらせる。

 あいつら、魔術師が狙いなんだ——そう思った瞬間、ぶわりと嫌な汗が噴き出た。

 青い竜の女は、杖を持ったクロトに目を留めた。

 鋭い視線を受けて、クロトは覚悟を決めたように前に出る。


「俺は、連合には属していないが、魔術師だ。なんの用だ」


「その杖――宝珠を使ってるね?」


 クロトの杖の先端を見て、しゃくりあげるように言う女。

 言われた通り、クロトの杖は先端に蒼い宝珠を使っている。

 それをたしかめた瞬間、女は黄色い眼光を怒りで燃やし、咆哮した。


「お前か——! 宝石狂いの魔術師! お前がこの近くにいるって噂は本当だったようだねッ!!」


 その叫びの風圧に、クロトは髪を煽られながらも立っていた。

 「連れてきなッ! お前たち!!」と女は声をあげ、部下たちが台車に何かを乗せて宿の中に入ってくる。

 そこには、世にもまれな巨大なルビーが置かれていた——あまりに鮮烈な輝きに、あたり一帯眩しい光に包まれたほどだ。

 眩しさに目を細めながら、クロトはその大きな宝石を見た。

 ルビーは不思議な形をしていた。長い耳を生やした頭部に、長い後ろ脚のようなものを生やした姿は、うさぎに近い造形をしている。これがすべて本物の宝石でできているとしたら、贅沢極まる希少品に違いないが——何かがおかしい。



「まさか、それはカーバンクルの——」


「こいつは——あんたの非道な実験の末、全身を石にしちまった。あたしの好きなふわふわな毛も、全部冷たく凍っちまったんだよ——あんたのせいでッ!!!」


 クロトの言葉をさえぎって、女は猛々しく吠えた。

 カーバンクル。リンネはその名前をどこかで知った。たしか、師匠から借りた幻獣図鑑に記載されていたはずだ。

 額に宝石を抱き、そこに魔法の力を有する幻獣種——だが珍しさゆえに数は減少し、今では幻の獣と呼ばれている。

 そんな生き物を、クロトが石に変えた?

 信じがたい言葉を聞いて、リンネは息を呑む。


 (たしかに師匠って……宝石のついた指輪たくさん嵌めてたっけ……。でも、でも、師匠がそんなことするわけない!)


 自分の想像にリンネは首を振ると、顔を引き締めてことの成り行きを見守った。

 竜の女と対峙するクロトからは、なんの動揺も感じられない。


「魔術師はたくさんいる。宝石を使う者なら特にな。そんな特徴だけで犯人を絞ろうとするのは——」


「黙りな!! ダチの仇はあたしがとる!!」


 女は腰から剣を抜くと、その刀身でルビーの輝きを屈折させた。

 それまで拡散していた光が一点に集中し、クロトに注がれる。

 瞬間、クロトは膝をつき、杖を落とした——低く、苦しげな声が床を這う。

 主を攻撃され、セロニアスも剣を持ったまま飛び出そうとした。しかし、女は剣を動かしてルビーの光線をずらすと、セロニアスも「ッぐぁ!!」と悲鳴をあげながら床に沈んだ。


「こいつの輝きは魔力を抑え込み、逆流させるんだ。魔力があるやつほど、その重圧に呑み込まれる。好き勝手できると思わないでくれよ。連れていきな!」


 刃で光を照射しながら、女は言った。

 イタチ男たちがクロトの肩を掴み、無理やり引き上げると、手首に縄をかけた。

 クロトは歩くのも苦痛そうに顔を歪め、半ば引きずられるように連れていかれる。

 その後を追おうして、セロニアスは床を這うが、角の生えた大男に肩を殴りつられてふたたび床に伏せる。

 その姿を見て、リンネは「やめて」と声をあげそうになった。

 だが、口元を誰かの手——アンジュに覆われて、声は言葉にならず終わった。


「……お嬢様。目立たないでください……! あなたまで捕まってしまっては、……この、世界は……!!」


 アンジュは声を震わせ、そう言うが、この瞬間、リンネは自分のことを英雄だとは到底思えなかった。

 師匠と先輩エルフがあんなに苦しめられているのに、前に飛び出すことすらできない——大切な人たちすら救えずに、世界なんて守れるはずもない。

 アンジュに制止され、息を殺すリンネは、ぽつり、とかたわらで男の子がつぶやくのを聞いた。


「あーあ……みんな、しんじゃうんだ……パパと、ママみたいに……」


 子どもらしからぬ冷めた声が、リンネの耳朶を打つ。

 その瞬間、リンネは彼の手をほどき、アンジュの腕の中から飛び出した。


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