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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのエルフ少女は、世界を語り直す~  作者: 七日
竜たちと死の呪い編

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魂の叫び

 復活を遂げた神の使いは、一度の祝福で村全体を浄化してしまった。

 神話時代を生きた幻獣の持つ力のすさまじさを目の前にして、グレンツたち聖職者一同は畏敬を込めてユニサスの前にひざまずく。


「この人たちは?」


 不思議そうに反応を返すユニサスに、リンネが「ユニティア教の人たちだよ!」と教える。


「ユニティア様の!!? そうか……あの神々の戦いはユニティア様が勝利なされたんだね……きっと深いお考えがあってのことだろうから、神の使いにすぎないおれからこの件に関してコメントをすることはないよ。みんな、顔をあげてください。おれはたしかに長いあいだ記憶を失うことにはなったけど……命までとられることはなかった。それはまぎれもなくユニティア様のご恩情だと思ってるよ。だから、あなた方が咎を感じることはありません」


 聖職者たちが重く平伏する姿を見て、優しく眉を下げたユニサスは彼らに微笑みかける。

 神の使いからの寛大な言葉を受け、恐れ多さに彼らは「おぉ……」と感嘆の声をあげた。

 呪いを解かれた村人たちも、ユニサスの神々しい姿に向かって手を合わせてお辞儀し、口々に感謝の言葉を述べていた。


 ―――ゴグルルルルァァァッッ!!!


 そのとき、恐ろしく巨大な咆哮が村じゅうを震撼とさせた。

 祝福ムードから一転、ニーズヘッグのものと思われる叫び声をきいて村人たちは恐怖に震え、ユニサスのもとに群がる。

 クロトは何を言うよりもまず、リンネを抱きかかえ、ユニサスの背中にまたがらせると、恐れ多くも神獣の尻を叩いた。


「ヒッ、ヒヒーン!」


「外では呪いをもたらす連中が揉み合ってる! 力を貸してくれ!!」


 クロトがそう頼み込む瞬間にも、外からはすさまじい咆哮と周囲を破壊する騒音がこだました。


「われわれが聖なる守りの陣を敷きます! 村一帯に防壁を築きますので、神獣様……どうかお力をお貸しください……!!」


 グレンツたちはそう言って外に飛び出し、一斉に祝詞を唱え出した。

 危急の時を悟って、ユニサスは驚いた顔を引き締める。


「よ~~っし……!! よみがえらせてくれた恩返しだぁ!! 派手にいくぞぉ~~!!!」


 ヒッヒーン!! と高く前脚をあげ、猛々しいいななき声を発したユニサスの身体から、さっきよりも強い光が放たれた。虹色の光が細かな粒子とともに広がって、村じゅうを温かいベールで包む。

 聖職者たちと神獣の力が一体となって、村すべては祝福の守りで囲まれた。

 ユニサスは鼻息も荒く駆け出し、外に出た瞬間、ばさり、と大きく翼を広げた。


「うわわ……!! うわああああ~~~!!!」


 リンネは全身を襲う浮遊感に驚きながらも、ユニサスの長い首に抱きつき、あっという間に高い空中へと躍り出た。

 ユニサスは虹色の光を振りまきながら青い空の中を駆け抜ける。

 風が全身を吹き抜ける感覚と、地上が遥かに遠ざかる光景に、リンネは青い目を開き、感じたことのない昂揚感に身を震わせた。


「わあああああああ~~!!! 最高最高最高~~~~!!!」


 夢としか思えない体験に、リンネは喉を枯らさんばかりに喜びを絶叫。

 地上にまで届く彼女の黄色い声に、クロトは(よかったな……)と場違いにも弟子の夢が叶ったことに心中で感想する。


「マスター、よかったのか? 一緒に行かせてしまって……」


「呪いをまきちらす存在がいる以上、あの神獣の祝福を間近で受けられる状態でいるのが一番安全だろう」


 クロトはセロニアスにそう言って、己も杖を構えて外に飛び出した。

 村よりそう離れていない距離の中空では、再び邪竜へと変貌したニーズヘッグと、黒い翼が互いに牽制し合うように舞っていた。

 その禍々しい存在が相対する光景を前に、ユニサスは恐ろしそうに声をあげた。


「げーーーっ!! 何あれ超やばそうじゃん!! 今の時代にあんなのが暴れてるの!!? 神代の頃にも見たことないよあんな厄災×2とか!!」


「そうだよっ! どっちもすっごい危険なの!! だからお願いユニサス……! みんなを助けて……!!」


 一瞬、恐れをなしたユニサスに縋るように、リンネは彼の首を金色のたてがみごと抱きしめる。

 異形の戦場を前に、美々しき白馬はたじろぐように四肢をばたつかせたが、少女の痛切な声を聞いて、顔色を引き締める。


「ああ………仕えた神様たちの守った世界を壊されたんじゃ、おれも黙ってられないよ。なにより、きみの描いた夢はおれの記憶をよみがえらせてくれた!! きみの助けを呼ぶ声に、おれも応えるよ!! つかまっててね!!」


 ユニサスは鼻息も荒く応じると、その場を蹴って助走をつけ、勢いよく走り出した。

 とっさに彼にしがみついたリンネは辛うじて振り落とされずに済んだが、そのあまりの速度に舌を噛みそうになる。

 天空を疾駆する翼の生えた白馬は、「はあああああーーーーっ!!!」と裂ぱくの気合とともに、聖なる角を輝かせた。


「呪いよ——!! 解けろぉぉぉーーーーーーっっっっ!!!」


 角から放たれた光は巨大な槍となって、宙を渡った。

 邪竜と黒い翼の睨み合う間合いに落ちたそれは、極光を放ちながら周囲一帯を白く染め上げ、目も開けていられないほどの眩さをもたらした。


「っっっ———馬鹿な!! なんだこのふざけた光は………!!!!!」


 邪竜は巨大な身をすくませ、世界を覆わんばかりの光量に目を見開いた。

 邪なる力の化身たるわが身を焼くのは、たしかにあの忌まわしき神々の聖なる力。

 幾年も目にしたことのない、純粋な神性の光を浴びて、聖なる松明を燃え移されたかのように邪竜の身体は炎上した。

 白い炎に身を包まれながら、邪竜の翼は浮力を失い、地へと落下する。


「クソ——っ!!! なぜ、この時代に神の力の横やりなど……!!」


 身を焼く炎に悶え、邪竜は地に伏せた。

 同時に、ユニサスの光が直撃した黒い翼にもまた白い炎が灯り、宙をのたうち回っている。

 地上からユニサスの後を追ってきたクロトは、その光景に目を疑う。

 炎に巻かれた黒い翼から、ぼたり、ぼたり、と黒い雫が落ちる。

 いや、雫ではない——それは、黒い翼の生えた、限りなく人に似た、何かだった。


(魔族…………上級悪魔か!!)


 黒い翼をなしていたのは、翼を有する魔族たちの群れだったのだ。

 彼らは炎に包まれてひとり、またひとりと地に堕落する。

 かつては、魔王を守護する四天王の長、悪魔将軍ウルティマを輩出した上級魔族。

 魔族の中でももっとも高度な知性と魔力を誇る強大な種族だったが、魔王戦争で敗れ去り、族長のウルティマを亡くした彼らの残存勢力は、さらに最近、勇者ウィルの反撃に遭ったと聞いたばかりだ——。


(あいつの剣で異次元に飛ばされたと情報がきていた……!! 自力で現実に戻ってきていたのか………!?)


 通常、勇者の剣で断ち切られた異次元に封印された場合、戻ってくることは不可能なのだ。

 いかなる手段を講じて、彼らはこの次元に帰還したというのか。

 死の呪いを解かれ、元の悪魔の姿に戻った彼らの中には、翼を失っている者もいる。

 地に続々と落下した悪魔たちのその中に、現族長であるアルティマの姿もあった——。


「おのれ…………ここにきて、神の力まで邪魔をするか…………!!」


 背中の翼を断ち切られた彼は、満身創痍で立ち上がる。

 今や黒い翼は消滅した。呪いを解かれた悪魔族たちは、武器を構えるクロトたちと相対する。


「これ以上の短慮はよせ、アルティマ! もうお前たちに勝機はない!」


 すさまじい形相で眼光を放つアルティマに、クロトが制する。

 故郷モルゲニアを追われた彼らは、決死の思いでポータルを使ってアルゼシリアに侵攻した。

 四天王である族長を失い、魔境での立場を失った彼らは、さらに勇者の前に敗北している。

 そして、命を奪われないまでも、翼を断ち切られて異空間に封印されていたのだ。彼らの味わった苦痛と屈辱は、想像を絶する。

 どうやって空間を脱したかは知らないが——彼らの憎悪は、たしかに呪いを呼んだらしい。

 アルティマは長い爪を震わせ、髪の乱れた相貌を歪ませながら、クロトに叫んだ。


「貴様——勇者の仲間だったな………われらから空の誇りを奪った男のその仲間は、さらにわれらが魂尽きるまで抵抗する権利すら奪うというのか……!! 敗北し、死にゆくほかない種族の誇りにすら泥を塗るか!! 貴様らは……ッッッ!!!!」


 アルティマは勇者によって兄を殺されている。

 彼が有する人間への憎悪は計り知れない。説得に応じるわけがないのは心底から理解していた。

 だが、クロトはそれでも言葉を使った。


「敗北すなわち滅亡というお前たちの極端な価値観は、もう時代遅れだ。命を尽くすというのなら、その命を使って一族を救う方法を考えろ。………あの男とて、いたずらにお前らを滅ぼしたくて戦ったわけじゃないはずだ——」


「魔境でひとたび弱者の烙印を押されれば、滅ぶまで食い尽くされるのがさだめだ——!! 俺たちの祖先がそうしてきたように!!」


「――あなたたちが本当に強い生命なら、やり方を選べるはず!!」


 その瞬間、アンジュの悲痛さを伴った叫びがこだました。

 クロトが目を見張った先で、アンジュは前に一歩、また一歩と踏み出し、アルティマをまっすぐなまなざしで見据える。

 その赤い瞳の端には、小さな雫が光っていた。


「時代は変わっても、人はいつも残酷だし、世界は何も私たちに優しくはしてくれないけど……!! 自分で自分の誇りは守らなきゃ!! その理不尽さを受け入れてしまったら、本当におしまいなんです!! 大切な人たちを守りたいと思うなら、なおさら……っ!」


 アンジュは声を震わせ、涙を堪えて、そう叫んだ。

 滅びゆく種族を前に、自分自身の境遇を重ねたのか、竜の少女は真剣にアルティマを説得しようとした。


「戦っても戦っても、敵はいなくならないし、失った痕は……癒えない! でも、失われた人たちの分の誇りを取り戻すために、私たちは必死で生きていくの!! 何があっても!!」


 慟哭に近い叫びは、あたりに一瞬、静けさをもたらした。


「たとえ何万年経とうと、ふたたび目覚めの時は来るよ。生きる意志を持つ者の前にこそ……チャンスは巡ってくる」


 リンネを乗せて、天よりふわりと舞い降りたユニサスもまた、そう言った。


 やがてアルティマが口をひらく。


「失われた者は……二度と、帰らない……」


 絶望に打ちひしがれた、暗い声音で。

 アルティマは、頬にひとすじの涙を伝わせると、瞳孔を膨らませ、眼球すべてを黒く染めた。


「お前たちは、自分が、生きていられるからそんな戯言を抜かせるんだ——」


 クロトは、その異様な眼光で気がついた。

 時はすでに遅かった。

 ——彼らはもう、死せる魂と化していたと、なぜ気づけなかったのだ。

 死霊と化した上級悪魔は、長い爪を宿した拳を己の胸に突き刺した。

 どぐん——と生々しく肉を貫く音を立て、絶叫しながら、アルティマはその胸の中から黒い心臓を取り出した。

 血の滴るそれは、すでに鼓動を止めている。

 だが、用済みになった心臓をアルティマは雄たけびとともに握りつぶした。


「われらが祖たる魔神に誓う——!! われらが失墜した一族の汚辱を祓いたまえ!! われらの穢された魂を贄とし、今ふたたび現界に顕現せよ――祖たる魔神、サタニウス!!!!」


 周りにいた一族が、一斉に彼の行為に続いた。

 数多の心臓が破壊され、呻き声をあげる悪魔たちの全身が塵と化す――その黒い塵は吹き荒れた風に巻き上げられ、空中で結集し、やがて巨大な黒い悪魔の像を創り上げた——。


「魔神、だと———!?」


 やがて現れた、禍々しきその全貌を前に、クロトは声をうわずらせた。

 死霊と化した彼らの魂が、一斉に生贄として捧げられ、死の儀式を完成させた。

 そうして現れた魔神は、あまりに大きく、力に満ち、威容を誇っていた。

 ひとたび、魔神が拳で地を突くと、世界が割れたかのような地響きが鳴り、大地が隆起する。

 クロトたちは牙を剥いた大地に揺られ、動きもままならない。

 だが、黒い魔力が弾けて、竜に変化したアンジュが「つかまって!!」と尻尾をクロトとセロニアスの前に垂らした。

 硬質な鱗に覆われた長い尻尾を掴み、背中をよじ登ったふたりは、そのまま宙を切る風に抗いながらなんとか居場所を確保する。


 空から見下ろす地上は、大地が高波のように隆起し、村にまで迫らん勢いだった。


「恐れないで!! あれは悪魔であって、呪いではない! きみたちの力も通用するはずだよっ!」


 飛翔するアンジュに並走しながら、ユニサスがしゃべる。

 クロトは彼の方を見やり、ユニサスの背に座るリンネに言った。


「お前たちは村の方に行け! 神獣の力で村の防御に徹するんだ!!」


「師匠ぉぉっ———!!」


 クロトの指示に、ユニサスはアンジュから離れて村に後退してゆく。

 遠ざかる背中から、リンネの叫ぶ声がした。

 クロトは杖をかざし、離れゆく弟子に向かって叫ぶ。


「お前は今、世界で一番の幸運を掴んだ子どもだ!! 自分の運と、自分の師匠を信じろ!!」


「………——うんっ!! 師匠っ! がんばれ~~!!」


 夢にまで描いた本物の白馬にまたがり、去っていく弟子は、片手を大きく振った。

 後は、クロトは自分のすべきことを成し遂げるだけだ。

 アンジュが周囲を迂回していると、魔神は息を吸い込み、吐くと同時に炎の息吹をもたらした。

 地獄からもたらされた劫火が宙を走り、アンジュめがけて押し寄せる。


「アンジュ、やつの頭上だ!」


「はい——あなたを信じます!」


「セロニアス、構えろ!! 全力でいくぞ!!!」


「――わかった! マスター!!」


 アンジュは大きく翼を動かし、宙を駆け上がるようにして魔神の炎から逃れる。

 クロトの言葉ですべてを察したセロニアスは、剣を構え、アンジュの背中から飛び立った。


「≪呪言・格配列・発動カース・アライメント・トリガー≫!!!!」


 その叫びに、クロトは己の全魔力を費やした。

 天空から高速で落下しながら、彼の大量の魔力が己の体内に移譲される途方もない感覚に、セロニアスは目を見開く——皮膚の下で熱い、あまりにも熱い血が流れ、脳天から噴き出しそうだ。

 つ、と、鼻梁の下を流れる血に気づく。


(マスターの、ほぼすべてに等しい魔力が俺に宿っている——……こんなの、初めてだ——俺の身体でも受けきれるかわからないほどの——だが、負けられない——………!!!)


 宙に落ちた血の雫が、セロニアスの剣先に落ちた。

 その瞬間、時空が唸る。誰にも平等に流れるはずの時の流れを、セロニアスの感覚は追い越してゆく——。


「贄になったのは心臓——! そいつの核は心臓だ——!!!」


 だが、理屈ではなく、彼の声は届いた。

 セロニアスの剣から舞った光が、一瞬にして何十、何百もの斬撃となって魔神の胸を切り裂き、貫き、進んでいく——そして、最奥で鼓動もないのに唸る黒い心臓を、セロニアスは捉えた。


「うおおおおおおぉぉぉ————ッッッ!!!!」


 剣先が、心臓に突き刺さった。

 そのまま引き抜くと同時に、魔神は断末魔の咆哮で天と地を同時に震わせながら、拳を己の傷口に突き入れ、セロニアスを穿り出した。

 心臓を失った魔神の身体は塵となって崩れ始めたが、最後に残された力を拳に込め、セロニアスを握りつぶそうとする。


「――≪黒滅衝撃≫ブラック・パルティキュラ!!」


 その拳に、竜の咆哮が直撃。

 衝撃波に崩れ去った拳の中からセロニアスの身体が落下する。

 素早く下に回り込んだアンジュの背中から、クロトは手を伸ばした。

 その手に掴みあげられたセロニアスは、彼とともにアンジュの背中にしがみつき、崩壊する魔神の巻き上げる塵に巻き込まれまいと頭を低くする。

 嵐のような黒い粉塵が舞った。その塵は、遠ざかる竜に手を伸ばして巻き込もうとするように広がったが、高速で天を走るアンジュの速度を前にしては、その尻尾を掴むことすらできなかった。



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