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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのエルフ少女は、世界を語り直す~  作者: 七日
竜たちと死の呪い編

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邂逅

「今後の動き方だが、この地図を見てほしい。大陸の東部中心地・帝国をさらに東寄りに進んだ先には、エルドラ山脈。人里を避けつつ自然に隠れて逃れるとしたら、リンネの仲間たちはここを目指したと思う」


 宿屋の食堂で昼食を食べた後、クロトは弟子と従魔の目の前に大陸の地図を広げた。

 彼の指さす先には、高い峰々が連なる山脈地帯が広がっていて、それを辿るように指がさらに西へ進んでいく。


「山を越えると、ザヤの大森林だ。ここは大陸じゅうで信仰されている女神ユニティア教の聖地に指定されていて、大陸の外からの巡礼者も多い。ほかの土地よりも身元を特定されずに旅ができる可能性がある」


「巡礼用のフードって、顔も隠せるもんね!」


 クロトの言葉でひらめいたリンネが言う。

 ああ、と彼女の言葉にうなずくと、セロニアスも言葉を発した。


「俺は肌の色で身元を詮索されることも多いが、リンネの仲間たちなら……」


 この会話をしているあいだにも、セロニアスとリンネには認識阻害の魔術がかかっている。

 エルフ特有の長い耳は人間のそれに見えるようになっているので、彼らは昼間でもフードを脱いで会話をすることができた。


「俺としてもできればこれ以上、帝国には立ち寄りたくないからな。あそこでは俺の顔も割れてる。……ロイテールで情報を手に入れられてよかった。長旅にはなるが、ひとまずここを目指して明日には発つぞ」


 そう言って地図を畳むクロト。

 それを見て、急にリンネがそわそわし始める。

 不審な素振りにセロニアスとクロトが同時に彼女を見ると、「わたしからも見てほしいものがありまぁす!」と声を張った。

 リンネは膝に抱いていたスケッチブックをテーブルの上に広げ、ぱらぱらとめくる。


「見てこれ! わたしが描いたの!」


 そこには、クレヨンでカラフルに描かれた生き物がいた。白い肢体に長い脚をした、王子様が乗るような白馬に、大きく広げた翼、額から突き出た角もまた、何色ものクレヨンを使って虹のようなグラデーションで仕上げている。

 全体的にデッサンは拙いが、大胆な色遣いはかなり目を引く。本人なりに一生懸命描いたのが伝わる。

 だが、今このタイミングで出されても謎でしかない。

 男ふたりがリアクションに困窮して沈黙していると、リンネはべらべらと早口で説明し始めた。


「あのね、これはね、ユニコーンとペガサスが結婚して生まれた子どもなの! 名付けてペガコーン!! 大空を自由に羽ばたいて、魔法の角の力で病気の人や困った人を助けに行くの! 師匠が貸してくれた幻獣辞典って本を読んでたら寝る前に思いついたんだ~! ユニコーンもペガサスも可愛いしかっこいいよね~! 旅してたら会えるかな~!?」


 しゃべるほどにリンネは興奮し、頬を紅潮させていきいきと落書き帳をめくった。草を食べるペガコーン。翼をたたんで眠るペガコーン。おそらくリンネであろう金髪の少女を乗せて飛ぶペガコーン……色んなシーンを収めた絵たちを高速で見せられ、「どう!? どう!?」と勢い込んで感想を求められた大人ふたりは、


「ああ……いや、よく描けてるが………」


「色がカラフルで面白いぞ」


「………残念だが、ユニコーンは絶滅したと言われているし、ペガサスに至っては今は滅びた神々の使いだ」


「えええ~!? うそぉ!!」


 クロトが現実を教えると、リンネはショックのあまりテーブルを叩きながら叫んだ。


「じゃあ、ペガコーンは……この世界に、いないの……!?」


 呆然とお絵描き帳を見下ろし、言葉を失うリンネ。


「そんな……ユニコーンとペガサスが、結婚できないなんて……!!」


 女児の妄想力に若干ついていけないクロトは、曖昧にうなずくことしかできなかった。


「ねえ、なんでユニコーンはいなくなったの!? ペガサスも!!」


「それは……ユニコーンの角は貴重な薬の素材だったから、戦争が盛んな頃に乱獲されたんだ。今はもういないとされている。ペガサスに至っては……神代の頃の生物だからな」


「神代?」


「ちょうどいい。説明してやる。古代魔術が繁栄していた頃より遥か過去、神々は地上でも権威をふるっていたが、力が強大すぎて人間は抑圧されるようになった。そのとき、神々の長の娘、女神ユニティアが人々の先頭に立ち、戦いを率いて、神々を地上から追いやったという……のが今の女神教というか連合の言い分だ。実際、俺たち異端の魔術師のあいだでは、古代に神と神の戦争はあったと言われている。勝利した女神だけが地上で信仰されることを許され、滅んだ神々は人が行くことを許されない天上の世界へ行ったと……運悪く地上に残った神やその眷属は、石となり自然の中に埋もれていったそうだ」


 リンネは、ぽかーん、と口を開けて話を聞いていた。

 ユニコーンとペガサスの不在がショックすぎて、ほとんど頭に入っているかも怪しい。


「まあ、俺の地元とかでは普通に過去の神の信仰も残っていたがな……それも、ユニティア教の繁栄とともに消えていった。過去の古い神々を祀る遺跡は壊され、連合に痕跡すら奪われている」


「ほへー」


「俺の隠している図書館には過去の信仰を記した文献もかなり残している。帝国がのさばってさえいなければ、人類の共有知的財産として世界じゅうにばらまいてやったがな……」


「はえー」


「とはいえ知り合いに女神教の関係者がいる。今の信仰の姿を否定するわけじゃないが……意図的に政府が情報に格差を生んでいるからな……」


「ほひー」


「――いい加減に現実を直視しろ!!」


 クロトは咳ばらいをすると、弟子に現実へ帰ってくるよう促した。

 リンネは、はっと目を見開くと、力ない手つきで落書き帳を開き、最初のページに戻った。


「この世界には……魔法があるのに……ユニコーンも、ペガサスも……もう、いないんだ……」


 その悲痛な感想に、現実を突きつけた張本人、クロトもさすがに罪悪感を覚える。

 だが、真実は知らないといけない。この世の真理を追究する、魔術師を志す者ならば……。

 悄然と打ちひしがれるリンネの肩に、大きな掌がかぶさった。


「大丈夫だ、この世界にはまだ俺たちエルフがいる」


 セロニアスは続けた。


「俺たちエルフは古代種だが、今も存在している。それはすごいことだと思う」


 クロトは、セロニアスのその言葉にはっとなった。

 セロニアスが生まれたときから迫害されていたのは、ダークエルフと謗られるエルフの血を引いているからだ。過去はどうだったか知らないが、少なくとも今の彼は自身のルーツを肯定している。そのことが妙にクロトの胸を打った。


「そっか……わたしたちも、古い種族で……もしかしたらユニコーンみたいに追われて絶滅してたのかも……」


 ぽつり、と小さな声でつぶやくリンネの背中を、セロニアスが優しく叩く。

 少女はそれで意を決したように顔をあげた。


「わたし……ユニコーンとペガサスの分まで、これからも生きていくよ!! どんな辛いことがあっても、ユニコーンとペガサスが生きていたことを誰かに伝えるんだ!」


 うん、うん……とうなずくセロニアスとクロト。


「そして、ペガコーンも実はいたことにする!!」


「さらっと歴史を改ざんするな!!!」


 自分の描いたペガコーンの絵を広げ宣言するリンネを、クロトは叱責した。

 しかし、彼女の創作意欲は止められないようで、既存のページにさらに偲ばせていたクレヨンで殴り描きし始める。

 その目に炎を灯し、推しの生物を描きまくるリンネのイマジネーションを否定することもできず、クロトは沈痛そうに目を逸らした。


「まあ……俺も、昔はペットのドラゴンとか妄想してたから、気持ちはわかるが……」


 ぼそり、と誰にも聞こえない程度の音量でつぶやく。

 言った後でこっぱずかしくなり、クロトは残っていたお茶を一気に煽る。

 その瞬間、


大変(てぇへん)だーー!! ドラゴンが出たぞーーーー!!!!」


 宿屋の扉を全開にし、叫んだ男の言葉によって、リンネのお絵描き帳はお茶でずぶぬれになった。


「ちょっとーー!! 師匠ーーー!! 汚いよ、もーーーっっっ!!」


「げほ……ごほ! そ……それどころじゃない!」


「ドラゴンだと……」


 リンネは渾身の力作を汚され、自分の師に怒っていたが、クロトとセロニアスはほぼ同時に席を立ち、慌てて興奮する男の横をすり抜けて外へと駆け出した。

 明るいはずの外が暗い。

 背の高いふたりの男の顔に、暗い影が落ちていた——。

 反射的に空を見上げ、クロトは表情をこわばらせる。


 巨大な漆黒の竜が、村の頭上すれすれを滑空していた。


 それだけで小さな村は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていたが、竜は村には目もくれず、緑の深い山々を目指して飛び去っていった。

 クロトはドラゴンを見るのは初めてではない。

 あれは黒竜(ブラックドラゴン)だ。世界に存在する六竜と呼ばれる竜の種族の中でも、小型で飛行に優れる種だ。なのに、あれは飛び方がおぼつかなかった。速度も出ていなかったし、こんな村の頭上をぶつかりそうなほどの高さをようやく飛んでいるといったような有様だった。

 何かがおかしい。けがでも負わされていたのだろうか。

 そのまま山の方角へ消えたドラゴンの姿を思い浮かべ、クロトは厳しい表情を浮かべた。


「ドラゴンが出るなんて……このあたりじゃ考えられねぇ!」


「ああ、だが……近ごろ噂にはなってた……! 北の方から黒い竜がやってきて、村々を襲ってるって……眉唾だと思ってたが、まさか本当に……!」


 こうしちゃいられない、とばかりに村人たちはいきり立ち、今にも山狩りでも始めそうな勢いだった。

 慌てふためく村人たちに、クロトは自身の杖を見せつけるように掲げながら声をかける。


「俺は——魔術師だ! ドラゴンなら何度も見たことがある。なんの知識もない者が向かうのは危険だ。俺が代わりに様子を見に行ってやるから、お前たちは家を守っていろ!」


 魔術師。その言葉で、村人たちの表情から恐怖が薄らいだ。


「おお……魔術師様、助けてくだされ……!」


「この村にはなんもありゃしません……! 襲われたらひとたまりもない!」


 クロトは、恐怖に駆られた平凡な人間たちが何をしでかすか恐れていた。

 この非人間族にあたりの強い連合が支配する大陸において——たとえ強力なドラゴンといえど、排斥の対象になることは大いにありうる。

 クロトはセロニアスに目で合図してから、後ろに立っていたリンネに視線を落とす。

 ドラゴンが暴れ出すと危険だ。だが、認識阻害がかかっているとはいえ、幼い弟子をパニックに陥りかけた人々のもとに預けておくのも心もとない。

 結局、三人で山へ続く森に出ることになった。

 ドラゴンはよほど低空を飛んでいたのか、たくさんの木々を巻き込み、薙ぎ倒しながら進んでいったらしく、足跡を追うのは簡単だった。


「水の匂いがするよ。近くに池があるのかも」


 ある程度進んだところでリンネがそう言い出した。

 やはり、竜は消耗していたのか。水辺で休むのを目的にしていたのかもしれない。

 やがて視界が開け、リンネの言った通りに水辺が広がっている。

 木々は派手に倒され、竜と衝突したのか、砕けた大岩の破片があたりに散らばっていた。

 だが、肝心の竜の姿は見当たらなかった。

 不審に思ったクロトは先頭に立っていたが、やがて何かに気づいたらしいリンネが「あ!」と叫んで走り出す。

 不用意に前に出るな、と叱責しかけたが、クロトはリンネの森の中もよく見通せる観察力に気がついた。彼女の後を追うように走ると、森の木陰に微かに動く人影を見つけた。


「――近づかないでください!」


 逼迫したような少女の声が森をこだまする。

 その声に動きを止めたクロトは、森に隠れた相手の姿をよく確かめた。


 光沢のある長い黒髪に、血のように赤い瞳——15、6歳ほどのまだ幼さを残した顔には、すでに人目を惹く美しさを湛えている。その服装は、腰の近くまで流れる黒い髪によく映える、黒いワンピースにエプロンドレスを重ねているが、真っ白い生地は血と泥で汚れ、そのスカートの下から伸びた足は痛々しそうに引きずられている。


 真っ赤に燃える瞳に射抜かれた瞬間、クロトは彼女がドラゴンであることを悟った。


「人間……! これ以上、近づかないで……!!」


 少女は美貌を歪めて怒りを吐き出すと、自身の傷ついた身体を引きずるようにして森の奥へと消えようとした。

 だが、クロトが何をか説得しようとする前に、リンネが手を広げて彼の前に飛び出した。


「落ち着いて! わたし——エルフだよ! 人間じゃないの!」


 リンネはそう言うと、自分の長い耳を引っ張って見せた。

 そんなにあからさまに強調してしまうと、せっかくかけた認識阻害が台無しになる。

 だが、今はそれでいいのかもしれない。


「え……るふ……!?」


 少女は信じられないといったように目を見開く。

 危険を承知で正体を明かし、説得するリンネの横に、セロニアスも立つ。


「俺もエルフだ。半分は人間だが……」


 クロトは、自分は前に出ない方がいいだろうと判断する。

 ふたりの古代種に諭されて、少女は呆然とした表情を浮かべると——、


「え、エルフ様が……まさか、ふたりも………ごほッ!!」


 と感情を叫ぶように大きくむせ込み、それで力を使い果たしたかのように倒れ伏した。


「たっ……大変だーっっっ!」


「けがをしている……! 俺が運ぶ!」


 リンネとセロニアスは倒れた少女のもとへと駆け寄る。

 力なく草地に身を横たえる細い身体は、おとぎ話の城で眠らされたプリンセスかのように儚げだ。

 怪訝そうにその姿を見つめながら、クロトは思った。

 エルフを目の前にしたとわかったときのあの反応。

 起きたら起きたで面倒なことになりそうだな……と、クロトはいち早く事態の重大さを想像し、ひとり気づかれないようにため息をついた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!


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