表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吟遊のリンネ ~魔力ゼロのエルフ少女は、世界を語り直す~  作者: 七日
鳥のみる夢編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/42

新しい夢

「それじゃ、アタシも行くとするわ。この国じゃ色々とイケナイことをしちゃったし、今捕まるとヤバイのよね~」


 ランカたちを見送った後、エリザベスは己の翼を羽ばたかせ、宙に飛んだ。

 そして、振り返りざま、にっこりと美しい夢魔の微笑みを浮かべ、投げキッスを送る。


「うっふ~ん、また会いましょう♡ ク・ロ・ト・ちゃ・ん♡」


 あからさまに嫌そうに顔をしかめるクロトの反応をつぶさに眺めながら、エリザベスは満足そうな笑みを残して飛び去った。


「ねー、なんであの人ハダカみたいな格好してたの?」


「知らん……」


 リンネはクロトのマントの裾を引っ張ってしきりに訊ねたが、不機嫌そうにあしらわれる。

 直後、彼は気を取り直すように咳ばらいをし、従魔と弟子に向かって杖で前方を示した。


「とにかく今は帝国に向かう必要はないことだけはわかった。これからの目標はあいつらから逃げながら決める——行くぞ!」


 そう言って彼は歩き出した。

 まだ飛竜の群れは都市から距離があるが、確実に距離を縮めてきている。


「はーい、師匠!」「わかった、マスター」


 ふたりが同時に返事をして、彼に追いつこうと歩を進める。

 周囲では街じゅうで夢から目覚めた人々が壊れた建造物と、無傷の自分たちの身体を不思議そうに交互に眺め、騒然となっていた。

 人ごみに紛れるようにして、クロトたちは姿を消した。

 ざわめく人々の中、空を仰ぎ見て茫然と立ち尽くす者がいた。

 銀色の尾をしおらしく地に垂らし、打ちひしがれた表情を見せる、バルボラだった。

 彼女は騒ぎを聞きつけ、館からここまでやってきた。都市じゅうに響き渡る悲鳴が、ベベーネのものだと気づいたからだ。


(行っちまったんだ。あいつらだけで)


 胸に大きな、空虚な穴ができたような気分だった。

 ベベーネといると、彼女の中からすべての緊張が取り払われ、子どもの頃に戻ったように、何もかも輝いて見えた。彼女が一緒に手を握って寝てくれた晩から、バルボラは悪夢を見なくなった。

 トカゲとも蛇ともつかない見た目を蔑まれたり、嗜虐を好む客に鱗をむしられたり——色んな過去の嫌な記憶が毎晩彼女を責め苛んでいたのに、ベベーネに思い出を打ち明け、嫌な感情を受け止めてもらえただけで、バルボラは自由になれたのだ。

 でも、バルボラは素直じゃなかった。

 彼女が身請けされてからも、ベベーネが恋しいだなんて自分では絶対に認めなかった。

 だから、何かと理由をつけてランカに土産を持たせて、会いに行かせたりした。

 自分の顔を見られて、ベベーネに寂しがってるなんてことがばれたら、面子が失われる。

 でも、そんなつまらないプライドに固執しているうちに、ベベーネは行ってしまった。

 もし自分が、もっと素直になれていたのなら、ベベーネはここにいてくれただろうか?


(いや、無理だ。きっとあの子は、最初からここにいるべきじゃなかったんだから)


 ベベーネは有能だった。きっと、彼女が夢魔だったから。

 でも、彼女は優しすぎた。最後は自分が壊れかけてしまうぐらい、みんなの感情を引き受けすぎた。だから、彼女が心が崩壊する前にランカが来て、バルボラの目の前で奪っていってしまった。

 痩せっぽちで、皮肉屋の嫌なガキだった。

 いつもベベーネにくっついて、まるで自分が彼女の親代わりだとでも言わんばかりで。

 でも、ガキはガキだと甘く見ていた。あんなガキはベベーネにふさわしくないと、どこかで高をくくっていたのだ。


(畜生——全部、思い通りにならない)


 急に悔しさが押し寄せて、バルボラは涙の滲む目を手で覆った。

 ベベーネは、自分のみじめな人生に現れた、唯一の救いだと思っていたのに。

 それを自覚した瞬間、自分があらゆる努力を怠っていた愚か者だと気づいた。膨大な時間を無駄にして、惰性に甘えて、自分の心に向き合わなかった。

 だから、バルボラはここで泣いているのだ。


「バルボラっち、大丈夫だよ……」


「あんたにはうちらがいるじゃん」


 人前ではばからず泣き出したバルボラの周りに、兎や猫の獣人たちが集まってきた。

 みんな彼女が泣いている理由を察していた。バルボラがベベーネに気があるのは、彼女と親しい一部の者たちにとっては周知の事実だったのだ。

 いつも軽口を叩き合っているような連中が、神妙な面持ちでバルボラを慰めている。

 柔らかい獣毛に包まれた手に背中や腕を撫でられて、その感触にますますバルボラは泣いた。


(今までのまんまじゃ……こいつらまで失っちまうのかな)


 そう気づいたとき、彼女は泣き濡れた目で燃えるような朝陽を見つめた。

 ランカがベベーネを連れて飛んでいった方角を見ても、もう彼女たちは見えない。

 自分が何をすべきかわかっているから、彼女たちは前に進めたのだ。

 もう二度と、こんなみじめな思いはしたくない。バルボラは、己を変えようと思った。


「うちら、みんなでさ……良い仕事していこう。身体とプライドを売るんじゃなくて、もっと、心と心でつながるみたいなさ……ガラじゃないけど、そういう時代にしていかないと、もっと大事なもん失っちまう気がしてさ……だから、ねえ、みんな……ついてきてくれるかい?」


 不安げな表情でバルボラが告げる。

 すると、最初はみんなびっくりしたように目を丸くしたが、彼女が泣きながらも真剣なまなざしをしていることに気づき、徐々に頷いていく。


「うん、いいね、それ」


「みんなでさ、話し合ってアイデア出そうよ」


「こんなに人数いるんだもん。全員で考えれば、なんか良いこと思いつくかも……」


「ベベーネが出ていった連中とも連絡とってくれてたから、みんな呼んで話し合おう!」


 ざわざわ、と前向きな返事とリアクションがバルボラの周りで広がっていく。

 涙にメイクが溶けて、目の周りはヒリヒリして痛いぐらいだったが、バルボラの中では確かに温かいものが息づいていた——。


「みんな、ありがとう——みんなの人生、力を合わせて良くしていこう」



 

 

 ——夢魔は精神体だ。姿かたちは本来、不定形。自由自在に魔力を使って姿を使い分けられる。

 だが、最初に固定される外見は、最初に巡り合った捕食者の理想を再現したものだ。

 エリザベスが、夢の泡沫から目覚め、夢魔としての自我を持ち、当時の魔王の命を受けて最初に目指したのは、人間の王国だった。

 その国は戦の女神と称される女王が支配していた。彼女は強く、無慈悲で、魔物にも人にも容赦がなかった。

 そんな女王を篭絡するために、エリザベスは初めて人の寝台に近づいた。

 彼女の夢を読み取り、理想の姿かたちを練り上げる——そこでエリザベスは、薔薇のような赤い髪を持った女の身体を手に入れた。

 その姿で、彼女は女王に迫った。

 眠りから覚めた女王が、エリザベスの顔を見て初めて発した台詞は、


「――母上…………」


 だった。

 あろうことか、戦上手な女王は自分の母親に恋い焦がれていたのだ。

 女王は母親の姿をした夢魔に縋り、涙を見せた。

 エリザベスは、彼女が真に望んでいるのは色事ではないことを知った。

 女王はただ母親を求め、庇護を求め、優しさを求めていた。

 エリザベスはその晩ずっと泣き縋る彼女をあやしながら、人間という存在の奇妙な側面を知って、不思議な心地に襲われていた——。

 人間は全員が官能を満たされることで幸せを得るわけではない。

 ならば、なぜ夢魔は人の快楽にこだわるのだろう?

 なぜ、彼らの至福に酔う感情によって活力を得るのだろう。

 それからエリザベスは、ずっと人間の求める幸せについて考えてきた。

 彼らの幸せは千差万別だ。肉体の快楽は、幸せに至るひとつの手段でしかない。一時の快楽を拒んだ先で永続的な精神の幸福を得る者もいれば、肉体が感じる一瞬の感覚で永遠に満たされる者もいる。

 なんて複雑で、多様な生き物なのだろう。


(観察する甲斐がある——危険を冒してでも)


 そして夢魔は、その種類さまざまな欲望によって存在している。

 あの子——ベベーネが生まれた理由も、エリザベスにはなんとなくわかった。

 きっとあの子は、近くで寂しい思いをしている魂を強く感じ取って、あんな姿に生まれたのだ。それが、快楽を希求する欲望よりももっと強い、夢魔にとって抗いがたい魅力を放っていて、だからベベーネはそれを叶えるために生まれたのだ。 

 夢でつながったとき、エリザベスには彼女の見た世界が流れ込んできていた。

 星が降ってきそうな夜だった。冷たく肌寒い空気を、少女の高い歌声が震わせて、ベベーネの意識を形作った——きっとその子は、空の星々とお友達になりたいとでも思っていたのだろう。自分の寂しさを癒す、大切な何かを求めていた。

 それにベベーネは応えた。


「あなたは、アタシたち夢魔の誇りよ、ベベーネ——あなたは人の夢を叶えたばかりか、自分の夢まで叶えた。夢を愛し、夢に愛された——そして、永遠に幸せになる——」


 うっとりと独り言しながら、エリザベスは自身の胸が切なく高鳴るのを感じた。

 自身の昂揚を抑えきれず、大きな旋回を何度も繰り返してエリザベスは大空を飛ぶ。

 その彼方先にあるかもしれない、自分自身の幸福を目指して。



「――追いかけないで! 向こうには戦う意思がない!!!」


 空を飛ぶ飛竜兵たちに聞こえるよう、勇者は叫んだ。

 辺境で何度も戦闘を繰り返し、帝国に帰還する道すがら、この都市の頭上で膨大な魔力の反応を傍受した部隊は、ハーピーの大軍を前にして殺気立っていた。

 都市は城を中心に崩壊しかけ、大騒ぎになっている。事件にあのハーピーの群れが関係しているのは一目瞭然だ。

 だが、まっすぐに空の彼方へ飛び去っていく彼女たちを見て、ウィルは今ここで戦う必要がないことに誰よりも早く気がついた。

 勇者の一声に、武器を構えていた帝国軍人たちが迷いを見せる。

 勇者は帝国の囚われ人という扱いだが、戦場における彼の強さを誰よりも見てきた当事者である彼らは、勇者の判断を切り捨てるべきではないと判断する。

 そして、次に声を発したのは騎士団長のリオナだった。


「全軍——進行停止! 都市の状況を調査するため着陸——用意!」


 リオナの勇ましい声が全軍を動かした。

 自分を信頼してくれた彼女の判断にほっとした表情を浮かべて、ウィルは目の前で飛竜を操る

リオナの凛々しい横顔を見た。


「しかし……すさまじい崩壊具合ですが、けが人はいなさそうですね……実にけったいな……」


 訝しそうに地上を見やるリオナに、ウィルは笑って、


「…………もしかしたら、救世主がいたのかも」


 と自信のなさそうな、だが希望を感じさせる表情で街を眺める。

 まるでどこかに知り合いがいないか、探しているような顔つきだった。

 その言葉に、リオナはきょとんと目をまばたきさせた。


「救世主? 勇者さまみたいな方ということですか?」


「過大なお言葉です。……でも、目の前で困っている人たちを放っておけない人間は、必ずどこかにいますから」


 そう言って、ウィルは空の遠くを見た。


「俺は、そういう人たちがこの世界にいることを、知っている——」


 だから、守りたい。


 この世界を。


 ウィルがこぼした小さな一言は空に散っていったが、それはすぐ隣にいたリオナにだけは聞こえていた。

 彼女はすっきりとした笑みだけで応えて、愛竜の手綱をとった。


「全員、都市の住民に聞き込みを開始するように——! この街には魔物との混血児も多い。だが、けして差別することないように——! 命令は、以上!」


 





「歩きやすい道~♪ 歩きにくい道~♪ どれもおんなじ場所に続く道~♪」


 街道を逸れた山道を歩きながら、リンネは即興で歌を歌っていた。

 適当な歌詞に適当な節のついたいい加減な歌ばかり聞かされて、前を歩くクロトは渋面を浮かべている。


「もう歌はやめろ。聞き飽きた。こっちは徹夜の身だぞ」


「えー、だってただ歩くのつまんないじゃんー!」


「まったく……セロニアスと二人旅のときはこんなにうるさくなかった」


 嘆息を隠さないクロト。

 その背後でセロニアスが、ぽつり、と言葉を漏らした。


「俺は、ずっと……マスターともっとしゃべりたいと思っていた」


「………は?」


 思いがけない返事に、クロトはいつもより低い声で聞き返した。

 彼が立ち止まって振り向くと、セロニアスがまっすぐに主の顔を見つめていた。


「何をしゃべっていいのか、よくわからなかった……」


「うおおおー! パイセンの愛の告白だぁぁ!」


「変な言い方をするな!!」


 急に盛り上がるリンネをクロトは一喝。

 だが、セロニアスの視線は妙にしつこかった。

 クロトは、こんな彼を見たことがなかった。

 リンネの気まずい反応も手伝って、クロトは自分でも戸惑っているのを感じた。


「べつに……しゃべるのを我慢しろとも言っていない。ただ、うるさいのは嫌だと言っただけだ」


「もー、どっちなのー? はっきりしなよー、パイセンかわいそうだよー?」


 ほれほれ、と言わんばかりにリンネが肘でつついてくる。

 あまりにも立ち入ってくる反応に、クロトはついに暴力に手を染めた。

 持った杖で弟子の頭を小突く。


「あー! いったーい! 師匠が叩いたー!!」


「嘘つけ。そんなに痛くしてない」


「うわー!! 児童虐待はんたーい!!!」


 叩くほど楽器を鳴らすおもちゃのように、リンネの言葉は止まらない。


「ねー、もっと師匠おしゃべりしようよー! 話すのが嫌だったら、しりとりするとか!」


「お前がしたいだけだろ」


「だって、わたしももっと師匠のこと知りたいもん!! だってわたし、師匠の弟子だよ!?」


 大きく手を広げ、訴えるリンネ。

 その言葉に、クロトは無言で眉間に皺を刻む。


「くそ……口の達者なやつを弟子にとってしまった」


「はい、師匠の負け~! ペナルティとして、好きな野菜を三つ答えてください~! はい三秒以内!!」


「好きな野菜が三つもある人間はこの世には存在しない——」


「うわー! 大人とは思えない発言だー!!」


 師匠の発言に、リンネは頭を抱えて喚いた。


「ははは……!」


 そのやりとりを見て、セロニアスは肩を揺らして笑い出した。

 言い合っていたリンネとクロトは、同時に彼の方を見る。

 彼が声をあげて笑っているところを、ふたりは初めて目にしたのだ。


「……旅をしていてよかった」


 低く穏やかな声でそう言うセロニアスの表情を見て、クロトとリンネは黙り込んだまま、互いに咳ばらいをひとつこぼし合い、再び歩き出した。

 それからはしばらく無言だったが、セロニアスはなんの文句もなさそうだった。

 だが、やがて我慢しきれなくなったリンネが、声を発する。


「ねー……師匠、なんかしゃべっていい?」


「だから……しゃべるなとは言ってないだろ。うるさくするなと言ってるんだ」


「じゃあさ……お話考えたんだけど、聞いてくれる? パイセンも」


「ああ、いいぞ」


「……面白い話をするなら考えてやってもいい」


 ふたりの大人の返事を聞いて、「やった!」とリンネが頬をほころばせる。

 そして彼女は前を向くと、すぅー、っと息を吸い込んで、吐くとともに言葉を紡いだ。


「『——むかしむかし、あるところに——』」



 物語は今日も、生まれていく。

 

ここまで読んでくださってありがとうございました!

続きの構想もあります!!面白いと感じてもらえたら、いいね・評価をよろしくお願いします…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ