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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのはぐれエルフっ娘が俺様天才魔導士に弟子入りしたら、勇者と魔王の戦う世界を変えることになった件~  作者: 七日


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追想・3

「みんな、逃げ……ッ……――」


 わずかな時間で迫られた自問自答の末、セロニアスはそう叫ぼうとした。

 途中で阻まれたのは、空から火矢の大群が降ってきたからだ。


「畜生ッ――奇襲だあああああッ!!!!」


 誰かの断末魔のような慟哭がセロニアスの耳を貫く。彼はとっさに剣を振り抜き、火矢を打ち払ったが、命中した仲間の身体は次々と燃え盛る。

 炎に呑まれた魔物たちが逃げ惑うほど、要塞の内部に火が移った。

 燃え盛る仲間を救護し、火を掻き消す作業に追われながら、セロニアスは人間たちの大声を聞いた。基地の門が、力ずくで破壊されようとしているのを瞬時に悟る。

 突然の戦争終結に、敗軍である魔王軍はなすすべもなかった。戦争がとっくに終わって、自分たちが負けていたことすらセロニアスたちは知らなかった。勝利した人間たちは先に戦況を知り、先手を打ったのだろう。

 門が破られる破壊音が地響きとなって基地中にこだまする中、セロニアスは人間の大群の前に姿を現した。


「ダークエルフだ――!!」


「上位の魔族がこんな辺境に……ッ!?」


 セロニアスの姿を認めた人間たちは畏怖のこもったどよめきをあげた。

 その台詞は、セロニアスが吐きたい側だった。なぜなら、人間たちは大きな車輪のついた破城槌を操り、機械と人力の絡んだ複雑な兵器を構えていたからだ。こんな圧倒的な武装は、セロニアスは見るのも初めてだ。あんな小さな村が、いつこんな兵器を? 彼らの装備はどこからきた? 先に勝利がわかっていたとしても、動きが速すぎる――瞬時にいくつもの疑問に囚われ、セロニアスは判断が遅れた。


「いくら魔王軍の幹部が潜んでいようが、相手はひとり、ほかは雑魚モンスターばかりだ!! 押し切れ――!!」


 彼らの決断の速さは常軌を逸していた。車輪の駆動音とともに、巨大な丸太の先端が基地内に侵入してくる。

 襲撃に至るまで、彼らがどれだけ入念に準備し、魔物への憎悪を募らせていたか、セロニアスはその反応ですべてを知る。

 だが、ここまでの襲撃を受けながらも、彼は人間と事を構える覚悟ができなかった。あの村の人間には、テオとつながりがあるかもしれないのだ。この兵器を取り巻く武装した人間たちの中に、生前のテオの血縁者だっているかもしれない――そいつをうっかり斬ってしまったら。一生、テオは人間だった頃の自分を取り戻せない。アンデッドの彼が、自分が生きていた頃の姿を懐かしがるように遠くの村の灯を眺めていた姿を思い出す。


「クソッ――……!!」


 重く歯噛みしながら、剣を手に走り出す。

 槍や斧で武装した人間たちが前に出てきたが、セロニアスは彼らの目前で地を蹴り、高く跳躍した。

 攻め込んできた人間たちの頭上を遥かに飛び越え、破城槌を視界に入れると、宙で身体を捻り、剣に全体重を込める――門を破るときのような破壊音が、二度目にして基地内に響き渡った。


「あいつ、叩き割りやがった――ッ!!」 


 凄まじい衝撃に舞い上がった砂埃や丸太の破片を受けながら、人間たちが敵意のみなぎる声をあげた――巨大な兵器は、セロニアスの一撃で胴体を両断され、がらくたとなって崩れ落ちる。


「〝俺たち〟に手を出すな――ッ!」


 兵器を破壊したセロニアスは、それを打ち砕いた自らの剣をかざして咆哮した。

 虎の子の破城槌を壊された人間たちは、セロニアスの圧倒的な戦力を知り、にわかに動揺する。

 まともに正面から戦って、勝てる相手ではないとわからせてやればいい――そうすればおのずと戦いは終わる――そう頭の隅にかすかな希望を宿すセロニアスは、睨みを利かせて彼らを制した。

 瞬間、背中に熱さと、痛みが走る――斬られたことを自覚する前に、攻勢に走った人間たちが次々とセロニアスに殺到した。

 セロニアスの身体には、力が入らなかった。

 自分を攻撃する男たちの顔を見ていると――どいつもこいつも、テオの親戚に見えてくる。


「あ、あぁ………あああああ………ッッッ」


 彼らを殺せないという絶望に取り込まれたセロニアスは、苦悶の表情で血を口からこぼした。

 四方から一斉に斬りつけられ、這って逃げようとするが、自分の身体から流れ出る血が多すぎる。何度も人間に刺され、貫かれ、あたりは血の海となる。

 朦朧とする意識の中、セロニアスは自分の身体がほんの小さな、子どもの頃のような貧弱な姿に変わったのを錯覚する――目の前で本当の父親を殺され、見ているしかなかったあの頃の無力な自分に。

 今だって、父親を殺した人間たちのことは憎いくらいなのに、同じぐらい強い気持ちで「殺せない」という事実を受け止める。なぜだ。なぜ、――この身にはふたつの血が巡っている?


「おぉら――ッどけどけぇ――ッ!!」


 ガチャガチャガチャ!!と硬い骨同士が打ち鳴らされる音をこだまさせ、剣を片手に、弓を構えたテオが人間たちの気を引いた。

 死霊の宿った骸骨は、剣でいくら斬られようがまるでダメージが通らない。刃は肋骨の隙間をすり抜け、固い肩の骨が重たい斧すら受け止めてしまう。

 薄れゆく景色の中、こちらに走り寄るスケルトン兵の姿を見て、セロニアスは苦痛と涙で濁った声をあげた――。


「とう…………さん―――」


「そいつは――俺のガキだァ!! 殺るなら親父の俺を殺ってみろ――!!」


 血まみれで倒れ伏す息子の肩を抱き、テオは顔を覗き込む。

 その表情筋など一切存在しない顔が、心配と苦悩にまみれ、眼窩の奥を曇らせていたことを、セロニアスは見る――。


「父さん、だめだ、逃げ――てッ……」


 ――ドンッ!!


 激しい衝撃が身体に伝わって、セロニアスは痛みにむせ込む。

 一瞬遅れて顔を上げると、自分を抱いていた細い腕はそこにはなかった。

 背後から打たれた鉄のメイスの一撃で、肋骨を何本もへし折られたテオが横たわっている。

 セロニアスは痛いほど目を見開く――「やめろ!!」口から血を吐き、絶叫する息子の前で、魔物の父は二度目の打撃によって粉砕された。


「あ……ダメだ……これ、聖別された武器だな……そりゃ俺にはよく効くはずだぜ……」


 カタカタ、と弱々しく顎の骨を鳴らして、テオは呟く。

 彼の肩と肋骨は砕かれて、首を立てることすらできそうにない。

 血に濡れた指先を伸ばすセロニアスを見て、テオは眼窩の奥の暗闇を揺らす――。


「かわいいなぁ――俺の、ガキ……」


 言いかけた彼の首を、メイスの一打が吹き飛ばす。

 胸元に彼の髑髏が飛び込んでくるのを抱いて、セロニアスは沈黙した。

 奇妙なアンデッドがダークエルフを守ろうとした行動は、人間たちの残りわずかな理性を揺らしたが――それは数秒のことだった。

 再び、セロニアスの身体に兵がなだれ込む。



「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あああ―――ッ!!!!!」


 慟哭が天を貫いた瞬間、赤い血の海が波打って、セロニアスに斬りかかった人間たちの身体が奇妙に硬直する――一瞬の静寂ののち、彼らの手足はばらばらに切断された。

 切断された手足から血しぶきが飛んで、霧のようなベールが空気にかかった。

 人間たちは、その霧の向こうで蠢く影をおぼろに認める――そして次の瞬間、速やかな死が彼らを襲った。

 セロニアスは、〝斬った〟だけだ。

 それも時空を歪め、彼らにとっては体感にして一瞬も満たないほどの速さで敵の身体を同時に斬り飛ばす――片手に亡き義父の頭蓋骨を抱いたまま。

 セロニアスの身体に走った痛みは、彼の感覚を極限といってもよいほどの領域に押し上げ、彼の流血とともに出力された魔力は次元に干渉――彼が一度刃を振り下ろせば、敵の首が一気に刎ね飛ぶ。セロニアスの怒りと流した血はこの世の理を揺らがせた。血によって痛みを得れば得るほど、彼の剣は、時間を食らいつくす。距離を、速度を物ともしなくなる。


「……あぁ、テオ。テメェ、怪物を産んだな――畜生、ガキのままでいればかわいかったのによ……」

 

 燃え盛る砦を後ろに、何本もの矢に射られ、立っていられなくなったウーゴが彼岸を見るような目で悪鬼の駆ける戦場を見る。

 その動きは目に捉えられる現象などではなくなり、セロニアスは瞬間的な移動を繰り返しながら次々と敵を斬り伏せていく。

 光の消えかけた片目でその姿を見届けながら、ウーゴはつぶやく――。


「……悪ィのは、戦争だよ……誰が好きこのんでこんなこと始めやがったんだ? 畜生……俺たちの命は、なんだってんだ? 血流して殺し合ったところで……ガキひとりの頭ぶっ壊して終わっただけじゃねぇか……」


――〝勇者〟の活躍によって人類は息を吹き返したように士気を取り戻し、各地で魔王軍への反撃を開始した。

 かつて強大だった魔王軍は侵攻を食い止められたばかりか、返り討ちに遭い、地の果てまで追い回されるか、皆殺しの憂き目に遭った。

 その中で唯一、生き残った魔族による徹底抗戦が続く地域があった。

 ダークエルフとおぼしきその魔族の男は、どれほどの大軍が迫ってきても、一撃で敵を壊滅に追いやった。焼け残った砦の中に何十という墓標を立てて、人の子ひとり寄せつけない。

 新体制の国家が何度も彼を討伐しようとしたが、却って戦力を削るばかりで、新たに編成された政府を崩壊させられかねない。いずれ、手出ししなければ問題はないと看過された。


 魔王軍の敗戦から、七年――。


 クロトは、黒いフードの下から男の背中を見つめた。

 身体のあちこちにまばらな、古めかしい包帯が巻かれ、血で黒ずんでいる。

 その下で疼き続ける、生傷の痛みを想像させるような、痛々しい姿だった。


「この砦に近づいた人間が、次々と行方不明になっているらしい」


 クロトは静かに語りかけた。

 棒切れや石塊を突き立てただけの寂しい墓標の下に、地の下に埋まる彼らがかつて身に着けていたであろう鎧や剣、弓が置かれている。

 そこに一緒に小さな、白い花が置かれていた。

 一点のくすみもない、白い――天から降る慈雨で肉や血を洗われ、まっさらになった戦場の白い骨のような、真っ白な色の花だ。

 


「〝俺たち〟に手を出すからだ」



 その男は、硬質な声でつぶやいた。

 一切の感情を喪失した、空しいほど無機質な声。

 クロトは目を細めた。


「お前も……同じか」


 男が朽ち果てた剣を手に、ゆっくりと振り向く。

 苦痛と孤独に歪んだ、悪鬼の表情がそこにあった。


「俺は戦いを終わらせに来た」


 クロトは杖を手に、宝珠の向こうでわずかにぶれる影を見定めた。

 その痛みは――時空に干渉する。刃は距離を無視し、一瞬にして彼はつけたいだけの傷を敵につけられる。

 そういう事前情報がなければ、クロトでさえ対処できたかわからなかった。


「お前もお前もお前もお前も!!!!!! 人間は!!!! 全員そうだッッッ!!!!!!」


 獣のような咆哮とともに、四方から飛んでくる斬撃。

 クロトの周りで刃が結界の防御壁とぶつかり合い、鈍く重い音を展開させる。

 クロトの身体の周りには見えざる結界が張り巡らされている。つま先から頭の先まで、彼の肌に刃を到達させることはできない。通常の手段では。

 だが、魔族の男は時空を歪める。防御壁の耐久力を上回る破壊力――たとえば街ひとつ消滅させる攻撃魔術を正面から受けたような――を、まばたきの合間に与えることができる。


「お前だって!!! 肉も皮も!!! 取り除けばみな同じこと!!!! 誰も同じ!!!! ああ、醜い!!!! 目障りだ消え失せろ!!!!!」


 みしり――クロトの頭上で結界が軋む。

 時間を屠る悪魔の攻撃に、結界の方が耐えきれないと悲鳴を上げる。

 クロトの眉間が薄い皺を刻むと、魔族の男はだらりと口元を歪ませて嗤った。


「死ね―――」


 ひどくゆっくりと、弛緩したような動作で――その一撃は振り下ろされた。

 不可視の結界に刻まれたひびに食い込んだ刃は、空間を切り裂いて、無防備になった敵の眼前に迫る――。

 その刹那に至る前に、術は完成されていたことを、男は知らない。


「――【結界反転術式】アンチ・バリア・マジック


 整った低い声が整列にその名を告げると、結界の外側でエルフは爆風と衝撃に吹き飛んだ。

 それは、結界全体に隈なく行き渡った反撃魔術。圧倒的な防御を誇るとともに、破壊されれば、結界自体が攻撃魔術に転じる。


「が――はッ……」


 爆発に薙ぎ倒されたセロニアスは、地に伏せながら、傷口から魔力に干渉する、もうひとつの魔力の存在を感じた。痛みを叫ぶ傷口を浸食したそれは、荒れ狂う魔力を大きな波でもって鎮めていく――自分ではない誰かが自らの存在を侵すような気色の悪さに、セロニアスは悶え、血を吐いた。


「受け入れろ。それは敵ではないと、お前ならわかるはずだ」


 頭上から低くかけられた声に、セロニアスは目を剥く。

 視界に移ったのは、フードが吹き飛んであらわになった魔術師――この世界を転覆させた勇者の仲間であった男の顔。

 彼は杖を支えに、辛うじて立っているような有様だった。

 結界を攻撃に変える術は、自爆も同義だった。反撃した瞬間、彼の身体もまた爆発に巻き込まれ、四肢は負傷し、ひどいやけどを負っていた。


「……なぜ、だ……」


 セロニアスには、わからなかった。

 なぜ、彼が身を挺して自分を止めようとしたのか。

 セロニアスは、仲間たちの墓標に囲まれ、このまま永い時を迎え、静かに朽ちていくという権利があったはずなのに。

 その孤独の静寂を邪魔して、この男が自らも傷を負ってまでセロニアスを現世に繋ぎ止めた理由がわからない。

 自分の全身に滲む魔力が、突如、何かあたたかい――なつかしいものに感じられた。

 セロニアスの意識は、そこで途切れた。

 クロトは痛みに咳込みながら、ひとつの戦いを終えた男の顔を見た。

 泣き疲れた子どものような、疲れ果てているが、無性に穏やかな表情。

 近くに立っている墓標に飾られた頭蓋骨が、眼球のない暗い眼窩の奥から、わが子の寝顔を優しく眺めているようだった。

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